シチュエーション
「先生…発作の兆候が見られます。悪性腫瘍の増加と免疫機能の低下が原因かと」 廊下ですれ違った時、唐突にカルテを突きつけられ、間髪入れずに告げられた担当看護士の言葉に、 さぁっと音を立てて血の気が引いていくのが自分でも分かった。 …この前の発作からまだ一ヶ月しか経っていないのに、早過ぎる… 「彼女の容態は?」 「今の所は安定しています。応急処置として保守の定期的投与を」 目前に佇む看護士の淡々とした語調に、思わず安堵の吐息が漏れそうになった。 前回の足切は5日…気休めにしかならないが、死に至る確率は格段に低下するはずだ。 カルテを受けとって、無機質な長い廊下を歩き、突き当りの個室のドアを2回ノック。 …乾いた木の音に対して部屋の主からの返事は無かった。 静かに扉を開けて室内に入ると、飾り気の無い部屋の中央に据えられたベッドの上に横たわる眠り姫。 保守が効いたのだろう。安らかな寝息が無音の空間に響く。 無造作に積まれた私物に極力視線を向けないようにベッドに近寄り、脇に置かれた小さな椅子に腰掛ける。 彼女の額に浮いた珠のような汗の粒をそっと拭い、寝相で崩れた掛け布団を直し、溜息を一つ。 今年の夏、この病院に入院したこの少女の担当になって早4ヶ月。 彼女の抱える病魔に対し、SS投下と定期保守で病気の進行を遅らせるのが現代医学の限界だった。 こうして安静にしている時ですら、彼女の命の砂時計は無情にも零れ落ち続けているというのに… 「…もし…このまま君が目覚めなくても、最後まで君の側にいるから…」 彼女に聞こえぬよう心の中で呟き、静かに立ち上がる。 ―スレ数780超過、圧縮注意― 手元のカルテに記載された几帳面な文字が、厭に明瞭に見えた。 SS一覧に戻る メインページに戻る |