シチュエーション
小説のページをめくった。 「こんな夜は、Uボートが襲ってくる」 「普通の夜じゃないんですか?」 「そうだ。Uボートはいつでも襲ってくる」 馬鹿馬鹿しい会話を読んで吹き出しそうになりながら歩く。いつも通り 人気のない道だ。暖かくなってくると非日常的な事をしたくなったり、異 常な奴が出て来たりするものだ。道場破りやら恐喝やら、辻斬りやら、露 出狂やら痴漢やら。常日頃鍛錬に身を置いていると、ふとその成果を楽し みたいと言う欲望が生じる時がある。勿論慎まなければならないが、判事 が吟味してなお必要性を認められる状況が起きれば、などとよからぬ欲望 を抱いてしまう。しかし去年も一昨年もそれは来なかった。中学生の頃も それはなかった。このまま自分は武勇伝の欠けたまま大人になって朽ちて いくのか。それよりも若い頃に一度、老いるまで残る大立ち回りがしてみ たいと思っていた。道場破りよ来い。恐喝よ来い。辻斬りよ来い。変態よ 来い。 思わず足を止めそうになった。気配を感じる。それも、何事もなく歩き 去る者でなく、何かを遂げる為に闇に潜む者の気配を。 (装え) 無用心を装えと己に命じた。無用心で、格好の獲物の様に装うのだ。気 配の根源は近い。もうすぐに相手の間合いだ。だが相手に動く気配は無い 。ギリギリまで待ち構えているのかもしれない。最大限に神経を研ぎ澄ま して一歩一歩を何気なく刻んだ。これが下手をすると命取りになるのだか ら当然だ。いよいよ再接近し、通り過ぎた。 (何も無いのか) 安堵した自分にはっきりと欲望がささやいた。 (事が起きなければ、呼び起こせ) 高ぶった気は理性が弱くなりすぎていた。自ら事の起因となっていいは ずは無いのだ。それを自分はやろうとした。一瞬で振り向くと飛び込んだ 。その先には…。 「あっ!」 コートを着た女がいた。しかし、そのコートの下は、靴下からコートの 裾まで肌だった。思わず言葉を洩らした女に、自分も言葉を洩らしていた。 「あっ!」 どうみても、そのコートの中まで服は無かった。勿論上半身もだ。どう していいかわからない。手も足も動かない。まさに前後不覚だった。 相手もとまどっている。一体何が目的だったのだろうか。思いつきでや ろうとして、いざ実行する所で恥ずかしさに気がついたのか。酔いに任せ ていて醒めてから狼狽しているのか。 非日常を自分は待ち望んでいた。しかしやっと現れた非日常に、それも 飛び切り魅力的で甘美な非日常に自分は戸惑っていた。浅はかと言えば自 分もだった。こんな様では相手が辻斬りだったらどうなっていたのだ。 (情けない) それはともかくとして、どうすればいいのか。逃げるのか、声をかける のか。どうすればいいのか。そして相手は何をしてくるのか。 「わ…」 女が戸惑いがちに何か言った。 「ばあ!!」 今度は思い切ってコートを広げた。見事な裸体だった。 (戦うべきだな) そう自分に告げた。 (ここで逃げたら、相手が勝った事になる) 立ち止まって見てやった。美しい胸だ。大きいし、色がいい。まるで写 真集だ。足もいい。脚線美と言っていいだろう。ふとももは少ない光線量の 下でも色艶がうかがえる。健康的そうな足だ。まだ見てやる。かすかに汗が 光る。興奮しているのか。困惑の汗なのか。それはともかく、裸体の美し さに華を添えていた。 「どうするのだ。露出狂よ」 はっきりと臆することなく言葉を口にした。どんどん女の顔が赤くなって いって、やがて一目散に駆けて逃げた。 (ざまあみろ) 上機嫌で帰路に就いた。しかし、ふと迷いが起きた。 (自分は完全にあの裸体の虜だ) これは、やはり負けではないのか。今すぐにでも自慰したい自分がいる。 あの触りたくなる大きくて色のいい胸、撫でたくなる色艶のある脚線美の 足、自分は虜になっていた。 「負けだ」 思わず呟いていた。 SS一覧に戻る メインページに戻る |