シチュエーション
![]() 名札を外して、扉をノックするも反応はない。……まあ、開けてもいいだろう。 「お見舞いに来ましたよー」 片手にティラミスが入ったビニル袋を提げての微妙に語尾をのばしたその発言は当然無視された。 が、今回は少し趣向が違った。 「……きゅー……」 ハードカバーの本しか読まないはずの――が漫画を読みながら机に突っ伏して休眠中だった。 いや、これは……目を回して気絶しているのか? 原因解明の為に両手と頬によって拘束されていた漫画を慎重に救出、成功。 なんと驚くことに、それは『やおい本』だった。流石に私でも驚がくを隠せない。 「いや、嘘ですけど」 そう呟きながらナースコールを躊躇いなく押す。この程度では驚くほどでもないだろう。 今の時間だとお使い看護師と注射がすごい下手な看護師やその他が居るはずだ。 漫画の内容は病院での医者(男)と患者(男)とのラブ……たった三頁の前置きしかないあたり違うか。 これでは、ただの性欲のぶつけ合いと評価しても大差ないだろう。 作画はまあまあ、ストーリーは落第点、…………何で真面目に点数つけている私。 表紙にフセンが付いている。なになに、『>>1のおすすめ(ハート) 絵・A 内容・B総合・B』だそうだ。 いや、うん、まあ、うん。友好関係は大事にしても良いけど気絶するまで頑張らなくて良いと思うのだが。 アルファベットのCみたいな無理な体勢となっている体を寝かして脈、正常。呼吸音……異常無し。 毛布を掛け直していると看護師さんが慌てて入ってきた。ノックをしても返事を待たずにあけたら意味が無いだろうに。 「どうしたんですか!」 来たのは適齢期が……というと不機嫌になるお使い看護師ではなく、注射が天才的に下手な新米看護師だった。 「落ち着いて。気絶してたから保険として呼んだんだ。けど、多分大丈夫だから、ね?」 どおどお、そう言いながら手綱を取ることに成功。若干落ち着いてくれた。 「そ、そうなんですか?で、でも、原因は――」 「これだったみたい。後であの子に返しといてくれるかな」 原因のやおい本を見せる。緊張が解けたのか笑い出してしまった。少し治まってから。 「クスクス……はい、分かりました」 「その時に少し注意しといて。『遊びが過ぎると点滴で痛い思いをすることになるぞ』って」 「はい?えっと……そう伝えれば良いんですね」 無自覚とはこれほどまで恐ろしいものなのだろうか?彼女の注射で刺し殺されそうだったと言う人は結構いるというのに。 基本中の基本は押さえて注射している為に当然、全て未遂で終わっている。クレームはまあ、そこそこ。 「じゃあ、気付けのアンモニアと、おみやげのティラミス。頑張ってね」 「え?わ?あ、はい!」 「あ……」 扉を閉めてから気付いたが、いつものくせで頭を撫でてしまった。 まあ……不機嫌にはなってなかったし、別に良いか。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |