シチュエーション
![]() 「ほれ、餅が焼けたぞ」 携帯式コンロの上で、餅がぷっくりと美味そうに膨らんでいる。 本来的には持ち込み不可な代物だが、そこは察してほしい。 これには、海よりも深い事情があるのだ。 「たまには病院食じゃなくて、お餅が食べたいなあ」 ぼそりと何気なく呟かれた一言。 素知らぬ顔で、あざとさ200%の計算され尽くした台詞だった。 たとえそれが彼女の計画通りだったとしてもだ。 好きな女にそんなことを言われて行動しない男がいるだろうか。 少なくとも俺は我慢できなかった。 「熱いから気をつけろよ?」 ふーふーと、熱気を放つ餅を冷ましながら。 それを彼女の方へと差し出す。 「あーん」 小さな口がぱくりとお餅をほうばる。 箸を引っ張ると硬い外皮が割れ、にゅーっとお餅が伸びる。 ぷつんと半ばで千切れた餅が垂れ落ちそうになり。 慌てて箸を持ち上げ口の中に放り込んだ。 お互いの顔を見つめ合うようにして、むぐむぐと口を動かす。 俺はすぐに餅を飲み込んだが、彼女はまだ苦戦しているようだった。 「あご、つかれた」 短く一言だけ彼女が呟く。 口を動かすのもやめ、まっすぐに俺の顔を見つめる。 甘えるような何かを求めるような、そんな表情で。 「バカだろ、お前」 声が上擦りそうになるのを抑え、何とか言葉を返す。 俺が顔をゆっくりと近寄せると彼女は瞳を閉じ。 唇と唇が触れ合うと俺も目を閉じた。 上唇にちろりと舌を這わすと、軽く口が開き。 生暖かい物体がこちらの口の中に送り込まれてくる。 それを咀嚼して彼女へと送り返す。 顔を離すと、彼女は餅の感触を舌で楽しんでいるようだった。 頬が膨れたり、へこんだりと微妙な動きを見せる。 やがて、彼女の喉を塊が滑り落ちていった。 「美味かったか?」 ごくんと彼女の喉が餅を嚥下するのを見届けて声を掛ける。 「うん」 彼女は満足そうに、こくこくと首を縦に振る。 そうして、悪戯を思いついた子供みたいに、にんまりと笑って。 「おかわりは?」 そんな台詞を口にしたのだった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |