KNOCK DOWN! 5(非エロ)
シチュエーション


5.ふる新聞


厄日、若しくは告白されたが運の尽き。
何だかその日の日記のタイトルに付けられる様な完璧な内なる心境の語句は
紛う方無き現実。ああ、何を言ってるんだ。
この胸の重苦しいのは一体どこへ逝けば晴れ上がりますか。
介錯を頼むと喜んで申し出てくれそうな人物がそこ彼処にいるのは、喜ばしい
事ですか。

一瞬意識が天に向かう間に走馬灯が巡った。そして走馬灯の内容が成長に
合わせて増えるというどうでもいい発見も体験してしまった。死にたいが死にたく
ない。
周囲の視線の数に比例し、冷汗が吹き出て眩暈が酷くなる。
周りの生徒達は、振られたはずの彼女と俺が一緒にいる事を不思議に思って
か、流し目をくれたり無言の呪詛や好奇心を孕んだアーモンド形の眼をにやに
やさせて新聞を持って通り過ぎたりする。
すげーみられてる。そんなのやだ。やだやだ。

「あっ藤沼くん!」

薄い凶器の紙っぺらに気を取られていた彼女は、ワンテンポ遅れて俺の後を
追って来る。くるなよ!おれはいまひとりになりたいんだ!
気持ちだけは全力疾走だが、格好がつかないためか競歩の要領でばら撒かれ
る現場から、真っ白になった頭のまま本能的に動く足で昇降口へと向かう。

「待ってください!」

必死に呼び止める声がするが無視。

「あのっすみません。私ひとり浮かれてしまって……どうしても、初めてのキス
は好きな方と決めていたので、その記念になるものがここにこうしてあって、あ
まりにも嬉しかったので見苦しくもはしゃいでしまいました……!ご不快に思わ
れたなら謝罪致します。ですからどうか」

そんなこときいてない!そんなせっぱつまったこえではずかしいこと叫ぶなああ
あああああっ
螺子巻き人形宜しくハイスピードで歩いていた足が、心を抉り捲る彼女の言葉
に容赦無く縺れさせられる。……お陰で精神崩壊は免れたけどな。
天然か?天然だなこの所業は。羞恥で人を殺し掛けるなよ。

「あの……」

恐る恐るといった風情に、彼女は見えない俺の顔色を窺うような声を発する。

「…別に怒った訳じゃない」

溜息混じりになるべく顔を見ないように振り向いて、真っ赤で煙を噴く勢いになっ
ているであろう首から上に風を当てるべく穏やかに吹く風を待った。
だのにちっとも風が吹く気配がないのはどういうこった!
怒った訳では無いが、視線に耐え切れないんだよとか、ひとりになりたいとか、
追加でおまえ舌まで入れといて初めては嘘だろとか思っただけだ。
ちらりと彼女を盗み見る。
捨てられそうな事に気付いて追いかけて来る様な小犬の瞳をした学校至上最
強と目される人物が、直ぐ傍で見上げていた。

俺はもうキスの件に関しては口にしないと固く心に決めたのだ。
お陰で一番知りたかった何故、どんな心理でキスをしたかという疑問にも、も
う少し時間が長ければ腰が砕けそうだったとか、後3秒長かったら声が漏れてた
ぞ等の文句も、これは駄目だ。

とにかく言いたい事を抱えてもやもやしたままなのだ。今日こんな事がなかっ
たら、一刻も早く記憶から抹消し、塗り変えるべく新たな記憶を脳味噌に詰め込
むところだったのに、思い出させるな!
聞いたら立ち所に疑問に答えてくれそうだが、だからと言って口にするのは憚ら
れる。これはプライドの問題だ。
自然と彼女の唇に目が行っていることに気付いて目を逸らした。

「……もう行く」

昇降口までの道を行き過ぎてしまった事に気付いて引き返す。
すれ違う時に彼女が不安そうな瞳で何かを言いたげだったが、ふわりと彼女の
髪が俺のブレザーに絡みつくようにして舞うのも無視して、俺は何事も無かった
かのように昇降口の入り口へと向かった。

号外に対する反応は男女で大凡分かれた。
まず男子。
これでもかと言うくらい嫉妬の嵐。すみません、別に俺が告白した訳では無いん
であまり敵意を向けられても困ります。俺は断ったっつーの。

そして女子。
何だか告白で俺に注目してくれているらしいが、パンダ扱いは勘弁してくださ
い。話し掛けて来て俺が返事をすると「おお〜!」とか反応するのは俺は最新鋭
のロボットかと嘆きたくなる。

混在した男女共通反応も存在する。
主に相川に懸想を抱いていない人物達は、色々面白がって話し掛けてくるイン
タビュアーが多い。趣味やら血液型やら好きなタイプやら。
特にキスに関する真偽や感想等の質問に答える気は無いんだ。来るな。

昨日まででこれだったのに、今日は更なる燃料投下を観衆に与える事になっ
てしまった。
階段を上ってくる途中までにも新聞を持った奴らに出くわすし、男女問わず明ら
かに俺の事に関する何かを通り過ぎる傍で言っているのが、後ろに目を付けな
くとも分かる。
俺のクラスメイトしか知らなかった真相を、写真という物はいとも簡単に世間に
報せることが出来た。
噂に過ぎなかったキスは、共通認識の事実として今や学内の常識だ。

下駄箱と帰る前は何も入っていなかった机の中に、状況が更新される前の熱
い思いが込められていた手紙がわんさか入っていたが、2、3通読んだだけでど
の手紙も変わり映えがしない恨み言ばかりだったので、読むのをやめた。
下駄箱を開けたら手紙が雪崩を起こして目の前に落ちるなんてギャグにしか見
えなかったぞ。しかし貴重な体験だった事は否定出来ない。
今日のゴミ捨て当番には済まない事をしたと思う。怨念入りの紙はよく燃えるだ
ろう。と言うか、燃やし尽くしてくれ。

「お前と相川女王の写メ、いい値段で売れたとよ」

どこかへ行っていた安堂がやって来て、前の椅子に跨って言った。
朝から嫌な情報を流すなよ、安堂。
俺はこの教室に来る段階で疲れてるんだよ。
いくら若葉薫る五月の爽やかな風を浴びてもちっとも気分が爽やかになる気配
は無い。

「うーっす、おはよう勇者。見たよ号外、すっごい捌けてたな」

勇者って何だ。勇者って。
今到着した笹川がぴらりと目の前に、先程見た紙を垂らす。
二つ折りの新聞が重力に従い、だらりと開かれた。

見出しの文字はこれ、スポーツ紙か?
先程碌に読みもしなかったものを眼前に突き付けられて、物憂い気持ちで眺め
る。

『相川鈴音白昼堂々キス!相手は2−B藤沼秀司』の文字が目の上で踊
る。捻りが無い分、ストレートにダメージが来るな。
改めて見ると、彼女のキスを俺が受け入れているようにしか見えない場所に左
手がある。俺は目を瞑った覚えは無いから、この目を閉じているように見えるの
は一瞬の瞬きした間に撮られたんだろう。
撮った奴は天才だな。後で見つけ出して礼を渡さなくては。

「色っぺー表情してること。あ、お前じゃなくて相川な」

横から安堂が感じ入ったような声で号外を見て呟く。
分かっとるわ、んなこと。つーか、おまえら特等席で見てたじゃねーか。
その事に今更ながら気付いて心の中でもんどりうつ。

「やるよ。お前の分」

そのまま新聞を手渡された。

「どうも態々ありがとな、感謝し過ぎて涙も出ない」

俺は素直に受け取った。

「何、受け取ったって事は記念に残しておくの?めずらしいじゃん」
「一部でも多く手元にあるってことは、それだけ誰かに見られる確率が減るって
事だろ?可能性は潰せるだけ潰しておかなくちゃ、な!」

笹川の手にあった残りもひったくった。

「俺まだ全部読んでねえよ!」
「読むな、詮索するな、誰かに話すな」
「ハイ…」

やめやめ!やっぱ止めだ!これ以上彼女に関わってはいけない。俺の日常は
どこへ行ってしまったんだ。

だから彼女が昼休みに訪ねて来た時、俺はにべも無く一緒に昼食を取る誘い
を断った。

「そんな…!」

彼女が悲痛な叫び声を上げた。

「…藤沼くんに私を知って頂かなくては困ります。今朝、OKしてくれたのではな
いのですか」
「正確に言わせて貰えば、俺は了承した覚えは無い。おまえが話を流したんだ
ろう」

って、これって何か既に痴話喧嘩っぽくないか?

「じゃあ了承して」
「嫌だ」
「了承してください」
「断る」

睨み合いが数瞬続いたが、先に折れたのは彼女の方だった。

「……分かりました。いきなり昼食をご一緒にというのは無理でしたね。帰りま
す。でも、これは受け取ってください。私が作りました……」

彼女は俺に手の中の片方の包みを押し付けると、ふらりと去って行く。
残されたのは弁当の包みらしきものと、殺気立った周囲の強力な視線のみ。

……俺は昨日告白を断ったはずじゃなかったのか。どうなってるんだこの展開。
今朝も俺は確認したよな。
確かにこれも彼女を知る一環だと言われればそうなんだろうが……

魂が抜けたような足取りで自分の席に戻ると、友人と呼ばれる物体がにやに
やしていた。

「……何だよ」
「可愛いじゃん、お姫様。あんな姿初めて見た」
「同意。だけど同時におまえにゃもったいねー」

既に各人の机の上の昼食を突付いていた2人は、好き勝手に感想を述べる。

「で?」
「で?とは何だ」
「食わないのかよ。手作り弁当」

机に置いてあった、持参した弁当と見比べる。
食ったら食ったで感想は伝えなくては拙いし、洗って返さなくてはならないだろう
し、逆に食わずに突っ返すのも酷だ。無意識の内に眉間に皺が寄った。
しかし奴隷共に見られてるし、そうじゃなくてもクラスメイトに好奇の目で見られ
るし、取り敢えず色んなことが面倒臭くなってるんだが。

「いいから食えよー」
「どんな中身か見たいから中開けろ」

それ以外にも、貴様に女王様の作り遊ばした弁当は食わせたくないが、どんな
ラインナップなのか気になる、といった視線も複数受け付けた。
総意は取り敢えず開封。

…わーった。開けるぞ。

青い巾着袋の赤い紐を緩めた。中からは同じ色で掌大の布包みが見えたの
で箸箱を取り出し、留めてあったバンドを外してから包まれている布を開く。

「ピンク!」

誰かが短く叫び、おおーっという騒めきが起こる。
おまえら何にそんなに感動してるんだ。ただの弁当箱だぞ、これ。

「早く早く!」

笹川が待ちきれないと言わんばかりに声を弾ませる。
カポッと2段重ねの箱の内、上の段の蓋を開けた。

おお!と一際騒めきが大きくなり、……いつの間にか取り囲む人垣の密度が濃
くなってるんだが。

上段中身の一覧。
鶏肉とブロッコリーの照り焼き和え、卵焼き(人参、玉葱、ピーマン、椎茸、挽肉
入り)、金平牛蒡、海藻サラダ、プチトマト。全て冷凍食品の片鱗すら見当たらな
い。

まー何と彩り豊かで美味しそうなんでしょう。ってか、うちの弁当担当にも見習っ
て欲しい出来栄えだ。
取り敢えずおまえ死ねというオーラがうざい。

「美味そう!」
「食いてー」

誰もが涎を垂らさんばかりだが、誰も手を出さないのは何となく分かる。これに
手をつければ、ファンクラブの連中に捕捉される事間違いなしだからだ。

「食うのに邪魔だ、散れ!」

しっしっと手を振って恨みがましく見ている連中を解散させた。
下の段を確認する。
鮭とグリンピースの炊き込みご飯。
どうすんだ?の視線のにやにやした生き物が煩い。
俺は日の丸弁当並に恥ずかしい思いをしながら、弁当を平らげた。2つとも。

その日の放課後、粗雑な印刷の号外2号が配られていたが、没収して検閲し
た中の『どうなる目が離せない!次回校内新聞にて総力特集!』の文字に本気
で意識を失いそうになった事をここに記しておく。






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