シチュエーション
「春香、検診の時間ってもしかしてそろそろ?」 「あ、そういえば」 「ま、マズイ!」 僕が足音を聞いて、そしてそう尋ね、春香の能天気な答えを受けた後の僕の行動は素早かった。すぐに僕と春香 の位置を変えて、春香を抱き締めたまま二人でベッドに並ぶ。そして掛け布団を被さり、僕はその中に身を隠した。 病室の入り口側に春香が寝転がっていて、反対の窓際に僕が居る形なので、上手くいけば隠れ通せるだろう。 「春香、上手く誤魔化してくれ」 「えっ?ちょっと、彬!」 「静かにっ」 納得行かない様子で春香が声を上げ、僕がそれを諌めた直後に病室の扉が開け放たれた。ノックもしないとは、 早めに隠れておいて良かったと自分の行動の速さを褒め称えた。 「春香ちゃん……って、寝てる?」 春香の担当医だろうか、若い女性の声が聞こえる。優しくて、凛とした声は何処となく春香と似てるように思え たけれど、多分この人は普段は溌剌とした人物なんだろう、と思った。 「いえ、起きてるんですけど、凄く眠くて……今日は寝かせて貰えませんか?」 「……そう。それじゃ、検診は無しにするけど、一つ大事な話があるの」 女性の声に、不意に影が差した。僕は殆ど反射的に嫌な予感を感じ取っていた。春香に対しての"大事な話"など、 良い話だった記憶はない。突然胸の動悸が増して行く感覚を覚えた。春香の胸に顔を埋めているから分かるのだけ ど、春香の動悸も心なしか早くなっている。春香はこれから言われる内容を、恐らく分かっているのかも知れな かった。 「検査の、最終的な結果ですか。少し前の、曖昧な結果ではなくて」 「……そう、よ」 春香が僕の頭に回している手に力を込めた。 「お願い、します」 春香の声は震えている。春香の背に回している僕の手も、震えていた。 「……この一週間の検査の結果だけど……」 一週間と言えば、僕が春香から距離を置いていた期間だ。その間に検査が行われていたなどと、僕は全く知らな かった。けれど、その結果が今まさに告げられようとしている。激しく暴れる心臓の鼓動が、春香の音と混じり 合って五月蠅い騒音へと変化していた。 「はっきり、言うわ。あなたは、あと一年と生きられない」 その時。 今まで聞こえていた心臓が脈打つ音が。 春香の、緊張が入り混じる呼吸の音が。 外から聞こえていた木々のざわめきさえも。 全てが聞こえなくなった。 無音の、有り得ない世界に迷い込んだかのような感覚。気が狂いそうになって、頭が今知った現実の過酷さを拒 絶して酷く激しく痛んだ。 時間の進みが遅く感じる。春香が何かを女性に言って、それから間もなくして女性は部屋を出て行った。扉が閉 まる音がするのと同時、僕は布団から飛び出して春香に覆い被さる形で詰め寄っていた。 「どういう事だよ!そんなの僕は知らなかった!!」 例え、この叫びが外に居る誰かに聞かれたとしても、そんな事はどうでも良かった。ただ、訳の分からない思考 が叫ぶ事を僕に選択させる。春香は、僕に肩を抑え付けられたまま俯いて、決して僕の顔を見ようとはしなかった。 先刻には、楽しく笑えたのに。 春香のあの笑顔が、偽りだったとでも言うのだろうか? 僕一人が真実を知らずに、気楽な気持で笑っていたに過ぎないのだろうか? 「……」 春香は何も言わずに沈黙を保ったまま俯いていた。小さな肩は震え、眼に見えてその事実を聞きたくなかったと 言うように、彼女は怯えている。けれど、それ以上に僕の激情は収まる術を持ち合わせていなかった。荒れ狂う感 情の波が僕を衝動のままに突き動かし、春香の肩を押さえる力が増して行く。白磁のような白い肩は、更に白く なっていた。 「春香!本当なのか!?治療の余地があるとか、そういう話もあるだろ!」 けれど、僕は自分でそう言っておきながら頭の中では最悪のイメージしかする事が出来なかった。未だ沈黙を保 つ春香の態度はそれを肯定しているようにしか見えなくて、やがて僕に更なる追い打ちを掛けるかのようにその首 を弱々しく左右に振った。サーっと、血の気が引いて行くのが分かる。何もかもが凍り付いて、砕けてしまいそう だった。 「そんな……そんな事があってたまるか……っ」 僕は、春香の上で力なく項垂れた。此処に来た春香の担当医が言った事が嘘など、そんな確率は万に一つもない。 今、春香が答えた事が嘘な事に、意味などあるはずがない。全ては紛れもない真実で、僕が眼にしているのは紛れ もない現実で。それを疑うなんて、ただ自分を虚しくさせるだけだった。 ただ、それを認めたくないばかりに、僕は呟いている。春香が死ぬはずがない、絶対に病気を治して、いずれ僕 と一緒に生きて行く事が出来る、そんな事を無意識の内に呟いていた気がする。 余りにも長かった遠回りをして、漸く気持ちを伝える事が出来たのに、僕がした事など結果で言えば春香を苦し めるだけではないか。この先、春香は生きて行けるなどと思っていなかったのかも知れない。漠然とした中で死の 運命を感じ取っていたのかも知れない。それなのに、僕はそんな彼女の気持ちも汲みとる事が出来ずに無責任で自 分勝手な事を言ってしまった。こんなの、春香にとっては足枷にしか成り得ないのに。 春香の大胆過ぎる行動も、その他のおかしい暴力的な行動も、その全てを裏付ける現実は到底素直に受け入れる 事など出来る代物ではなく、僕は悲しみのままに顔を伏せたまま涙を流していた。 「なんでっ……なんで春香が死ななきゃならないんだよ?こんなに苦しんで来たのに、最後までこんな運命にす るつもりかよ……!畜生っ……!」 悔恨が僕の中で木霊する。 理不尽な現実に憤慨して、やり場のない怒りを自身に叩きつける。けれど、一番腹が立つのは春香に対して何も 出来ない自分自身と、何もしてこなかった過去の自分だった。峭刻な運命と、峻峭な現実は僕を苛んで離れる事は 無かった。形容し難い辛さは、僕の精神を食い千切っているかのようだった。 ふざけるな。 何で。 どうして。 そんな事ばかりが頭の中で反芻されて、嫌味のように響き渡る。僕は頬に暖かい雫が伝うのを感じていた。透明 な液体が、春香の白すぎる肌の上に吸い込まれて行った。 「彬」 春香の声。愛おしくて、愛おしすぎて、今は聞くのが辛い春香の声が、聞こえた。 凛とした声は怯えなど億尾にも出さず、澄んだ声は悲しみで淀んでなどおらず。その声は何かを堅く決意したか のような、そんな強靭な意思を僕に感じさせてくれた。 僕は頭を上げて、春香を見る。春香も顔を上げて、僕を見詰めていた。 その透き通った黒曜石のような澄んだ眼が、僕を射抜く。切れ長の何処か鋭い印象を持たせるその目付きには柔 らかい何かが籠っていた。長い睫毛は涙に濡れているけれど、その理由が分からないほど僕は馬鹿じゃない。春香 が流した涙の理由も、きっと僕と同じそれだから。 春香の綺麗な桜色の唇がゆっくりと形を変えて行く。 何か言語を形成しようと震える喉が、その口から発せられる空気の振動が、全て遅く緩慢な動作で僕の鼓膜へと 伝わってくる。声量などは、決して重要ではなかった。春香が紡ぎ出したその言葉が、例え蚊の鳴くような声で紡 がれたものだったとしても僕には全てを聞き取る事が出来ただろう。 春香は、たった一言だけ、文字にすれば僅かに二つにしかならない言葉をその唇で紡いだのだ。 「――好き」 たった、たったそれだけで充分だったのかも知れない。けれど、その言葉が僕の何かを抑制していた部分を解放 した事は間違いなかったのだと思う。僕は、体が求めるままに春香に対して欲情して、全ての不安と恐怖と言った 負の感情を取っ払う為に彼女の身体を貪ろうと思い切り抱き締めた。 先刻のような、されるがままで自身の欲望を抑えていた受動的な行動ではなく、獣のように荒れ狂った感情の、 僕自身の能動的な行動だった。春香はただ僕の背中に手を回して、もう一度耳元で「大好き」と囁いた。僕も、春 香の耳元に口を近付けて同じ事を囁くと、その耳たぶを軽く噛んだ。 「んっ……」 ぴくりと、小さな反応をする春香の姿は、それだけで僕を本能の塊にしてしまうかのような凄艶さを秘めている ようだった。春香を求める感情だけを残して、他の感情が排除されてしまうのではないかと、そんな危惧をしてし まうほどに僕の腕の中に収まっている細い体は綺麗だった。 「あっ、ふ……っ」 僕は段々と顔を下げて行き、首筋を舌で愛撫した後、鎖骨に吸い付いた。自分でもよく分からなかったが、僕が 施した愛撫は予想以上に力が強すぎたのか、僕が吸いついた鎖骨の部分には赤い印がはっきりと刻まれていた。そ れだけの事なのに、春香を征服したかのような気分が僕を高揚させて行く。 僕は彼女の唇に自分のそれを重ね、舌を強引に差し込んだ。 「んむ……っ、ん、んん……!」 淫靡な水音が室内に響き、更なる興奮を僕にもたらしている。ねっとりと絡み付いてくる春香の舌、それに僕も 合わせるように舌を絡める。その度に淫靡な音は大きく木霊して、混じり合ったお互いの唾液は溢れて僕達の口の 間から零れて行った。何分、何時間とさえ感じられる長い口付は、幾ら経っても飽きなかった。それほどまでに春 香の口の中は気持ち良く、離れる事が名残惜しく感じられた。 漸く僕らが口を離した時には、口の周りが唾液塗れになり、銀の糸が僕らを繋げて、やがて儚く切れていった。 春香は恍惚とした虚ろな表情で僕を見詰めていて、どうしようもなく春香を滅茶苦茶にしたい衝動に駆られたけ れど、僕は何とか自分を宥め通す。 この、僕らの行いを一刻でさえ遅らせたかった。永遠にこの時間が続けば良いのにと、僕は本気でそう思っていた。 「は……、あっ、んぅ……!」 春香の乳房に手を這わせ、故意に緩慢な動作で揉みしだくと、春香は擽ったそうに身を捩じらせた。先刻の、強 気な彼女の姿はすっかりと息を潜めていて、代わりに今僕の下には可愛らしい少女が無防備な姿で横たわっている。 僕の行動の一つ一つに反応してくれるのが嬉しくて、僕は何度も何度も彼女の胸を弄り続けていた。 控え目な大きさを持つ春香の胸は、張りが良くて僕が握る度に僕の手を押し返そうとした。それでも僕が強く握 ると、その形を厭らしく変えて、僕の興奮を高める。その様子を春香の嬌声を交えてまじまじと見ていると、恥ず かしかったのか春香は僕の頭を軽く小突いた。 「んっ、もうっ!胸ばっかりいじっちゃ……ふぁっ……いやっ」 眉根を下げて、そう言った春香の表情は本当に可愛くて。 理性の鎖は跡形もなく外れていたけれど、春香のその姿は僕なんかが触れてはいけないような神聖さを秘めてい た。暫く、僕は呆けていたのだろうか?ふと我に返ると、怪訝な眼差しで僕を見つめる春香の姿があった。 「どうしたの?」 「あ、と、なんか、僕なんかが触ってもいいのかな、って」 「……」 春香はそんな僕の言葉を聞いて、呆れたと言わんばかりに溜息を吐いた。そして、「馬鹿ね」と呟くようにして 洩らすと、紅潮している頬をもっと赤くしてそっぽを向くと文字通り蚊の鳴くような声で囁いた。 「……彬だから、触って欲しいの」 多分、僕はこの時眼を丸く見開いて驚いていたと思う。 春香がこんなにも素直になった所なんて、今までに無かったから。 そっぽを向いて、横目でちらちらと僕の様子を窺っている春香の様子が可愛くて。 くすっと笑ってみれば、頬を膨らまして更に顔を赤くして。 この光景を僕が忘れる事など、これからの人生の中で絶対にないだろうと確信できる。春香がこんな表情をして くれるのは、僕の為にだけだ。僕は甘んじてその好意を受け取る事にして、春香の胸に顔を埋めた。 「あ……はあぁ……あき、らっ……!」 堅くなった乳房の頂点に舌を這わすと、春香は僕の頭に手を回して応えてくれた。切なげな吐息と共に、僕の名 前を呼んでくれているのが堪らなく嬉しくて、僕は辛い現実などこの時ばかりは忘れて、こんなにも僕を嬉々とし た気持ちにさせてくれる春香の大切さを何度も頭の中で繰り返し確認していた。 「ん、んんっ……あっ、はぁ……っ!」 空いた手は片方の乳房を揉みしだき、舌を這わしている方は時折甘噛みしたり、舌で突いてみたり、色々加減を 変えながら刺激した。春香はその度に身を捩って感じてくれていたけれど、何かを我慢しているようにも見えた。 もどかしい感覚では飽き足りていないのが、僕から見ても明瞭に映っていたのだ。 「春香、何か我慢してない?」 胸を弄る手はそのままに、耳に口を近付けて囁くと、耳も敏感なのか吐息が触れただけで感じてしまったよう だった。僕に羞恥心を煽られて、耳まで顔を真っ赤にしている春香は「意地悪」と涙ぐんだ瞳で僕に訴える。本当 はどうして欲しいのか僕には分かっていたけれど、春香を虐めるのが存外面白くて、ついつい調子に乗ってしまっ た。 「言ってくれないと、分からない」 「あ、ふぁ……あきらの……いじわ、る……ぅ!」 眼をギュッと瞑って、声を出すのを必死に堪えて、僕に羞恥心を煽られて。 春香はこれでもか、と言わんばかりに顔を赤くして、言った。 「胸だけじゃ……あ、んっ……がまん、できないの……っ!」 春香にしたら、これでも精一杯頑張った方だろう。普段だったら調子に乗っている僕の鳩尾に拳が入るのはご愛 嬌と言うものだ。けれど、それ故に今の春香はとても可愛らしく見えるのだろう。 僕は春香の唇に触れるだけの軽い接吻をして、胸を弄っていた手を彼女の腹部を撫でながら下に下げて行く。春 香は腹部を撫でられただけでも悩ましい声を出してベッドのシーツを堅く握っていた。 「んっ……」 僕の手が、春香の下着に到達した時に、春香は小さく喘いだ。先の行為によって濡れている純白の薄布は、僕の 愛撫によって更に濡れていた。僕が、情事の妨げにしかならないその下着を一思いに脱がすと、春香はやはり恥ず かしいのか張りのある太股をぴったりと合わせてしまった。 春香は顔を腕で覆い隠して羞恥心に耐えようとしている。僕はそんな春香の黒い髪の毛を優しく撫でると、太股 に手を宛がって開くように促した。言葉は必要無い。ただ、優しく触れるだけで僕の言いたい事は全部伝わってい る気がした。 「……怖いの」 唐突に、春香が呟いた。僕が足を開くように促した途端の出来事だったので、僕は一旦その行為を止めると春香 に向き直る。けれど、未だに腕で顔を隠している春香の表情を読み取る事は出来なかった。 「どうしたんだよ」 「私、初めてだもの」 「さっき、自分から僕を襲ったけど」 「……っ、だって、あれは――」 そこまで言って、春香は口を噤んだ。 何を言おうとしているのかは大体分かる。けれど、これは春香が言わないといけないような気がした。否、僕が 聞きたいだけかも知れない。春香の弱い部分を受け止めて、一緒に抱えてあげたいと思った。 それには、やはり春香が言ってくれないといけないのだけど。 「……っ」 春香は、それを言えないようだった。それもそうだろう。言葉にするのと、胸に留めて置くのとでは意味合いは 全然違ったものになる。言葉にすれば、より一層現実を思い知る事になるのだ。春香にとって、僕にとって、それ はとても辛い事であり、知っていなかればならない事だった。 僕に出来る事は少ない。 少ないけれど、それでも春香を微力ながら支える事は出来る。僕は、震えている春香をそっと抱き締めた。肌で 感じる春香の体温はとても暖かくて、お互いに聞こえる心臓の音は紛れもなく僕らが生きている事を示唆している ものだ。生の実感はとても簡単で、とても儚いものだった。 「だって、いずれ私が死んだら、もう彬とは居られないから……っ」 涙が混じるその声はとても弱々しい。彼女を支える僕の腕もとても弱々しいけれど、弱い者は寄り添う事しか出 来ないし、それが一番いい方法だろう。だから、春香のした事は間違っていない。僕らは、お互いに支え合って生 きて行くのだ。弱い力を、少しでも強くする為に。 「死なせない。根拠も何も無いけど、死なせない」 「そんな事……」 「だから!春香は死なない!僕がそう決めた!」 気付いたら支離滅裂な事を叫んでいた。本当に根拠も何もあったものじゃないけれど、今の僕にはそれくらいし か言える事はない。根拠が無くても、春香を安心させる事が出来るなら何でも良かった。 春香はきょとんとした表情で僕を見つめて、涙に濡れた瞳を丸くしている。眼の端から流れている涙を僕が指で 掬うと漸く我に返ったのか、春香は「馬鹿」と少し震えた声で呟いた。 「……じゃあ、彬を信じるわ。少し、不安だけど」 「そんなの僕が吹き飛ばしてやる」 「……ふふ、本当に、ばか」 春香は微笑みながら震えた声でそう言って、苦笑する僕にそっと口付けた。それにはありったけの感謝の気持ち と、慈しみが籠っていたように思う。僕達は二人して微笑んで、自然な流れで行為を再開した。 「あきら、もう、来て……」 春香はそう言って足を開いた。僕の前に惜しげもなく晒された春香の秘所は、綺麗な桜色をしている。今まで誰 にも見せた事がないだろう彼女の女としての部分は僕を誘うかのようにひくひくと震えていた。その筆舌に尽くし 難い凄艶さに、僕は急速な昂りを感じていた。 春香の足の間に身体を滑り込ませ、既に痛いくらいに膨張している肉棒を彼女の入口に宛がう。ぬるりと湿った そこは、とても熱く、少し擦るだけで快感が訪れた。暫くの間その感触を愉しんでいると、春香が待ち切れないと 言った様子で僕を見詰めてきていた。 懇願するように揺れる瞳を見ればそれだけで僕の余裕は無くなってしまい、逆に焦燥が芽生えた。 「いくよ、春香」 「ん……来て……」 形式だけの確認を取って、僕は春香の秘所に宛がった肉棒を少しづつ挿入した。暖かな感触と、キツイくらいの 締め付けが一つになっている実感と快感をもたらしていた。 「あ……ふぁ、んんっ……」 春香に痛みの様子はないようだった。一度したからなのか、最初よりは格段に滑らかに僕の肉棒は春香に根元ま で飲み込まれた。執拗に絡み付く内襞が僕を攻め立てて、今すぐにでも腰を動かしたくなる。 その衝動を諫めて、僕は快感に打ち震える春香の唇に軽いキスを落とした。ちゅ、と聞いている方が恥ずかしく なりそうな可愛らしい音が鳴って、僕らはまた互いに微笑む。もしかしたなら、それが合図となっているかも知れ なかった。 「あっ、ぁっ……ん、ふぅ……っ!」 腰を引いて、また入れる。それをゆっくり繰り返すと、春香は悩ましい声を上げて、僕は頭がおかしくなりそう な快感に身を震わせた。陰茎が膣壁を擦り上げる度にねっとりと絡み付いてくる内襞は果てのない快感を提供して いて、それに追い打ちを掛けるかのように締め付ける膣全体はまるで生き物のようだった。 それらが、春香の嬌声と喘ぐ表情に彩られ、何倍にも増幅された快感となって僕に押し寄せる。思ったよりも、 僕は限界を早く感じている気がした。 「あっ、く……ッ、あきらぁッ、あきらぁっ!」 春香がシーツを握り締めて喘いでいる。僕の名前を呼ぶ度に春香の膣は僕を締め上げた。肌と肌の打ちつけ合う 淫猥な音が病室に響く。何時扉を開けられるかも分からないけれど、今はそんな事は気にならない。僕は僕が求め るままに春香の身体を貪る為に奔走するしかなかった。 「はっ、あぁっ……やっ、んんっ……!」 僕が、律動を続行しながら春香の陰核を撫でると、春香は予想外の刺激に戸惑っているのか大きく身を捩った。 その所為で余計に中が締まり、とてつもない快感の渦に飲み込まれそうになったけれど、歯を食い縛る事によって どうにか耐える。もっと長く、春香を感じていたかったのだ。 「ああっ!!やっ、ダメ、そこはだめぇッ……!あっ、んぅぅっ!」 眼の端から涙を流して懇願する春香はどう見ても強すぎる快感に悶えているようにしか見えず、僕は春香の制止 も聞かずにより一層腰の動きを激しくしつつ、陰核を摘まむ。 春香にとって、それは未知の体験とも言える凄まじい快感だろう。春香の中は陰核を弄る度に厭らしくうねり、 僕を高みへと誘った。底抜けの快感は留まる事を知らず、僕が動く度に訪れた。 「やぁッ!あっ……は、ふぁッ……だめだって、ばぁ!」 段々と激しさを増して行く行為は、僕達の体温を上げるだけでなく、この病室の中の温度すらも上げているよう だった。まだ肌寒い季節で、部屋に暖房が利いていると言っても裸で居れば寒くなるのは道理だろう。 けれど、僕達はむしろ熱いくらいだった。体から流れる汗は混じり合い、接合部分から絶えず鳴り響く音は、何 時しか肌と肌が打ちつけ合う音などではなくなり、淫靡な水音を響かせていて、この部屋の湿度を高めているよう だった。 「んあぁッ……はっ、んんっ……!あき、らぁっ!」 春香の細い体を抱き締める。そうすると、春香も僕の背中に手を回してくれた。お互いの体温を体中で感じなが ら、僕は快感の頂点へと向かって春香を突き立てた。春香は僕の背中に爪を立てて、それを堪えている。鋭い痛み が背中に走っても、その痛みは僕が今感じている快感には敵わなかった。 絶頂へと上り詰めて行くほど、過去の情景やつい最近の事など、あらゆる出来事が僕の頭を走馬灯のように駆け 抜けて行った。春香と交わした約束や、そこで見た綺麗な桜。僕を頑なに拒絶する春香の姿と、しぶとく諦めない 僕。数えきれないほどの思い出が雪崩れ込んできて郷愁の念をを呼び起こした。 「はるかっ、今、幸せか……っ?」 「あっ、ふっ……う、ん……しあわ、せっ……あっ、はぁッ……!」 僕がそう問うと春香は息をするのも苦しそうにしながらも、頷いた。快感に悶える中で見せた笑顔は極上のそ れ。その笑顔を見るだけで春香が本当の事を言っているのだ、と思える事が出来る。 僕は、既に目前まで迫っているだろう絶頂へ向けて、腰の律動を激しくして行った。 「あっ、あぁっ……ふ、んぅっ……ふぁぁッ……!」 春香の爪が、僕の背中に深く刺さり込んでいる感覚。鋭い痛みが電気のような刺激を僕に送り、焦燥に駆られる。 もう、限界は目前だった。僕は最後の追い上げをするべく、これ以上にない力で彼女の中を蹂躙した。春香の嬌声 も次第に余裕のないものになってきていて、僕達は同じ道を奔走しているようだった。 「ふかっ……いぃッ!も、だめ!イっちゃ、うッ……!あきらぁッ!」 「……ッ!」 春香の膣が、僕の肉棒を思い切り締め上げた。その瞬間から僕の余裕は完全に無くなり、僕は春香の最奥まで届 くようにと、渾身の力を込めて腰を打ち付けた。 「あっ、んあぁッ!はッ、あああああああああッ!!」 寸前まで上り詰めていた白濁の液が、春香の中に注ぎ込まれる。頭の中が真っ白になり、弓なりに身体を反らし た春香の姿が、その中で見えた。 春香の中へと注ぎ込まれた精液の量は、僕が感じている限りでも尋常なものではなかった。 果てのない快感が次々と僕の精液を絞り取っていき、何もかもが吸い取られてしまいそうな感覚に襲われる。そ れだけで発狂してしまいそうな、恐ろしいまでの快楽が僕を苛めて、それに耐える為に僕は春香の顕著な体に腕を 回して抱き締める。本当に春香を壊してしまいそうなくらいに、強い力だった。 「はっ、はぁッ……熱いのが、いっぱい……」 春香は熱に浮かされたような恍惚とした表情で小刻みに身体を震わせていた。絶頂の余韻は尚も僕達を攻め立て て、見動きをさせない。今、この場に誰かが来ても僕達は姿を隠す事も出来ないだろう。 それほどまでに、春香の中は気持ち良過ぎたのだ。 そうして、時計が着々と時刻を進めて行くと、その内に身体を少し動かすのにも倦怠感が伴うようになった。そ れでもこの格好のままでは幾らなんでもいけないと思い、何とか自身を春香の中から抜くと、春香の秘所からは粘 り気を含んだ春香の愛液と僕の白濁とが混ざり合った液体が零れてきていた。それは白いシーツを更に白く染め上 げて、汚して行く。 僕はその様子を何処か遠いものを見るかのように眺めながら、春香の隣に仰向けになって寝転がった。 「もう、動けないな……」 それは正直な今の自分の状態だった。気を抜けば、すぐにでも意識が闇の中へ飲み込まれてしまいそうなほどに 疲労が溜まっている僕の体は、ミリ単位でも動かすのが億劫だった。それは、春香も同じ――いや、それ以上だろ う。ただでさえ身体が弱いのだ。その疲労感は僕と比べようもないものだと思った。 横目で春香を見遣ると、やはり春香の瞳はもうぼんやりとしていて眠りへと向かっていた。動かすのも辛いだろ うに、春香はその手を僕の手に絡めて目を閉じる。僕もそれに応えて春香の手を握り締めた。汗ばんだ手は少し熱 いくらいだったけれど、それ以上に幸福な気持ちが僕をすぐに満たしてくれる。 段々と暗闇に堕ちて行く意識の中で、僕は呂律が回っているのかも怪しい口取りで言葉を紡いだ。それは、過去 を反芻したものであったが、過去の時よりもそこに籠った想いはずっと強靭になっていた。その一つ一つが春香に 届くようにと願を掛けて、僕も眼を閉じる。自分の声ですら、何処か夢心地だった。 「また……あの桜を見に、行こう」 その約束を持ちかけた僕に、春香は言葉で返さなかった。ただ、繋げられた手に籠る力が増して、それを肯定し ている。僕は充足感と幸福感に包まれて、意識を手放した。 一寸の光が差す世界に落ちた僕の意識に、誰かの愛おしい声が木霊して、消えて行く。穏やかな春の陽気と、香 しい花の香りに抱かれた僕は。 これ以上の幸せを望むのが罪だと思えるくらいに、幸せだった。 ――end. 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