翼 〜Wing〜
-2-
シチュエーション


エンジンの音が静かになっていた。
閉じていた目をあけると、窓の外は船着場の景色。
そう、ここはディナークルーズの始まり、そして終点。
振り向くと、何人かのひとが階段を下りていくのが見えた。
この部屋に残っているのは、もう私たちだけ。

背中に顔を埋めた。
あんなに楽しかった時間が、もう終わろうとしている。
私の心をふさぐように、出口のない寂しさがつのっていく。
声を上げて泣きたい気分だった。

田中さんがそのままの状態で振り返る。
そして、私の耳元に口を寄せ、一語一語確かめるように言った。

「さっき車置いたホテル。あそこに、
部屋…予約してある…えっと…」

そして私に背中を見せて、言葉をつなぐ。

「無理にとは、言わないから……」

…うれしかった。
まだ、一緒に居られる。離れなくてもいいんだ!

「行きましょ?」

その言葉を口に出すのに、ためらいなんか全然なかった。
振り向いた田中さんは、私の笑顔に安堵の溜息をついた。

腕を組み、肩を寄せ、一緒にタラップを降りる。

その部屋からはブリッジの全景が見えた。
上端のライトは、光の帯となって夜空に向かい曲線を描いていた。
ときおり、ライトアップした船がその下をよぎる。
水面に映った光たちは、混じり合い、さざめき、きらめく。

そんな景色に見とれていた私の体が、後ろから抱きしめられた。
首筋にキス。右、後ろ、左。順番に。やさしく。
くるっと振り向かされる。
じっと見つめられて…目を閉じるしかなかった。

唇が重なる。
伝わってくる思い。そして伝えたい思い。
沈黙の中、いきかうふたつのことばは、すこしの違いも無かった。

私の唇が強く吸われ、舌は二人の唇の境界線を越える。
狭い口の中で、あきることなくからみあう。どこまでも淫らに。
背中を押さえる手がときおり位置をかえる。
それを中心にして、暖かさがそのたびに広がっていく。

密着する胸。乳首は固くなってブラの内側に当たってる。

気づくと両手が私のお尻へと移動していた。
しばらく柔らかくなでられて、突然強くつかまれた。
そして引きつけられ、腰に強く押し当てられる。
おなかに硬いものがあたっている。それはかすかに脈打っていた。

体の芯がうずいた。
奥からあふれるものは、あっというまにすきまをすみずみまで満たす。

ひとつの思いが心を占領する。他の全てを押しのけて。

満たして欲しい…
何も考えられなくなるくらい…すきまなく…うずめつくして…

そんな今の自分がとても淫らに思え、とまどいをおぼえても、
「うずき」はとっくに私の身も心もとらえていて、
押さえることなど出来なくなっていた。

そんな思いにこたえるように、
抱き上げられ、ベッドの上に降ろされる。
上から重なって、キスされた。
いとおしくて、そのたまらなさに広い背中を力の限り引き寄せる。
激しく唇を動かし、自ら執拗に舌をからませた。
与えられぬもののもどかしさは、くるおしい切望へと変わる。
期待に腰が知らず知らずうねる。止めようも無く。


体が…離れようとしている?
だめ!いやだ!行っちゃダメ!
そう思って、あわててしがみつく。

「カーテンが、あいたまま、だから……」

そのことばにあわてて腕をゆるめる。
私、なにやってんだろ。自分のしたことが恥ずかしくて、目を閉じる。

歩く音。カーテンを閉める音。再び近づく気配。

胸のところ…
ブラウスの1番上のボタンが…今、はずされた。
反射的にその手をつかんでしまう。息をつめる。
私の手はやわらかく押しのけられた。
息を吐き出したとき、2番目のボタンがゆるめられる。

あっというまに1番下まではずされ、ゆっくりと前が開かれる。
ブラに覆われてない乳房のうえのほうに、やさしくキスが降った。

スカートもストッキングも、何もかもが剥ぎ取られ、裸にされる。
少しの間を置いてベッドが揺れ、体全面にいちどきに触れるものがある。
素肌が重なる。首に回された手が私の頭を支えるようにして、
唇が奪われ、同時に髪がなでられる。

……体のあらゆる部分がこの人を欲しがっている。
……髪の一本一本までが、触れ合いたいと泣き叫んでいる。

どうしようもない思いの中、私は両足を持ち上げて、腰をはさんだ。
からみつけるように、濡れた部分をおしつける。
そうしたくて動いたことが、なおさら「うずき」に火をそそぐ。

お願いを、私は口にした。
淫らな女と思われることの恥ずかしさよりも、
湧き上がる渇望のほうが私を支配していた。

入り口を探す動き。
もどかしさに、腰が知らず知らずうねってしまう。
ふとしたはずみで、位置が合った。

押し分けるように進んでくるもの。
それによってふたつに開かれたその部分が、卑猥な音を立てた。
恥ずかしさと、そして同じぐらいの欲望の強さに気づかされ、
目の前の胸に顔を埋めて、表情も思いも見えないようにした。

でも、つづいて中ほどまで埋められたとき、
その努力はすぐに意味を無くしてしまう。

もっと奥、お願い、もっと…

私はありのままの欲望を、はばかることもなく告げる。

そして…ついに私の中が、固くなったもので埋め尽くされた。
こみ上げる快感の中で、息をすることも出来ず、
ただ強く抱きしめることしかできない。

ゆっくりと、ゆっくりと押し付けられ、ゆるめられ…
そんな動きが始まったとき、
さっきの快感がほんの子供じみたもののように思えるほど、
あらがえない巨大な波に私は襲われる。

奥ののあらゆる場所にまんべんなく刺激が伝わり、
吸い込んだ息を吐き出すことも出来ず、ただなすがままになっていく。

私の意識とは無関係に、
奥のほうの場所が、つかみ、こねて、吸いこむようにあやしく動く。
訪れたものとたわむれるように、いくども。あきることなく。
そしてそのこと自体がもたらす強い快感が、さらに私を押し上げていく。

さきほどまでの押し付けるような動きが、今、少しずつ変化している。

押し込まれたあと、少しだけ引かれて。
そのたびに、私の入り口の部分が引きずられながら、
まるで意思を持っているみたいに、まとわりつこうとしている。
全ての感覚が、私の中で動き回るものに集中してしまう。

引かれたものが次に押し込まれるのさえ待ちきれず、
自分から腰を動かしてしまう。
淫らに思われることなど考えもせずに。

多分うわごとのように、
「好き」とくりかえしていたと思う。
快感よりももっと強くこみあげる、
私の思いをどうしても伝えたかった。

激しい動きの中、
私の名前が呼ばれる。唐突に。

薄れゆく意識がその言葉で呼び戻され、
目を開けようとしたときに、最後の一撃が私を襲った。

突き抜けるほど…奥まで…

こらえきれないほどの快感で、体中が満たされる。
意識が途切れた。

それはほんの数秒だったと思う。
目を開けると、田中さんの顔が目の前にあった。キスをされた。

おだやかなキスとはうらはらに、
繋がったままの場所は、
余韻を楽しむように、いくども締め付ける動きをくりかえしていた。
挿入されているものの形が、いやというほどはっきりわかる。

今、この人と私はつながっている。
いとおしくて、うれしくて……
唇をむさぼるように押し付けてしまう。

ことばが…見つからない…
そのとき私に出来たのは、
肌がより多くの場所で触れるように、強く抱きしめることだけ。
ただ、それだけだった。
そして、それで充分だった。

「ほほ〜うんうん。…なるほどね。
あんな地味な顔して。あ、ごめん。気にしないで。
いやぁ結構やるもんだから、ちょっと驚いた。
つかみはアクセサリーで、今してるのがそれ?
君枝ちゃんによく似合ってるよ。センスあるね〜、彼氏。
お次がクルージングディナー。
そして、海の見えるホテルの部屋がとってあって…と。
やるな〜敵ながら見事だ!」

「それでさ。やっぱりとことん、イかされちゃった…のかな?
もしかして、前よりもっとよかった…とか?」

「ふふ。いいよいいよ言わなくても。その顔見てわかったから。
女の喜び200%って感じだね」

「でも、聞くんじゃなかったな〜
ここんとこ男日照り続きだもんな、私。
つまみぐいでもいいから、ラブアフェアすっか。
君枝ちゃん見習って。うん、そうしよ!」

それから、月に何度かデートをした。毎回、違うところに行った。
ステキなクラッシックの生演奏のある店でフルコースだとか、
イタリア人のシェフがピザの事を教えてくれるお店とか。

渋谷の焼き鳥屋さんとか。
横浜の中華街に行って豚まんをかじって歩くデートもあった。
私の行ったことのない、いろんな所に連れて行ってくれた。

食事が終わり、店から外に出て歩き始めると、
腕にぶら下がるようにしがみついてしまう。
もっとそばにいたい。肌を触れ合っていたい……
そんな思いで胸が一杯になってしまう。

じっと待ってる。ひとつのことばだけを。

不意に立ち止まり、私を見て、ひとことだけ。
顔を上げてうなずくとき、私はぎごちない顔をしてると思う。
うれしいのだけど、こんなあからさまなおねだりをする自分が一方で恥ずかしくて。

部屋に入ると、まずお風呂。
抱っこしてもらって、落ち着くのがお決まりの手順。

そこでは、私はおしゃべりになる。
他愛もないことを次から次へと。
ちょうど、幼稚園から帰ってきた子供が、
その日あったことすべてを母親に話すみたいに。

すべてのものから解き放たれていく時間。
二人っきりの部屋。あたたかいその腕の中で。

さっきまで私の胸の先端を舐めていた舌と唇が、
今、少しずつ下の方へと向かっている。
わき腹を伝わり、腰骨のところで一度止まった。

方向を変え、
もものくびれをなぞるように、ゆっくりと中心へと移動を続ける。
たどり着くだろう場所のこと。その目に映ってるはずの私の姿。
顔と体が急に熱くなる。

反射的に腰をひねろうとした。
でも両手が私のお尻をつかんでいて、ピクリとも動かない。
あきらめるしかなかった。

私の中心のすぐそばまで近づいたとき、唇が離れる。
陰毛のそばにとどまったままの顔。
期待とおそれで詰めていた息を吐き出す。
それでも、敏感になってしまった体は、息がかかるたびにピクッとなる。

お尻にあった手が両足をつかむ。
そしてゆっくりと外側に押しやられた。
とっさに手で隠す。

無言のまま、手にキスされた。
さとすような柔らかいその感触に、手足の力がじょじょに抜けていく。
音のない言葉が緊張をほぐしていく。
手がはがされ体の横にそっと置かれた。

直接、触れることはしない。
でも、唇がほんの数ミリのすきまを保ったまま、
はざまのすぐそばを、上から下へと動いているのがわかる。
かすかな動きをとらえようと、感覚がそこに集中する。
うぶ毛の先までが官能を捉えるために鋭敏になっていく。

上から下、そして下から上、いくどもくりかえされる。

そしてひだの横に感触。そのまま粘りつくように舌が上下する。
反対側も同じようにやさしく。
閉じられたままの部分を無視するように、
いかにもそれが最終目的だったかのように。

私の奥のほうが、かすかに熱くなって、うごめいた。
そこから入り口の方へと、何かが伝わって…

いやだ。
もう、中で…あふれて……いる…

そう思ったとき、クリトリスに圧力を感じた。
覆っているものの上から。
下に向かってはじくように動いた。
強烈な刺激に思わず声が出てしまう。

舌は、そのままひだの頂上をたどって順繰りに下へと進んでいく。
一番下にたどり着き逡巡するようにとどまっている。
しばらくそうしていたかと思うと、かすかな圧力。

閉じられたものをかき分けて、もぐってくるやわらかさ。
あふれ出る粘液に満たされていた場所は、
あまりにもあっさりと二つに分かれる。

粘膜が外気に触れた感触とともに、あふれ出すものを感じた。
舌は左右に大きく開くように動き、
すくい上げたられたねばりを周囲に塗りこめている。

クリトリスの上にも垂らされたあと、
その周囲を、じらすように舌がくるくると回転する。
そしてまた、包皮の上に置かれる。
息を詰める。

軽やかな一撃。

「ダメ!」

そんなの…ダメ…

支えがほしくて、空いた手で頭をつかむ。
すぐさま強い力ではがされ、手首を握られ自由を奪われる。
そのあいだも、執拗に刺激が続けられる。

背中に力がはいってしまう。
拘束され身動きできないことに、恥ずかしさがつのる。

次々と押し寄せる快感は体中にいきわたり、
それが衰える間もなくつぎの刺激がくわえられ、
硬直した体が弛緩する間もない。
息ができない。

もう…だめ…いや…そんな…

そんな私の様子を見て取ったように、両手が乳房をつかむ。
指が器用に乳首をはさんで転がし始める。

あっ!
イク……

胸の上の両手を思いっきりつかむ。
次の瞬間、
真っ白なものが私の視界と意識の両方を埋め尽くした。


目を開けるとそこには田中さんの顔があった。

今、わたしがイってしまったところを、
見つめていたはずのその目。
恥ずかし過ぎる。目を閉じて顔をそむけた。

太ももが私の両足を跳ね上げる。
硬いものが入り口にあたる。
中に入ろうとはしないで、ゆっくりとひだの中を上下している。
先ほどの愛撫で濡れきっている場所から、そのたびに音がする。

動きが止まり、入り口にあたってる。
たぶん何の抵抗もなく奥まで入るはずなのに、
ゆっくり…押し広げるように…確かめるように…

感じるのは…言葉にできないくらいの…うれしさ


奥までおさめられたとき、こらえきれず唇を求めた。
むさぼるように吸い、舌をからめる。

いつしか私の口の中へ侵入した舌は、
性器のように粘膜を刺激し、蹂躙し始める。
間違いなく、口の中でも私は犯されていた。
執拗な愛撫に、より多くの官能を求めながら、
男の欲望をただ受け止めることに喜ぶ女となって。

下半身から別の動きが伝えられる。
体すべてが虜となって、私をとどめるものはなにもない。
うれしさを言葉であらわし、抱き寄せ、要望する。

徐々に早くなっていく動き。
あっ…いく…
そう思ったのもつかのま、絶頂がすぐに私を襲った。

しかし動きはとまらない。
官能のカーブが下降線を描き始める前に、
なおも激しく、わたしの中へとつぎつぎと押し込まれるもので、
すぐさま新たな絶頂へと押し上げられる。

そうして、
立て続けに、いくども達してしまう。


私は、確かに愛されている。
この人に。

* * * * * * * * * * * * * * * * *

「で、なんなの?用って?」
「えぇ、あの、ヒカリさんにはちゃんと話しておきたいと思って」
「なによ、急にあらたまって」
「私……お店やめようと思って……」

「そんな、突然……でもないか。
君枝ちゃんがいつ言い出すかなって、正直、思ってた」
「?」
「ぶっちゃけ、彼氏以外の男に抱かれてるのがつらくなった。
そうでしょ?」
「…ええ…まぁ」
「だよね〜」

「あの…ヒカリさんにはとってもお世話になったし、
だから、ちゃんとお話しを」
「いいのいいの。たいしたことしてないし、私。
気にしなくていいの」

「待てよ…ということは、借金はもう?」
「ええ。あらかた返しました。あと、当座のお金も残ってます。
それに知り合いの人に、次の仕事紹介してもらえましたし」

「すごいね。半年で全部返したんだ。ふ〜ん。
入ってきただけ出て行っちゃう私とは人種が違うのかぁ」

「あまりここでの仕事が長くならないうちに、
地味な生活に戻ったほうが、君枝ちゃんにとってはいいかもね。
もともと、ここに来たのが間違いみたいな感じだし」

そう言って、ヒカリさんはタバコに火をつけた。

「ところで、彼氏って…たしか所帯持ちだったよね?」
「えぇ」

「…余計なお世話だけどさ、あえて言うよ。
いずれさ、傷つく日が来る。だよね?覚悟はできてる?」


最初のデートの日。
田中さんは私に、家族がいることを告げた。
そして、家庭を壊す気もないと。

遊び…
普通ならそう考えるべきだろう。

でも、それでもいいと思った。
あの人は私にとって世界で一人。一番やさしい人。
そのぬくもりは、いつだってやすらぎを与えてくれる。
腕も体も、手も指も、笑顔も言葉も。
すべてが私を幸せにする。

かなうものなら、
あの人の腕の中で朝を迎え、
陽のあたるダイニングで、コーヒーをのんびり味わいながら、
たわいもない話をしてみたい。

さぁ、今日はどこに行こうか?って…

でも、もしも私が、かたくなにそれを望めば、
手の中にある何もかもが消えうせてしまう。

私は、その話を聞いたときに心に決めた。
ただあの人を愛することに。


「ええ、じゅうぶんに考えました」
「そっか。…じゃもう言わない。幸せになんなよ」
ヒカリさんのそんな優しさに、思わず涙があふれた。

「こらこら!君枝ちゃん!
言ったそばから泣いてちゃ、先が思いやられるじゃない?」

新しい職場は、工場の入出庫を管理するところ。
重たいものは若い男の人がやってくれるので、
私はほとんど電話番のようになっていた。
とはいっても、電話、FAX、メールと、
さまざまな形でひっきりなしに入ってくる出荷依頼を、
整理してきちんと伝票に打ち込むのは、思ったより大変だった。

間違えないように必死の毎日。
つくづく物覚えが悪い自分を呪ってしまう。
小学生の頃からなにも変わってない自分がいた。

それでも1ヶ月を過ぎた頃、なんとか仕事に慣れることができた。


二人でお風呂につかりながら、
新しい職場での話をいろいろとする。
めちゃくちゃな時間に納期指定する営業さんの話をした時には、
めずらしく怒ってしまって。

そんな反応もうれしくて、子供のように抱きついてしまう。
甘えてしまう。

「がんばりすぎてない?」

耳元でそう言われた。

ひとつだけ、私は心に決めていたことがあった。
どんな意味でも、この人に負担をかけたくはない、と。
一人でちゃんと生きてる女として、
何も考えずに愛していたかったし、愛されたかった。

そしていつか、どうしようもなく別れる日がきても、
大人でありたかった。
泣いて引き止めることはしたくない。
自分のために、そしてこの人のために。

「よしよし。大変よくがんばりました。
じゃ、がんばりやさんには、特別なごほうびをあげましょう」
「え〜なんだろう?」

答えの代わりに、
私の太ももの上をてのひらが滑るように動き始める。
お湯の向こうにゆらゆら揺れる手、
そして足からやってくる微妙な感覚。
いつのまにか首筋にあてられた唇。
背筋をかけのぼる快感が徐々に増していく。

「これの…どこが…とくべつ…なの…」
「あ?あぁ。いつもより心をこめた愛情表現、ということで」
「そんな…あっ!」

腿の間に来ていた指が、突然クリトリスを包皮越しに刺激した。
反射的にその手をつかむ。後ろに首を向けた。キスされる。
包皮越しの刺激はその間も止まらない。

「ね?どう?」
「ずる…い…ウッ」

何度もくりかえされる愛撫に、言葉がどうしても途切れてしまう。
もたらされる心地よさの中、
問い詰めることより、官能に身を任せるほうを私は選んだ。

包み込まれるように両腕に抱きとめられ、愛撫が続けられる。
そしてすぐに、いつもとおなじように。

私が発したため息とも悲鳴ともつかぬ声が、
バスルームにこだましていた。
それは、自分の声とも思えないほど、淫らな女の歓びの声。


「出よう。このままじゃのぼせちゃう」

抱きかかえられるように連れ出され、ガウンをかけてもらい、
籐の椅子に座る。
二人で冷えたビールで乾杯した。

「それで…はいこれ」
「?」
「いらないの?『特別なごほうび』なんだけど」

紺色の紙で出来た小さな手提げ袋が、手の中に置かれた。
促されるまま開けると、小さな箱。
中身は、ピンクの石がペンダントになったネックレス。
宝石には詳しくないけど、とっても綺麗だった。

「はい」

私の手から奪い取ると、背中のほうにまわって、
うしろから付けてくれた。けっこう器用に素早く。
手際のよさに驚かされる。

有無を言わさず手を引かれ、鏡の前に連れて行かれた。

「ほら。お嬢さん、とってもお似合いですよ。
このピンクトパーズはね、付ける人を選ぶんです。
肌の白い方じゃないと、正直きついんですよね〜、これ」

おかしいくらいまじめくさって、店員になりきってる。

鏡の向こう。おそろいの白いガウンを来た二人。
私の後ろから、片手はゆるやかに私のウェストに回され、
もう一方の手は、私の髪をかきあげて肩へとおしやる。
胸元に輝く光。後ろから覗き込む笑顔。

これ以上の、なにが必要なんだろう?

言葉はいらない。
向き直りその胸に顔を伏せる。
洗い立てのコットンの香りと、そして彼のにおい。

あごを指で持ち上げられ、キスされた。
いつのまにかガウンが落とされている。

裸であることの恥ずかしさはなくなっていた。

抱き上げられベッドに落とされ、覆い被さってくる。
首筋にキスされながら、下半身では足が開かれ、
そして挿入される。

幸せの時間が始まる。

携帯が鳴った。一人で夕食の方付けをしていたときだった。
あわててダイニングの携帯に駆け寄る。

しかし、つかの間の期待は見事に裏切られる。
番号表示は、あの人からの電話ではないことを告げていた。

なんで連絡くれないの?
明日の晩だよね、デート。いいとこ連れていくよって言ってたけど、
どこで待ち合わせかも決めてないじゃない。
んもう、どうしたんだろ。
こんなこと今までなかったのに。

なんか腹立たしくて、知らない電話は切りたい気分だったけど、
そういうわけにもいかず出る。

「はじめまして。私は中山といいます。
ちょっと田中のことで…
あ、君枝さん…ですよね?」
「はい、そうですけど」

この人は?なんで?この携帯に?

「田中とは同期入社で、ずっと友達…だったんですが」

………だった?

「あいつ、二日前の夜に、交通事故に巻き込まれて……」

沈黙。
直感が私にささやきかけてくる。
その言葉の続きを、私は聞きたくなかった。

「即死でした」

「1ヶ月前。あいつからあなたの電話番号を教えられて、
『オレになにかあったときは頼む、連絡してやってくれ』
そう頼まれていました」

「ひとに頭を下げることの嫌いなあいつが私に向かって深々と…
あまりにも真面目なその姿に、何も言わず引き受けたけど、
一月も経たずにこんなことになるなんて…」

「今思うと。もしかしたらあいつ、なんか感じてたのかもしれない。
あんときに、」

どうして?
つい、このあいだだって、あの人と会ったし、

私はこんな嘘を信じない!

「明日の晩、お通夜です」
私の思いとは無関係に、場所と時間が告げられる。

「私はずっと会場にいるつもりです。
あいつとは長い付き合いでしたから、
じっくり見送ってやりたいと思っています。
あいつは…ほんとにいいやつでした」

あの人は、高いひな壇の上で黒い額縁におさまっていた。
奥さんと子供が、その前で泣いている。

この場所で、私には感情を出す権利さえもない。
その事実の前に、必死で涙をこらえるしかなかった。

まぎれもなく、私はあの人のものだった。
でも決して、あの人は私のものでは、なかった。
過去も、今も。そして未来も。

部屋に戻ると、急に疲れを感じた。
そういえば昨日からろくに寝ていない。
喪服を脱ぎベッドに入るが、なかなか寝付けない。

…明日の朝、目が覚めても、あの人は戻って来ない。
そして一人っきりの私には、なにも残されてはいない。
生きる気力さえも。すべて。

昔読んだ神話が突然に脳裏によみがえる。
イカロスの翼。
教えを聞かず高く空を上り、太陽に近づきすぎて、
翼をつなげていた「ロウ」が溶けてしまう。

落ちていくとき…イカロスは後悔していたのだろうか?

翌日から会社に行った。
病み上がりということでみんなが大事にしてくれる。

あの日から半月が過ぎた頃には、
以前と同じように、日常は流れようとしていた。
私の心だけを置き去りにしたまま。

気が付くと、とっくに来てるはずの生理が遅れている。
ショック性のものかとも考えたが、もしやと思って婦人科に来てみた。

「おめでとうございます。妊娠3ヶ月です」
医師はそう言って、検査結果の紙から目を離し、私を見た。
そのなにげないしぐさは、私の心を見据えているように思えた。


そっか……

生きていく糧を失い、出口を失った私に、
これは、あの人がくれた最後の…プレゼント。
この世で、ただひとつ残された、ふたりのもの。

あの日からずっと私をおおっていた暗黒のベールが、
そのとき、ゆっくりと消えうせていくのがわかった。

「ありがとうございます」
笑顔の私を見て、医師は心なしか安心したように見えた。

「じゃ、忘れずに役所で母子手帳もらってください」

病院のドアをあけ、外に出る。
空は、雲ひとつなく晴れていた。

こんな決断自体がまちがいなのかもしれない。
おそらく、これまで以上につらいことが、たくさん起きるだろう。
一人で子供を産み、そして育てる。女一人では大変なことだらけだ。
でも、それに耐えられる自信が私にはあった。

足を止め、おなかに手をやる。まだなんの兆候もない。

でも、このことを悔やむことはないと思う。
これから先も、ずっと。
なぜなら、少なくとも私の生きる意味を、
この子は教えてくれたのだから。

たぶん『翼』が背中に生えているキューピッド。
この子がいれば、私はこの空に羽ばたける。

そう。三人が一緒ならば、私は、大丈夫。


翼 〜Wing〜      The end






SS一覧に戻る
メインページに戻る

各作品の著作権は執筆者に属します。
エロパロ&文章創作板まとめモバイル
花よりエロパロ