シチュエーション
![]() 金持ちという存在が妙な思考回路を持つようになることは、古今東西問わずちらほらと聞く話である。 十九世紀、銃器メーカーとして莫大な財産を築いたウィンチェスター家の夫人が、 家を増築し続けることで自らが販売した銃によって殺された者の怨念から逃れようとしたことや、 二十世紀初頭、若き石油王ハワード・ヒューズがバイ菌を異常なまでに嫌い、 ドアノブをあけるのに常に清潔なハンカチを重ねて触れ、石けんも新品を一回しか使わなかったなど、枚挙にいとまがない。 当然、そういった変人に類すべき富豪というのは現在にも存在する。 そう、つまるところ、俺のような奴とかだ。 「やあ、また来たよ!」 スラム街のど真ん中、俺、ジュリアン・エーメリーは趣味に興じていた。 目の前には、赤いセミロングの髪をした女が、廃ビルの壁を背に腕を組んでいる。 「あら、お兄さん……」 面倒くさそうな表情で彼女は振り向く。 彼女の名はルビー。 本名なのかは知らないが、このスラムの、とりわけ立地条件の悪い場所で客を取っているストリートガールだ。 身長160センチほどの身体には、適度に肉がつき、そしてその大きな胸が目を引く。 大きく胸元が開き、ミニスカから覗く脚は身体のラインに強弱をつけるロングブーツへ続いている。 化粧は濃く、革ジャンを肩にかけたその姿は、誰がどう見ても乱れた印象を抱くに違いない。 「……今日は何のご用?」 「うーん、そうだなぁ。とりあえず一回抜いてもらおっかな」 「ふうん……オーケイ。じゃあ、前払い」 ルビーは気だるげに手を差し出した。 俺は財布から数枚の札を取り出した。 このあたりの街娼の1プレイとしては相場よりも少しだけ高めの金額だ。 「毎度……」 ぞんざいな仕草で彼女はショルダーバックに金を入れる。 そして、廃ビルの更に奥へと歩いていく。 俺はその後を追い、そして立ち止まった彼女の背中を抱きしめた。 「あ……」 薄暗い路地裏で、ルビーが甘い声を発した。 演技がかっていない素の声は好きだ。 「ちゅ」 「あふっ!」 安物のイヤリングをつけた耳へ舌を這わせる。 その大きな乳房へ服をたくし上げて手を伸ばし、存分に揉みし抱く。 若く、弾力のある揉み心地。 やはりこの街の街娼ではかなりレベルが高い身体だ。 言うなれば、ダイヤモンドの原石。そう、これは俺の趣味の楽しみの一つでもある。 自分しか知らない宝石を見つけた時は胸が躍るものだ。 彼女の身体を楽しんでいると、彼女が後ろ手にジーンズのチャックを外した。 「熱いわ……」 紅潮した頬で、俺の勃起したペニスを握る。 赤いマニキュアの眩しい指先が、そっと上下する。 こちらも負けないように彼女の股間へ手を伸ばし、彼女の秘所を愛撫する。 あまり感情を表へ出さないが、ルビーも確かに感じているのが愛液で確認できた。 よーし、いいぞ。 まだ会った回数はこれを入れて三回と少ないものの、そろそろうち解け始めるきっかけを作ろう。 俺は思いきって彼女の耳元で囁いた。 「な、なあ」 「何よ?」 「スマタしていいかい?」 「ダメ」 即答だった。 「トホホ……」 がっくしとうなだれると、ルビーはため息をついた。 そして、仕方ないわね、と小さく言ってこちらに向き直った。 気分を損ねたかな、しまった、と一瞬思ったが、彼女は少し躊躇いがちに言った。 「じゃあ、お口でなら」 「え?」 「あむ……」 ほとんど有無を言わさず、彼女はペニスをその小さな口へと運んだ。 「うっ!?」 生温かな感触が背筋を駆け上ってくる。 「ん……ん……ん……はぁ……あむ……ふぁ……」 ぶっきらぼうな態度だが、舌技は巧みだった。 本番をしたがらないタイプの娼婦なのだから当然といえばそうだが、 それでも手でしか許さなかった今までに比べればかなりのサービスだろう。 そんなことを考えながら、俺は跪いた彼女の顔を見つめる。 媚びた表情でないのが殺風景だが、こうしてじっくりと彼女を鑑賞できるのはありがたい。 俺は今更ながらに彼女が年齢を詐称しているだろうと感づいた。 白い肌に濃いめの化粧はよく映えるが、じっくりと見ればやはり彼女はまだ少女の面影が強い。 少なくとも自称通りの二十歳はないだろう。おそらく、三・四歳は多く鯖読んでいる。 事情は色々と考えられるが、今そのことを尋ねるのは無粋というものだ。 それよりも、ちょっとした進歩を今は楽しみたい。 「ああ、気持ちいいよルビー」 「ちゅぷ……ちゅぴ……ぷはっ 言い忘れたけど」 「え?」 「口の中に出したら殺すから」 「……了解」 野生の豹のような目で射すくめられては萎えてしまいそうだ。 が、それから彼女はよりいっそう激しく責め立ててくれた。 「はっ……はっ……ちろ……ん……」 「ああ、ルビー、俺もう!」 「ぷはっ!」 ルビーがペニスを口から放し、両手で射精前の脈動を始めたものを包み込む。 次の瞬間、熱い精がほとばしる。 「あんっ!?」 勢いよく放たれる精液に、彼女が一瞬驚いた。 しかし、なんとか全てを受け止めようと、両手で暴れる男性器を挟み込む。 それが刺激となって、絶頂感はピークを迎えた。 「う……おお」 最後の射精が終わると、俺は脱力して肩の力を抜いた。 彼女のサービスの種類にしては気持ちよかった方だ。まあ、上々だろう。 「いっぱい、出たね」 彼女が今日初めて笑みを見せた。 それがまだ安堵の笑みなのが心苦しいが、しかし笑みを得たのは上出来だ。 一日に何回もがっついては最初の内はよくないだろう。今日はもうおしまいだ。 ・ ・・ ・・・ 「……ねえ」 片付けを終えて元の場所へ戻ると、彼女が背中に声をかけてきた。 「何だい?」 「どうして私のところにいつも来るの?」 「嫌なの?」 「……そうじゃないけど」 「じゃあいいじゃん」 「う、うん」 彼女自身、俺の存在を疑問に思っているようだった。 まあ無理もない。 彼女は素材はいいのに、その扱いにくい性格のせいと、 訳ありそうな外れの場所で立っているせいもあって客は少ないに違いない。 自分のようなリピーターが珍しいのだろう。 「また、来る?」 今まで去る者を追わないような雰囲気だった彼女が、そんな言葉を口にするのは珍しい。 俺は振り返り、にっと笑って答えた。 「本番させてくれるんなら、毎日だって来るよ」 「死ねアホっ!」 中指を立てた彼女の声が、人気のない廃ビル街に響いた。 金を介してしか恋愛のできない、俺の趣味を理解してもらえるのはまだ遠そうだ。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |