シチュエーション
初めて味わう感触。第一印象としてのそれは、『気持ち悪い』の一言に尽きた。当たり前だ、自分の身体が意識を置いてけぼりにして熱を発しているのだから。 「・・・あ、あぅ・・・えっと・・・」 学校で習った性教育の知識を総動員して、現状を確認する。自分のこれは、女性としての本能から来る分泌作用である。うん、合ってる。こういった時の対処法としては・・・ 「・・・っ!」 その具体的な『方法』に思い当たってしまい、瞬時に顔が真っ赤に染まる。あっという間に焼き林檎が一つ出来上がり。しかし、それ以外の方法で『この』現象が収まるとも考えづらい。 「・・・うぅ・・・」 正直に言えば、年頃の興味と言うものが少なからず有ったのも否めないが。あくまで応急処置の一環だと自分に言い聞かせ、咲耶は恐る恐る、自分の『そこ』に手を伸ばした。 下着の上から、足の付け根に触れてみると、微かな湿気が指先に触れた。 (ん・・・なんか、へんな感じ・・・) これまで見慣れてきた自分のそこが、まるで別の生き物のように思えてくるから不思議だ。 「ん・・・」 おっかなびっくり、といった感じに、下着の上から指で触れる。 「ひぅっ・・・」 途端、何とも言えない気持ちの悪さを感じて指を離す。 「・・・・・・うー」 で、心臓をばっくんばっくんと高鳴らせながらも、もう一度指を這わせる。 「・・・っ、ん!」 以下ループ。 (・・・む、無理!むり!ゼッタイ、絶対に無理だよぉ・・・) どうにも事が進まない。五分ほどそうしているうちに、咲耶は羞恥心に押し潰された。一気に緊張の糸が途切れ、ぜぇはぁと荒い息を吐きながらベッドの上で大の字に身体を伸ばした。 (・・・そもそもこれって、一人ですることじゃないような・・・) 不意にそう思い、むー、と唸る。いろいろな意味で間違ってはいない意見だが、そういった場合があることを彼女は知らない。 まあ確かに、男女が一人ずつ居なければ性行為は成り立たない訳で。偶に同性間での物もあるにはあるのだが、どうにも咲耶はそっちの方向の物は生理的に受け付けない。 話を戻すが、だったら咲耶にとって、対になる異性と言うのは・・・ 「・・・あう・・・」 瞬時に和宏の顔が脳裏に浮かび、もとから赤かった顔が更に赤くなる。きっと今なら顔から火が噴ける。実際に噴く気にはならないが。 (・・・お、お付き合いしてれば、そういう事もあるだろうし・・・れ、練習!練習!もしかしたらかずくんとそういう事するかもだし・・・だからこれは別にやましい事では・・・うぅ) 熱暴走を続ける脳内でとんでもない理論が展開されるが、理論の内容に耐え切れず、先に脳が焼き切れる。しかし、和宏にだったらそういう事をされたいという欲求もあった。 (・・・かずくんに、されるんだったら・・・) その言葉で、思考の一部にもやが掛かる。のろのろと持ち上げた右手を、再び足の付け根へと持って行き・・・ 「ふぁ・・・んんっ・・・!」 今度は指は離れなかった。 右手を下着に宛がったまま、咲耶は器用に左手で上着のボタンを外した。呼吸が苦しくて、身体が異常に熱かった。 「ぁ・・・っ・・・はぁっ・・・」 目を閉じると、和宏の笑顔が見えて。けど、もしも自分の衣服を脱がせる時は、多分彼はもっと意地悪い笑みを浮かべるのだろう。 (かずく・・・っ・・・) するり、と。ブラウスの袖から、腕が驚くほどスムーズに抜けた。何かに取り憑かれたように自分の身体が動く。 『咲耶、好きだよ』 瞼の裏の和宏が、そう言って咲耶の額に口付ける。気恥ずかしさに固まってしまった咲耶は、そうして彼の掌を受け入れる。 ブラの上から胸に触れてみる。小さい頃、医者に連れて行かれると、聴診器を当てられて、くすぐったくて笑い転げたくなった事があったが、あの時とは何もかもが違う。 「ん・・・!」 そこから、力が抜ける。いや、掌の力が、そのまま背筋に伝わって身体を勝手にしならせる。自分の手で触れてこれでは、和宏に触れられた時、自分はどうなってしまうのだろうか。 「っ、あ・・・」 同時に、無意識のまま右手が下着の下へ潜り込んでいた。既にそこは洪水が起きていて。それを認識した瞬間、余計に恥ずかしくなって。 「あっ・・・ひぅ、んっ・・・!」 途端、変な方向に力が入り、そこに鋭い刺激が走った。 (・・・わたし・・・どう、なっちゃう、の・・・っ!?) 気が付いた時には、底なし沼に肩までどっぷり。というのは些か言い過ぎだろうが、既にその快楽の沼から、一人では脱け出せなくなっていた。 「やぁっ・・・かず、く・・・っ」 救いを求めるように、和宏の名前を呼ぶ。けれど瞼の裏の和宏は、そんな咲耶をいとおしげに眺めると、更に咲耶を攻め立てる。 「ふっ、あ・・・ぁあっ・・・」 指が、意識に反して動きを早める。クレヴァスから蜜が溢れ、咲耶の理性を削ぎ落として行く。 (っ、あっ、や・・・もうっ・・・・、――――――――っ!) 声にならない悲鳴を、引き結んだ唇から漏らして、幻影に抱かれる咲耶の意識が、綺麗に弾け飛んだ。 「・・・・・・うぅ、ん・・・」 不意に目を覚ますと、そこには見慣れない天井があった。ここはどこだろう、と辺りを見回すと、見覚えのある部屋と本棚が見えて、そこが和宏の部屋なのだと分かった。 (眠っちゃったのかな・・・いけない、今日の分の宿題終わってなかった・・・) まだぼんやりと霞のかかった視界が、徐々に晴れる。鉛のように重たい瞼をごしごしと掌で擦りながら、脱ぎ捨てていた上着を手に取り・・・ 「・・・・・・?」 はた、と。唐突に我に返り、自分の身体とその周囲を見回してみる。どうして自分は上着を脱ぎ捨てていたんだろう。それに何で右手からチーズっぽい臭いが漂って来るんだろう。 「・・・・・・」 たっぷり十秒かけて収集した情報が数点。とりあえず、和宏のベッドの上である。そして現在時刻は正午のちょっと前。極めつけに、自分の着衣は激しく乱れている。 「・・・・・・」 頭を抱えてみた。 「・・・・・・?」 色々考えてみた。 「・・・・・・っ!?」 諸々思い出した。 (わ、わたし・・・かずくんのベッドで・・・なんて事・・・!) 思い出したくない自分の痴態をホップステップジャンプの順番で思い出し(もとより思い出したくないから忘れていたのだが)、頭から湯気でも出そうな位に顔を赤くする咲耶。 (・・・と、とりあえず服着なきゃっていうかシーツどうにかしなきゃっていうかおじさん達帰ってきちゃうっていうかお腹空いたってああもうそれは今どうでもいいのわたしの馬鹿ーっ!) 一言たりとも言葉にならないゆえに彼女の焦燥を外見から感じ取る事は不可能に等しい。が、和宏に負けず劣らず忙しい事この上ない彼女の思考回路は、一瞬にしてショート寸前に陥った。 数秒間の逡巡の後、猛禽類に見つかった小動物のように行動を開始する。ひとまずシーツをがーっと腕に巻き取り、汗とその他の液体で汚れた衣服もろとも自分の部屋へ放り込む。 廊下に誰も居ない事を確認してから風呂場へ飛び込み、シャワーの水で身体を洗う。冷たくて泣きたかったがそれどころではないので我慢した。 (えーっとえーっと、シーツは後から洗っちゃおう。もし見つかったら『寝汗かいちゃった』って誤魔化すのよわたし!) 先程とは違う意味で、心臓がばっくんばっくんと早鐘を打つ。答案用紙を隠す野比家の長男の気分を味わった咲耶はその後、井戸端会議から帰ってきた華澄を何食わぬ顔で迎えることに成功する。 ごめんなさいもう二度とこんな事しません、と。離れている和宏に固く誓って。 余談だが。 次の日、和宏の部屋に掃除機をかけようと足を踏み入れた華澄が、ベッドの下に落ちていた女物の下着を見つけ強烈且つ邪悪な表情を浮かべてほくそ笑んだ事を、咲耶は知らない。 ******************** 「へっくしっ!」 突如鼻を襲ったむず痒さに、俺は思いっきり息を吐き出した。 (くっそー・・・汗かいて風邪でも引いたら洒落にならねえぞー・・・) ちり紙で鼻をかみ、ついでにくしゃみのせいで潤んだ目元も拭いて顔を上げると、築三十年の大きな家が見えた。 「っはー・・・やっと着いた」 言って、大きな荷物を肩から下ろす。家に着いたらまずひとっ風呂浴びるかなー、と考えながら、丸まった背筋を伸ばした、その時。 ―――ばしゃっ。 突如、よく冷えた液体状の一酸化二水素・・・まあ、よく冷えた水が、俺に思いっきり掛かっていた。しとしとぴっちゃん、と髪から鼻先に滴るそれに俺が呆然としていると。 「あっはははははっ!油断したな、和宏!」 してやったり、といった顔で、恥じらいも何も無く馬鹿笑いする女が居た。その女の顔には見覚えがあって。こういう悪戯を平気でやる奴だとも知っていて。 「・・・なーなーせーーっ!!!てめえなぁあああーーーーっっっ!!!」 五人居る従兄弟の一人・・・藤村七瀬(ふじむらななせ)に向かって、俺は腹の底から怒号を放った。 SS一覧に戻る メインページに戻る |