仮面淫夢
シチュエーション


「ふう」

紀子は鉛筆を転がすとため息をついた。

「今日は徹夜になりそうね・・・・・・」

ホテルの部屋のように広い女子寮の室内に、独り言は寂しく響く。
紀子はじっと窓の外を眺めていたが、やがて部屋の明かりを消した。
冴えた月明かりが部屋を満たし、それだけで胸がどきどきと高鳴る。

(少しだけ、少しだけね)

紀子は自分に言い訳をするように呟くと、どさりとベッドに横たわった。
紀子には、最近新しく覚えた楽しみがある。
紀子は、息が乱れるのも気にせず、パジャマをはだけ、下をおろす。
紀子は、露わになった小ぶりな胸と、白いレースのパンティを、おそるおそる、優しく撫で回しはじめた。

「はぁ・・・・・・ん」

そのとたんに痺れるような快感が紀子の体を包んだ。
乳首を摘むと、ジンジン胸の奥で響くものがある。

(赤ちゃんがここを吸うとこんな風に・・・・・・?)

股の付け根を触るのは耐えられない。

(触りたい・・・・・・でも汚いし・・・・・・)

それに、余りにも気持ちが良すぎる・・・
紀子は布団の中で夢中になってもぞもぞ自分の体を弄りはじめた。
自然と笑みがこぼれるままに、紀子は身をまかせていたが、その表情は人から見てどんなにみだらだっただろう。
しかし、紀子はなんらやましいものを感じていなかった。
ずっと箱入り娘として育ってきた紀子は、性知識など皆無で、自分の行為がどういう事なのか理解していなかったからだ。
なぜ気持ち良くなるかなど知らず、ただ、本能の欲するままに己の体を貪る。
明日になれば聖母に祈りを捧げる手で、胸をもみし抱く。
祈りを唱える口は、だらしなく流れる涎に濡れ尽くしてつやつやと輝いていた・・・

ひとしきり己の体を楽しむと、紀子はホーッと火照ったため息をついた。
全身が汗だくで、頬は上気している。
そろそろ勉強を再開しようか、と気怠げに身を起こした時、紀子は不信げに首を傾げた。
紀子の視線の先に、何か白い物体が浮かんでいたのである。
それが人の顔を模した仮面だと気づいたのは、仮面から腕が伸びて紀子の口をふさいだ時だった・・・・・

「そ・・・それで?」

と、身を乗り出して、由乃。のどを鳴らして唾を飲む。

「まあ、俺もそこらは聞いた話なんだけどな」

凜華がニヤリとわらう。

仮面の半月上に笑う顔が紀子の眼前に迫った。

「ん〜っ・・・・・・!」

口をふさぐ手袋の感触はガラスのように冷たい。

「はあっ、はあ・・・・・・」

仮面から吐き出される生暖かい息が紀子の顔をなぶる。
反射的に紀子は噛みついたが、子猫の生え揃わぬ牙ほどの痛みも与えなかった。
あっという間に猿ぐつわを噛まされ、後ろ手に縛られる。
恐ろしいまでの手際の良さ。
はだけた胸を隠そうと紀子は必死に隠そうとするが、動かせるのは指だけだった。

「ウツクシイ」

男の声。しかし、その声は不自然なまでに低い。
仮面は笑い顔だったが、その笑みに人間の要素は薄い。
半月の目の奥は闇に紛れて暗く、瞳は見えない。
白い仮面を除き、全身が黒一色に覆われた怪人は、紀子の目には生あるものとは写らなかった。


怪人の黒い手が、紀子の体に迫る。

(殺される!!)

紀子は思わず目を瞑ったが、苦痛の替わりに紀子の乳房に走ったのは、凄まじいまでの快感だった。

(あ・・・・・・っ)

涙に滲んだ瞳を見開く。
眼前には仮面があったが、その、表情を変えないはずの無機物の顔が、奇妙な事に笑みを増しているように見えた。

「ケガレタカラダメ・・・」

(汚れてなんか・・・ああっ)

ぬっとりとした感触に胸をもみしだかれ、紀子は圧倒的な陶然に襲われた。
生まれてから今までに味わえなかった15年を、悔いるほどの悦楽。
己の手では味わえない感覚に、一瞬で紀子は捕らわれた・・・・・・

「ふっ、ふっ、ふっ・・・・・・」
「ハア、ハアっ・・・・・・」

猿ぐつわと仮面から漏れる淫靡な息が、月下の聖的な空間を犯していた。
尖った乳首をこね、太もも絶妙なタッチでなぞる。
快感が形を為して、紀子の全身を這い回っているようだった。
怪人を見つめる紀子の目は、とろんととけ出さんばかりだ。
赤く染まって踊り狂う肢体を見下ろして無表情でいられるのは、教会のを飾るマリア像くらいのものだろう。
仮面さえも銀月に輝いて悦楽に酔っているようだった。

怪人が仮面越しに、猿ぐつわの取れた唇にキスをする。
紀子は拒もうともせずにむしろ仮面を舐めまわした。
怪人は、怪人らしからぬ醜態を見せる。
面をずらして、唇を露わにすると紀子に口をあわせ、舌を絡めたのだった。

唇をぴたりとあわせたまま、仮面の怪人のどろどろに湿った指先が、秘所に触れようとする。
そのとたんに紀子は、急に目が冷めたように見開いて、唇を放した。

「イヤっ」

そこは、己自身さえ触れたことのない聖所だった。
怪人は半分面をずらしたまま、生身の口をにやりと歪ませると、下半身へ、ゆっくり顔を近づけ・・・・・・

「ああーっ」

絶叫が、静かな聖地、女子寮のしじまを破った。
部屋に駆けつけた女生徒立ちが見たものは、開け放たれた窓と、法悦に悶える紀子の白い裸身だけだった・・・・・・

「怖えーっ」

凜華の胸を揉みながら、由乃。

「だろう?」

僅かに感じながら、凜華。
どことも知れぬ部屋の中で、裸身の二人はじゃれあうように絡みあっていた。

「・・・・・・で、その怪人を凜華が捕まえたんでしょう?」
「あたり」
「それで、正体は?」
「まあまだ続きがあるんだって」

そう言うと、凜華は由乃のうなじに舌をはい回した。

「やん」
「話すのは、一勝負終わってから」

嬌声。

凜華が、学校内で連続して起きた仮面の怪人による性的暴行事件について聞かされたのは、
玲の口を通してのことだった。

「表向きにはしないようにね。この学校には伝統があるのですから」
「伝統ねえ。それにしても怪しからんな」

ジャージ姿の凜華は、汗に光る額を拭きながら眉をひそめた。

「ええ、全くです」

横に並ぶ玲が、こっくりと頷く。

「何で俺も混ぜないんだ」凜華が真顔で言うのを見て、玲は呆れ顔で首をふった。
「・・・・・・あなたがそういう反応をすると、予想しなかった訳ではありませんが」
「いやあ、良いねえ。仮面の怪人の誘う禁断の花園、快楽の宴。辛抱たまらん」

黙っていれば宝塚の男役スター並みのボーイッシュな美貌を持つ凜華なのに、今はにやけきって別人のようだ。
強いて言えば童顔の福山雅治。

「全く・・・・・・」

凜華と共にいると口癖のようになる言葉だ。
玲はため息まじりに口にした。
精巧な人形細工が憂いたようなその様は、竹取物語のかぐや姫が現代に生まれ変わったらかくなろうという絶世の美貌だった。

裏庭の、紅葉盛りの道を歩く二人はすべてにおいて好対照だったが、聖純女子学園の両花と言えば、この二人を指す。
その存在はK県下でも有名で、地方ファッション紙で表紙をかざり、特集を組まれるほどだ。
日焼けした顔に手入れを欠いた髪を乗せた凜華は、何時もラフと言うより大ざっぱな服装をしている。
どんな服でも似合ってしまう自分を知っているのかは、本人以外わからない。
一方、玲は一目で生徒会長だとわかる気品がある、
K県の女子学生全ての憧れである、一歩間違えれば喪服に見えかねない紺のブレザーを完璧に着こなしている。
それと分からないほどの化粧をしているが、自分の顔を把握しきった無駄のない装飾で、羨望する者こそあれ咎める者は居ない。
性格も、外見も何一つ共通点のなさそうな二人の仲が良いのは、聖純学園の最大の謎と言われていた。

「しかし、不思議だなあ。この学校のセキュリティは万全のはずなのに」
「あら、本当に?」
「どういう意味だ」

凜華の家は日本有数の警備保障会社で、聖純学園の警備を任されている。

「ルパン三世でも進入できないとおもうぜ」
「その看板文句を変えないといけませんね」

と、玲が辛辣に言うが、こんな口調をするのは凜華に対してだけだった。

「今までに被害にあったのは何人だ?」
「今のところ、表向きになっているだけで十人ほどかしら」
「…そんなに大勢がヤラれてるのか」

凜華はうらやましそうな顔をした。

仮面の怪人の指先が、初々しい顔の少女の破瓜を破った。
ファーストキスを奪われた女生徒が不登校になった。
性に目覚めた、最初の被害者である紀子のような女生徒が、他の女生徒をを誘うようになった……
仮面の怪人は、口部の穴からアヌスを舐めた。
未経験の快感に、新入生の女生徒は気絶するほどの快感を覚えた。

キスさえしたことのなかった女生徒は、快楽が生み出す罪深さを恐れるあまり、修道院に入ったという。

大きなバイブが、二つの穴に同時に差し込まれる。
自然には味わえない、究極レベルの快楽を経験したある生徒は、退学して性技を極めるために吉原に職を求めたという。

「ああ、うらやましい」

それらの報告を聞いて、凜華はほおっと息を漏らした。

「人事じゃないのよ。次はあなたが襲われるかも」
「そう言うレイもね」

凜華の言葉に、玲が苦笑混じりに笑みを見せた。

「しかし……十人以上もそんな目にあっているのに、学校は何も対策を取らないのかねえ」
「あら。学校はなにも知らないはずよ。それに、怪人に犯されたのは十人どころではないはずだし」

玲が平然と言うのに、凜華は首をかしげた。

「……だって、その歌人に強姦されたんだろう?大事件じゃないの?世間的には」
「忘れたの?生徒会規則2条、生徒の自治を全面的に認めること……

私の判断で、先生達には言っていません」

「なんで?」
「皆があなたみたいに、性に関してオープンではないのよ。怪人に襲われたとしても、

何も言わない生徒も多いはず」
どこか、弁解するような玲の口調に、凜華は首をすくめた。

「まあ、いいや……しかし俺の所に来なかっただけでも、そいつは万死に値するね」

仮面の男に犯されなかった事に対して、凜華は不満げに肩をすくめた。

「……そこで相談なのですが、凜華。あなた、犯人を捕まえてくれませんか?」
「えっ」

「そういうわけで、合気道部主将の俺をリーダーにして、俺が警備をすることになったのさ」

膣に指を差し込みながら、凜華。
由乃は、凜華の言葉も耳に入らない様子で、凜華の指に体を委ねていた。

すやすやと、という形容がふさわしい様子で玲は眠っていた。ほのかな明かりに照らさ れた寝顔にはつややかな、満足しきった笑みが浮かんでいる。
頬が美酒を含んだかのようにわずかに赤みが差してしている。
その表情はどこか達成感に満ちたものに見えた。

ギシ……ギシ……

(……?) 

何かの気配に、レイ0がまつげを震わせる。なにか重いものがベッドを沈ませたようだった。

「ふーっ、ふーっ……」

荒い息づかいが、生暖かく玲の顔を這った。

(……まさか)

玲が、おそるおそる目を開くと、底には銀色の仮面が浮かんでいた。

「つっ!」

とっさに玲は手を振り上げたが、頬の横で仮面の怪人の手が伸びて、玲の腕をつかんだ。

「あうっ」

かなりの力で、手を後ろにひねられる。痛みに顔をゆがませて、玲は叫ぶように言った。

「何者ですか、貴方は!?ふざけないで」
「フザケテナドイナイサ」

仮面の怪人の片腕が、キャミソールの肩口に触れる。玲は必死に抵抗をするが、あっさりと形の良い胸が露わになった。

「クロイチクビダ。ズイブンツカイコンデイルナ」
「誰、誰なのよ、貴方は!」
「ミテノトオリ、カイジンダ」
「うそよ、そんなはずはない。だって、怪人は……」
「私だ、って言うんだろ」

突然に声のトーンが変わり、玲が聞き慣れたものになった。その声は……

「そうだよなあ。怪人が居るはずないもんな。お前以外に」

そう言いながら仮面を脱いだのは、凛華だった。

「り……リンカ?」
「おうい、みんな。入っていいぞ」

凛華が声をかけると、部屋に次々とパジャマやキャミソール姿の女生徒達が入ってくる。

「見覚えがあるだろう」

玲の部屋に入ってきた生徒達は、十五人にも及んだ。生徒達の容貌にはいろいろな個性があったが、全員に共通するのは美しい事で、花壇の中に迷い込んだ美しさがあった。
しかし、その瞳には一様に冷たい視線が浮かんでいる。

「……そうか。怪人の正体はリンカだったのね。その格好がその証拠。さあ、皆、花山さんを捕まえて……」
「なにをとぼけているんだか。この衣装は、レイ、アンタの部屋から出てきたんだぜ」

そう言ってリンカは、開け放しになっているクローゼットを指さした。

「ウソよ。……仮にそこに入っていたのだとしても、誰かが私を陥れるために」
「もう準備は良いかい?」
「はい、お姉様」

凛華が振り向いた先には、いったいいつの間に運び込まれた物か、大型の液晶テレビと、DVDデッキが設置されていた。華凛がにやにや笑うのを、玲はキッと睨み続けている。

「良い物が映っているんだけど、見る?」
「……」

玲は何も言えなかった。凛華が懐から取り出したDVDを素早く奪おうとするが、あっさりとはねのけられる。

「誰かレイをしばっていてくれよ。……ロープや手錠、色々あるぜ」
「やめなさい、貴方たち!……私にこんな事をしてただですむとでも……」

多勢に無勢で、玲はあっさりと縛られる。ロープで縛られた上に、後ろに回された手に手錠をかけられるという厳重さだった。

「さあ、お立ち会い。仮面の怪人の正体が明らかになる決定的瞬間です」

DVDがデッキに吸い込まれる。再生が押されると、そこにははっきりとした画像が映し出されていた。それは、殆ど明かりもなく暗いはずの寮の廊下を写しだしていたが、不意にくっきりと仮面姿の怪人が映し出された。

「赤外線カメラ。くっきりと映っているねえ」

怪人は、辺りをうかがって誰もいないのを確認すると、端の方に位置する玲の部屋へ向けて一目散に駆けだした。
場面が不意に変わり、玲の部屋が映し出される。中に入った怪人が、仮面と、全身を覆うタイツを脱いで、ベッドの上にホオル。その姿は紛れもなく玲当人のものだった。

「……な、なんでこんな映像が」
「気がつかなかっただろう。この間部屋に行ったとき、つけておいたんだ」
「この間って、貴方が最後にこの部屋に来たのは、もう三ヶ月前の事じゃあ」
「それはさておき」

凛華が話しを逸らすのを追求しようとした矢先に、デッキの画像が玲の飛び込んできた。

「イヤッ!消して!」

それは、玲があられもない姿でベッドに横たわり、しきりに胸と性器をまさぐる様だった。ビデオアングルが遠くから固定されているだけに、その様子はひどく生々しく映し出されていた。

「ヘンタイだねえ。女の子を襲った後のお楽しみってとこか」
「やめて……」

映像には声が無かったが、それでもその痙攣する様子と恍惚に満ちた表情から、イッているのは明らかだった。

「ほら、こうしてオナニーが終わった後は、何食わぬ顔で廊下に出て……」
「リンカ姉様……」
「うん?」

しきりに解説をしていた凛華に、玲を抑えていた一人の女生徒が困惑したように声をかけた。

「レイ姉様ったら、濡れてる」

カッと玲の表情が赤くなった。レイはにやにやと笑いながら玲に近づくと、首筋を舐めあげた。

「ひゃっ!」
「おいおい、自分のオナニーを見て欲情するなんて、つくづく痴女だなあ」
「あんたに言われたくは……あうっ」
「よし、もういいか。……みんな、レイへの罰はなにが良いと思う?」

ざわざわと声が上がったが、誰かが発言をする前に凛華が宣言をした。

「……さあ、みんな、この生徒会長の仮面を被ったレイ……いや怪人を同じ目にあわせようぜ」

そう言いながら華凛はキャミソールを無理矢理脱がしていく。レイを掴む少女たちも、それに同調して、ブラを、パンツを脱がしてしまう。

「ふんふんふーん♪」

丸裸になった玲は顔を下に向けていたが、華凛はそれを揚げさせると、つい先ほどまで自分が被っていた、銀色の仮面を、玲に被せた。

「何をするの」
「みんな。こいつは玲なんかじゃない。……みんなの貞操を破った仮面の怪人だ。遠慮はいらないぜ」

華凛はそう告げると、いまや全裸に仮面をまとっただけの玲の、胸にむしゃぶりついた。

「ああ……っ」
「さあ、皆も」

舌先で乳首をもてあそびつつ、華凛が促す。やがて、意を決したように、最初に襲われた少女、紀子がもう片方の胸に手を当て、ゆっくりと揉み始めた。

無数の舌が、玲の体を這い回っていた。

「ひもちいいでひょ」

股の間に顔を埋めたまま玲が声をかけるが、返事はない。とてもできるじょうたいではない。絶え間なく襲う快感に、仮面の怪人はもはや逃れる術を知らなかった。
穴という穴が、同時に埋められる。唾液にまみれた仮面が輝き、全身がつやつやと濡れて胎内から出た幼児のように輝いていた。
敏感な場所はおろかつま先や脇まで舐められ、息をつく暇のないオルガズムが絶え間なく怪人を襲う。
とはいえ、怪人への責め苦に参加できない少女達も中にはいたが、そういうあぶれた者達はそれぞれがペアを組んでお互いの秘所をせめあっていた。
むんむんと熱気と甘美な匂いが立ちこめ、室内は快楽の地獄そのものとなっていた。 
ふと、華凛は顔をあげると、玲ほどに濡れてはいない体を起こして仮面に手をかける。
その、笑みをかたどった仮面の奥には、それ以上に引きつったような玲のかおがあった。そこには、優秀かつ厳格な生徒会長の姿など片鱗も見られない。

「あっ、あっ、あっ……」

声にならない声をたえず上げつづける。目は焦点が定まらず、だらしなく空いた口からは犬のような涎が垂れ続けている。

「まだ十二時か。夜は長いよ」

そう言いつつ、華凛は玲の口を吸うと中の涎を美味しそうに吸い尽くした……

翌日になって、平然とした顔で学校に登校してきたのは、華凛と玲だけだったという。

「えっ……その玲っていう人も、それだけの目にあって普通に登校してきたの」
「ああ。あの時俺は思ったね。ヤツは大物になると。第一声が『おはよう、凛華さん』だぜ、それもにっこりと笑って。普通あれだけの目に遭えば廃人になりかねないってのに」
「……怖いわね。そんな目に遭わせようとしたの」
「いや、なあに。そうなる前にはやめようと思ったけどな」

制服を身につけた由乃が呆れたように首を振った。

「凛華って昔からそうなのね」
「おいおい、この格好に着替えたら先生って呼べと言っているだろう」

ジャージ姿の凛華が言う。

「一応、れっきとした体育教師なんだから」

二人は連れ添って、熱気の籠もった体育倉庫を後にした。もうすっかり夕日は落ちて、体育館の中はくらくなっている。

「そうして、俺と玲は二人そろって母校の教師になったのさ」
「そしてこうして生徒を喰っている……と」
「喰われたくないのかい」
「まさか」

二人は唇を重ね合った。

「……ところで、そのレイって人……も先生なんだよね。名字は……?」
「ああ、言って無かったっけ。一条ってんだ」

別れざまに告げられて、初めのうちは誰のことだか思い出せない様子で首を傾げていたが、OOはふと思い出したようにか顔をあげた。

「一条って、理事長先生の名前じゃ……」
「あら、呼びました?」

はっとしてOOがふりむくと、そこには上等な女物のスーツに身を包んだ理事長の姿があった。柔和な顔で穏やかにほほえんでいる。

「理事長先生……」
「まったく、あの人は昔からああなんだから」

ふうっ、とため息をつく様子を見て、OOは安心する。まさか、この人が玲の話に出てくる怪人だなんて、そんなはずは……

「……ところで、今から理事長室に来ない?」
「えっ」
「体育倉庫みたいな場所じゃなくて……内緒なんだけど、あの奥には隠し扉があって……」

OOが有無を言わさず連れられた部屋に、銀色の仮面が飾ってあったかどうかは、また別の機会に……






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