毒を持つ名花
シチュエーション


これは何の冗談だ……?

高橋健太は心の中で呻いた。目の前で信じられない光景が繰り広げられている。

理科準備室の扉の隙間から中を覗き込んだ途端、健太の心臓は跳ね上がった。

普段は人通りもない校舎の隅にあるこの部屋の前を通りがかったとき、室内から物音が
聞こえた。何の音かと思って忍び足で近寄ってみる。距離が迫るに連れ、それはアダルト
サイトの動画でしか聞いたことのないような、女の喘ぎ声だとわかった。

おいおい、誰か学校からエロサイトでも見てんのかよ――などと思ってドアの隙間から
覗き込む。すると視界に飛び込んできたのは、目を見張るような美少女が白い肌を晒しな
がら、男との痴態を繰り広げている光景だった。

「あん……やっ、気持ちいいっ……!」

その少女は男の愛撫に応えて獣のような喘ぎ声を漏らしている。艶めかしく悶える姿が
とても官能的で、目を離せなくなってしまう。

男は体位をちょうど騎乗位から対面座位へと移すところだった。

「はあっ…ああん……いいよぉ、先生……」

男が下から腰を突き上げる度に女の声が甲高くなる。冬でもないのに乱れた女の吐息が
白く染まり、いかに熱い情念の交感であるかを主張していた。

途端に健太の性衝動は激しく盛り上がった。身体の反応は、制服のスラックスを押し上
げるペニスの勃起となって現れる。

〈しかも、この二人って……〉

この学校の生徒なら誰でも知っている。男は若手の化学教師・樫原だが、そんなことは
大して気にも止まらない。問題はやっぱり女の方である。

早川由貴――この星創学園の女子である。様々な意味で有名な一年生だった。

この私立星創学園は近年まで男子校だった。共学化されたのがほんの数年前。だから、
未だに男子校だと思っている人も多い。

募集が始まったとはいえ、入学してくる女子などほとんどおらず、現在でも学年で数人
程度しかいない。案の定というべきか、教師もほとんどが男である。

故に入学した男子生徒の多くは、事実上の男子校という状況の中、ろくに女との接点を
持てずに過ごしていく。

環境のなせる宿命とでも言うべきか、女生徒の名は教師にも生徒にもあっという間に知
れわたる。健太も勿論、女子全員(といっても三学年で十数人だが)の名と顔は一致させ
ていた。覚えようとしなくても覚えてしまうのだ。

何より自分の青春時代に甘い思い出を刻む相手になる――かもしれない貴重な女生徒た
ちである。様々な感情を秘めつつ、夢を見るのは当然だった。

そんな中でも早川由貴は星創学園(の歴代でも)一番の美人と評判だった。紅一点だの
掃き溜めに鶴だの、そんな言葉すらも陳腐過ぎる。何かの間違いで入学してしまったので
はないかと思えるような存在だった。

入学直後から、彼女は数百という男たちの心を鷲掴みにした。

「可愛い新入生情報」が校内に走り巡るのは四月の恒例行事だ。さほど関心のない健太に
も流れてきた噂は過去二年間と比べても群を抜いて多かったし、論より証拠とばかりに悪
友から回ってきた携帯カメラでの画像は、何よりも説得力があった。

〈うわ、確かにこりゃ美人だな……〉

未だ幼さが抜け切らない童顔だが、顔立ちはとても端正だった。将来飛び抜けた美女に
なるのは間違いない。

顔の幼さをカバーしていくらか年嵩に見せたいのか、長い髪を波立たせ、毛先を緩く巻
いている。これがまたよく似合っているのだ。

長い睫毛に縁取られ、常に濡れているような瞳、さり気なく整った鼻筋、目を引き立て
る形良い眉毛、薄く艶めかしい唇……それらすべてが絶妙に配置された美貌など、滅多に
お目にかかれるものではない。

しかもこれに「幼さ」までついている。見る者に未熟な内面の持ち主だと思わせてしま
う効果があるのだ。

自分の思い通りに操れそうだ、モノにできそうだ――という身勝手な思い込みへの導火
線となる。オスの下心と欲求をかき立てるには充分な魅力だった。

男子だけの環境だから新しい女がやけによく見える、というようなフィルターによって
美人に見えたわけではなさそうだ。この子ならどこに出しても称賛される美しさだと断言
できる。

だが。

〈ん……?〉

本来なら気にするほどのことではない。むしろ本来ならこれも魅力というべきだろう。
けれど、健太は彼女の瞳に妙な引っかかりを覚えた。

彼女は童顔に違いないが、そういう印象を形成する重要な要素である瞳が、ロリ顔らし
いぱっちりと開いた大きな目――ではないように映ったのだ。

むしろその双眸だけが大人っぽい釣り目のように見えた。しかもそれは何か、男という
ものを巧みに掌の上で転がす小悪魔のようにも映る。

そんな視点で彼女の画像を改めて確認する。すると先ほどまではあどけなさの抜けない
童顔に見えたものだが、今では逆に、高校生らしからぬ分不相応な大人っぽさを湛えた美
貌に感じてしまう。これなら緩い巻き髪も、演出どころか堂に入った風情に見えてきて、
どちらが本当の姿なのか判断できなくなってしまった。

よく見れば画像の中の彼女は意外と背も高いようだ。男だらけの中では余り気にされな
いかもしれないが、よく見ればすぐそばに映っている男と身長差がない。女子としては結
構な長身である。これでは童顔のほうに違和感があるかもしれない。

〈といっても……まあ、成長途中の変化なんだろうな、こういうのって〉

将来は切れ長の釣り目ってヤツになるんだろうし、大人になる過程なんだろうな……と、
健太は軽く流していた。

早川由貴の噂は日が経つに連れて広まっていった。同時に多様な思惑が男たちを刺激し
ていく。男はいるのか、中学時代はどんな子だったのか、同じ小学・中学出身の奴を探し
出して話を聞け――などなど。事実か噂か、噂の尾ひれか背びれかもわからぬような話が
学内を飛び交っていく。

中でも真っ先に広まり、定着したのが「早川由貴は巨乳」という噂だった。これには健
太も反応してしまった。サイズこそ男子の誰も知り得るべくもないが、恐らく体育の授業
あたりで体操着姿を目にして――というのが噂の出所だろう。

わざわざ一年生の教室にまで出向いて、せめて服の上からでも……と確認しようとした
男もかなりいる。恥ずかしながら健太もこれに含まれる。適当な理由と言い訳をつけて由
貴の教室に出向き、さり気なく胸元に視線を送ってみた。

残念ながら女子の制服というものは身体の線を隠してしまうようだった。そのため誰も
真相は確認できないようだったが、逆にそれが男の好奇心を更にかき立て、巨乳説と普通
サイズ説が囁かれている。さすがに貧乳説は否定されていた。

性格面でも申し分ない。相手がどんな男であろうと、警戒や嫌悪、拒絶といった色を示
すことはない。とにかく聞き上手で知識が豊富なことがうかがえ、好奇心を示しつつも等
しい距離で男子に接するのだという。女との会話など既にレアイベントと化した星創学園
の生徒には、それだけで彼女は癒しとなっていた。

学業もなかなかに優秀だという。トップランクというほどではないが、成績は全科目が
平均以上を記録している。故に教師陣の覚えもめでたく、中には彼女のクラスで授業をす
るのが楽しみだ――という先生もいるという。

これだけ列挙すれば文字通り完璧な彼女だが、漫画や小説の登場人物のような「誰から
も愛される学園のアイドル」のような持て囃され方をしているわけではない。

学内でのプラスイメージと同じ数だけ、暗く汚れた噂も同時に流れていた。

「二年のあいつと早川はヤッたらしい」
「いや、一年のあいつだと聞いたけど?」
「俺は三年の先輩と付き合ってると聞いたが」
「それ嘘だよ。本命はどっかの大学生らしいって」
「どれも嘘じゃねーの?」
「かもなあ。中学時代から身持ちの悪さは評判だったし」
「噂ばっかりで実際に見た奴いないってのが嘘くせーなあ」
「やっぱオッサンらと売春したりしてんの?」
「ありそうだな。カネ持ってるリーマンとかな」
「あいつ痴女だよ。そういう顔してんじゃん」
「火のないところに煙は立たねえし」

ヤリマン、淫乱、痴女、援交、男好き……。

女を批判するときの定番と言えば定番だが、そんな噂も流れているのである。
勿論出所も不明な噂だし、どこまで本当なのかわかったものではない。目撃した者が本
当にいたという話も、どこまでが本当か嘘か判然としない。伝聞と憶測と興味が誤解を呼
び、更に男の嫉妬で味つけられて増幅したものだと多くの者が思っている。

何しろ早川由貴は相当にモテる。告白して玉砕した男など数知れまい。

その悲しみと怒り、「俺を振ったのは男がいるからだろう?」という邪推によって生ま
れた、いるのかどうかすらもわからぬ"彼氏"に対するやり場のない嫉妬――どす黒く醜い
男の悲哀が生んだものだろう。

星創学園では女にそんな噂が立つことは珍しくもないが、誰もがすぐに忘れてしまい、
いずれも相手にされなくなる。けれども、早川由貴のそれはなくならず、むしろ忘れそう
な頃にまたそんな噂が流れ出す。大量の情報が一気に交錯し、もう何が真実なのか誰にも
わからなくなってしまう――そんなことが繰り返されていた。

これらの騒動が続くうちに、男たちは嫌でも彼女を認識させられてしまう。

男を惹きつけて止まない絶佳の容姿と、相手が誰であっても等距離に接する優しい性格、
それと同時に真相不明な噂が流れる早川由貴の神秘性――彼女の存在ばかりが強調され、
男たちの心で大きなウェイトを占めていくのである。

健太はそんな話を聞く度、あの妖艶に見えた彼女の画像を思い出す。が、おかしな噂に
自分が踊らされているような気がして、その度に頭の中で打ち消していた。

何しろ彼女が大人っぽく見えた――などと話す奴は誰もいない。

聞こえてくるのは「童顔で巨乳って最高」だの、「ロリ顔がたまんねえ」などといった
声ばかりなのだから、自分の目の錯覚か何かだと思う方が自然かも知れなかった。

そんな彼女が今、目の前で教師とSEXしている……。

その事実を確定させただけでも、童貞の健太には衝撃だった。他人の情事を覗き見るこ
とに興奮を覚える趣味はないつもりだったが、由貴の乱れる姿は驚きと好奇心と性欲が煽
り立てられ、一歩もその場から動けなくなっていた。

幸いにもドアの隙間はかなり狭い。欲望の交感に夢中の二人が気づくことはあるまい。
息を殺しつつ、健太は覗き見を続けた。

「ああん、いやっ……はぁん、いいよぉ、感じちゃう……」

長い髪を振り乱しながら由貴が悶えた。顔を仰け反らせて身体を震わせている。その反
動で乳房が健太からも丸見えになった。

〈うわ、すげえ……なんて巨乳だ……〉

正解は巨乳説だった。制服の下に隠れた由貴の乳房は相当なボリュームを有していた。
手を伸ばして触る樫原の手に収まり切らないほどだ。

目算でもFカップは確実にある。張りのある膨らみにかなりの高さがあり、まるで円錐
のように前方へ突き出ていた。かといってだらしなく下垂することもなく、左右対称の美
しい形を保っている。豊かさと美の両立という高難度も軽く乗り越えてしまう、実に男好
みの乳房だった。

その頂点で勃起している敏感な突起も適度なピンクに染まり、乳輪も無様な広がりを見
せることはない。小さな花のようにすぼまって咲いていて、まさに理想の乳房だった。

〈こんなオッパイ見たことねえよ…〉

ごくんと唾を飲み込み、今度は床に脱ぎ散らされた服を見る。制服のすぐそばに下着が
落ちていた。ブラとショーツの色はどちらもパープルで、バラの花を思わせる豪奢なレー
スが施されていた。

〈こんなエロい下着つけてたのか……〉

健太は思わず生唾を飲み込んだ。もしこんな濃い色の下着をつけていたら、夏用の白い
セーラー服からは間違いなく色が透ける。当然、男たちの視線は惹きつけられ、良からぬ
妄想もしてしまうはずだ。だとすれば、怪しい噂の発信源はこんなところにもあったのか
もしれない。

〈俺たち、透けブラ見ただけで興奮しちまうってのに……〉

刺激が強すぎるし、由貴も無防備ではないか。顔つきの幼い彼女が、大人の女を象徴す
るセクシーな下着を好むというギャップが、更に健太の心臓を高鳴らせた。

〈やべーよ、やべーよ……なんでこんなにドキドキしてんだ……〉

こんなに心音が大きくなったら、樫原にも由貴にも聞こえちまうかもしれねえだろ……
などと思ったその直後だった。
対面座位のまま、おとがいを反らして喘いでいた由貴と――健太の視線が交錯した。

〈え……ええ!?〉

まさか本当に心音が聞こえたのか!?いや、そんなことがあるはずない。物音もして
いない。もしそうなら樫原だって慌てるはずだ。

〈偶然…だよ、な?〉

心臓を握り潰されたような気分になって、健太は更に息を潜める。けれども、由貴は樫
原の背中越しにこちらを凝視して――くすりと笑ってみせた。

喜びから出る笑顔では決してないし、男たちの心を掴む愛らしい笑顔でもない。

そこにあるのは男を手玉に取り、思い通りに操り、巧みに翻弄し、掌の上で転がすこと
を、心底から楽しんでいる魔性の女のせせら笑いだった。

健太は瞬間的に思い出す。携帯の画像で見た大人っぽい由貴の顔に、このゾクリとする
ような冷笑はよく似ていたのだ。

樫原の真後ろ数メートルにあるドアの背後に健太は隠れている。確かに由貴からは真っ
正面にはなるが、ドアの向こうまで見通せるはずがない。このわずかな隙間から覗いてい
ることがバレた――ということか!?

凍りついたかのように健太は動けない。好奇心と性欲で覗き見た光景に、今では縛りつ
けられてしまったようだ。

由貴は相変わらず不敵な笑みを浮かべながらこちらを見ていた。対面座位のまま樫原の
首に抱きついて、彼の肩に顔を置く。こうしてセックスのパートナーから視線を悟られぬ
ようにして、健太をじっと見つめて笑っている。気づかれているのは確実だった。

〈や、やべぇな……逃げないと…〉

下半身は痛いほど硬くなって興奮を示している。由貴ほど可愛い子が乱れる姿を見逃し
たら一生後悔するような気がするが、悟られていては覗きどころではない。

「んふ…あん……」

樫原が下から突き上げるのに甘い反応を示しながらも、由貴は表情を変えずに健太と視
線を合わせ続け、口元のほくそ笑みを絶やさずにいた。

自分だとバレる前に逃げ出して、記憶が色濃いうちにどこかで抜こう――と思って踵を
返そうとする。しかしその瞬間、健太は更に視線を釘づけにさせられてしてしまった。

扇情的な視線で健太のほうを見つめたまま、由貴は自分の唇をぺろりと舌で舐めたのだ。
そして唇の端を持ち上げて、またしてもくすくすと笑う。

〈……!〉

余りに凄艶な光景だった。こんなにいやらしい女の顔を見たことはない。アダルトサイ
トの動画で快楽に悶える女は、いつも男の技巧に喘いでいるばかりだった。こんな表情を
浮かべて男を挑発するような姿は見たことがない。

蜘蛛の糸に絡めとられ、後は食われるの待つだけの虫をどうしても連想してしまう。

由貴の仕草ひとつで健太は身動きが取れなくなってしまった。このままここにいてはい
けないのに、視線と舌の動きだけで更にそそられ、足を止められた。

〈もっと見ていたいんでしょう?〉――そんな由貴の声が聞こえたような気がして、健太
は心の中まで見透かされ、心を先回りされたような気分になっていた。

逃げなきゃと思うのに逃げられない。あの舌舐めずりは獲物を狙う蛇がチロチロと舌を
出すのに似ていた。だとしたら俺、このまま食われるのか?

込み上げてくる期待と怖さ。何故か身体が震え出した。

だが、そのときに樫原がリミットを宣言した。

「早川、そろそろ時間だ」
「え〜……?」

その途端に由貴があからさまに不満の声を上げた。

「センセ〜、私まだ満足してないんだけど……」
「四時半から職員会議だって言っただろ?もう行かないとまずいからな。お前だって、
"そこまででもいい"って言ったからこうしてるんじゃないか」

樫原が壁掛け時計を指差した。長針と短針が四時二十分を示している。

「うー……わかりましたぁ。それじゃ、せめて楽しませてもらいますね」
「え、何?お、おい、もう時間……」

言うが早いか、由貴は対面座位のまま激しく樫原に抱きついた。一瞬だけ樫原と目を合
わせて「くすっ」と含み笑いを漏らすと、またあごを肩に乗せ、今度は健太と目を合わせ
て再び笑ってみせた。

由貴は挿入したまま、身体を樫原と密着させて脚を伸ばす。とんでもなく長い美脚が曝
け出され、健太も思わず目を奪われた。

折れそうなほど細い足首なのに、太股の肉づきは太くも細くもなく最適化されていた。
張り詰めて引き締まった脚は思わず奮いつきたくなるほどで、すらりとした健康的なしな
やかさと艶のある色香を両立させている。美脚に特別なフェチを感じなかった男が目覚め
てしまっても不思議ではない。

勿論その長さも群を抜いている。女としては――という意味ではない。大抵の男も彼女
の脚の長さには及ばぬだろう。脚の長さを売りにしたファッションモデルにだって負けて
はいない。由貴の意外な長身はこの美脚を反映したものだろう。

そして由貴はその脚を――樫原の背の後ろで交差させ、ぐっと男の腰を自分の下半身へ
と引き寄せた。

「時間は心配しなくていいよ。すぐ終わるから」

その瞬間、由貴の腰から下だけが凄まじい速度でグラインドし始めた。

「気持ち良くなったら、いつ出してもいいからね……」
「う、うわっ…早川すげえっ!」

途端に樫原が悶絶した。由貴に脚で挟まれて動けない彼は、今までのように下から突き
上げることもできないでいる。つまり彼の反応はすべて由貴がもたらしたものなのだ。

「ね、どう?どう?凄いでしょ?」

目を剥いて官能に喘ぐ樫原とは対照的に、由貴の表情は余裕そのものだった。頬をほん
のりと染めてはいるが、それはむしろ今まで攻められていた名残だ。自ら腰を振る快感で
忘我の淵へ落ちていきそうな気配は微塵もない。

〈人間の腰ってこんなに滑らかに動くのか?〉――由貴の巧みな性戯といやらしさに、健
太は口を半開きにして驚いていた。

今年高校に入ったばかりの女が発揮できるようなテクニックではない。そのくらいは童
貞の健太でもすぐわかった。今まで多くのアダルト動画を見てきたが、あんなに激しく、
そして男の情欲を煽るような腰の振り方をするAV女優なんて誰もいなかった。

それに何より、樫原があっという間に限界を迎えた。

由貴が腰を振り出した直後に身体を仰け反らせ、全身で耐えるかのように筋肉を硬直さ
せ、樫原は絞り出すような呻き声を上げながら、下半身をビクンッ、ビクンッと痙攣させ
ていたのだ。

あの反応は男なら誰でもわかる。妄想で自分を慰め、絶頂に至る時と同じ反応だからだ。

由貴の腰使いで樫原はあっさりと果てさせられたのだ。彼とて若手教師とはいえ、相応
に年を経た男だ。曲がりなりにも女の幾人かと経験はあるだろう。なのにこれほどたやす
くイかされてしまった。由貴のほうが明らかに男の技巧を上回っている。

絶頂の瞬間にも、この艶めかしい女子高生は腰のストロークを緩めず、しかも樫原が果
てる瞬間の顔をじっと見つめていた。いかにも慣れ切った行為だと言わんばかりの態度や
凄艶さには、最早貫禄すらも漂っている。男の経験数が決して一人や二人ではないことを
証明しているように思えてならない。

勿論、ただ人数が多いだけではなく、男の悦ばせ方を知り尽くすために濃密な技巧を磨
き上げてきた――そんなセックスを続けてきたことも容易に想像がつく。

「まだ終わらないよ〜?」

からかうように囁き、由貴はあの凄艶な微笑を、今度は健太から樫原へと向けた。まだ
射精の余韻が残っている最中であろうに、由貴が刻む腰の律動は男の欲望を更に搾り取ろ
うとする。

「早川待てっ!俺はまだ出したばっかりだ!今やられたら……」
「うふふふふ……イッたばかりで敏感になってるから、攻められると刺激が強過ぎるんで
しょう?知ってますよ、そのくらい」
「だ、だったらもう……」

口で制止しようとする樫原にもお構いなしだ。酷薄な笑いを隠そうともせず、由貴は変
わらぬペースで激しく腰を振り続け、男を哄笑する。

「だからこそヤルんじゃないですか。あっははははっ!」

この哄笑はドア一枚隔てた健太にも向けられているのような気がした。高笑いしながら、
由貴の色っぽい視線はまたしてもドアの隙間から覗く健太の瞳へと向けられていて、その
秋波が「次の獲物はあなただよ」と告げているように感じられた。

これが彼女の本性なのだろう。サディスティックに男を悶えさせ、性戯で男を巧みに翻
弄する姿がやけに似合って見える。

男の間で流れているふしだらな噂が全部真実とは思わないが、決してそれは根も葉もな
いわけではないのだろう。むしろ優しげな性格や、水際立つような容姿への称賛こそが、
勝手に男がイメージした虚像に過ぎないのだ。

彼女と身体を重ね、今の樫原のように搾り取られた男だって少なくないのだろう。

いや、それならまだいい。それどころか到底セックスで彼女に及ぶはずもない男たちが、
プライドを傷つけられた挙げ句に、もし由貴から捨てられたりしたら――悔しさの余りに
悪辣な評判を流して意趣返し、という流れがあったとしてもおかしくないだろう。

彼女の噂には、きっとそんな過程を経たものもあるはずだった。

「早川、もう、駄目、だ……っ!!」

押し殺そうとしても喘ぎ声が自然と漏れてしまうのだろう。樫原は射精したばかりなの
に、またあっさりと達しつつあった。

萎えることなど由貴の膣の感触と腰使いが許さなかったのだ。出した直後からあっとい
う間に硬直させられ、またあっという間に昇り詰めさせるなんて、健太にはまだ信じられ
なかった。樫原の性が強いというのではなく、卓越した由貴の技巧がそうさせているのは
明白だった。

しかも男をイカせた由貴に必死さはない。むしろ涼しい顔で精液の搾取を楽しんでいる
――そう、楽しんでいるのだから、由貴の技巧には底が知れなかった。

先ほどの絶頂よりも苦しげに樫原が呻き、簡単に出してたまるかと歯を食い縛る。けれ
どもそんな抵抗も虚しく、またこの化学教師は無様にも仰け反り、射精する瞬間を年下の
女に観察させる羽目になってしまった。

女が繰り出す腰の前後運動に耐えられず、またしても樫原の身体は固まった。ビクビク
と下半身だけを痙攣させ、快感が頂点に達したことを証明してしまったのだ。

「あはははっ、出してるのわかるよ……中でびゅくびゅく震えてる。くふふふ…いつもよ
り多く出ちゃった?あははははっ」
「あ、う……はぁっ、はぁっ……」

余程に強烈な射精だったのだろう。まるで激しい運動の直後のように、樫原は息を荒く
して呼吸を整えようとするのが精一杯のようだ。

「可愛かったわよ、樫原先生……私、男がよがり狂う顔って好きなの。また楽しませてく
ださいね?」

腰のグラインドを緩め、攻め立てるのを止めても、しばらく由貴は男根を抜かずにいた。
絶頂の余韻が男の身体から抜けるまで、今度はありのままの膣を味わってもらおうという
つもりなのだろうか。

確かに射精後の痙攣が収まるまで男の快感は続く……それを理解し尽くしてのことかも
しれない。

「ふうっ……」

しばらくそうして樫原の表情を楽しんだ後、由貴はぶるっと一瞬だけ身体を震わせ、肉
棒をゆっくりと身体の芯から抜いていった。

「じゃあ先生、会議はちゃんと出てくださいね。こんな短時間で二度も出したんだから、
随分スッキリしたでしょう?煩悩も抜けたし、これなら会議で良いアイディアも出せる
かもしれませんね。あははははっ」

由貴のその笑いが嘲笑なのか、それとも爽快なからかいなのか――健太にはもう区別が
できなくなっていた。

ふと部屋の壁掛け時計を見る。針は四時二十二分を示していた。

〈本当かよ……?〉

途方もなく濃密な時間の流れを感じていたのに、実際には二分しか経っていなかった。
しかもその短時間で二度も男を射精させ、しかも絶頂の余韻が収まるまで、相手に膣の中
を堪能させる余裕まで見せていた。

由貴が空恐ろしい技巧の持ち主だと認めずにはいられなかった。樫原が射精したのは、
逆算しても数十秒に一度というところだろう。

自分の自慰を思い出しても、そんなに早く射精することはない。余りのことに、健太の
心臓は今まで生きてきた中で一番鼓動が速くなっていた。

〈お、俺もあんなのを味わってみたい……どれだけ気持ちいいんだろう…〉

誰に言われるでもなく、自然にそんな意識が沸々と込み上げて来ていた。

そしてそんな自分に気がつき、慌てて否定する自分もいる。

〈おかしいだろ、俺……誰とでも寝るようなヤリマンや淫乱な女に惹かれる男なんている
はずないのに、どうしてこんなに興奮してるんだ……?〉

健太は今まで、女の子と恋愛を進めた末のセックスや、経験のある年上の女性に優しく
主導される体験を夢見ており、またそんな妄想で性欲を始末していた。故に自分の理想は
そんな一夜を過ごす甘い交わりであると信じて疑わなかった。

だが、それがどうだろう。今ではそんな自分自身が完全に崩壊していくような気がして
ならない。ちょっとしたアイデンティティ・クライシスのように思えた。

今まで思い描いていた理想よりも何よりも、目の前のいるああいう経験豊富な女から手
玉に取られるセックスを味わいたい――そんな願いが心を大きく占有していく。

こんな淫らで身持ちの悪そうな女に、けれども性の技巧だけは圧倒的な女に憧れなど抱
いたこともない。ましてやそんな女とセックスしたいと考えたこともなかった。

初めて目にした、快楽だけが介在する淫らな関係。

それを見た瞬間、健太はどうしようもないほど自分の心をえぐり取られていくような気
がした。その中から出てきたのは、絶対的な快感の前に肉体も精神も屈服させられたいと
いう被虐への萌芽――

〈ちょ、ちょっと待てよ!これが俺の本性だったのか!?〉

その一瞬で様々な肯定と否定、そして嫌悪と憧憬が心の中で葛藤する。

〈セックスってのは男が女を満足させるもんじゃないのか?男が一方的に女から翻弄さ
れるっておかしいだろ?あんなのカッコ悪いし、考えられねえよ!〉

目覚めようとしていた自分の感情をそんな風に徹底否定してみるものの、今は本当の気
持ちが何なのか、整理している暇もなかった。

由貴がその美しい顔に、またあの艶めかしい微笑を浮かべて挑発してきたからだ。

「それじゃあ樫原先生、私、もう行きますからね」

獲物を狙うメスの肉食獣のような瞳を、ドアの影に隠れた健太に向けてくすりと笑う。

「このまま一緒にいたら、誰かに覗き見られるかもしれませんからね?」

そうほくそ笑んで健太を見据える由貴の表情は、もう誰が見ても「幼さの残る童顔」で
はあり得なかったし、「思い通りに操れそうだ」と男に意識を刷り込むような女でもなく
なっていた。

セックスを楽しんでいた椅子から降り、由貴は床に落ちていた服を拾い上げる。股を覆
う布切れを穿き、ブラジャーにその美しく豊かな乳房を収めていく。

彼女が手際良くセーラー服を身につけ始めたところで、呼吸の落ちついた樫原もようや
く着替えを始めた。

その過程で樫原が先ほどまでの感想などを話し始めると、由貴も健太を見据え続けるわ
けにもいかないようで、視線を外して樫原との会話に意識を移していた。

抜け出すなら今しかない。健太はそっと理科準備室を出て、足音を殺して歩み去った。

いや、もしかしたら由貴は、その態度で「逃げるなら今が最後のチャンスよ」と訴えて
いたのかもしれない。

ある程度離れたところで健太は脱兎のごとく走り出し、自分の下駄箱まで一気に駆け抜
けていく。自分の靴を履き替え、逃げるように昇降口から走り去るのだった。


ほとんど考えなしに全速力で逃げてきたから、すぐに疲れがどっと出る。歩みを止めて
荒くなった呼吸のままに思い出すのは、やはり樫原と由貴の淫らな性交だった。

あの二人がくっついているなんて思いもしなかったが、自分の青春がひとつ夢破れたと
いう思いが心から少しずつ滲み出てきた。

〈ああ、ちくしょう……〉

その事実以上に強く思い出すのは、これまで抱いてきた「早川由貴」へのイメージとそ
の崩壊、そして再構築である。その上で自らの胸に芽生えた被虐への憧れも整理しなけれ
ばならない。

どんなに否定しても、由貴の技巧を味わいたい思いを打ち消せなかった。これまでは
「由貴を抱きたい」だったのに、今では「由貴に抱かれたい」に変わっていた。

勿論、圧倒的なテクニックで男を嘲弄し、またそれを楽しむ由貴の姿には反発というか、
怒りというか、拒絶というか――とにかく「男」そのものを破壊し尽くされるような敗北
感を覚えてしまうのも事実ではある。

そこには女への対抗意識として「欲望の限りにあの女をメチャクチャにしてやりたい、
凌辱してやりたい」という気持ちも沸いてくる。

けれども、セックスどころかキスもしたことのない童貞の自分を思うと、そんなことは
とても不可能だし、何よりそんな行為で、由貴の騎乗位より気持ち良くなれるとは、とて
も思えなかった。

それどころかこんな自分の思考の流れすらも、由貴にとっては想定の範囲内ではないか
とすら思えてくる。更なる苛立ち、そしてそれより強く沸き起こる憧れが、自分を葛藤さ
せるのが何よりも悔しく思えた。

「あああっ、もう!ちっくしょう!」

俺ってマゾだったのかよ……健太はどうしてもそんな結論に至らざるを得ず、その度に
それを否定するものの――否定すればするほど、由貴の存在が心の中から離れなくなって
いくことに気がついた。

〈もしかして、今日がMに目覚めた瞬間になっちまうのか?〉――などと思いつつ、目に
付いたコンビニに入る。漫画でも立ち読みして気分でも変えようかと思い、並べてある週
刊漫画誌を手に取った。

適当なところで切り上げて雑誌を置き、顔を上げたその時、健太の目に入ったのは成年
向け雑誌のコーナーだった。豊かな乳房の美女がシャツの胸元を開け、谷間を見せつけな
がら笑顔でこちらを見ている。

途端に先ほどの刺激的な光景が思い出された。そうだ、ただ驚いていたばかりではない。
健太は由貴の痴態に心臓を高鳴らせ、これまでにないほど興奮していたのだ。

〈……たまにはいいか〉

そう思いながらおもむろに適当な一冊を選び、レジで代金を払うと外に出た。

それが偶然なのか、運命なのか、それとも演出なのかは分からない。

けれどもコンビニを出た途端、健太は弾かれたように後ずさった。

コンビニの自動ドア――そのすぐ外の壁に背をもたれさせ、その者は腕組みをしながら
誰かを待つように佇んでいた。

〈早川……由貴……!〉

余りのことに健太は凍りついて動けない。

そう、そこにいたのは早川由貴だった。星創学園一番の美女で、つい先ほどまで樫原を
圧倒するセックスで冷笑していた、健太より二歳年下の後輩だ。

由貴は身体の向きを変えず、流し目で上目遣いに健太を見上げ――「くすっ…」と含み
笑いを漏らしてみせた。

世にも艶めかしいこの十六歳は、熱に浮かされたかのように頬を上気させている。

けれどその目つきだけは、獲物を狙う猛禽のように鋭く、そしてとても冷たかった。

蛇に睨まれたカエルのように固まった健太へとにじり寄り、由貴は艶のある声で小さく
耳打ちしてくるのだった。

「ねえ……興奮した?」






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