シチュエーション
![]() ……目を閉じれば、異国の情景が蘇る。 潮の匂い。 情緒あふれる港町。 娼婦、麻薬、賭博、暴力。……苛立ちと退廃に満ちた酒場の喧騒。 そして何か。 巨大な存在を想起させる、深く、重い海鳴り――。 それら全てが――私にとってはまさしく青春だった。 二十代の頃。医者をしていた私は、外国航路の貨物船に船医として乗り組んだ。 長期間の航海であり、そこでは経験よりも若さが必要とされた。 ……横浜を出発し、基隆(キールン)、高雄(カオション)、香港(ホンコン)、シンガポール……。マラッカ海峡を疾り、インド洋へと抜ける……。 若い私は洋上で、あるいは繰り返される寄港の地で、様々な体験をした。 嵐の中、ひどい船酔いで転げまわった事もあれば、無風帯(ドルドラム)の静寂と抜けるような青空、降り注ぐ太陽の光に、言い知れぬ不安を感じた事もあった。 医者でありながら食べ物にあたったり、ある港では怪我をした海賊の治療なんて真似もさせられた。 しかし、それでも子供の頃から、『宝島』や『ロビンソン・クルーソー』といった冒険小説を繰り返し読んでは、未知なる世界への憧れを強くしていた私には。それらの経験すら、過ぎてみれば満天の星空に映る無数の輝きに等しかった。 そして女という宝石。 私は旅に出て、初めて女を知った。 ガヅッ。 叩きつけられるように開けられたドアの音に。ベッドに寝転んでいた私は、読んでいた本から目を上げそちらを見た。 薄暗い部屋の入り口に若い女が一人、立っていた。 「ブランカ」 声をかける。 「なぁ、この部屋は借りてるだけで、いくら安いつっても壊したら弁償するのは俺なんだ。……というか、もう壊れてるじゃねーか、お前弁償しろな」 「どういう事さ」 と、女――ブランカは私の言葉には応じず、尖った声で言った。 「何が」 本に視線を戻しながら私が返すと、ブランカはいよいよ不機嫌な様子で、 「ヘイ。ヘイヘイ! しらばっくれてんじゃないよ、こっちはもう明日の事聞いてんだ」 「ああ…、その事か」 彼女を見た。 だぶだぶのTシャツにショートパンツという出で立ちで、透けるような肌の白さが印象的だった。ストッキングを履き、太ももからは黒いガーターがのぞいている。 ロシア系だか北欧だかの血を引いているという。そのせいか、目は深いダークブルーで、ロングの髪は明るい金髪。身体はやや細めだが、スタイルはやはり日本人離れして(そりゃあそうである)いた。 整った顔立ちに、鋭すぎる目つきが、「野生の狼みたいだ」と、出会った当時は思ったものだった。 「船が出るっていえば、船乗りとしては従うしかないだろ」 答える。決まりきった結論だった。 「3ヶ月は逗留するって話。アレ嘘かい?」 尋ねながら、ブランカが近づいてくる。 「嘘じゃないさ。…当初はそういう予定だった。だけど結局決めるのは俺じゃない」 「……ふざけるなよ。こっちはあんたにあわせて、ずっと客とってないんだ。今更あんたに逃げられて、どうやって稼げばいいんだよ」 「金の事だったら心配するな。ちゃんと半年分払ってやる。…約束だからな。なんだったら、追加でもう半年分やる。その金で暮らす間に、客を取り戻すなり、別の仕事を見つけるなりすればいい」 「誰が金の事言ってるか、ボケ!」 「いや、今――」 オマエ、言っただろうが――そう言おうとして、私の言葉は遮られた。 突然、覆いかぶさってきたブランカの唇によって、口が塞がれていた。 「うん……うむっ……んっ」 ぴちゃ……ぴちゃ…くちゅ……じゅる…。 唇を舐めまわし、舌が強引に侵入してくる。 「う……ぐ……ちょっと、ま……!」 こちらの事など完全に無視し、ブランカの舌は私を蹂躙した。 「ふむ……ん……うん……れる…る……じゅ」 大型の猟犬――いや、やはり野生の狼か。まるで金色(こんじき)の獣にのしかかられている気分だった。 「ぷはぁっ!」 散々、こちらに唾液を流し込んでから、ようやくブランカは私を解放した。 唇と唇の間を、キラキラと銀糸がつないだ。 「はぁ…。あ、あたしが恋人だって、初めての女だって……言ったろ」 「ああ」 押さえ込まれたまま、私はブランカを見上げた。 金色の髪が顔に触れる。 「あんたみたいな人が……あたしみたいな娼婦に『俺の女になってくれ』って、あ、あたしみたいな女でも恋人にしてくれるんだって。……本当に、涙が出るくらい嬉しかったんだ」 「……泣いてるのか?」 涙がひとつ、ブランカの目から零れ落ちた。 「なんで……なんで、あんたはそんな平気な顔してるんだ……」 「なぁ、ブランカ……。忘れろよ。引きずってもいい事なんかない」 私は出来るだけ平静な表情を保つよう、懸命に努力していた。 「お前にとってはただの客だ。金の関係……いつもの事だと思えばいい。なに一週間もすればきっといつも通り、この港町(まち)で暮らしていける」 指で涙を拭ってやる。 ズス……。 ブランカは鼻をすすり。 「勝手な事…………言うな!」 突如、鼻っ柱に衝撃が走った。 「ぐあっ!」 鼻を抑えて悶絶する。「コノヤロ…」と涙目で文句を言おうとすると、 「お、おい……ブランカ?」 いつの間にか、ブランカの顔はそこになく、彼女は私の上で体勢を変えていた。私の身体にまたがり、こちらに尻を向けている。いわゆるシックスナインというヤツだ。 どうやら鼻を打ったのは、彼女の膝か足のようだった。 「…あたしンだ」 言いつつ、私の股間のモノを探り出す。 「あたしが男にしたんだ……あたしのモンだもん……あんたはあたしの……」 すでに先程のキスで硬くなっていた怒張は、空気に触れた途端、新たな刺激を求めてそそり立った。 私の意に反し、びくんびくんと震え、先端から液体を漏らして主張する。 ちゅ。 口づけるブランカ。 「お前は可愛いね……。ご主人様と違って素直」 「おい、そいつばっかり甘やかすな」 「うるさいなぁ…っ」 私の抗議を一蹴して、ブランカはペニスを口に含んだ。 「……ッ」 「はむ……うむ……れるる……ちゅく……ふ……は」 熱い舌が肉棒の上を這い回り、喉の奥で亀頭を締めつけてくる。唾液がブランカの口腔から溢れ、私の股間を濡らした。 「く…おいブランカ、ちょっと待て……いきなり飛ばしすぎ……!」 「ふー? べぇつにひーからっ……じゅじゅっ……ぃつでも……る…ぷあっ……いつでも出してよ……んむ……」 「ざけんな、おまえ、いつも連チャン要求するだろうが。勃たなくなっても、技使って無理やり……! アレは精神的にも肉体的にもキツイんだぞ。次の日ちんちん痛ぇし……だからちょっとでも抑えとかないと……て……うぁ、こら……ッ」 「ふるふぁいなぁ……ひーじゃぁあん……ふぁって…ふぁって……じゅちゅ…んぐ………ふぁ…あたしが…あんたにしてあげられるの……これぐらいだもん…………はむっ……れる」 「――――」 「ね、出してよ。いっぱい。……どこでもいいから。んっ……じゅ、ふ、口でも…顔でも…髪でも、身体でも。好きなだけ受け止めてあげる――」 むずむずと下半身に射精の衝動がこみ上げてくる。私はあきらめて、 「そろそろ出る」 と言った。ブランカは一旦、口を離すと、 「うん、どこがいい?」 わずかに弾んだ声を出した。 「あー……とりあえず口。それから本番させて」 「わかった。いっぱい出して。ちゃんと飲むから」 再び、口唇による愛撫が始まる。先刻より一段と激しい、情熱的な愛撫だった。 「ふ…うん……む……じゅ…!」 「……出る」 「…ふん…出ひて…」 私はあっさりと衝動を解放した。……一瞬、眼の奥で閃光が走った。 ドビュ! ビュク、ビュク……! 猛烈な勢いで吹き上がった白濁が、ブランカの喉奥をしたたかに打つ。 「んん〜〜〜〜ッ」 くぐもった、苦しそうな声。それでもブランカは口を離さなかった。 喉をならし、精液を飲み下してゆく。射精中、さりげなく陰嚢をやわやわと揉みしだいてくれた。 「くっ……んんっ……ごく……こく…」 「…ッ……ふぅ……」 脱力する。 ……少しばかり油断していたのかもしれない。ブランカの飲精を体の隙間から眺めながら、 「いつもそうして……他のヤツにも求められれば、飲んでた?」 私はそんな――とても下らない質問をしてしまっていた。 「んく? ……んぐ……ぷは……へ? …えーと」 「…あ。わり、今のナシ」 慌てて取り消す。しかし、もう遅かった。 「なんで? 気になる?」 髪をかき上げ、こちらを振り向くと。ブランカが不思議そうに訊いた。 「いや、まぁ…」 「へぇ…」 ニヤ〜ッと、嬉しそうな笑み。胸の中に後悔が浮かんだ。 「そっか。あんたもそういうの、やっぱ気になっちゃうんだ」 くるり、と体をこちらに向けなおすブランカ。 「いやー…最後の最後にらしくないヘマしたねー。へぇ…あんたもそういう事言っちゃうんだ」 「…………」 「嫉妬とかさ、できちゃうくらいにはキテるワケか。……へへ。あ、なんだよ、そんな拗ねなくたっていいじゃん」 「拗ねてない」 「いいじゃん、別に。そこまで憮然としなくったってさ」 「してない」 「怒るなよー。……ほら、機嫌なおして」 細い指が私の肩から手にかけて、ゆっくりとマッサージしてくる。同時に真っ赤な舌が、私の首筋と頬をペロペロと舐めた。 「おま…! 精液飲んだ口で…」 「だいじょぶだいじょぶ。あたし、あんたのもう何回も飲んでるけど平気だもん。別に汚くないよ」 そういう問題ではない。 「……えへへ。嬉しいなー。そっかー、嫉妬かぁ」 「はぁ……そいつは良かったな」 身体の上ではしゃぐブランカの頭を撫でてやる。サラサラと紗のような金髪が手の中でこぼれた。 「うん……あ、一応言っとくと、他の人のは飲んだ事ないよ? そりゃ多少は入っちゃう事もあるけどさ」 「…そうなのか? 無理矢理、飲ませるヤツとかいないのか?」 「口で出したがる客は多いよ。……でも、飲んだフリして適当に出すのも技術(わざ)だから」 「…そうか」 「安心した?」 「ん…まぁ、な」 「大体さ、あんな得体の知れないモン、誰も好き好んで飲むワケないっての。……娼婦はさ、それが商売だから、仕方なくやってるだけで。……ま、あたしはそんなに嫌いでもないけどね、あの味」 「…………」 「だから、なんでそんな複雑な顔するかなぁ? もちろん、あんた限定の話だって。あたしはこれでも高いんだから。気に入らない客とはしないし、中出しとか、アスとか、そういうのもさせた事ない」 「…マジ?」 「うん」 驚いた。美人だとは思ってはいたが、そこまで仕事を選り好みしていられたとは。 「けど、いきなり出されたりしたら、どうしようもないのじゃないか」 男なんて欲望の塊だ。理性も状況次第で簡単に吹っ飛ぶ。まして、それを許さない相手ならなおさら。 「んー…でも大概の相手にはゴム使わせてたし。たまに倍払うから、生でさせてくれって客もいたけど。……あたし、カリの開き具合とか、震える感じで相手のイク瞬間が解るからさ。勢いで中で出そうとかするヤツは、大抵半殺しにして、タマ潰してやった」 「うわー…」 その相手に同情する。なんだか股間が痛くなる話だった。 「俺、よく無事だったな」 「ああ、そうだ。そういう意味じゃ、あんたが初めて。問答無用で中に出されたの」 「う、その話はやめろ」 「なんで? 別に嫌じゃなかったよ?……そりゃ挿れた瞬間出されたのには、ちょっとびっくりしたけどさ。しかも、あんなドバドバ。あ〜…考えてみると少し酷いよね」 「うっせーな! 仕方ねーだろ、初めてだったんだから」 「仮性包茎がまずいんじゃない?」 「ほっとけよ、日本じゃ多数派なんだよ! ダビデ像だって包茎だろうが!」 「いや、ミケランジェロと一緒にされても」 ……クスクスと笑う。 「でもさ…。良かったでしょ? 初めては…やっぱこう…“生で”とか“中で”とかあるじゃん」 言いながら、私の首筋に鼻先をこすりつけ、甘えてくる。今にも「クゥン、クゥン」と鼻を鳴らしそうだった。 私はクシャクシャと髪をかきまわしてやって。 「そうだな」 と、答えた。 尤も、それからゴムをつけた事すらないのだから、初めてもクソもないが……。 「……初めてさ。自分からしてみたいと思ったんだ」 ブランカが告白する。 ぐい、と。私は彼女を抱いたまま、上半身を起こした。 「あ、そろそろ本番いく?」 首肯した。 「ん」 頷き、ブランカはTシャツを脱いだ。下には黒のタンクトップ。それも脱ぎ捨てる。 ぶるん。 と、形のいい、それでいて大きな乳房がまろび出た。 「……あ…目がちょっと、いやらしくなった…ね」 「そういう仕様なんだよ、男ってのは」 豊かな双乳にむしゃぶりつく。 「ふぁ……ん……ホント、好きだね……おっぱい」 「大抵の男は好きだぞ、…む……ん…大きさの好みに違いはあれど、な」 「んん……あんたは……?」 「…俺はでかい方が好き」 「そっか……ん……良かった……ん…?」 「? どうした」 「ん、ちょっと待って」 そう言うと、ブランカは身体を離した。 ベッドを降りて、部屋のドアに――。 「あ」 そこで初めて、ドアが半開きになっている事に気づく。さっき彼女が壊したからだ。 ブランカの手が、軽くドアを引いた。 アジア系の男が三人、ドアの影に隠れていた。 「ヘイ。なにやってんだ、あんたら」 胸を隠そうともせず、問い詰めるブランカ。口元には微笑が浮かんでいたが、眼は笑っていない。 「よ、よう、ブランカ。……屋台で海南鶏飯(ハイナンジーファン)買ってきたんだけど、く、食う?」 男の一人が袋に入った料理を差し出した。 「オー、サンクス、もらっとく。……で?」 「あ、いやそれだけ…」 「そうかい、じゃあさ…」 言葉を切り、息を吸い込む。 「なんで、いつまでもそこでピーピングトムしてやがンだ! さっさと散れッ! 金取られてぇか!」 怒声を浴びせた。とんでもない声量だった。 ……男達は蜘蛛の子を散らしたように、慌てて退散していく。 「クソが。女欲しいならゲイラン行け、変態共」 外れたドアノブを思いっきりオーバースローで投げつけて、ブランカは吐き捨てた。 ……私は彼女のあまりの変化に正直ついていけず、股間を隠して固まったまま、ただ絶句していた。 ブランカはブーツを脱ぐと、部屋の隅に放り投げ、 「あー、あー…もう、なんて顔してんだよー。別にあんたにキレたワケじゃないだろ」 ペタペタと裸足で戻ってきた。 ギシ。 四つん這いでベッドに上がってくる。ベッドが軋みを立てた。 「そんなさ、泣きそうな顔しないで」 ちゅ。 額に軽いキス。 「……少し驚いただけだ」 「そうだね。ちょっと驚かせちゃったね」 「ガキ扱いすんな」 「してないって。…日本と違うんだから、驚いて当たり前だよ」 私は彼女の胸に手を伸ばした。 「ん……」 「お前は……俺なんかの想像もつかない人生を送ってきたんだろうな」 「……そうかな……別にどうだっていいよ……ん……あんっ……」 柔らかい乳肉をこねまわしながら、もう片方の手をブランカの股間に差し入れる。 「――!」 びくん、とブランカの身体が跳ねた。 「濡れてるな……」 指先に湿った感覚が伝わる。もう既にそこは私を受け入れる準備を整えていた。 「へへ……さっきからずっと挿れたいの我慢してたから……」 「そうか。……じゃあ」 「うん。…ちょっと待って、脱ぐから」 立ち上がり、私の目の前で、ショートパンツとショーツを脱いでいく。 ……顔前で、ショーツと股間に愛液が糸をひく様は、ついこの間まで童貞だった私を狂わせるには十分な刺激だった。 「――あうッ」 思わず、引きずり倒した私に。ブランカはわずかに「何すんだ」と、非難がましい目を向けた。 私はかまわず、ガーターベルトとストッキングだけを残した状態のブランカの肢体に、猛然と昂ぶりを打ち込んだ。 「ッ!?」 当然、彼女に痛みはない。…はずだった。 アソコは愛液で溢れかえって、まるで洪水だったのだ。 「――――ッ!!!」 ぶるぶると痙攣するブランカ。 「……あ、あれ、もしかして痛かったか?」 慌てて尋ねる。しかし。 「――ジ、ジーザス……このバ、カ……! い、いきなり奥までつっこむなぁ……。おかげで…」 「ああ、イったのか」 「! ……い、今、ちょっと勝ち誇った顔したな、コノ……!」 「うわっ」 しなやかな両足がやおら腰に巻きつき――あっという間に身体の位置を逆転された。 「……ちょおっと生意気かなー。……少し頭にきちゃったかも。…ふ、ふ」 嬉しそうな声。 キュん、と蜜壺が収縮した。 「う」 同時に、身体は動いていないのに、彼女の膣内だけがウネウネと蠕動を始める。 「へっへー……怒ったから、今日は久しぶりに本気出してあげる♪」 ペロ、と舌なめずりをして凄艶に笑った。 「あ、悪い。悪かった。謝るから勘弁してくれ」 「ほほほ、許さなくってよ」 「誰の真似だ、それ……く!?」 ほんのわずか。ブランカが腰を浮かしただけで、私のイチモツは信じられないくらいの快感を脳に伝えた。 「! な、なんだ、これ」 「……んふ。完全に飲み込んじゃった。……もう逃げられない」 意味は解らない。 しかし、それが真実である事だけは、これまでの経験から理解していた。 「あ、そうだ……あたし今日ね、危険日」 「な、何!?」 「あたしの周期って正確だからさ。多分結構な確率でキマると思うよ? なので、中出しする気ならそこんとこよろしく♪」 「おい、ちょっと待て…ッ」 「そんじゃあ、続きイってみよー。おー」 ブランカは騎乗位で身体をくねらせ、私はほとんど無理矢理に快感を引き出された。 (これってレイプだよな…) そんな事を考えながらも。負けじと、かすかなプライドを愛撫とピストンに代え抵抗する。 私を包んで支配する快感は、到底抗えるような代物ではなかったが、それでも簡単に放出する気はなかった。 ブランカはそんな私を慈しむように、 「あんッ……そんな顔、で、頑張られると……たまらない、よ……!」 キスの雨を降らせてくる。 瑞々しい果実のような胸が、ゴム毬のように跳ねる。 ヌチュ…グチュ、ズチュ。 卑猥な――ただ卑猥な水音が、ベッドの軋みにのって部屋を満たしていく。 私は懸命に射精の衝動を堪え、乳房を責めたて、腰を振った。 ……だんだんと、二人の間の空気が張りつめたモノに変わってゆく。 結合部から溢れた液体は、二人の興奮の度合いそのままに、白く濁って泡立っていた。 ほとんど陰毛のないブランカの性器。ペニスがそこを出入りするたびに、とば口からヒダがめくれ、引きずり出される。 ――その奥にある子宮に、自分の遺伝子を思う存分ぶちまけたい。……そんな欲望が加速してゆく。 「……あ…カリ…開いてきてるね……もう出したい?」 トロンとした目つきで、ブランカが言った。 「正直、出したい……つか保たねぇ、から……そろそろ抜いて」 「なん、で? ん……そのまま…出して、いいよ」 ブランカの腰は止まらなかった。ひたすらに快感という痺れを送り込んでくる。 ……こちらの意思に関係なく。 それはどこか。 暗い沖合いから訪れる海鳴りに似ていた――。 「それはマズイ。お前が妊娠する」 「ふッ…はッ……なんで、さ……いいじゃんか、孕ませれば、ガツンと…! 男らしく、キメちゃえば……あんッ」 私は首を振った。 「お前が、この先困る」 「そんな、事――」 荒い息をつきながらも、ブランカは夢見るように言葉を紡いだ。 「あたしは……証が欲しいよ。……あんた、の……おんッ、女だったって、証拠、が……ンンッ…」 「…そんなもの、お前が生きる助けにならねぇ…ぐ」 「なる、よ…!」 「ダメだ…どけ…って」 「や、だ…」 腕を首に巻き付け、激しく腰を揺すり。ブランカは私を絶頂に導こうとする。 ……降りる気配は、ない。 私は――。 「やめろっ」 ……思わず、ブランカを突き飛ばしていた。 彼女の秘所から、ペニスが抜け。同時に私の中ですさまじい快感が弾けた。 ビュビュッ…ビュッ――! 後ろに倒れ込んだブランカの身体に、精液が降り注いだ。 ネットリとした汚泥が、容赦なく髪やストッキングを白に染め上げていった。 「やめろよ…」 私は呆然と、呟いた。 「そんな事して……何になる」 ブランカは腕で目隠ししていた。頬に、涙が伝っていた。 「だって」 と、言った。弱々しい声で。 「だって…好きなんだ……あんたの事好きなんだ……忘れたく、ないんだ……」 私は溜め息をついて、彼女の傍らに座った。 サラサラの髪を撫でた。 「…泣くな」 …嗚咽が始まっていた。 ――翌日。 埠頭には、ブランカが一人で来ていた。 朝の空気はわずかに肌寒く、辺りには薄靄(うすもや)が煙っている。 あの安宿で知り合った気のいい連中も、ブランカに遠慮したとかで、途中で帰ったらしい。 彼女の顔は泣き腫らして酷い様子だったが、それでも、あの目に宿る野生の光は消えていなかった。 「じゃあ。元気でな」 頭を撫でてやる。 ……ブランカはさっきからずっと黙ったきりだった。 「おい、最後なんだから、なんか言えよ。……さよなら、とかさ」 私は苦笑し、そう言った。 「なぁ…」 ようやく、ブランカが口を開いた。 「おう」 「あんたに貰った金でさ。その……日本まで行けるかな?」 そんな事を聞く。 私は少し考えると、 「そうだな。……まぁ、大丈夫だと思うぞ」 と、答えた。 「本当…?」 「つっても、それからどうすんだって話だぞ。こことは金の価値も違うから、暮らすのは難しいだろうし、俺が日本に帰れるのは、まだ当分先の話だしな。……あ、観光なら出来っか。なんだ? 日本に興味でもあんのか?」 「…………」 「フ…。…んな事より、これからどうするか、しっかり考えとけよ。また早いとこ常連見つけねぇと、後々大変だぞ?」 「いいよ、そんなの」 「あん?」 「娼婦やめる。もうしない。……しんどくても、他の仕事で稼ぐ」 私はしばし呆気にとられたが、 「……そりゃあ、まぁ……お前が決めたんなら、いいんだけどな。……なんかアテでもあるのか?」 「今まで結構稼いで溜めてたから。……それで、なんとかする」 ぶっきらぼうに言う。 「そうか」 私は軽く頷いた。 「頑張れな」 ぽんぽんと、軽く頭を叩いてやる。 「…んじゃ、そろそろ時間だし、行くわ」 告げて、背を向けたところで。 「ねぇ」 呼び止められた。 「…ん?」 「初めて会った時。……狼みたいだ、って。あたしの事、言ったろ?」 「…ああ」 ――狼。 そう、確かに私は言った。 力強く、私にはない野生を感じさせる目。何物にもくじけない意志の光だ。 「あんたの印象――多分、間違ってない。……知ってた? 狼ってさ、一夫一妻なんだ。狼のメスはオスと結ばれると、オスを愛して、そして……何があろうと――…一生添い遂げる」 そして、すばやく私の耳元に口を寄せると。 「――――」 囁き、すぐに身を翻した。 走り去る。遠ざかっていくブランカの後ろ姿。 私は出帆の汽笛を聞きながら、その背中を茫(ぼう)と見つめた。 ……その言葉をかみ締める。別れ際に残した言葉を。 「待っててやがれ――ね」 私は苦笑した。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |