シチュエーション
「ねえ……興奮した?」 美しい後輩からそう問われても、健太は固まってしまい、反応することができなかった。 早川由貴は年上の男に気後れすることもなかった。動けない健太ににじり寄ってきて、 高圧的な言葉を紡ぐ。 「……先輩。聞こえなかった?」 口元に挑発的な微笑を浮かべたまま、更に由貴は近づいてきた。もう彼女は健太の懐に 入り込んでいる。 辛うじて健太がとった行動は、また一歩後ずさりすることだった。それ以外にどうすれ ばいいのかわからない。口を開こうにも何を言えばいいのか。頭の中が混乱してぐわんぐ わんと揺れていた。 と、健太はまるで体から力が抜けたかのように、手にしていたビニール袋を落としてし まう。ばさりと地に落ちたそれを慌てて拾おうとするが、由貴が一瞬だけ早かった。 〈うわっ…やめてくれっ……〉 袋に入っているのはついさっき買ったばかりの成人雑誌だ。女に見られて気持ちのいい ものではない。 急いで取り返そうとするが、伸ばした健太の手はひょいとかわされてしまった。由貴は そんな健太を「ふふん」と笑うと、袋の中から雑誌を取り出し―― 「……へぇ?な・る・ほ・ど」 表紙を見られた健太は頭を抱えるしかなかった。恥ずかしくてまともに由貴の顔を見る こともできない。たちまちのうちに顔の温度が上がっていく。くすくすと鼻で笑う由貴の 声が聞こえてきて、やたらと恨めしい。 「『月刊ベストメイツ』ですか。しかも今月号は巨乳AV女優・上田みさきのDVDもつい てくると。へぇ〜?」 由貴の「くすくす」は、いつしか「くっくっくっ」に変わっていた。そりゃ由貴にして みれば笑いが止まるまい。 「あー、これが上田みさきですか。なるほど〜、確かにいいオッパイしてますねぇ?」 ぺらぺらとページをめくって誌面グラビアの品評なども始める由貴。「恥ずかしい」を 通り越して、もう既に拷問だ。彼女が誌面をめくればめくるほど、自分が貶められている 気がしてならない。 「やっぱり男ってこういうのが好みなんですか〜?」 今にも爆笑しそうな顔で聞いてくる。こんな辱めを受けたことはない。かといってここ で激怒したらますます恥ずかしい。どうすれば許してもらえるのだろう。 「もう勘弁してくれ……」 「うん、勘弁してあげる。はいどうぞ」 由貴はページを閉じて雑誌を袋に入れ、健太に返してよこした。 「雑誌のことはまあいいです。先輩の好み、なかなかいいセンスだと思うけど」 くっくっと笑われ、さり気なくひどいことを言われた気がした。今度からエロ本を買っ たときは、店を出る前にバッグに入れてしまおうと健太は決意した。 「で、どうだった?興奮した?」 「だからっ……」 思わず勢いでそう声を荒げてしまったが、その先が続かない。何を言えばいいのか。 「だから?」 逆に問い返されてしまうが、やはり健太はそこで凍りついてしまう。何も言えずに縮こ まるしかなかった。 その反応に苛立ちを覚えたのか、形のいい由貴の眉が吊り上がった。 だが、次の瞬間には挑発的な笑みへと戻り、また耳元で妖しく囁いてくる。 「ここじゃ人目につくしね……ついてきて。場所を変えましょう…?」 有無を言わさぬ口調で由貴はそう告げた。 コンビニから歩いて数分、すぐ近くの公園に由貴と健太は入っていった。 逃げようと思ったが、健太は足が竦んでしまったように動けなかった。ついていっても 何をされるか分からないし、逃げても何をされるか分からない。が、この美貌の少女に刃 向かう気力はどうしても沸いてこなかった。 もっとも、この先に何をされるのか――性的なアプローチに対する期待があったことも、 否定はし切れなかったが。 公園のベンチの前で足を止め、由貴はくるりとこちらを向いた。相変わらず猛禽のよう な目でこちらを見据えてくる。 「そろそろ動揺も落ち着いたでしょうし……答えてもらえません?」 え、と健太は口にした。反射的に出た言葉だが、固まるだけの先ほどとは違い、どうや ら人らしい反応を返せるまでには落ちついたようだ。 けれども、由貴はその程度で満足できなかったようだ。一瞬だけまた不満そうな表情を 見せると、健太の懐に入り込む。 「答えろって言ってるでしょ?どうなの?」 右手の人差し指で健太のあごをクイッと持ち上げ、由貴は無理矢理視線を合わせながら 要求――いや、命令してきた。 「……!!」 呻いた。まともに答えが出てこない。「はい」と「いいえ」、どちらが彼女の喜ぶ選択 肢なのかまったく読めなかった。 気が付いたら由貴の端正な顔が目の前にあり、しかもそれは自分の目の高さと同じとこ ろにある。つまり彼女の身長は健太と同程度ということだ。 だが、上から見下されているような感覚しかなかった。文字通り蛇に睨まれた何かが、 今の健太だった。 「……いいわ、答えないなら。身体に聞くから」 「え?」 それはどういう意味――だと思った直後、すべて理解できた。由貴はいきなり健太の股 間へと手を伸ばしたのだ。 そんな突然の行動よりも直後のアクションに驚かされる。この後輩はまるでその場所が 最初から分かっているかのように、スラックスの上から肉棒の竿を的確に掴んでみせた。 〈う、わっ……〉 そうされる前から健太は完全に勃起していた。それこそコンビニで由貴と会った瞬間か ら、彼のペニスは硬くなっていた。 服越しとはいえ女に触られるなんて初めてだ。一体どうされるのかと思ったその瞬間、 由貴はすぐに手を離し、にんまりと満足気に笑う。 「ふふふっ、よくわかったわ。バッチリ興奮してたんだね?先輩」 先ほどまでの冷たい視線は氷解したように緩んだ。どうやら興奮していると答えれば良 かったらしい。心臓の高鳴りはなかなか止まってくれなかった。 〈それにしても……〉 あれほど的確に勃起の位置を見定めることができるとは。興奮していてもスラックスと パンツの位置を整えれば、勃起など容易に隠せてしまう。こうも的確に男根を掴むなんて 難しいはずだ。 〈それがわかっちまうってことは……〉 慣れてるんだな、と思わざるを得ない。今まで相手してきた男との経験が故だろう。 くすくすと笑いながら、由貴はベンチに腰を下ろして話しかける。 「あ、先輩も座ってよ。で、どうでした?」 「どうでした、って……早川……」 溜め息をついて健太もベンチに腰を下ろす。どうやらこれで解放してもらえるものでも ないらしい。どうしても感想を聞きたいのだろうか。 それでも彼女の表情は随分と柔らかくなっている。油断していいわけでもなかろうが、 健太も気が楽になってきた。 「……すげー興奮したよ。目の前であんなの見せられたらな…」 「あんなのって、どんなの?」 そんなことまで聞かないでくれ。 何に興奮したのか答えるなんて、自分の欲望と性癖を告白するようでかなり恥ずかしい。 それに相手は女、しかも自分が欲情していた当人なのだ。 ふと隣を見ると、興味津々に由貴が上目遣いに見上げてきている。先ほどまでは目線の 高さも同じだったのに、こうして座ると健太のほうが高くなっている。この後輩はやはり、 尋常ではなく脚が長いのだ。 樫原の腰に巻きつけていた、艶めかしい美脚が思い出された。 〈凄く長いんだな……〉 目だけを動かしてチラッと由貴のスカートの裾から先を見る。健太とは比べるべくもな かった。脚の長さは完敗だ。 いや、この女に勝てることなどあるのだろうか。何を比べてもかなわない気がした。 「ふふふふ……先輩、気になる?」 不意に由貴が笑い出した。何が気になるというのだろうか。 「今さぁ、一瞬だけ私の脚を見たよね……?」 口元に軽い嘲笑が浮かんでいた。あの一瞬の視線すら読まれている。 健太はぎくりと動揺する。やはり主導権は彼女だ。自分が握ることはできそうにない。 「見せてあげてもいいよ……気になるなら」 由貴の目が爛々と輝き始めた。声のトーンも低くなり、男を掌で転がすような甘い色彩 を帯び始める。 にじり寄ってきた由貴の白いセーラー服から紫色のブラジャーが透けている。細かな レースが施されているのも薄らと見てとれた。 動揺は見透かされているとしか思えなかった。理科準備室で覗き見ていた時のように、 由貴はじっと健太を見つめ、ペロリと舌舐めずりをしてみせた。 「男って……これでフェラを連想するんでしょう?」 その一言で健太もびくっと震えた。年下の女からそんな妖しい言葉が聞けるとも思って いなかったし、泳いだ視線をはっとさせて目を剥いてしまう。 その先にあるのは挑発的な由貴の視線、そして艶めかしい唇だった。 そうして視線を釘付けにした目の前の美女は、じっとそのまま男の顔を見据え、左手で 健太の肩をぐっと引き寄せてしまう。 〈い、いつの間に……〉 これほど接近されていたのか。ベンチに座っても距離は開けていたのに、もう二人の間 に隙間がない。由貴の温もりまでもが伝わってきて、一気に心音が高まる。 「脚……気になる?」 由貴は耳元で甘く囁くと、健太の表情を見つめたまま――残る右手をスカートの裾へと 伸ばしていく。 「ふふふふ……見せてあげるわ」 熱い吐息を耳元に感じる。健太の下半身はもう、快感を早くよこせと悲鳴を上げていた。 右手の指先で摘んだスカートの裾を、由貴はゆっくりと引き上げていく……。 〈う、わ……〉 焦らすように裾をまくり上げていく由貴の指先へと目を奪われた直後、健太は自分の胸 元に柔らかい感触を覚えた。さらに強く健太を抱き寄せてきた由貴の、柔らかな乳房が触 れていたのだ。 「怖がらなくていいのよ…?」 耳のすぐそばから甘い囁きが聞こえる。 密着した由貴の熱い吐息を肌で感じる度、彼女の穿いたスカートが少しずつめくり上げ られていく。余りの艶めかしさに視線は女の太股に釘付けだった。 きめ細かい白い肌が露わになり、あの紫の下着が見えてくる――はずだった。 〈え、ええ?〉 まだ見えてこない。 由貴がスカートを引き上げる動作は、確かに焦らすようにゆっくりとしていた。だがそ れを差し引いたとしても、まだ下着が見えてこないとは信じられない。 〈ど、どれだけ長い脚なんだよ……!〉 必然的にその答えが導き出される。思わず足先から太股まで目で追ってしまった。しな やかで美しい脚がすらりと伸びている。滲み出すような色香を漂わせ、男の情欲を煽る由 貴はとても後輩とは思えなかった。 と、爪先から動かしてきた視線がスカートの裾にまで戻ったとき、めくり上げていた由 貴の手は止まっていた。 「くすくす……これ以上めくると見えちゃうわね」 からかうように由貴は笑う。その先を見せる気はないのか、手は動こうとしない。 「ふふふっ、このくらいで動揺するの?先輩はもう私の恥ずかしい姿なんて、もう全部 見ちゃったのにねぇ?」 返す言葉が見つからない。確かに彼女がセックスしている姿をもう目にしている。脚や 下着程度で心を高鳴らせるなど、「何を今更」なのかもしれない。 だがお預けを食らった犬のように、健太の本能はこの上なく刺激を求めて股間を熱くさ せていた。手を離してもスカートを戻そうとせず、長い美脚をさらけ出したその姿が理性 を混乱させる。 胸元に押し付けられた乳房の膨らみもそのままだ。密着した耳元には微かに女の呼気も 感じられ、健太の興奮は収まりそうにもない。 そんな自分を制するかのように、ありったけの理性で訊いてみた。 「どうして、あのコンビニに……俺がいるって…」 「まさか。全然知らなかったよ。あれはただの偶然。幸運だっただけです。下校途中に覗 き魔さんと再会できるなんて思いもしなかったし」 こちらの会話には乗ってくるらしい。自分を落ち着かせるために、ここはペースを取り 戻しておきたかった。 「本当は明日から接触しようと思ってたんだけどね。でも今日見つけちゃったし、ちょう どいいでしょ?」 「接触って……でも早川、どうやってだ?俺はただ偶然あの場に居合わせただけだぞ。 学年もクラスもわからないだろ?すぐに会うなんて無理じゃないのか?」 時間をかければ別だろうけど、という言葉は呑み込んだ。 「あはは、普通はそうでしょうね、三年四組の高橋健太先輩?」 完敗だった。平然と自分の所属を述べてくる早川由貴は、既に健太のことをよく知って いるようだった。 「知ってたのかよ……」 「ええ、知ってますよ。前に先輩、私を見に一年の教室にまで来てたでしょ」 あははは、と笑いながら由貴は答えた。 「バレてたのかよ……」 「先輩みたいな人、そんなに珍しくないもん。気になったんでしょ、私の噂」 珍しくない――確かに珍しくないのだろう。話を聞きつけて由貴を見に行った男は大勢 いるという。健太の耳に届くのだから結構な数なのだろう。源にある由貴が知らぬはずは なかった。 「特に先輩は……ここの噂ですよね?」 由貴の目が瞳が妖しく光った。誘うような、そして挑発するような目つきで健太を見上 げ、彼女は左手を乳房の上に置いた。 「教室で私を見るなり、顔の次に胸だったもんねえ?よく覚えてますよ〜?」 かあっと顔の温度が上がる。もう数カ月も前の話だ。あの頃から見抜かれていたなんて 予想だにしていなかった。 「私としては"ああ、またか"って感じでしたけどね。山ほどいますから、そういう男」 「は、早川、お前なぁ……」 などと口を開いてみるものの、返す言葉が見つからない。さり気なく侮辱されているの だが、どう反応したらいいのだろう?事実だけに反論もできなかった。 「山ほどいるんだったら、どうして俺のことなんか覚えてるんだよ?それこそ有象無象 の輩だろ?俺なんかさ」 辛うじて疑問を口にすると、由貴はくっくっと笑い出した。 「簡単ですよ……。先輩だって、有象無象の中からでも、気に入った女のことは覚えるで しょう?それと同じことです。私だって覚えてる男はいるんです。先輩もその一人だっ たってこと」 思わぬ言葉にドキリとする。それほど自分は由貴の好奇心をかき立てるような男だった のだろうか。 「先輩って結構、可愛い顔をしてますもんねぇ?」 由貴は健太を抱き寄せる右手を離し、その掌で頬を撫でてきた。 「うちの学校、どいつもこいつも童貞の顔してますけど……先輩はなかなかいいですよね。 別に美形だとかは思いませんけど、好感が持てます」 意味がわからなかった。どうやら気に入られているらしいが、その理由の意味がよくわ からない。そもそも童貞の顔ってどんなのだ? 「実はね……」 突然、由貴が声のトーンを落とした。 「先輩、お願いがあるんですよ」 美しい後輩は再び、舌で唇をぺろりと舐めた。 「接触しようと思ってたのも、このお願いがあるからです」 由貴はまた上目遣いに健太を見上げ、しかし挑発するような双眸は決して崩すことなく、 次の言葉を繋いだ。 「私と樫原先生のこと、誰にも言わないで欲しいんです」 「は……?」 拍子抜けだった。何を要求されるのかと思ったら、その程度のことでいいのか。 「べ、別にいいけど……最初っから誰にも話すつもりなかったし……」 そう答えても由貴はくすくす笑うだけだった。 「男ってみ〜んな最初はそう言うんですよね〜。もし本・当・に・黙っててくれるんなら、 私の変な噂もずっと少なかったと思うんだけど?だから信用してないんですよ、男との そういう口約束はね」 確かにそうかもしれない。口が軽いと思われるのは心外だが、由貴ほど魅力的な女と関 係を持ったとなれば、自慢したくなるのが男の性ではなかろうか。女にとっては迷惑なだ けだろうけれど、健太とてその気持ちがわからないわけではなかった。 「だけどさ…しょうがないんじゃないのか?俺は黙ってるけどさ、誰にも言わないで欲 しいって言っても、人の口に戸を立てるのって無理だろ?」 「ええ、無理ですね」 由貴はあっさりと即答した。口止めを要求しながら成果は否定する。もうわけがわから ない。 「私はさぁ……別にそこらの男がヘラヘラしゃべってしまうのは別にいいの。そんなのは どうせ他のいろんな話の中に紛れて、事実すらも噂の一つに化けちゃう。気にしてたらき りがないし、いちいち男も相手してらんないでしょ。一件ずつ検証する人がいるわけでも ないんだし。真実を知ってるのは私だけでいいのよ」 達観というか慣れているというか……健太は絶句してしまった。噂に踊らされる男に対 し、本人はあっさりと言いのけてしまう。この態度だけで男の完敗だ。 どの噂が真実なのかを知っているのは、やはり女だけなのだろう。「生まれた子が誰の 子供なのかを知っているのは女だけ」という話に通じるものがある。女の異性関係など、 究極的には話半分にしか信じることができないのだ。 「だから噂なんかいくら流れててもいいんですよ。"あの子とあいつは付き合ってるのか なあ、付き合ってないのかなあ。付き合っててもまだヤッてないよなあ、でもやっぱりヤ リまくってるんだろうな"――な〜んて思わせてるときが一番、男って女に注目するんだ から。男って妄想の生き物よね、本当に」 想像もしなかったことを平然と口にする。男の心理をよくわかっているな、という気が した。いかにもありそうな話だが、「男なんてそんなもんよ」という態度が侮りにも見え てしまい、そんな女への反発心から否定したくなる。 が、少しでも考えれば、そして考量を伸ばすほどに、由貴の言うことは当たっているよ うな気がしてならない。早川由貴の名が星創学園内に知れわたる上で、様々な噂が男に興 味を持たせているのは間違いなかった。 由貴を気にする男は必ず悶々とするのだ。もしかしたら彼氏なんていないかもしれない し、セックスだってしてないかもしれない――と。 まずあり得ないことなのに、男は様々なケースを張り巡らせ、ゼロではない可能性にた どり着こうとする。しかし余りの都合良さにも思い至り、「でもやっぱり……」と勝手に 落胆する。確かに男とは妄想の生き物だった。 そしてそんな状態にある女は確かに男の注目を惹きつけるのだろう。「もしかしたら」 という妄想の可能性とやり切れない嫉妬がすべて、興味となって女に向けられるのだ。 「ってことは……自分から流した噂もあるってことか…?」 思わず口に出して由貴に聞いてしまった。適度な年上にもロリ顔にも見える美貌が、自 信に満ちた余裕の笑みを浮かべている。返事はないが、男のすべてを見透かしたかのよう なその姿が、健太の質問を肯定していた。 〈噂を利用したり流したりして……男の興味をコントロールできるのか……〉 そんなアクションをとらされていることに、どれだけの男たちが気づいているのだろう。 由貴は男以上に男のことを知っている。そうとしか言いようがなかった。 「そういう噂を聞くと、私を抱きたくても抱けない"弱いオス"は、見えないライバルへの 嫉妬に溺れるのよね。そもそも本当にそんなライバルなんているかどうかも分からない、 噂だって本当かどうかも分からないのに、嫉妬の炎で心はいつもメラメラと燃え上がって るわけよ」 男が気づかない、いや、気づいていながら決して認めないところも的確に突いていた。 「で、そんな見えないライバルが羨ましくて羨ましくてしょうがないのに、私と関係を持 った"強いオス"しか、その欲求を満たせないとわかってる男たちはどうするか――簡単で すよね。女を貶める方向に走るんですよ。本心は真逆なのにさ。男はみんなツンデレなの です……なんつってみたりして」 その通りかもしれない。由貴をモノにしたくて仕方がないくせに、流れている噂だけを 拾い上げて「あいつヤリマンだしな」、「こっちから願い下げだ」、「彼女にしたくは ねーな。ヤレればそれでいいや」などと会話している男がいる。健太も耳にしたことがあ るくらいだった。 だが、そういう連中に限って本心は違うのだろう。由貴に対してあり余る感情と欲望を コントロールできないために、責任を女にぶつけるのだ。 女に目を止めてもらえないのは自分に魅力がないから――そんな正論を肯定するには、 男たちはまだまだ子供だった。むしろ由貴の言葉が正鵠を射ていそうだ。彼らの本心など とっくにお見通しだろう。 「自分が負けてることを女のせいにするのは楽ですからね。本当はそうすればするほど、 私の存在がどんどん男の心の中で大きくなっていって、私をもっと欲しくなるだけだと思 うんだけど」 それでも満たされない連中は、悔し紛れに真偽の定かではない噂を流したり、あるいは 由貴を貶めるために都合のいい情報だけを集めていく、という連鎖が生まれる。 「そのくせ、私がちょっとでもいい顔を見せると――」 「"俺はそんなの信じてないからな"とか"お前の過去なんかどうでもいいよ"なんて態度を とり始めるのか?」 機先を制するように、ちょっとだけ突っ張ってみた。由貴は一瞬きょとんとした表情を 見せたが、すぐにくすくすと笑い出す。 「あはははっ、わかります?本当、男ってみ〜んなツンデレですよねえ?」 「そりゃ……わかるよ」 俺だって男だもんな、などと心の中でつぶやく。 これほど的確に男の心理を読み取れるのも、彼女に関わってきた男がそれだけいるから だろう。何人の男と心や身体を重ねればわかるようになるのか、健太には皆目見当もつか なかった。 「でもさ、変な噂が流れててもいいんだったら、どうして樫原とのことは黙ってなきゃな らないんだ?話を聞いてると噂を歓迎してる節もあるように聞こえるけど?」 由貴は笑顔のまま聞いている――が、その表情は普通の笑顔とは明らかに違う。 楽しみの笑いと嘲笑では意味が違うだろう。今の由貴は後者に近い。男を手玉に取って いる時の笑いなのだ。 樫原との交わりを覗き見ていた健太へ送られた冷笑と、同じ質の微笑みである。 由貴はベンチから立ち上がり、ついてくるよう促しながら歩き始めた。わずかに距離を 置いて彼女の後ろを追っていく。 「結構好きなんですよね。欲望に塗れた男の視線……」 「え、ええ?」 「私が"女"を感じさせた時に男が見せる、『ヤリたいんだよ、ヤラせろよ』って意志のこ もった視線のこと。だけど私が許さない限り、男たちは指一本すら触れることができない。 相当な屈辱ですよね。私を思い通りにしたくても何もできない。なのに、かなえられるこ とのない欲望は際限なく沸き上がって、延々と私を欲しがる……それって私の魅力に屈服 してることになりません?」 セックスのシステムで「相手を選べるのは女だけ」という構図がある場合は、確かにそ うだろう。由貴と星創学園の男たちならほぼ100%だ。 「欲望と同時に見せてくれる、その屈辱と屈服に悔しがる男たちの表情……私にとっては ご馳走なんですよ。ほら私、結構なサディストだからさ」 サディストだからさ――その瞬間、ゾクリとするような期待感を覚えた。肉棒がびくん とそそり立ってしまう。慌ててポケットに手を突っ込んで、服に浮かぶ膨らみをスラック スの内側からこっそりと修正した。 恐ろしい想像が浮上してきた。もしかして早川由貴がほぼ男子校の星創学園に進学した のは……それが狙いだったのではないか、との疑念だ。 聞く気にはならなかったが、由貴だったらあり得る気がした。 「だから、その辺の男との噂が流れる程度なら別にかまわないんですけど――」 健太たちは公園の一角にある小さな林の中に入っていった。立ち並ぶ木々で内からも外 からも様子をうかがうことは難しい区画だ。 「相手は一応、学校の先生だからね。"教師と生徒の禁断の関係"ってのが噂になるのは、 私にも樫原先生にも不都合なの。わかりますよね?」 くるっと振り向いた由貴の顔は笑っていた……氷のように鋭く、そして被虐の性癖を激 しくかき立てるような、健太の欲望を刺激するサディストの顔である。 「し、心配すんなよ。誰にもしゃべったりしないって」 気圧されたかのように健太は一歩後ずさってしまう。が、歩調を合わせるように由貴も にじり寄ってくる。 「人の口に戸は立てられない――ついさっき、先輩も言ったじゃないですか?」 「い、言わないってば!大体しゃべったって何にもならねえって!噂の一つになって 消えてくだけだって言ってただろ!」 「ええ、でも樫原先生は利用価値があるの。だから教師に限っては変な噂が流れたり、色 眼鏡で見られるような事態は避けたいの。そのためにもきちんと先輩を黙らせるように、 工作しなきゃいけないんですよ」 「利用価値って何だよ!?それに工作って……お前と樫原、付き合ってんだろ?」 ここに至っても、樫原と由貴の性交は恋人だからこその関係だと思っていた。 いや、健太はそう思いたかったのだ。その幻想が事実であって欲しかったのだ。 「まさか。樫原と付き合ってなんかいませんよ。あっちはそう思ってるみたいですけど、 私は彼氏だなんて思ってない。あんなのセフレのワン・オブ・ゼムに過ぎません」 十六歳の少女が口にするような言葉ではない。が、平然と言い切るその姿が実によく似 合っている。童貞には想像もできない由貴の実態に圧倒されるしかなかった。 「樫原には利用価値があるから、あんな風に恋人の真似事をしてるんですよ」 じりじりとにじり寄る由貴の双眸はまさに猫のメスだった。肉食獣に捕捉され、追い詰 められて、後はもう食われるだけの獲物が健太だった。 「な、何だよ、利用価値って……」 余りのことにまともな思考が浮かばない。強烈なパンチを食らって脳を揺らされたボク サーのように、身体の自由が利かなくなっていた。 由貴は構わず、一段とトーンを落とした声で囁いた。 「化学の試験問題、何故か私は事前に知ってたりするんですよ……」 そう、耳元で囁かれた――いつのまにか由貴にはそこまで接近されていたのだ。 くすくすと笑う声も、脳と同時に鼓膜を揺らす。 「おかげ様で大した勉強しなくても、成績は結構いいんですよね、私って」 そこまで聞いて健太は慄然とした。樫原の利用価値とはそういうことか。 だが、瞬間的に頭に閃いてしまう――果たしてそれは化学のことだけか、と。 〈利用価値があるのは化学だけか…?他の科目の教師だって、手玉に取られている可能 性があるんじゃないのか?〉 だとすれば、どれほどの男がこの女に翻弄されているのだろう。健太は言いようのない 敗北感に襲われた。かなわない……かなうはずがない。 クスッと笑って由貴は更に衝撃的なことを告げてくる。 「でも樫原は男としても全然ダメね。腰を振るしか能がないから」 樫原でそういう評価なら、星創の男たちは一体どうなるのだろう……。 今まで女がセックスを評価するなんて考えもしなかった。いつも見ている成人向け動画 でもアダルトコミックでも、そして成年向けの小説でも、必ず女が狂ったように喘いでは 絶頂に達していた。作り物だとわかっていても、心のどこかで「こういうものだ」と思っ ていたところがある。 特に挿入してからの女の反応は、どのメディアでも同じようなものだった。そのためか、 頭のどこかで「入れれば女は快楽の忘我に落ちる」という幻想を持っていたかもしれない。 そんなことがあるはずもないのにだ。 故に「腰を振るしか能がない」なんて言葉は新鮮であり、殴られたような衝撃を覚えた。 快楽を与えられる側、つまり通常であれば評価は女に委ねられている。そのことに健太は 初めて気がついた。 必ず女が満足し、その悶え方で男が評価を下していたセックス――それしかないアダル トメディアの表現のほうがおかしかったのだ。 それだけ由貴の経験は豊富なのだ。セックスの巧拙を理解するだけの快感を味わった過 去が何度もあるということだ。「腰を振るしか能がない」の具体的な意味もわからない、 健太のような童貞とはまるで格が違う。 そうして格の違いを思い知らされる度に、健太は興奮を抑えられなくなる。この女が本 気になって男を悶えさせようとしたら、今までに味わったことのないような快感が約束さ れているのではないか――期待感ばかりが募っていくのだ。 「さて、利用価値の説明は終わったので……次は"工作"の説明ですね。私としてはむしろ こっちが本命です。先輩をここに連れてきたのもね」 由貴は唇の端を持ち上げて「くすくす……」と笑い、健太の懐に飛び込んできた。 慌てて後退する健太の背にごすんと衝撃が走る。まただ、またしても「いつの間にか」 太い木の幹に追い詰められていたのだ。 「ふふ、もう逃げられないわね、先輩……」 目の前で健太と目を合わせ、ぺろりと舌舐めずりを見せる由貴。 その姿はとても美しく、そして健太を最高に気持ち良くしてくれるように見えた。 由貴は冷たく鋭い瞳で健太を見据え、挑発的な口調で工作を開始した。 「先輩は私と樫原の秘密を知ってしまったんですよね……しかもそれは、誰にもバラされ たくない秘密なの」 健太の耳元を意識させるように囁いてくる。甘えるようにかすれた声が艶めかしく、や たらと耳の奥に残るような声だった。 「でも人の口に戸は立てられない……それでも黙ってもらわなきゃならない。どうすれば いいと思います?」 由貴の手が健太の胸元に触れた。その瞬間、ビクッと健太は震えてしまう。そこに隙を 見出したかのように、由貴はその手を胸板に触れさせたまま、静々と下へ動かしていく。 「簡単なことよ……私と先輩の間にも、秘密を作っちゃえばいいのよね?」 その直後、間髪を入れずに由貴が動いた。 「ん、んんぅっ……!」 くぐもった声を上げたのは健太のほうだ。目の前にある整った美女の顔が一気に迫った かと思うと、唇に柔らかい感触が重ねられた。 〈え?ええ?〉 余りのことに思考が止まる。自分の唇に重ねられているのは、由貴の唇だったからだ。 生涯初めてのキスが由貴のような美女――という感慨に浸る暇もない。更なる刺激が健 太の思考能力を完全に奪い去る。 「……っ!」 ぬるりとした感触が唇の間を割って、健太の口腔内に侵入してきた。 その艶めかしい肉欲の尖兵が、由貴の舌だと気付くのにしばらくかかった。 巧みに濡れ動く舌先は健太の唇を這い、歯茎をなぞり、口腔の粘膜をすり合わせながら 着実に奥へと進んでくる。 やがて健太の舌先を探り当てた由貴のそれは、まるで男の理性を蹂躙するかのように激 しく絡みついてきた。高等な技巧を極めた舌が男の肉棒に絡みつき、理性と欲望を白い液 とともに奪い去るがごとく、ねっとりとした情熱の愛撫が襲いかかってくる。 「ん、んん、んんぅっ……」 喘ぐのはもっぱら健太のほうだった。女の舌が自分の舌に絡む度、口から体力が吸い取 られていくように力が抜けていってしまう。がくんと膝が落ち、自然と背後の木にもたれ かかるしかない。 余りのことに視界がぐらぐらと揺れるが、それすらも読み切っているかのように、由貴 の手がすうっと伸びてきた。あごを押さえられて視線を強制的に固定されると、学園一の 美女の瞳が爛々と輝き、愉悦に満ちた笑みを浮かべているのが目に入ってきた。 唇をもぎ離した直後は口と口の間に扇情的な糸が引かれ、木漏れ日の中にいやらしい銀 の光をきらめかせる。情熱的なキスを交わした二人の唾液で、由貴の唇は艶めかしく濡れ ていた。 「どうせキスも初めてだったんでしょう……?」 その妖しい輝きを舌で舐め取り、由貴は脱力した健太の耳元で情欲をそそるのだ。 「ふふふ、先輩って可愛い……女の子みたい」 心の奥に反発が目覚める――が、抵抗する気力が根こそぎ奪われていた。 由貴の息遣い、由貴の体温、由貴の唇……すべてが魅力的で、沸き起こるのは快楽への 期待ばかり。迂闊に抵抗したら相手の機嫌を損ねてしまう。そうなったらもう彼女に何も してもらえなくなる。それが絶対に嫌だった。 「くすくすくす……前から思ってたんだけど……」 サディスティックな愉悦に浸っているのか、由貴の目の輝きは増していくばかりだ。 「先輩ってマゾでしょ?」 「―――!!」 さすがに健太も目を見開いた。 信じられない。由貴と特に親しいわけではない。話したのは今日が初めてだ。 彼女が自分に興味を持っていたことは先の言葉からもわかったが、だからといって、ど うして性癖まで見抜かれるのか。 それどころか「俺はもしかしたらマゾかもしれない」と思ってから、まだ一時間も経っ ていない。自分でもわかっていないのに、どうしてこんな年下の女がわかる? 「くくくっ、いい顔ね……開発し甲斐がありそうだわ」 もしかしたら、俺に「好感が持てる」のは……俺がマゾだからか? マゾだからサドの由貴とは需給が一致するから、ってことか? 〈冗談じゃ、ねえぞ……!〉 女に嬲られるなんてカッコ悪いし恥ずかしい。断じてそんなものを受け入れるわけには いかない――と思うのだが、健太の脳はそんな思いを無視するように命じてきた。 そのままの自分を受け入れれば、最高に気持ち良くしてもらえるぞ――そんな強烈な命 令だ。快楽という名のニンジンを目の前にぶら下げられ、健太は意地と本能の間で葛藤し 続けていた。 「くすくすくす……堕ちるかどうか迷ってるわね?先輩、やっぱり可愛い……」 由貴は唇をもう一度重ね、しかし今度はすぐに離す。 「じゃあ、一緒にどんな秘密を作っちゃいましょうか……」 さも楽しげに女は妖艶な笑いを浮かべる。口の端を持ち上げ、すぅっと目を細めた由貴 の姿は妖艶を通り越して最早凄艶である。男の保護欲を駆り立てるとか、可愛らしさに目 を奪われるとか、そんなものと彼女はまったく縁がないのだ。 男の暗い欲望に火をつけ、本能のままにメスを求めさせる。人間の暗部を引きずり出し て醜い肉欲を肯定させる。由貴の撒き散らす色香はそんなベクトルで男を骨の髄から刺激 するのだ。 彼女をロリ顔などと思っていた頃の自分が、今となってはとても信じられない。 早川由貴は年齢不相応に大人っぽい顔と、年齢以下の童顔をまったく同じ顔に住まわせ ているのだ。普段こそ星創学園ではおとなしそうなロリ顔で男を惹きつけているが、実は まったく逆方向に艶を湛えた色香を発揮することもできる。 そして彼女の気分次第で男に与える印象は変わるのだろう。今日と明日どころか、この 日だけで健太は二人の女を見ているような気分になってきた。由貴の顔は一つしかないと いうのにだ。 「ふふふふ……実はもう決めてるんですけどね。先輩と私の秘密…」 由貴は経験も技巧も男の心理の見抜き方も、人並み外れた早熟さで心得ている。健太の ような童貞を掌の上で転がすことなど苦にもなるまい。 「私と樫原の関係を黙っててくれたら……」 怯えにも期待にも似た感情に支配された健太。その胸元に預けた手を静かに下ろし、た とえようもなく甘い声音と吐息を耳と首筋にまとわりつかせながら、由貴は健太を落とす 一言を――小さく口から解き放つ。 「先輩の童貞、私が奪ってあげる……」 ゾクリとする背筋の感覚に身震いする。 ぺろり…と由貴の舌が舐めたのは、彼女の唇――ではない。 健太の耳朶だった。 最初は彼女が何を言っているのかわからなかったが、数秒もしてその意味が脳に浸透し てくると、健太の股間は熱いほど滾り始めた。 「お、おい、早川……今、なんて……」 「黙っててくれたら、先輩の童貞を奪ってあげるって言ったんですよ」 挑発するように後輩がニヤニヤ笑ってこちらを見ている。「どう?乗らない手はない でしょ?」――そんな風に思っているのが見え見えだった。 「勿論、今日じゃないわよ。すぐにヤラせて噂までばら撒かれたらただのヤラれ損だもん。 先輩が卒業してから…ね?」 もうしばらくは先の話だが、信じられないほどに魅力的な約束だった。 どうせ一年でまともな彼女ができる見込みなどないし、同年代の男たちと同様、健太も 早く童貞を捨てたいという思いは切実だ。しかも相手が由貴のような巨乳の美人となれば、 願ったりかなったりではないか。 「ほ、本当にいいのか……?」 「ええ、別に構いませんよ?それとも私が怖い?」 そりゃ本音を言えば怖い。悪い話には思えなかったが、しかし彼女を信じ切っていいか どうかわからない。 「安心して。悪いようにはしないからさ。先輩にもテストの問題くらい流してあげるよ。 学年が違ってもそのくらいは何とかなるしね」 平然と言い放つ由貴はやはり底が知れなかった。何を考えているのかよくわからないし、 そこまでするメリットが彼女にあるのだろうか。 思い当たるとすれば、マゾの素養がある男を開発する楽しみ、くらいしか思い浮かばな いのだが。 「それにさ――気持ち良くなりたいでしょう?」 くすくすと笑いながら由貴は腰をくいっと回してみせた。制服のスカートが小さく舞う。 健太が思い出すのは当然、先ほど樫原を二分で二度も絶頂に導いた、余りに巧みな対面 座位での腰使いだ。 〈あんな風に腰を使ったら……俺なんかどれだけ射精しちまうんだろう……〉 自分が耐えられるかどうかなんて最初から頭になかった。 耐えられるはずがないのだ。興味の中心は射精のときにどれだけ気持ち良くなれるか、 その一点に染まっていた。 「……わかった……絶対に誰にも言わない。黙ってるよ」 期待で目は輝いているかもしれない。この程度のことで本当に由貴と身体を重ねられる なら安いものだろう。 顔を上げると由貴は満足そうな笑顔を浮かべていた。 「ありがとう。先輩って優しいね〜」 だがそんな風に笑われてもどう反応したらいいか分からない。本気か嘘か分からないが、 後はこの子の機嫌を損ねないようにして卒業式を迎えよう――と皮算用を始めた直後。 「それじゃあ……先に手付け金を払いますね?」 妖艶な笑みを浮かべてまたも由貴はにじり寄ってきた。じっと健太の瞳を見据えながら、 先ほど下ろした手で興奮した男の象徴をスラックスの上から撫でさする。 「う、あっ……」 「ふふふ…いい声、いい顔……もっと私に見せて…」 どこかしら甘えるような口調で男の欲を煽りながら、指先は巧みに男の股間を這い回る。 木に追い詰められた健太に逃げ場はない。勿論、力で弾き飛ばすことはできるだろうが、 何しろこんな美女との初体験が待っているのだ。卒業するまで決して由貴の機嫌を損ねる わけには―― 〈あ……!そ……そうか……そういうこと、だったのか…!〉 健太はそこでようやく気がついた。 タダより高い物はない。健太はセックスと引き換えに、由貴に縛りつけられたのだ。 いや、そもそも本当にヤらせてもらえるかどうかも分からない。ただ「童貞を奪ってあ げる」という口約束につられ、彼女に逆らうことを許されなくなったのだ。 最初は自分が得するだけだと思ったが、とんでもなかった。やはり裏はあった。 むしろまったくの逆だ。この「契約」は由貴だけが得をするのだ。魅力的な餌に飛びつ いてしまったが、実は彼女が仕掛けた罠だったのではないか。 由貴は処罰の恐ろしさで健太を繋ぎ止めたのだ。彼女の機嫌を損ねれば「あの約束、な かったことにするから」という罰が待っている。そのリスクを回避するためには、何とし ても彼女に従い、機嫌を損なわぬように振る舞わねばならない。口約束が信用できないの は男だけではなかったのだ。 健太とてヤリたい盛りの高校三年生だ。セックスを果実とした関係は何としてでも維持 したい。たとえ彼女の嘘だったとしても、今は信じて従うしかない。 希望の星を天に浮かべているのが悪魔だとわかっていても、健太はその方角へと歩むし かないのだ。歩むしかなくなってしまったのだ。 勿論、由貴もその程度はわかっていて提案してきたのだろう。きっとそうして男たちを 手玉に取ってきたのだ。 本当は樫原との関係をバラされても気にしないのではないか。噂になると不都合だとは 言っていたが、本音かどうかわかったものではない。健太という獲物を首輪とロープで捕 まえておくための撒き餌だったのか――とすら思えてくる。 彼女はどれだけの異性を観察し、話を聞き、そして身体を迎え入れたのだろう。こんな テクニックが一朝一夕で身につくわけがない。 男を知り尽くした女は当然、そこに至るまでに数多の男が通り過ぎている。由貴の場合、 桁外れに低い年齢でそこにたどり着いた凄味があり、セックスで男を翻弄することすら楽 しみの一つと捉えている。となれば彼女にもう敵はない。 その証拠に、星創学園の教師たちはもう由貴に弄ばれている可能性すらある。はるかに 人生経験豊富な男たちですらそのザマだ。何人がこの極上の肉体と魔性の精神を持つ女の 虜になっているのか、想像は果てしなく膨らみ、様々な思いが去来する。 だが仮に由貴にその気持ちを話しても「それがどうしたのよ?」と傲然言い放つだけだ ろう。この美人にとっては繰り返される日常の一部なのだろうから。 美しい後輩は男の快感を増大させるため、今も平然と肉棒を指で転がしている。 「それじゃあ……本格的に可愛がってあげるわね」 悪魔のように微笑み、由貴は健太に宣告した。 慣れた手つきでベルトと留め具を外し、スラックスのファスナーを下ろす。ほとんど一 瞬だった。今まで何度も男の服を脱がせてきた経験があるのだろう。 すぐにぐいとスラックスが足首まで引き下ろされ、下半身が下着だけにされた。股間を 隠すトランクスの前が大きく膨らんでいる。もう隠しようがない。 「くくく……もう興奮し切ってるわね。白いの出したくてしょうがないみたいよ、先輩の コレは。このままパンツの中でイかせてあげようか?」 口元にサディスティックな笑みを浮かべ、高圧的な口調で挑発する。その目は愉悦の色 彩を帯びていて、男を弄ぶのが楽しくて仕方がないといった様子だった。 上目遣いに見上げてくる由貴の双眸が実に艶めかしい。辛うじて首を振ると、年下の美 女は余裕の微笑を崩さぬまま、健太のトランクスを一気に引き下ろした。 ひんやりとした外気が下半身に触れる。が、身体の中心にある強力な熱源はそれで萎え るようなこともない。むしろ女の目に触れたことで興奮が増し、更なる快感の予感にピク ピクと震えた。 「あははは、こんなに硬くして…可愛いわね」 由貴ほどの美女に触れられたら硬くなって当然だろう。半ば開き直りにも近いが、そう 思うことで自分を納得させる。 「くすくす……先輩みたいなチェリーなんか、指一本でイカせられるわよ」 白い指を健太の目の前にかざして見せつけた後、由貴は自分の右手人差し指を立てた。 その付け根から爪の先へ、ぺろりと舌を這わせていく。唾液に薄く濡れた指が、射し込む 陽を反射してぬらぬらと光る。 それは当然、フェラによって唾液に塗れた肉棒を否が応でも連想させる。由貴が導いた 連想に、健太の目はその人差し指に釘付けになった。 「……試してみる?」 挑発的な口調の由貴に、健太は思わずうなずいていた。 「うふふふ……くすくすくす……」 その返答に満足したのか、由貴はサディスティックな笑いとともに、その白い指を健太 のペニスへと近づけていく。 同時に健太へ身を預けるように身体を触れさせ、左手で肩を抱き寄せつつ、右手の人差 し指を勃起した肉棒の先に這わせた。 「いっぱい気持ち良くしてあげる……」 鼓膜からではなく、まるで直接脳の中へと染み込んでくるような声が響き、期待はます ます膨らんでいく。それに応じるかのように、健太の肉棒がびくっと痙攣した。 くにくにと這い回る白い指先が冷たく感じる。健太の肌より体温が低いのか、その冷た さが逆に圧倒的な現実感をもたらしてきた。 〈ほ、本当に早川由貴が手で、俺のを……〉 そう思うだけで勃起するのに、由貴の指はゆっくりと亀頭を愛撫していく。その指の軌 道に沿うかのように快感が呼び覚まされ、気持ち良さが蓄積されていった。 上手い。触れられているのが人差し指だけとは思えなかった。女から初めて愛撫される 感激や高揚など、精神的な要因を否定はできない。が、それでも由貴の愛撫は技巧に富ん でいた。 指先に入れる力の強弱、撫でさする位置、そして女の存在を感じさせる吐息や、胸元に 代表される肉体の密着……セーラー服越しとはいえ、冷たい指とは対照的な温もりが、由 貴の存在を確固たるものにしているのだ。 くにくにと亀頭を這い回る指先が次第に動き回る振幅を拡大させ、張り出したカリへと 愛撫の軸を移していく。 「う……く…」 口の隙間から荒くなった息が漏れる。密かに憧れていた女の手だからなのか、それとも 男の性感を知り尽くした手練手管が為せる技巧なのか、そこまで考える余裕は童貞にはな かったが――自分の手でしごくより、ずっと快感のレベルが高い。 「うふふふふ……透明な液がもう出てきてるよ?」 挑発的な言葉が興奮を煽る。肉棒の根元に貯まる快感が突然跳ね上がり、本能も理性も 射精したいという欲に染まりつつある。 「もし五本の指だったらもうとっくにイッてたわね。ふふふ、先輩って早漏ねぇ?」 言葉攻めが脳を直撃する。気持ちを抵抗へと向かわせるのがこの嘲笑だ。ここまで侮蔑 される言われはないし、意地でも耐え抜こうという気持ちにもなる。ましてやプライドが 指一本での射精など絶対に許さない。 しかし同時に沸き上がるのは、由貴の言葉を肯定してしまいたい気持ちだ。悔しさだけ ではなく、未知の快感を言葉攻めで得てしまっていた。 早漏だなんて男のプライドからして許されないが、それを粉々にされること、すなわち 「男であること」から解放されて楽になる……想像するだけで快感を昇華させてくれる予 感に囚われてしまった。 それらに加え、男なら誰でも苦悩する葛藤が、健太の射精と我慢の間に横たわる溝を広 げていく。射精したいけどしたくない……そんな矛盾だ。 「くすくすくす……面白いわね、先輩」 快感を味わいたいが、絶頂に達して得られる快感は出す瞬間のほんの数秒だけ。もっと 気持ち良さを味わいたいのに、射精の快感は長続きしてくれない――こうして男は「出し たいけど出したくない」と葛藤するのだ。 「あなた、私の指一本でこんなに狂っちゃってるのよ……?」 この葛藤を由貴の言葉攻めが更に深いものにしてしまう。出してしまえば女に早漏と嘲 笑われ、男のプライドはズタズタにされる。しかし我慢すれば中途半端な快感で生殺しだ。 最高の悦楽は絶対に得られない。 「情けないよね?恥ずかしいよね?大の男が私の指一本に屈服して、肉体も精神も狂 わされちゃうんだよ……?」 どちらも嫌なのに、体は正直に快感を求めてしまう。この葛藤はどうすれば克服できる のか、男には永遠にわからないのではないか。 気がつけば、そんな葛藤の間にも由貴の人差し指はペニスを巧みに刺激し続けている。 宣言通りに健太の快感は次第次第に高められ、その指が裏筋へするすると伸びていった直 後、健太の下半身は「もう限界だ」と脳に信号を送ってきた。 全身の筋肉を硬直させて射精に耐え、愛撫から逃れようと腰を引く。けれどもまさにそ れが合図だったかのように、由貴は腰の引きに合わせて指に入れる力を込めつつ、耳元で 甘い挑発を囁いてきた。 「もう限界?この程度でイッちゃうの?悔しかったら耐えてみせてよね!」 その瞬間、健太の頭の中で白い光が弾けた。 由貴の指先は裏筋とカリ首を実に巧みに這い回る。力加減も絶妙で、男に我慢させる気 などさらさらないようだ。指から伝わる快感が「射精させてやる」という由貴の意志を強 烈に伝えてくる。健太の下半身に蓄積された悦楽の総量が、我慢の堤防を決壊させ―― 「もう、駄目…だ……あああっ!!」 一声甲高く息を吐き、愛撫に翻弄されてあごを仰け反らせる。 次の瞬間、肉棒の管を高速で駆け抜ける快楽の塊が弾け、健太は白い情熱を虚空に射ち 放つのだった。 「あ……あ、ああっ……!」 間を置かずに数度の痙攣。快感とともに全身が痺れ、その度に量を減らしながら白い粘 液が搾り出され、表の世界へ飛び散っていく。途方もない悦楽が痺れるように身体の芯を 貫いていった。 「ふふふ……どんな男でも、イクときの顔は可愛いわね」 快感の絶頂と射精の本流は数秒で終わるが、その後もひくん、ひくんと肉棒は微かに震 え、その度に出す時と同じ快感を伝えてくる。出し終わっても由貴の指はペニスにまとわ りついたまま、この痙攣が収まるまで柔らかい愛撫を続けてきた。 「まだ気持ちいいんでしょう…?もっと悶えて……?」 彼女は知っている――知っているのだ。出した後も痙攣が終わるまでは快感の余韻が残 ることを。それを熟知した上で激しい快感を引きずり出し、最後まで男を快感で狂わせよ うとしているのだ。 〈な……なんて気持ちいいんだ……!〉 今までこんな快感を味わったことはない。自分で性欲を処理している時とは比べ物にな らない快楽の射精だった。女の指が生み出す快感と精神的な刺激が強烈すぎる。 あごを仰け反らせた健太の硬直が解けるのはその後だった。すべてを出し尽くし、半ば 呆けたところで身体の力が抜け、立っていられなくなる。 下半身だけを露出させた奇妙な恰好のまま、健太はへなへなと腰が抜け、その場にへた り込んでしまった。 そこに差し込む黒い影――勿論、早川由貴だ。 健太の前に仁王立ちになり、肉体的にも精神的にも完全に男を見下している。 優位に立つ者だけが見せる余裕と嘲りの笑みすらも似つかわしい。ぐわんぐわんと頭と 視界が揺れ、目を合わせることができない。虚空に視線を泳がせるしかなかった。 「言ったでしょ?先輩みたいなチェリーは指一本で充分だってさ」 言葉攻めの数々が思い出される。それが快感を増幅させる強烈なスパイスになっている ことに気がついた。そして実際に健太は、比喩ではなく彼女に指一本で射精させられてし まった。 屈辱感がいつしか悦楽に化け、脳の快感を司る機能を刺激していた。心の裏から欲望を 満たされたように気分になり、今度は「こんな屈辱はもう味わいたくない」と「もっと屈 辱に塗れたい」という思いが葛藤を始めてしまう……。 由貴はそんな健太を見下しながら、携帯電話を取り出して健太に画面を見せる。どうや ら電話機能がオンになっていて、現在も通話中のようだった。由貴がピッとボタンを押す と、画面で動いていた数字が進行を止める――「2分23秒」。 「ふふふ、二分か。まあ指一本ならこんなもんよね」 喉がからからに乾き、衝撃的な快感から口もきけない。健太は顔に疑問符を浮かべて由 貴を見上げた。由貴は勝ち誇った顔でその意味を告げてくる。 「私が先輩をイかせるまでにかかった時間よ。こっそり仕掛けておいたの」 「な…ん…だって……」 通話時間表示がストップウォッチ代わりだったのだ。 愛撫の時間ほぼ二分。かなり長く感じたが、実際にはその程度だった。これでは早漏の そしりも免れまい。 「指五本だったらどうだったか、気になるでしょう…?」 自信たっぷりに由貴は笑った。腰を落としたままの健太を冷たく見下ろし、空恐ろしい 事実を告げてくる。 「童貞なら一分で充分ね……耐えられる男なんていやしないわ」 本当にいないかどうかなんて分かりはしない――が、そのくらいの自信はあるというこ とだ。そして実際、由貴と関係を持った童貞たちは誰一人として一分と持たなかったのだ ろう。 あの指先の技巧を味わった男には、その自信も虚勢には思えなかった。ましてや童貞が 相手なのだ。由貴の経験からすれば赤子の手を捻るようなものだろう。 そう告げられれば反発心が先行する……はずなのに、健太は違った。真っ先に浮かんだ のは「その手コキで秒殺して欲しい、早漏の不甲斐なさを罵られたい」――そんな屈折し た欲望だった。 その事実に気がついて愕然とする。確実に思考がマゾそのものではないか、と。 〈やっぱり、俺って……〉 マゾだったのかよ――と思った直後、更にその欲求を刺激する言葉が浴びせられた。 「もう少し我慢すれば、フェラでイカせてあげたんだけどねぇ?あはははは!」 由貴が自分自身に酔い痴れる高笑いを見せつけてくる。 けれど今度沸き上がってきたのは、罵られることへの期待や快感などではなく、自分自 身に対する激しい落胆だった。 脳裏で何度も繰り返される由貴の言葉が衝撃だった。 〈もう少し我慢すれば、フェラでイカせてあげたんだけどねぇ?〉……。 目を見開いて顔を歪ませる健太をじっくりと眺めた後、由貴は腰に手を当て、前にかが みながら見据えた。 「……先輩、八五です」 「はちじゅう……ご……?」 「ええ、八五です。覚えておいてくださいね、この数字。今日の夜、先輩はこの数字で抜 くことになりますから」 「ぬ、抜くって……」 「自分でアソコしごいて射精するってことですよ。ヤリたい盛りなんだから、夜にはまた 出すでしょうが。そのときに八五が意味を持つってことです」 「な、なんの……ことだ?」 由貴は答えず、健太のスラックスのポケットにいきなり手を突っ込んだ。そこに収めら れていた携帯電話を取り出すと、勝手に操作し始める。 「ああ、数字の意味は今夜抜くときに分かりますよ。今は気にしないで」 直後に携帯の着信音が鳴った。自分の携帯ではない。由貴の電話だった。 彼女がボタンを押すと着信音が止んだ。そしてまたカチカチと操作し始める。すると直 後、健太の携帯が着信音を鳴らした。 「はい、携帯返しますね。今ので先輩の番号とメアドもらいました。私のも送ったんで、 登録しといてくださいね」 言われて携帯電話を開く。見覚えのないアドレスと番号が残っていた。これが由貴の番 号とメールアドレスなのだろう。 「一応電話もできますけど、できればメールにしてくださいね。私も先輩には基本、メー ルで連絡するから」 「えっ……なんで?」 「聞いてたでしょ?さっき樫原とヤッてたときに」 意味がわからない。樫原との会話――何だっただろうか。 怪訝そうに訊ねる健太を振り向き、由貴は澄ました美貌にサディストの笑みを浮かべ、 こう告げた。確かに聞き覚えのある言葉だった。 「ふふふ、大事なことなんだから忘れないでよ。『私、男がよがり狂う顔って好きなの。 また楽しませてくださいね?』――覚えてるでしょう?」 忘れるはずもない。反発や怒りとともに期待と被虐を目覚めさせられるこの言葉は、余 りにも刺激的で魅力的だった。 「先輩を私に入れさせてあげるのは卒業後でしょうけど…それまでたっぷり楽しませてく ださいね?私もいっぱい抜いてあげるから、いい顔で泣いてよ?」 大人の女にも、童顔にも見える顔がくすりと笑う。 そのどちらであっても共通していたのは、早川由貴はサディストの顔をしていた、とい うことだった。 「うああああああああっ!!」 すべてが終わり、帰宅した健太は自分の部屋でのた打ち回っていた。 「なんであんなので出しちまったんだよぉっ……」 望みのままに由貴にイカされたのに、決して満たされた気分になっていない。 罵倒されたからではない。むしろ言葉攻めは快感だった。 由貴にイカされたのが嫌なのではない。マゾに目覚めつつある自分にとって、あるいは 童貞にとって、あの状況は夢が現実になったようなものだ。 〈もう少し我慢すれば、フェラでイカせてあげたんだけどねぇ?〉――無念なのは、この 一言を浴びてからだ。 由貴に射精させられるなんて最高だった。けれども悔しいのは、自分が望んだ射精を思 い描いた途端に、耐えればそんなボーナスが用意されていたことを知らされたからだ。 〈もう少し我慢してれば……我慢してれば……〉 抜いてもらえるのは指ではなく口で、だった。逃した魚のように大きい。 由貴の指先が気持ち良かったのは否定しない。だが、どんな快感を与える技巧を誇ろう とも、指はやはり指に過ぎない。 セックスにおいて、口腔内性交は手コキより格が上だという男が多いだろう。健太も同 様だった。手よりは口でイカされたかった。 指一本の愛撫で由貴に果てさせられたとはいえ、欲望は消化不良気味だった。 ご馳走を一心不乱に食べて満足していたら、実はその後にもっと美味い物が用意されて いたときのような落胆。絶妙な快感に満足していたつもりだったのに、更にもっと激しい 快感を用意され、欲望をわざと低い段階で抑えられた「お預け」感……。 自分の求めていたものがかなえられたのではなく、女に仕組まれて強制的にイカされた ことが、心をかきむしる屈辱になっていた。 「ああ、ちくしょう……」 先ほど出したばかりだというのに、今度は由貴のフェラを想像して勃起していた。今日 何度も健太に見せつけてきた舌舐めずりがとてもいやらしく、あの光景を思い出すだけで 興奮してしまう。 指先であれほどのテクを持つ女が、男を口で愛撫したことがないなんて思えなかった。 それこそ並み外れた経験で男を果てさせてきたに違いない。 自分のペニスを巧みに舐める由貴を妄想しつつ、今から抜いてしまおう――と思った直 後、通学バッグの中に入れたままの成年誌を思い出した。 〈そういや、コンビニで買ったんだっけ……〉 上田みさきのDVDで抜くのは控えた。いずれは見るだろうが、今日はコンビニ前で由貴 にからかわれたし、そのまま抜いたら負けたような気になる。別のグラビアか何かを使お うと思いながらぱらぱらとページをめくっていく。 〈……お?〉 ふとその手が止まった。とても美しいヌード写真が載っていたからだ。乳房も豊かで腰 も細く、体のラインがとても艶めかしい。 〈これは凄いな……なんて名前のモデルなんだろ?〉 そう思って誌面のキャプションを見てみる。そのページは読者からの投稿写真を掲載す るコーナーだった。ヌードモデルやAV女優などではなく、一般の投稿から選ばれた女性の グラビアが載せられるのだ。 〈……ってことはどうせ名前も偽名だろうな〉 それなら気にしてもしょうがないと思い、下半身を裸にしてペニスをしごく準備を整え たとき、健太はその写真に違和感を覚えた。 〈あれ……?〉 目の前の裸はどこかで見たことがあるような気がした。 特にその豊かに張り出した乳房。円錐のように前面に突出し、明らかに日本人の平均を はるかに超えたボリュームを湛えている。重力に逆らうような砲弾型で男の情欲を著しく 刺激していた。 「まさか……まさか」 こんなオッパイはそうそうお目にかかれない。巨乳好きの健太にはよくわかる。数多の 巨乳画像を見てきたが、これほど素晴らしいバストは見たことがなかった。 薄桃色に染まった乳輪の直径も小さく窄まり、乳首もツンと上向きで、形は芸術的な左 右対称の美しさを誇っている。こんな乳房は今まで――いや、「今日まで」見たことがな かった。 〈早川……由貴か……!?〉 まさか、の予感がどんどん膨らんでいく。 樫原と交わっているときに一度見ただけだが、巨乳フェチの男なら決してあのバストは 忘れない。それほど素晴らしい膨らみだった。必死になって目に焼き付けた乳房は、まさ に今、この雑誌のグラビアを飾っている女の双丘と瓜二つだった。 思わず雑誌を持ち上げて、それ以外の特徴を探る。 巨乳フェチだけにまずは乳房に目が行ってしまったが、この手のグラビアにしては珍し く、この女性は素顔を隠していない。検証は容易だった。 毛先をふわりと緩く巻いた長い髪、常に微笑んでいるかのような形の良い唇、そして顔 立ちのスマートさ。実年齢に対して童顔だが、注意深く見れば男慣れした妖艶さを醸し出 す、年齢離れの色気……。 携帯電話のデータフォルダに収められた写真と自分の記憶、そして雑誌に載せられたグ ラビアのそれらは、どう見ても一致していた。見れば見るほど似過ぎている。 「なんで……なんで」 なんでこんな体を売るような真似までやってるんだよ……。 グラビアに映っているのは早川由貴に間違いない。そう確信した健太の視界の端に入っ たあるものが、さらなる驚愕を運んできた。 〈それであの数字なのかよ……!?〉 誌面の端にページ数を意味する数字が小さく打たれている。 このグラビアは八五ページから始まっていたのだ……。 どくんと心臓が高鳴り、激しい動悸が止まらなくなった。 ごくりと生唾を飲み込み、健太はまじまじと早川由貴の写真を見つめた。 思い出すのは、先ほどイカされた由貴の指でもなく、妄想に留まる彼女のフェラチオで もない。 自分などよりはるかに高みにある早川由貴のセックスの先進性……それを思うと健太の 興奮はどこまでも激しさを増していく。 年下の女に劣っている。そんな負けたような、悔しいような気分に苛まれるが、ペニス は最高の興奮とともに激しい屹立を果たしてしまう。 自然と肉棒に手が伸びる。健太は由貴と思われる女のグラビアページを食い入るように 見つめながら、ついに自分を慰め始めた。 由貴には健太のこんな情けない行為も見抜かれていたのだ。そう思うと悔しいけれども、 今はそんな彼女に屈服してでも気持ち良くなりたかった。 すべてが終わり、抜いた後の事後処理も済ませ、冷静になった健太は携帯を手にとって メールを打った。宛先は勿論、早川由貴だ。 『八五の意味わかったよ……あれ、本当に君なの?』 五分と待たずにメールの返信が来た。 『そう、私だよ。意外と早く気づいたね。先輩、夜まで我慢できなかったんだね?もし かして溜まってたのかな〜?ねえねえ、私を見て気持ち良くなったの?』 悪びれもせず、むしろ楽しんでいるような反応だった。 健太はこの文面を見て溜め息をつくしかない。由貴ほどの女ならば、自分がどんな顔で メールしたのかもお見通しだろう。 どう返信するか戸惑っていた時、また由貴からメールが来た。 『だからコンビニで言ったでしょ?"先輩の好みはなかなかいいセンスだ"ってね。私が 載ってる雑誌を買うくらいだもん。そりゃーいいセンスだよ』 もっとも、健太にも今の由貴がどんな顔でメールしたのかは容易に想像がついていた。 くすくすとせせら笑いながら唇の端を持ち上げて、サディスティックな余裕の表情を浮 かべているに違いない。 「男なんてチョロいもんよね」――そんな風にニヤニヤと笑っているに違いなかった。 SS一覧に戻る メインページに戻る |