シチュエーション
6.違和感、みたいなもの ――これはまだ、前回・水曜日の午後の授業中の話。 俺は完璧に行き詰まっていた。 いっそホモだと喧伝してしまってはどうか、という考えまで追い詰められている事を彼 女は知らないだろう。色々諸刃の剣過ぎて実行は出来ないが。 断り方が拙かったのだと、今までの事態を分析してみて、その考えに至ったのだ。 もし他の――例えば、誰とも付き合う気は無いという断り方なら、彼女は引き下がった のでは……ないだろうか。 すんなりそれを飲み込んでくれればいいのだが、今更言ったところで「私を知ってくださ い」が何よりの有効手段な文句で、それ以上に彼女を納得させられる言葉を吐かなけ ればこのまま「友達付き合い」をしなければならない。 しかしながら、彼女を納得させられるような言葉を何ひとつ思い浮かばなかった。 そして、ふと思ったのだが、彼女は断られると思っていなかったのだろうか(それだと 御高くとまっていて嫌な感じだ)。それとも断られた事を乗り越えた上で、再チャレンジ を要求してきたのか(ど根性だな)。 そして、俺の知っていた男嫌いで、人に対する関心など微塵も無くて、孤高で優雅な 『氷姫』のイメージの相川鈴音はどこへ行ったんだ。 ……そう。何か変じゃないか? ここまで関わってきて、これらのイメージと現実とのギャップは激し過ぎやしないか。 と、今に至るまでの考えを友人達にぶつけてみると、2人は互いに顔を見合わせ、片 方は溜息を吐いた。 「……もう、何て言ったらいいのか分からん」 いかにも怠そうな表情で顎の先を俺の方に流し笹川に合図を送ると、安堂は袖を捲って 腕を掻いた。 匙を投げたと言わんばかりの安堂の言い種に、内心途惑いつつも笹川に目を向けた。 「――正直、今の今まで思ってたけど、あえて言わなかったことがある」 一応、先生付きの自習なので小声で話しているのだが(別に話していても問題が無い 遠野の授業だが)、笹川は半身を机の方に寄せ、更にはいつもは見せない真面目な 顔をして話し始めた。 「何だ」 俺も心持ち寄り、ヒソヒソ話をする態勢になる。 「お前はよぞくの事に関心なさすぎだ」 「世俗」 「そう。世俗」 安堂がつっこみ、びしりとシャーペンの持ち手の方を俺に向けるポーズを再度決め直 した。 まあ、世俗なんて普段笹川の口から出てくるもんじゃないし、弄繰り回してやるのは止 めにしよう。 「お前多分、浦島太郎並に情報が更新されて無いと思う」 笹川だけに任すのが不安になったのか、安堂も口を添える。 「どういう事だ?」 「そのまんまだよ。人は変化していく生き物だろうが」 まだよく分からずにいると、横で笹川が記憶を手繰り寄せるかのように唸り始めた。 「――去年の冬前くらいだったかな。何だかずいぶんとふいんきが変わったって評判 の女子が、男子の間で噂されていましたなぁ」 「そうそう。普段は滅多に近寄れない感じの人物だったのに、物腰が柔らかくなって、 女子も話しやすくなったって話もあちこちで耳にしたなあ」 「まさか恋でもしてるんじゃ、なんて根も葉もない噂も立てられてたし」 「その時はまさか、ぐらいに思ってたけど、こんな身近にそんな噂にも全く気付かない 当事者のバカがこの世に存在するとは、努々想像すらしなかったもんだ」 小芝居解説どうも。 しかし安堂。溜息吐くな。 「お前こういう噂、全っ然知らなかったろ?」 「顔が赤いぞ、そこのバカ」 反論のしようが無い。その通り、全く知らなかった。 頷くのも癪に障るので一切のリアクションを取らなかったが、俺は軽くカルチャーショッ クを食らっていた。 今までの高校生活の中で同じ世、同じ時を過ごしながら、世間は俺とは隔絶された世 界を築いていた。 それはちょっとした恐怖だ。まるで平行世界の向こう側の現実を聞かされた気分。 ……もしかしたら、それは今まで過ごしてきた中にもあったかもしれない。 「にしても相川かわいそ〜。片思いしてた相手が自分の事をあの『食堂大革命事件』の 時のイメージで止まってたなんて」 笹川が大袈裟なリアクションで泣く真似をしながら、顔を手で覆ったまま机に伏せる。 入学式後なんて一番悪名が高い時じゃん、なんて呟いているから、同情しているらし い。後、その『食堂大革命事件』なんて初めて聞いた。知らない人が聞いたら、ちょっと 別なものを想像しそうだ。 「あのままのイメージじゃなー……」 こっちは遠い目をして、窓の外に思いを馳せているようだ。 おまえら、相川に同情してるのは分かるが、暗に俺を非難するのは止めろ。追討ちを かけるんじゃない。 「まあ、何も知らないお前でいるのも見てて面白かったんだけど、それは今日で卒業っ てことで。俺はいいと思うぞ、相川。色々大変そうだけど、美人だし、頭は良いし、貧乳 が好きならベストだな。何より、お前にホレてる」 ……条件は悪くないが、一番の難問を鑑みるとどうしてもマイナスになるんだが。 そして、せめてスレンダーと言ってやれ。せっかく触れないでおいたのに、台無しだ。 「目立つのが嫌いなのは知ってるが、『逃した魚』になる前に彼女いない暦更新に歯止 めを掛けろ。健闘を祈る、バカ浦島」 さすがに言い返そうとした時、タイミングよくチャイムが鳴って気勢をそがれた。突っか かるのも馬鹿らしくなって、そのまま文句を引っ込めた。 号令が掛かり、慌しく生徒達が立ち上がって礼をする。 相川に付き合ってみる、ねえ…… 机を前に戻しながら、机と床が擦れ合う音があちこちでする中、安堂は言った。 「逆に言えば、これから相川の事を新鮮な気持ちで知っていけるんだから、いいっちゃ いいのか」 ちょっとばかし彼女に興味を持ったのがばれたのか、安堂の目は精々足掻け、と揶揄 するように笑った。 ――果たして、2人の言うままに俺は彼女に対する誤解を解いていく事にするのか、そ れとも距離を置く事にするのか。 そんな事を考えている間にも、事態は既に動き出していた。 金曜日。正直ここから暫く先は語りたくない。 とは言え、今のところさっぱり相川と付き合う予定は無い訳で、アプローチを受けるも 本人と周りの対応を苦慮するのは変わっていない。 弁当作戦は1度で済むと思いきや(弁当箱を持ち帰って洗って、包みも洗濯しアイロ ン掛けも行って渡し返した)、翌朝に新たな包みを渡されてしまった。用意された弁当 箱は1つではなかったのだ。 朝に受け取ったお陰で、昨日は昼休みに押しかけては来なかったが、放課後現れた。 彼女ははっきりと慎ましやかに、微笑みながら言った。 一緒に帰りましょう……では無く、我が家に来てください、と。 通りかかった奴の足がぴたりと止まって振り返るくらいだから、言われた方はもっと驚 いた。 言われた瞬間、一足飛びもいいところだろ、と彼女の脳回路につっこみを入れたくなっ たが、何が一足飛びなのかと野暮な事を聞かれるのを防ぐため、後ろに倒れ掛かる態 度だけに留めておいた。 取り敢えず断る事に成功した、とだけ記しておこう。 もっと厄介なもの。 恐ろしい事に、事態の進展により更に増すと思われた手紙の襲撃が、昨日は無かっ た。 帰りに怪しい人影を後ろに感じることも無く、無事に過ごせている。 昨日耳にした、一昨日の集会で何かが決まったという噂は本当なのだろうか。 彼らからと思われる視線攻撃は健在のまま。 昨日の体育の時間に飛んできたボールが頭を掠めていったのは、きっとただの偶然。 舌打ちもシュートが外れた事による物。きっと偶然。 一応、嵐の前の静けさという雰囲気を保っている。 昨日の朝、彼女が家の前で待っていた際に、家の前では無くせめて駅で待つように 言ったので、今日は駅で待っていた彼女と共に学校へ向かった。これで会話しなけれ ばならない時間が少しだけ、短縮された事になる。 それに短縮された中でも、他愛ない話で道中互いに無言と言う事は無かった。 彼女は昨日の揉めた話が諦めきれないらしく、しつこくそれを言い続けていた。揉めた 内容は後述するので、ここでは省く。 相変わらずの視線を受けながらも(ちょっと慣れた)昇降口で一端彼女と別れた。 今日も何事もありませんように。 最悪な事態へのイメトレだけを済ませ、俺は下駄箱の蓋を開けた。 嫌がらせはされていない。されてはいないが、また苦情か? 上履きの上にピンクの封筒がひとつ乗っかっていた。宛名は藤沼秀司様。間違いなく 俺宛。 急いで辺りを見回すが、既に入れた人物などいるはずも無い。 朝の喧騒が昇降口から廊下に掛けて響いてるだけだった。 裏を捲ると、金縁加工の赤いハートのシールが貼ってあるだけで、無記名だった。 表の宛名は割と達筆で、女子の字に見える。ファンクラブからの嫌がらせの手紙には 見えにくい。いや、しかしどっちにしろ俺にとっては嫌がらせに等しい。 誰だ、更なる厄介事を放り込んだのは! ひとり密かに悶えているその時、 「あの…何かお困りですか?」 声を掛けるのを躊躇う、遠慮がちな声が背後から掛かった。 反射的に手紙を靴箱の奥へと遣る。 本人か?とも思ったが、それにしては声の掛け方が違うような気がする。 そろりと振り返ると、そこにはやや背の高い女子がいた。 校則通りのスカート丈に、第一ボタンも開けていなければリボンも緩める加工もしてい ない。 真面目と表現するのが適当な外見で、心配そうな表情は思慮深い様に見えた。 更に真面目さを印象付けるのがシャープな縁無しの眼鏡で、面長な顔によく似合って いる。 ただ緩いウェーブの掛かった肩までの髪だけが、真面目さが漂う雰囲気から一線を画 していた。 何となく誰かとイメージが被るな。 「どちら様ですか」 「すみません。わたしは2年C組の一ノ瀬真歩と申します」 「はあ」 やや慌てた感じで、一ノ瀬と名乗った人物は首をすくめた。 その自己紹介の仕方、内容、同じく校則通りの制服の着用。 俺の中でmaybeからprobablyくらいに確率が上がった。 予感はするが、自ら確信の拳を握りたくない。 「真歩!」 ああ、やっぱり。 驚いた声を掛けたのは、隣の下駄箱の列からやってきた、相川鈴音その人だった。 「おはよう、鈴音」 気安い笑みと共に一ノ瀬が彼女に挨拶をする。それに対して、彼女の様子は変だっ た。 「おはようじゃないわ。どうして藤沼くんに話し掛けてるの!」 あっという間に俺の前にやって来て、庇うようにして一ノ瀬の前に立ちはだかった。 何故怒っているのかが分からない。その鋭い声に気を取られ、俺は呆然とするしかな かった。 「ただ挨拶してただけよ。やあね、鈴音ってば」 こつ、こつ、と歩を進め、一ノ瀬は俺達に近づいてくる。 ますます身を固くする彼女と、笑顔の一ノ瀬を見比べて何をすべきか判断に迷った。 「ごめんなさいね、藤沼さん。この娘ったら焼餅焼きみたいで。わたしは鈴音の好きな 人と話してみたいって、思っただけなんだけど」 まるで姉のような慈愛の微笑みを彼女に湛えた後、その笑みを俺にも向けた。 何だか酷く違和感を覚えたが、それを上手く説明できない。 一ノ瀬が人差し指でつん、と彼女の頬を突付いた時、今更覚醒したように彼女が振り 返った。 「藤沼くん、あの、彼女は私の幼馴染みで…」 「さっき自己紹介は済ませたわ」 こちらを向いた彼女の顔色は、怒っていると言うより焦っているように見えた。 おろおろとするばかりの彼女と、にこにこ顔の一ノ瀬。 「鈴音」 俺が違和感の正体に考えを巡らせている間にも、事態は動いていた。 一ノ瀬は優しい声色と共に彼女の腕を取り、引き寄せると何事かを彼女の耳元で囁い た。 目の前で繰り広げられる目の保養の2ショットに、下駄箱に集う男子の視線も熱く寄せ られ始めていた。 これは見ちゃうな。見てしまうのも分かる。 特に、彼女と腕を組んだ時にベストの下のブラウスが半月円を描いて盛り上がってい るのは、男なら誰でも目が吸い寄せられるものだ。 やがて耳打ちに何度か頷いた彼女は顔を上げると、俺を振り返った。 「ごめんなさい、藤沼くん。今朝はここでお別れです」 何を納得したのかは知らないが、それはそれでとても助かる。 ポン、と上履きを下駄箱から落とし靴を仕舞うと、2人に別れを告げ、その場を立ち去っ た。 先程の耳打ちの間に、手紙は鞄に仕舞っていた。 一応、手紙を彼女に見られなくて正解だったのか? あんなラブレターにしか見えない外見の手紙を見られたら、どんな反応を示すのや ら。 何となく想像し、階段を上る前にちらりと後ろを振り返った。 彼女が何やら一ノ瀬に強く言っていて、一ノ瀬は俺と目が合った事に気付くとじゃれ付 くように彼女を抱きしめた。 ギャラリーがどよめく。 一ノ瀬の口元が、俺に向かって小さく何かを言っているように動いた…気がする。その 一瞬の後に、抗議の声を上げたらしい彼女にその視線は戻された。 俺は結局一ノ瀬の声を掛けた目的を知らぬまま、その場を後にした。 教室に入る前にトイレに寄って、個室のドアを閉めた。 新たな厄介事を確認するためだ。 糊付けされている封筒の上端を破き、中を覗いた。触った感じ通り、便箋が1枚折りた たまれていた。 『先輩好きです。今日の放課後、道場裏で待っています。』 これだけだった。名前もイニシャルらしきものも書いてない。ひょっとしたら中には名前 が書いてあるかもしれないと再度封筒の中を覗いたりしたが、期待外れで終わった。 全てに納得のいかぬまま、俺はトイレから出た。 今日はさすがに弁当は持参しなかった。 彼女に押し切られた形になってしまったのが恨めしい。 だが、弁当を2つも平らげるのはきつい。 俺は昨日注意したのだ。相手に確認もせずに勝手に作ってくるなと。 彼女は不注意でした、と謝り、でしたら今後私にお弁当を作らせてください、と持ち掛け てきた。 普通に断る、と言えば良かったのだが、泣きそうな顔に、ただで作ってもらうのが心苦 しい、何か返しをしなくてはならなくなる、と拒否の言葉を遠回しに言ったのが悪かっ た。 彼女は震える身体を抑えるようにして叫んだ。 「では、明後日デートしてください!」 今思い返せば、本当に俺の知るクールさは微塵も感じられませんね。 俺は再来週から中間考査が始まる事を理由に、それを断った。 テスト前に余裕だなあ、と独りごちながら、ではテスト明けはどうでしょう、と更に言い募 り、いつの間にかデートの話題にシフトした彼女と言い合いながら学校へ向かった。 暫く応酬が続いたが、もう何だかどうでもよくなって、弁当作りは了承した。 そして弁当担当――こと妹に、明日から弁当が入らない事を告げると何か勘違いしたら しく、煩く根掘り葉掘り聞き出そうされたのが、幻覚のように耳に残っている。 今日は弁当をひとつだけ机の上に出すと、ヒソヒソと「3日目で陥落」と言う声が聞こ えたので、それ以降2人とは口を利いていない。 週の最後のリーディングの授業が終わると、教室は途端に週末に向けての空気にな る。 ただし今週は近々中間考査がある事もあって、空気は2層に分かれていた。 その人物の性格が出るところである。 HRは再来週からのテストについてと、来週からの部活動の一週間の停止を告げ、 終わりを迎えた。 「藤沼くーん。お客さん」 入り口の傍にいた西岡に呼ばれて振り向くと、そこには予想と違う人物がいた。 どくん、と心臓が嫌な感じに鳴る。 掃除後すぐの事なので、彼女の来なくていい迎えにしては早いと思いはしたが。 しかし、予感は無かったとは言わない。 「こんにちは、藤沼さん」 「…こんにちは」 にこりと微笑む一ノ瀬の顔には、一分の隙も無い。微笑む顔を見て、また大きく鳴った 心音が聞こえた気がした。 何かおかしい。ただこんなに早く会う事になるとは、思いも寄らなかっただけだ。 「お話があるんです。ちょっと外でお話できませんか」 肺の奥が熱を帯びたように熱くなって、返事をしようとするのを遮ろうとする。 「……構わないけど」 そう答えると、ふふ、と眼鏡の奥が楽しそうに笑った。 「行きましょう」 促されて教室の外へ出る。 掃除後の時間帯のせいでか、それほど目立たずに俺は教室を離れた。 「警戒されてますね」 「そんな事も無いです」 ちらちらと辺りを見回したことまで見られている事に気付き、肺腑を突かれた。 ちゃんばらごっこと、それを囃し立てている一角を避けながら進む。 心臓が警鐘を鳴らし捲っている。その痛みが移ったかのように、頭痛までもがし始めて いた。 何故だかは分からない。彼女の幼馴染みだろう、まずい事は無いはずだ。 言い聞かせるのとは逆に、足は鉛のように重くなり、肺は酸素を欲する。 行くのはC組のある4階では無いらしい。一ノ瀬は5階へ続く階段に足を掛ける。 どこに行くのかの質問を躊躇っていた頃、6階への階段を上り始めたところで大体の 想像がつき、俺は無意味に話し掛けようとする努力を止めた。 「今掃除を終えたところなので、誰もいません」 しん、と静まり返った廊下に、一ノ瀬の柔らかい声が響く。 扉を開けて中に入った一ノ瀬を追って、俺も中に入る。 案内されたのは、視聴覚準備室だった。きっと2のCの担当区域なのだろう。 上履きを脱いで上がっているのを見て、仕方なくそれに従う。 固い踏み心地の絨毯の上を歩き、機材の置いてある部屋を見回す。 大きく開けられた窓からは涼しい風が入り、窓の傍の一ノ瀬の髪が戦ぐ。 留め布から上が風を孕んでカーテンは膨らみ、壁の模造紙に刺さるピンが1つ取れて いるせいで、はたはたと風に靡いて音を立てていた。 「密談にはお誂え向きな場所だ」 鍵の掛かっている棚に並ぶビデオの背表紙を見ながら、渇いた口が軽口を叩いた。 ただ扉を閉めただけ、おまけに自分の後ろに扉があるくせに、既に退路を絶たれた錯覚 に陥っていた。 風がじとりと湧く汗を撫でる。青い空が遥か遠くに感じた。 からからと音を立てて、窓が閉まる。凪が止んだ。 そのフレーズが気に入ったのか、一ノ瀬はくすりと笑うと一拍置き、俺に向かって言った。 「藤沼さん、わたしと取引をしませんか。あなたの身に降りかかっている出来事、ファン クラブや新聞部の暴走も全て収めてみせます」 微笑む顔には、今朝見た慈愛にも似た、あの笑みが浮かんでいた。 SS一覧に戻る メインページに戻る |