シチュエーション
眼前で妻の顔……白い仮面が揺れている。 「はうっ……くっ……」 くぐもった声が仮面の奥から漏れ聞こえる。白い、人の顔を模した意匠の面から覗く妻のうるんだ瞳と目があうと、面の奥で妻は笑ったようであった。 面はあくまでも無表情であるが、この頃はその白い木製の面の奥から妻の表情が透けて見えるような気がする。 この頃はあまり外出をしないためか、透き通るように白い肌の小降りな乳房を愛撫すると、妻の嬌声はますます増していった。 「もう……やめて!」 「何を?」 上目遣いの瞳で僕を見つめながら、はぁ、はぁ、と荒い息づかいで妻は答える。つくづくSEXというものは良い、嘘がない。 ただ快楽があるだけだ、と考えつつ僕は腰を思い切り突き上げた。 「や・め・てっ・て、イッ・てる・のに!」 がくがくと揺すぶられつつ妻は言うが、こういう状況で動きを止める男などいやしない。更には妻も腰を使い始めるのでますます僕も高まって行く。 「あっ、あ」 先に行ってしまった妻がぐったりと僕の肩に寄り添った。冷たい仮面の感触が僕の肩に快くのりかかる。 「うあっ」 自分自身を吐き出し終えると、僕は妻と繋がったままその場に寝転んだ。とめどない興奮に身を任せていると、妻が甘えた声で僕にささやいてくる。 「あなた……」 「ちょっと、待って」 妻が顔一面を覆う面を半分だけずらす。僕は半身を起こすと、目一杯唾液を含ませた唇を、妻の乾いた唇に重ねた。 妻の唇の、がさがさと音を立てるような感触が伝わってくるが、僕は自分の潤いを少しでも妻に与えるためにもゆっくりと、上も下もぴったり一身に繋がり続け た…… ……もう一度事を終えた後、妻がいつものように、申し訳なさげにつぶやいた。 「ねえ、あなた……部屋を暗くして」 「ああ」 部屋がまったくの暗闇になると、闇の中でごそごそと妻が動く音がする。 カタン、と軽い物を置く音が響くと、おそるおそる、というような妻の声が僕の顔前から聞こえてくる。 「……さわってみて」 「うん」 暗闇の中、手探りで僕は妻の顔を触る。……誠に情けない話なのだが、僕は、未だに、 くしゃくしゃにした紙を触るようなその感触に慣れることができないでいる……だからといって、妻に対する愛が一ミリでも揺らぐわけではないのだけれども。 「……どう?少しは治ったかな」 「あんまり変わらないね」 嘘をついたほうが妻を傷つける、と知ってからは僕は妻に嘘をつかないことにしている。 「そっか」 落胆した妻の声を聞いて、僕は顔を寄せる。 「だからさ。僕は君の顔が好きなんじゃなかったっていつも言っているだろう。そりゃあ綺麗な事に越したことはないけどさ」 「でも……私と結婚したこと後悔してない?こんな、仮面をつけなくちゃまともに人前に出られないような私と」 あの日の……結婚式の前の日の事を思い出す。妻の家からの思わぬ火事と、失踪。人里離れてひっそりと暮らす妻を見つけ出したのは、3年後のことであっ た。 「してないさ。できれば仮面は外してほしいけど」 「……イヤ、嫌われたくないから」 そういって、妻は手早に仮面をつけ直す……妻の以前の顔に良く似せて作らせた面を。それは、再会の時につけていた面であった。 逃げだそうとする妻を説得するのには1年かかったから、計4年の遠回りをしてしまったことになる。 結婚してからも、妻は僕に素顔を見せることはない。いつも手製の仮面をつけて日々を不便に過ごしている……僕の目の前では、食事も、歯ブラシも できないのだ。夏場などは寝苦しそうだし息が詰まりそうだ。 そんな姿を見ていると胸が詰まりそうになるのだが、妻がイヤだというのだからしょうがない…… 明かりがつくと、桜色に興奮した肌と白い面との対比がますます色濃くなっていた。 「ねえ、我が儘な言い方だけど……これからも、こんな私を愛し続けてくれる?」 仮面は無表情だが、その奥の不安をひしひしと伝えてくる。僕は黙って妻を抱きしめた。 こういう時、言葉は邪魔になることを僕は知っている。 ……妻が、火傷を顔に刻んだまま仮面を取る日よりも、今の整形技術が妻の顔を直せるほどに進む方が速いかも知れない。 しかし、僕としては妻には、早く仮面を脱いで素顔を僕に見せてほしい。僕が妻を愛しているのは、顔なんかじゃなく、もちろん…… <終わり> SS一覧に戻る メインページに戻る |