39@FHD/元ネタ:ファイターズヒストリーダイナマイト
シチュエーション


川面を流れる風が、俄かに冷たく湿り出す。辺りが急速に薄暗さを増し始めたのは、そろそろ西の地平に傾きつつある陽の所為だけではない。
河を渡る小さな舟の上で、船頭の男は静かに顔を上げた。
年の頃はせいぜい三十路前、だがその精悍な面差しには年に似ぬ老成した落ち着きを湛えている。

じきに一荒れ来るであろう前兆に、男は軽く眉をひそめた。
その読みが正しい事を示すかの如く、遥か遠くから雷鳴が聞こえて来る。既に上流ではまとまった量の雨が降り注いでいるのか、濁った流れに抗う櫂が徐々に重くなっていくのが分かった。
元々、ほとんど地元の人間しか利用しない交通手段である。今日は恐らく、先程向こう岸に渡した客で仕舞いであろう。
後は戻るだけである事を幸いに思いつつ、男―八極拳士・李典徳(リー・ディエンドー)は束ねた長髪を翻し、対岸へと舟を急がせた。

「お仕事、もう終わり?」

舟を舫い終えて詰所へと帰ろうとした李の背中に、突然若い娘の声が投げ掛けられた。

「申し訳ない、今日はもう…」

客か。応えつつ振り向きかけて、その流暢だが僅かに韓国訛りのある広東語に気付く。
その声には、確かに覚えがあった。

「お前は…」
「久しぶりね、李さん!」

結い上げられた黒髪。いかにも快活そうな、美しくも勝気さの方が際立った顔立ち。引き締まった腕と脚を、惜しげもなく見せ付ける動き易そうな軽装。
野宿を伴う旅の途中と思しきバックパックを背負いこちらを見上げる娘は、確かに記憶の中の道着姿の彼女と重なる。
先の試合―第二回世界格闘技選手権の準決勝戦で出会い、そして破った「テコンドー界の若き女王」こと柳英美(リュウ・ヨンミー)であった。

「どうした、こんな田舎に旅行の下調べにでも来たのか?」
「ううん。わたし、あなたに会いに来たのよ」

ツアーコンダクターという彼女の本業を思い出すが、今ここにいるのはどうやら仕事とは無関係のようである。

「私にか?何故…」
「聞いたわ、またあのK≠ノ勝ったんですって?凄いじゃない」

K=B二度に渡る世界格闘技選手権の主催者にして決勝戦の相手をも務めた格闘技界の帝王であり、その昔やはり八極拳士であった李の父を野試合の果てに殺した、言わば親の敵でもある。
怒りと憎しみに、一時は激しく身を焦がした。己の心身を高める為の力と技を、何の躊躇いもなく復讐の刃と変えようとした時期さえあった。
だが、今は違う。また、あの時も。

「そんな事を言う為にわざわざ来たのか?全くご苦労な事だ」

昨年に引き続く世界格闘技選手権の制覇、それは即ち世界一の格闘家の称号をより強固な物とした事を意味する。

「何よ、嬉しくないの?」
「私の積んだ修業の成果が、今回も奴のそれに勝っただけの事。その結果に過ぎん」

だがその名声に全く驕る事なく、更なる高みを目指して終りなき修業に打ち込む真の八極拳士。
出会ってたった一戦交えただけだったが、英美にとって初めての敗北となったその試合は、彼女にこの李典徳という男の武術家たるべき真摯な性格を印象づけるのに余りにも充分であった。

「ふうん、相変わらずストイックなのね。でも、李さんならきっとそう言うと思ってたわ」

やはり彼は、あの時からずっと思っていた通りの人物であった。
改めて覚えたその好ましさに、笑みが浮かぶ。

「ところで、その修業の成果なんだけど…今もちゃんと生きているのかしらね?」
「…何が言いたい?」

つい口の端に現れた好戦的な響きは、さすがに読み取られてしまったらしい。
だが、敢えて隠す気もない。

「じゃあ単刀直入に言うわ。また勝負して欲しいのよ」

言うなり、英美は背中の荷物を河原に放り投げて構えた。

「何だと!?」
「いくわよ!」

始まりの挨拶代わりに、テコンドーならではの鋭い飛び後ろ回し蹴りを放つ。
身体中の瞬発力とバネを見事に効かせた足技は、しかし掲げられた腕にあっさりとブロックされた。

弾かれるように間合いを取り、低く腰を落とした八極拳の構えを取る。
彼女のテコンドーに対する深い愛着と誇りが感じられる、相も変わらず胸のすくような美技であった。
防いだ腕は大事こそ無かったが、肩まで痺れるその衝撃はやはり侮れない。

「今の蹴り、ちょっと自信あったのに…やっぱり、あなた強いわね!」
「世辞や減らず口など無用。私を倒したければ、全力でかかって来い!」
「ええ、そのつもりよ!」

膝で牽制しつつ一足跳びに距離を詰め、前に戦ったあの時よりスピードも切れも格段に増した凄まじい蹴りを縦横無尽に飛ばして来る。

「ふっ、はっ!えいっ!」

これまた相も変わらずの、ひたむきで狡さのない攻めであった。
確かに強くなった。だがこの程度では、まだまだ李を打ち負かすには至らない。
更に何が今の彼女をそうさせているのか、痛々しいほど全てをぶつけてくるような無謀なその戦いぶりは前にも増して顕著になっていた。

初手を交わして、どれくらい時間が流れただろう。
曇天模様だった空はすっかり暮れ、いつしか二人の身体に冷たい雨の飛礫を浴びせていた。

「はぁ、はぁ…」

未だ涼しい顔の李に対し、やはり先に息を上げ始めたのは英美の方だった。

「どうした、もう限界か」
「舐めないで…まだまだ、これからよ!」

側面へ回り込むステップからの上段蹴りを、李は上体を軽く引いただけでかわした。
最初の勢いを失いすっかり大振りで単調なものとなった今の彼女の技は、最早見切るのは造作もない。

「きゃっ!」

軸足に低く足払いをかけ、そこへ素早く踏み込む。

「はっ!!」

体勢を崩し全く無防備となった鳩尾に、勁を込めた掌打―八極拳の奥義、猛虎硬爬山を叩き込んだ。

「っ…」

必殺の重い一撃に気を失った英美の身体が、眠るように均衡を失う。その肩を掴んで支え、しっかりと抱き止めた。
香水か或いは肌そのものの匂いか、咲き初めの花とも果実ともつかぬ甘い香りが仄かに鼻腔をくすぐる。
あんな男顔負けの技を操る癖に、その肢体は思ったよりずいぶん頼りなく柔らかい。

雨足は先程より弱まるどころか、雷を伴ってだんだんと勢いを増していく。この様子では、少なくとも今夜はこのまま一晩中荒れ続けるであろう事が容易に予想出来た。
今夜は李しかいない船頭の詰所に戻れば、熱い湯を浴びて着替える事が出来る。そして簡素だが仮眠を取る為のベッドも、こうした場合に一晩を凌ぐくらいの充分な備えもある。
とりあえず、今は速やかに二人でそこへ避難するのが最善に思われた。

「うぅ、んっ…」

冷えて寒気を帯び始めたのか、腕の中で艶めかしい声が上がる。

「…いかんな」

知らず身の内に燻り始めた男ゆえの劣情を振り払うと、李はぐっしょりと濡れたその身を抱え上げた。

屋根を叩く喧しい雨の音が聞こえる。
ようやく目を覚ました英美が最初に見たのは、見覚えのない室内の明かりであった。

「え…えっ?」

かけられた毛布を除け、緩やかに慣れてきた目で辺りを見回す。粗末だがただ眠る分には充分なベッドに寝かされ、すぐに手の届くその傍らには自分の靴とバックパックが置かれていた。

――ここは?

まだずきずきと残る全身の痛みを押して起き上がると、濡れた身体を包んでいたバスタオルがはらりと落ちる。

「やっ…!」

反射的に身を改めたが、丹念に水気を拭い取られた着衣のどこにも乱れはない。
濡れた服を脱がせず、だが体温を奪われぬように次善の策として誰かがわざわざこうしてくれたのだ。

次第にクリアになる意識に伴い、直前の記憶が次々と甦ってくる。
李に会いにここに押しかけ、一方的に勝負を吹っかけた事。自分なりにあの時よりも腕を上げたつもりだったが、更に上を行った彼に再び負けた事。
だが自分は何故、この場所にいるのだろう。一体誰が、ここまで介抱してくれたのだろう。

――もしかして、李さんが…?」

状況からどう考えても、李以外に有り得ない。
夢か現か思い出される彼の体温、抱き止められた胸のがっしりとした感触にみるみる顔が火照っていく。

「気がついたようだな」

突然のドアの開く音、降ってきたその声に心臓が勢い良く跳ね上がる。
既に湯を浴び傷の手当てを終えた様子で、洗い晒した拳法着に着替えた李その人が入ってきた。

「李さん…」

ここは一体どこか、どのような経緯を経て今に至るのか。
どぎまぎしつつ矢継ぎ早に尋ねる英美に対し、憎らしいほど冷静に李は一つ一つ淡々と答えて聞かせる。

「ごめんなさい、すっかり迷惑かけちゃったわ」

厚意のまま身繕いを整えて手当てを受け、人心地がついた所で英美はさすがに申し訳なく頭を下げた。

「いや、構わん」

その顔を上げさせるかのように、淹れたての茶で満たされた湯飲みが差し出される。
程良く熱い茶は、湯で心地良く温まった身体に今度は内側から優しく沁みた。

「おいしい…男の人って、あまりこういう事はしないものだと思ってたけど」
「一人身の上、こんな男所帯の最年少だ。飯や茶の用意くらい、嫌でもすぐ慣れる」
「ふうん、必要に迫られてって訳?」

彼らしく冗談の欠片もない言葉に安堵を覚えながら、英美は湯飲みに口をつけた。

「それにしても何故、突然私の所へ来た?」

戦いの最中からずっと気になっていた李の疑問に、二煎目の茶を受け取ろうとした手がふと止まる。

「えっ、それは…言ったじゃない、あなたとまた勝負したくって」
「それは分かっている。だが、ならば何故次回の試合まで待たぬ?」
「……」
「急かずとも、その時までじっくりと修練を積んでいればもう少し結果は違っていただろうに」

決して責めるつもりではなかったが、さっきまで明るかった英美は急に黙り込んで俯いた。
雨音が、いっそう重苦しく響く。

「それとも、そうまでして今すぐ私と戦いたい理由でもあったのか?」
「…どうしても会いたかったの、李さんに」

噛むように固く噤まれていた唇が、ようやく何かを白状するように開く。

「だって、わたし…」

あの真っ直ぐな攻めを思い起こさせる語気と眼差しが、こちらを射抜いてくる。
だがその瞳はすぐに伏せられ、突然大粒の雫をぽろぽろと零し始めた。
後は、言葉にならなかった。

何事かと思わず立ち上がった李の胸に、先刻抱き止めたあの感触が今度は自らの意思で飛び込んで来る。
突然の涙、普段の気丈な英美からは想像もつかない無防備なしおらしさに内心困惑しつつも、李は幼い子供のように泣きじゃくる彼女の肩を受け止めた。

嗚咽で苦しげに震える背中を撫で擦ってやると、自然と恋人同士のように抱き合う格好になる。
拳法着の襟元を掴んだ手が、きつく握り締められた。

「ごめんなさい、訳分からないわよね…ちゃんと説明するわ、だからもう少し…」
「焦らずとも良い。落ち着くまでこうしていろ」

濡れた目元を、ぎこちなく指先で拭ってやる。それでも宥めきれぬ涙は、全て胸に押し当てる事にした。

「わたしの父と母も…テコンドー使いだったわ」

ようやく乱れた呼吸を落ち着けた英美は、李の胸に頭を預けたまま少しずつ語り始めた。
両親譲りの技でテコンドー界を制した喜びも束の間、三年前彼らはK≠ニ呼ばれる格闘家との勝負に出向いたまま行方不明になってしまったのである。
手がかりを求めてK≠フ主催する世界格闘技選手権に出場し、惜しくも李に敗れた後も独自に両親の消息を追い続けた。
しかし旅の果てに英美を待ち受けていたのは、余りにも受け入れがたい真実であった。
K≠ノ敗北を喫した父はその場で自らの命を断ち、それを看取った母も何処かへ姿を消したという。

人知れず憎しみと深い絶望に打ちのめされたそんな折、風の噂で李の二度目の優勝を耳にした。
同時に、知る事となる。彼もまた、かつてK≠ノよって父親を殺されていた事を。

自分と同じ、というのはおこがましい。
だが拳を交えれば分かる。あの穏やかに研ぎ澄まされた力と技は、負の感情を糧とした禍々しいそれとは明らかに異質なものであった。
現に彼は父親の敵に二度も相対しながら、二度とも止めを刺す事無く勝利している。
あの強さは、憎しみに打ち克ち私心を乗り越えて得られたものだったのだ。

どうすれば、彼のように心まで強くなれるのか。もう一度戦って、その強さを改めて確かめてみたい。
もう一度、会いたい。
初めて両親以外に覚えた尊敬と羨望の念は、知らぬ間に一人の男に対する想いへと変わっていた。
日毎に募るその気持ちに居ても立ってもいられなくなった英美は、ついに休暇を取って中国行きの飛行機に飛び乗ったのだった。

道理で、ただ勝負を挑みに来るにしては少々不自然だと思っていた。
よもや彼女もまた、敬愛する父親を死に追いやられていたとは。
この自分とてようやく乗り越えた苦しみを、女の身で今まで一人抱え込んでいたとは。

「だから…また負けちゃったけど、会えてとても嬉しかったの」

自分を慕ってここまで来たこの美しく一本気な娘がいじらしく、またいとおしさを掻き立てられる。

「あなたが、好きだから…」

真っ直ぐに見上げてくる潤んだ瞳から、また一筋新たな涙が流れ落ちた。思わずその頬に触れた李の手に、英美の掌が重なる。
挟まれた手に感じるほんのりと優しい体温、娘ゆえの肌の滑らかさが身体の芯を鋭く焼く。
一度は抑えたはずのどうしようもない衝動が、また熱く猛り出していくのが分かった。

縋りついたままの彼女を、緩く突き放す。

「…今夜はもう遅い。私は向こうの部屋で寝るから、お前もここの内鍵を閉めてもう寝ろ」

ぶつけられた真剣な気持ちを、結果的にはぐらかしてしまうのは本意ではない。
だがこのまま一つ部屋にいては、その想いにつけ込んで何をしてしまうか分からない。彼女の望まぬ事ですら、力ずくで無理矢理にでも完遂してしまいかねず恐ろしかった。

「李さん!」
「分かるだろう、私とて木石ではない。これ以上、お前とここにいては…もはや己を保てぬ」

子供でもあるまいし、苦しく押し殺した言葉の意味は察する事くらい出来たはずである。

「…いいわ」

しかし返ってきたのは、意外な答えだった。

「お前…」
「要は、そういう事…でしょ?いいわ、あなたとなら…そう、なっても…」

恥らって消え入るような語尾の代わりに、李は己の理性の鎖が弾け飛ぶ音をはっきりと聞いた。

ごくり、と音を立てて目の前の彼の喉仏が動く。

「!」

次の瞬間には強い力で抱きすくめられ、英美の身体は今まで寝かされていたベッドの上に体重をかけて押し倒されていた。
痩身だが逞しく鍛え上げられた肉体の重みに酔う暇さえ与えられず、唇が奪われる。

「んっ…んぅっ…」

幾度も角度を変え、触れるだけの口付けがひたすら繰り返される。
思わず緩んだ唇の隙間から、お世辞にも慣れているとは思えない性急さで舌先が入り込んでくる。本能に任せて荒々しく口中を貪る愛しい男の舌を、英美は目を閉じて受け入れた。
濡れた粘膜同士が擦れ合い、捕らえられた舌が音を立てて根元から執拗に絡められる。

「っ…んっ、ふぅ…」

これから先の行為を予感させるその感触、密度の濃い水音の卑猥さに徐々に身体中の力が奪われていく。
代わりに怖気にも似た得体の知れぬ疼きが背筋を走り、じわじわと下腹に向かって収束し始めた。

「っは…ぁ…」

同じ茶の香りの残る互いの唾液を引きずりながら、ようやく唇が解放される。
はっと我に返り目を開けると、李の手は衣服にかかっていた。程なく着衣から髪を結った飾りまで全てをほどかれ、英美は生まれたままの姿に剥かれてしまった。
戦いの時にも似た、熱の込もった双眸がこちらを見下ろしてくる。
その中に映り込む一糸纏わぬ身体を晒した自分に、否応なく彼の視線を意識してしまう。

「いやっ…見ないで…」

手で肌を覆い隠そうとするが、自らも拳法着の上を脱ぎ捨てて上半身裸になった李はしっかりと両腕を押さえつけてそれを許さない。
せめて視線を逸らして羞恥に耐えるも、見られているという事実は根本的に覆せない。

「望んだのは、お前もだろう?」

耳元で低く囁く唇が、首筋から喉笛を辿っていく。

「だっ、だけど…や、ぁん、あぁっ…!」

ただ息がかかり肌を啄まれるだけで身の内に爆ぜるもどかしい感覚に戸惑い、英美は淫らに身を捩った。

抗って身じろぐ度、形の美しい豊かな両の乳房も目の前で柔らかく弾んで揺れる。その中途半端な抵抗が余計に男を誘い燃え上がらせるという事を、思っていたよりずっと初心なこの娘は全然分かっていない。
縛めた腕を頭の上で一括りにして片手に持ち替え、李は空いた手で胸を包み込んだ。
力を込める度しっとりと掌に心地良く吸い付く膨らみの上で、桜色の小さな果実が主張し始める。
透き通るような丘の白さと頂の清らかな淡さに誘われるままに、固く熟したそれを軽く摘んだ。

「きゃっ、そこは…!」

びくりと背が跳ね、結果として李に感じやすい胸を差し出してしまう。

「ほう、ここが良いのか?」
「や…違っ、あっ…いやぁ…っん!」

ただ指先で弄ぶだけでは飽き足らず口に含んで責め立ててやれば、吐息の交じった声は一段と色めいた甘ったるさを増した。

うっすらと痕の浮いた腕を放してやるが、もう言うほどの抵抗は感じられない。

「やはり、嫌か?」

行為そのものを嫌がっている訳ではない様子だが、念には念を入れる。

「今ならまだ、拒まれれば止めるくらいの分別はあるが」
「…もう、何度も言わせないでよ…」

息を荒げつつも、そう答えるのが彼女らしい。

彼女も同じくまだ先を望んでいると解釈し、愛撫する手を下に滑らせていく。

「ぃっ…!」

程良く筋肉の乗った太腿を撫で上げ、濡れそぼったその部分に指が這うと、さすがに詰めた息が漏れた。
拒絶と取られかねぬ言葉をもう口走らぬように意識してか、これ以上あられもない声を出さぬようにか、歯形が残るほど指をきつく噛み締めて耐えている。

「そうまでして堪える事はない。声を聞かせてくれ」
「え、だって…そんなの、恥ずかしいじゃない…」
「大丈夫だ。ここには、私とお前しかいない」

不意を突き、柔らかい茂みを掻き分けて秘裂に触れる。

「…きゃっ、あぁん…!」

愛液のまとわりつく指を擦り上げると、溜められて却って色香を増した悲鳴が迸った。

「李、さん…」

蕩けきった英美の声が、自分の名を紡ぐ。浅く早い喘ぎの間に切なく響く己の名に、彼女をこうさせたのは他の誰でもなく自分だという事実に、李の欲望は勢いを増して滾るばかりである。
殊更に口付けの時よりも濃厚な音を立て、潤いを湛えた襞、探り当てた花芯を何度も何度もなぞる。

「ぁあ…!」

蹴りさえ忘れて頼りなく震える脚を押さえつけ、シーツまで濡らすほどに快感の証を溢れさせたそこに指先を沈めていった。
潤って尚狭過ぎるそこは、蜜を絡めてぬるつく指のたった一本でさえ難儀する。

男の自分には想像もつかないが、指でこれ程ならましてやこれから侵入する物にはどれほど酷い苦痛を強いてしまうのだろうか。
それだけはどうにかして和らげてやりたくて、柔肉を掻き分けじっくりと時間をかけて解きほぐす。
そんな気遣いとは裏腹に既に拳法着の下で半身は熱く固く反り返り、指でさえきつく締め付ける極上の快楽の予感に身震いさえ覚えていた。

「初めてか」

今までの反応とあまりにも初々しい不慣れさに手を止め、ずっと気になっていた事を口に出してみる。
潤んだ瞳がゆっくりと焦点を結び、小さな頷きが一つ返ってきた。

「し、仕方ないじゃない…わたしの国じゃ、こんなおしとやかじゃない女は受けが悪いのよ」
「…そうか、韓国の男共は随分と見る目がないものだ」

言いつつも普段の強気な彼女の言動を思い出し、さもありなんと深く納得する。

「それにこういう事って…簡単にしたくなかったの。本当に、好きな人とじゃなきゃ…」
「私で、いいのか?」
「あなたで、じゃないわ。あなたが、いいの…」

その言葉を合図に李は拳法着と下着を脱ぎ去り、ずっと待ち焦がれていた自身をあらわにした。
さすがにそれだけは直視出来ないのか、英美は在らぬ方向に顔を背ける。
脚を思い切り開かせ、ふっくらと瑞々しく熟れたその中心の入り口に先端を宛がった。

「痛っ…!」

予想を遥かに上回る痛みと圧迫感が、英美の身体を貫く。
いくら初めてとはいえ話くらいには聞いていたし、彼ならばと覚悟も決めていた。なのにその決心さえも揺らいでしまいそうな衝撃に、全身は慄いて言う事を聞いてくれない。
気が付けば、しがみついた李の背中に爪を立てていた。

「落ち着け、そんなに力んでは痛くなる一方だろう」
「無茶言わないでよ…だってこれ、こんなに大きくて…指よりもずっと太いのに…!」
「…大胆だな」

苦し紛れにひどく恥ずかしい事を口走っていたのに気付き、耳まで赤く染まる。

脱力した一瞬の隙に、ほんの少しだけ腰が押し進められた。最初よりは痛くない。

「あ、今…」

その意味は、理解してもらえたらしい。
耳朶から首筋を甘噛みし、肌のあちこちに赤い痕を付けつつ緊張を逃がしてやりながら、李は少しずつだが確実に英美の中に入ってきた。

身の最奥を引き裂かれるようなひときわ強い一瞬の激痛の後に、下腹同士がぴったりと重なる。

「大丈夫か、痛かっただろう」
「ううん…もう平気」

望んだ男に純潔を捧げられた嬉しさと誇らしさに痛みも忘れ、英美は気遣わしく見下ろす李の首に腕を伸ばした。
汗で乱れた後ろ髪の束をほどき、指先で梳いて括り直してやる。

頭を掻き抱き、耳元で小さくねだった。

「良いのか」
「うん…試合の時に来ちゃうといけないから…いつも薬を飲んでるの」

重なった胸から伝わる同調した鼓動に、今の彼も見た目ほど冷静ではない事を知る。

具合を確かめるように、まずはゆっくりと抜き差しが始まる。まだ僅かな痛みと異物感は残っていたが、一度彼を奥まで迎え入れた身体にもう何も迷いはない。
ゆらゆらと揺れていたベッドが、徐々に大きく軋み始めた。
きつく閉ざされた内壁を押し開かれ、返しの部分で擦られる刺激の連続に、破瓜の鮮血の混じった新鮮な蜜は泡立つほど練り上げられて粘度を増す。

「あっ、ぁ…は、あん…ぁっ…」

慣れてしまえばその激しい往復は容易に苦痛を塗りつぶし、ただ肌の表面を愛撫されるのとは桁違いの快楽に英美を溺れさせた。
朦朧とした意識は急速に浮き上がり、そして叩きつけられるように沈む。
全ては幸せな夢で、今に何もかも消え失せてしまいそうで怖かった。

「李…さん、李さん…!」

愛しい男を何度も呼び、遠ざかりそうな意識を繋ぎとめる。
与えられる全てを逃すまいと、夢中になって李の身体を求めた。下から手を伸ばして自分から口付け、彼をより奥深くまで誘い込むべく脚を胴に絡めて引き寄せる。
その反応に箍が外れたかのように腰の動きは力強く振れ幅を増し、肌と肌の打ちつけられる湿った音と男女の息遣いが雨の音に負けず部屋の中に響いた。

「英美…」

強く穿ちながら、快感に掠れた声が初めて名前を呼ぶ。

「っ、名で呼べ…典徳、と…」

眉根を寄せ苦しく歪められた、まるで苦痛を堪えるようなその表情に、李もまた同じく限界を迎えそうな事を知る。

「…典、徳…。典徳…ぅっ…あ、あぁん…!」

きちんと名を呼んでもらえた、名で呼ぶ事を許された甘酸っぱい嬉しさを噛み締めた刹那、それは不意に訪れた。

無意識に腰から身体の奥が引き攣り、断続的に李の物を締め付けた。
力が入らずついに首筋から滑り落ちた手が強く握り締められ、指が絡み合う。

「く、うっ…!」

悩ましいとさえ思える男の微かな呻き声、ひときわ強い脈動と共にどくどくと胎内に注ぎ込まれる精の熱さを最後に、英美の意識は真っ白に煌いて消えた。

「雨…まだ止まないわね」
「ああ、この調子では明日も舟は出せんな」

混ざり合った男女の体液と汗でしっとりと湿ったベッドの中で、未だ身の内に残り火のように灯る絶頂の余韻を愉しみながら、二人は弱まる気配もなく降り注ぐ土砂降りの音を聞いていた。
夜半を過ぎて冷えた空気に、互いの素肌の温もりが心地良い。

「ごめんなさい…血で汚しちゃったわね。後が大変でしょ」

シーツに目を落とせば、あからさまに情交の跡と見て取れる真紅の花が滲んでいた。
血液は洗っても落ちにくい。次にこの詰所のベッドを使う船頭仲間に見咎められでもしたら、言い訳がさぞ大変だろう。

「明日はここの片付け、わたしも手伝うから」
「ああ、それは助かる…」
しおらしく詫びる英美に一つ口付けを落とし、李はふと考え込んだ。
「…いや、やはりいい。その代わり」
「その代わり…何?」
「英美…ここを出たら、私の家で朝飯を作ってくれぬか。食後の茶も忘れずにな」
「え…ええっ!」

瞬時に赤面する彼女に、更に続けた。

「一度私も、好きな女に飯や茶の用意をしてもらいたいと思っていた。頼めるな?」
「…はい」

男勝りで気の強い、だがその実一途で純情なテコンドー使いの娘は、真っ赤な顔のままこくりと頷いた。

(終)






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