めいこと高坂(非エロ)
-3-
シチュエーション


「そういえば昔、『かわいくない』って言われた事があるんだけど」
「え…南さんが?」

有り得ない、というような口調で聞き返す高坂だが、そもそも昔の私は、今みたいに可愛いと言われるような人間ではなかった。
性格はサバサバしていて、学級委員なども積極的にやって、友達も男の方が多かった。
特に小学校の頃は髪も短くて、日が暮れるまで外で遊んでばかりいたような子供だった。

言葉を続ける。

「何年か前までは私の姿や性格が、可愛くないから、うんざりして捨てたっていう意味だと思ってたの。でも、最近分かったんだ」

あの綺麗な笑顔が頭の片隅によぎる。

「あれは、自分の子供としてかわいく思わないっていう意味だったんだと思う」

何故、彼女が子供に対して異常なまでに愛情が沸かなかったのか。分からない。
昔の私は必死だった。
どうにか気に入られようと、希望を繋ごうと必死だった。
でもそれは無駄で、私が相手にされないのはどうしようもない事だった。

「だからもういいの。私は今に満足しているし、そんな事全部過去だもん」

無理にまとめ上げたが気持ちに偽りはない。
全て過去の事で、終わった事なんだ。

「……」

話し終えると、少し気持ちが落ち着いた気がした。
高坂は私が話し終わっても黙り込んでいて、いくらか経った頃、不意に呟いた。

「南さんはいつも強いよな」
「はは、そんな事ないよ」
「いや、強いよ」

高坂は私の方に顔を傾け、じっと目を見つめていた。

「だから心配になるんだ」
「…大丈夫だよ」

禁止と言われてたのに、うっかり「大丈夫」という言葉を口に出してしまった。
しかし他に言う事なんて見つからなくて、更に言葉を重ねてしまう。

「大丈夫だったら」
「じゃあ」

高坂の様子は何だかおかしかった。
彼は今まで見た事ない様な思い詰めた顔で、私に尋ねた。

何でさっきあの人の前で震えてたんだ。

「っ」

ギクリと、勝手に体が反応する。
じわりと切迫感が押し寄せる。
高坂はかつてない程饒舌に私を追い詰め始めていた。

「だって南さんが自分の気持ちや現実に納得してるのは分かるけど、やっぱり辛い事には変わりはないんだろ?」
「いや、でも大丈夫だよ。大丈夫だから」

「そんな時位、誰かに甘えたって罰は当たらない筈じゃないか?」
「大丈夫だってば!」

ああ、一緒だ。
いつかのあの時と…一緒だ。
また私は私の中に入ってくる高坂を拒もうとしている。
私は高坂の事が好きなのに。好きな人にさえ私は。
高坂は。

「大丈夫じゃないよ!」

乱暴に私の両肩肩を掴み俯いた。

「気になるし心配だよ」

「俺は…南さんの事が好きだから…」

体中。
血が逆流したかのような感覚を覚える。

「…っ」

怖い。怖い。
私に入って来ないで。
私は。


気が付くと私は高坂の手を引き剥がし、全力で逃げ出していた。
心にある何もかもが、黒い沼に沈んでいく。
誰かが私の中でせせら笑っていた。
歪な私には何かを掴んだり、望んだりなんて、おこがましい事だったんだ。

「皆、おはよう〜っ☆」
「あっめいこちゃん」
「おはよー!」
「南さんは今日もヤバいな…」
「ああ…あの愛らしさは世界遺産に登録すべきだな」

そして日常が始まった。

全ては以前と同じように、これからもそうであるように、退屈で歪んでいる。

「…めーちゃん」
「あっ香織おはよ〜☆」
「…目が死んでる」

…本当に要らん事に気付く奴だな。

会話にお構いなしに、いつも通り菜々子とマユが割り込んでくる。

「何々昨日のデートはどうだったのよ〜うらうら」
「楽しかったですかあ〜?」
「え、デートじゃないよぅ?それ以前に私高坂君好きじゃないし☆」

一応可愛さMAXで切り返してみたのだが、ものの見事に二人は固まった。

「は?めいこ何言って…」
「も〜勝手に決めつけるんだからっ。高坂君にも迷惑なんだからねっ///」
「え、いやいやいや」
「じゃ、私先生に呼ばれてるからいってくるねぇ〜♪」
「ちょっめいこ?!」

二人の反応を待たずに席を立ち、声を聞かないように足早に教室から抜け出す。

「……」

この私が、逃げている。
変に惨めな気分になって、じわりと目の端に涙が滲んだ。
でもその涙は相変わらず、自分の為に流されてるんだ。

「多分めーちゃんはお母さんに言われた言葉が原因で、『かわいい』の意味をはき違えてあんな風になった」

彼女は淡々淡々と話す。

「…時期も悪かった。あの頃めーちゃんと私はいじめに遭っていて、めーちゃんの家庭も崩壊寸前だった」
「…相田さんは何でそんな事まで知ってるんだ?」

そして何故俺に、そんな事を話しているんだ?

またしても昼休み、俺は相田さんに屋上へ呼び出されていた。

『ちょっなにす、うわっ!』
『……来て』

…呼び出されたと言うより、連行されたに近いか。
相田さんに引きずり出された時、クラス中が注目していたけれど、やはり南さんは俺に見向きもしなかった。
でもそれも今となっては仕方ない。
俺は、南さんの信用を裏切ったんだ。

相も変わらず飄々とした面持ちで相田さんは答える。

「…前に詳しく調べさせたから」
「誰にだよ…」
「家の者…」

いやに空恐ろしい響きを持つ言葉を放つ。
そういや南さん、相田さんは金持ちだって言ってたような…。

「引っ越しが決まってからも私はめーちゃんが心配で、めーちゃんの引っ越し先に着いて行って、今まで一緒」
「着いて行くって…無理だろ普通」
「うちの家はそれ位は出来る…」

……どうやら洒落にならないレベルの金持ちらしい。

「…めーちゃんは滅茶苦茶うざがったけど、私は行く必要があった」
「なぁ、何でこんな話を俺にするんだ?」

相田さんと話している時の俺は、常に疑問と疑念でいっぱいだ。
相田さんはいつだって謎解きのように偏った情報だけ言って、他は何も語ろうとしない。
彼女は一見南さんの味方の様で、実は何か友達だからという理由以上の意図があるような気がしてならない。

「…どうせめーちゃんが怖がるような告白をして逃げられたんでしょ」
「なっなんで」

まさかあの日相田さんの監視が付いていたのか?いやでもまさかいや相田さんならやりかねない。

「そんなのめーちゃんの様子みたら分かる…」
「…そうか」
「高坂君に話すのは、高坂君なら今のめーちゃんを変えられると思ったから…」

私では出来ないから。と、相田さんはふと視線を落とす。

「だからまだ諦めないで…まだめーちゃんは高坂君を嫌いになんてなっていない…」
「そんな事言っても…俺はもう告白されてフラれてるんだぞ?」
「…めーちゃんは自分に好意を持ってくれてる人間を嫌いになんかならない」

相田さんの声の調子が急に強くなった。

「だからめーちゃんは昔の私を見捨てなかった。過去を知る私が隣に居続けてる今も…」
「相田さんは…」

何でそこまで南さんの為に一生懸命になるんだ?
俺の質問に、相田さんは一言答えた。

「贖罪」

めーちゃんの幸せが私の幸せだと、彼女は小さく笑った。

高坂と関わらなくなった日々は、何もかもが色褪せてみえた。
幸いな事に緑会のクラス内発表は済ませた後で、後は後日行ったインタビューを付け加えれば完成と言ってもいい状態に仕上がっていた。
事務的な内容だけをメールで送り、出来るだけ接触を避け続ける日が続く。
全校集会での発表まで後数日、となってもその状態は続いた。

「さっきのアイツのにやけた顔見た?馬鹿みたいにまた騙されてやんの」
「……」
「でもアイツ押さえといたら学校でもやりやすくなるしね、ホント頭悪い奴ばっかで助かる」
「…めーちゃん」
「ん?」

気が付くと、香織は悲しそうな目で私を見ている。

「めーちゃんじゃない…」
「は?」
「…めーちゃんは高坂君と仲直りするべき」
「うるさい」

席を立ってそのまま教室を去るが、香織が追ってくる様な様子はなかった。
私は、助言してくれる友達まで失ってしまったようだった。


「バイバイめいこちゃん」
「うんっバイバイ〜っ!」

反比例して、馬鹿女の演技ばかりが上手くなる。
最近はとうとう、私のファンクラブが出来たらしい。
どうでもいい、知ったこっちゃない。
私の利益になるようなら放っておくし、不利益になるなら潰すだけだ。
めーちゃんじゃないとか香織は抜かしていたが、私は昔からこうだったじゃないか。
人の事を見下すのが大好きな、裏も表も最悪な馬鹿女で上等。
それでいい。それを望んだのは他でもない私なんだ。

―――――――――――――
〈宛先〉 高坂誠一
〈件名〉緑会について
〈本文〉
パソコンに送って貰った資料確認しました。
発表はこの前決めた流れ通りでいいよね?
明日はよろしくお願いします。

めいこ
―――――――――――――

「こら!ご飯食べてる途中に携帯いじらない!」
「もう終わるって。緑会の事なの」
「緑会?」
「発表明日なの」

とうとう発表前日まで、まともに話をしないまま来てしまった。
夕食時、かに玉を前にメールを打つ私を窘めつつ、隙あらば姉の分まで食い尽くそうとする真以子の箸をしっかり押さえ、母親は「ああ、あの子!」と笑った。

「お母さんが面白いって言った子ね」
「面白いって…」

そういえば、この前高坂がキレてしまった件、あの時は母親に怒られるどころか「面白い」で済まされてしまっていたんだった。

「どこが面白いのよ、あんなのただのバカじゃん」
「バカでも言える割にはめいこ、あの人に何にも言えないじゃない」

じゃあおねえは大バカだね!と口周りを汚しまくった真以子にまでボロカス言われる。

「お母さんはああ言って貰って、すっとしたわよ?」

山下さん腹黒だからね、顔笑ってても絶対キレてるわよあれは。
何て爆笑しながら、母親はかに玉をよそって私に渡す際、一言添えた。

「あの子はいい子よ、あんたみたいな悪い子にはピッタリ」


お風呂を出て、いつも通りコロリとベッドに横たわる。
明日は発表なんだから、嫌でも高坂と話さなきゃならない。

…本当は、嫌という訳じゃない。
だって今回も悪いのは全部私だ。
高坂に告白されたのに、私はまた逃げ出して、それから今までずっと逃げ続けている。
私が高坂を好きな気持ちには変わりはない、でも…自信がない。
本当に好きになってもらう自信が。正面から向き合える自信が。

「…考えたってもう遅いか」

なんてひとりごちた時、それは唐突にやって来た。

ピリリリリ!

「はわっ?!」

携帯がけたたましく着信音を告げ、慌てて画面を開き、次の瞬間目を見開く。

〈高坂誠一〉

画面はそう告げていた。

きっと緑会の事だ。出なければ明日の発表に支障をきたす。出ないと…。

「…っ」

ピッ

逡巡する自分ごと断ち切る為に、意志と関係無く、ボタンを容赦なく押す。

『あ…あー南さん?』

聞こえてきたのは妙に懐かしい、高坂の声だった。
とにかく体裁を繕いがてら、挨拶をしてみる。

「う、うん。こんばんは」
『あ、こんばんは』

「……」
『……』

「…な、何かな」
『あっ!えっと』

電話だと更に埒があかない高坂だった。

『最近話せてなかったから言いそびれてて…でも当日までには言っておきたかったから』
「…何?」

それはよっぽどの事だろうと、自然身を固くして発言を待つ。
そして高坂は言った。

『明日頑張ろうな!』
「ぶっ」

………。
……こんな状況でさえ、高坂が天使に見えてきた。

『え、何?どうかした?』

高坂は、良い奴だ。
高坂には、私を無視したりなじったり問い詰めたりする権利がある筈だ。
なのにこいつは何も言わない。
それは馬鹿だからじゃない、高坂が優しいからだ。
ならば、私はそれに答えるべきだ。

「うん…明日、頑張ろう。これまで一生懸命二人でやって来たもんね」
『だよな』

嬉しそうに返事をした高坂だが、ふと思い出したようにまた切り出した。

『あ、そういや明日サプライズがあるから。楽しみにしといて』
「へ?」
『じゃあまた明日!おやすみー』
「え?あれこうさ」ツーッツーッツーッツーッ…

返事をする間もなく電話は切られ、暫し呆然とする。

「…は?」

今の電話は…結局何だったんだろう。
いくら考えたって、純真清らかに高坂が考えてる事が私に分かろう筈もなく。
結局その日は、また悶々とした夜を迎えたのであった。

嫌味かと毒づきたくなるような大晴天の中。
全校生徒は体育館に引きこもり、10代の若者にとって最も関心が無いであろう議題について、ゴールの無い発表合戦を繰り広げていた。

「あ〜南さん…!あと2人で回ってくるよ…!」
「お前男ならドンと構えろバカ!」
「二人共 静 か にして下さい」

サプライズはすぐに分かった。
正門で聞き覚えのある怒鳴り声を聴いた時は、目眩を感じたほどだ。
妹尾純は「どうしてもと言われ仕方なく」やって来たと説明したが、背後の高坂は必死で首を横に振っていた。
どうやら私達の発表がトリなのを良いことに、長々と喋りに来たらしい。

「めーちゃんもうるさいよ…」
「そーだそーだ」
「そうですねぇ」
「…何で発表者しか上がれない舞台裏に香織達まで居るのかなあ?」

香織はきっぱりと「保護者」と答えた。
頭痛がしてくる…。

妹尾純が勝手に来たのも、香織達が乱入してるのも、まあいい。
問題は肝心の緑会の様子だ。
一言で言うと、思わしくない。むしろ予想出来た事態だ。
1日潰して全クラスの発表をするのだから、途中でダレたり眠くなったりするのは大いに理解出来るが、一番耳に付くのが喋り声だった。
もし、私が緑会委員でなくて、また緑会委員でもマジメにやってなかったら諦めもついただろう。
だが、時間が経つにつれ大きくなってゆく声と、注意がおざなりになってきた教師を見るにつけ、何とも言えない腹立たしい気持ちが湧き上がって来る。
しかし、そんな自分を不思議にも思う。
以前の自分なら、絶対にこんな事で苛立ったりしなかった。むしろ喋る方の立場に居たのだから。

高坂がうわずった声で手招きする。

「みっ南さん、来たよ順番!」
「よし、がんばろ!」
「おう頑張れ!」
「妹尾さんも出るんですよ…」

様々な問題を抱えつつも、こうして私達の発表が幕を開けた。


結論、南めいこファンクラブが一番うるさい。

…潰しておけば良かった。

発表自体は非常にうまく行っていた。
行っていたが、騒音の方も順調にボリュームを上げていた。
喋ってくれている高坂の声が隣の私にさえ聞き取れない所がある。
妹尾純に至っては、学生の問題は学生で始末しろとでも言わんばかりのシカト状態だ。
よく見れば、熱心に聴いてる生徒も、熱心ではないにせよ聴いている様子の生徒だっている。
それを凌ぐ騒音、時折聞こえてくる「めいこ様!」「今日も麗しい」とか言う声やシャッター音が、神経を逆撫でしていた。

「…」

何で私は、そんな奴らの前で、我慢したり笑顔を向けたりしなきゃならないんだろう。
そんな余計な感情を必死で押し殺し、私は高坂の補佐に回る。
高坂は一生懸命喋ってくれている。私も手助けしないと。
笑顔を向けつつ、写真をスクリーンに映す作業を再開する。
その時ふと、誰かの話し声が耳に流れ込んできた。
その言葉だけが妙にクリアに聞き取れた。

「こんなん真面目にやってバカじゃん?」

…バカ?
ブツン。
頭の何かが切れた音がした。

南さんが突如マイクを奪い取り、俺を壇上から蹴り落とした時は頭が真っ白になったが。

「お前らいい加減にしろボケ!!!」

彼女の第一声を聞いて、気絶しそうになった。


体育館には、今まで訪れた事の無いような静けさと、薄ら寒さが漂っていた。

「わざわざ外から私達の為に来て貰ってる人が居るんだよ!恥ずかしいと思えよ!っていうかちゃんと聞け!!」

全くもって正論を、南さんは怒鳴っていた。
誰もが身動きを取れず、南さんを凝視している。

「どうでもいい話とか思わないで…ちゃんと聞いてみろ!」

南さんの声は、震えていた。
真っ赤な顔で彼女はそう言い捨て、ぷるぷると小刻みに震えた後、マイクを壇上に投げ捨てると同時にその場を走り去った。

「………」

『ガン!ゴッ』とマイクが衝撃音を拾い、その後はまた沈黙が支配する。
と。

「全くその通りだな」

背筋が凍る様な…笑いを含んだ声が上がる。
妹尾さんは世にも凶悪な笑顔でマイクを拾い上げていた。

「何ぼさっとしてんだ、早くあいつ追い掛けろ」
「え、あ、」
「走れっつってんだろ」
「ハイ」

1秒で迫力負けし、とりあえず南さんが出て行った方へ走り出す。
背後から「じゃあお姉さんが今からお前らに、大切な地球環境と人間としての礼儀について話してやるな」なんて空恐ろしい声が聞こえたが、聞かなかった事にする。

舞台裏の出口まで来た時、扉の前に見知った人物が立っている事に気付いた。

「相田さん」
「めーちゃんは屋上だよ…」

相田さんはいつもの無表情だったが、何故か妙に楽しそうに見えた。
色々聞きたい事はあったが、場所を聞くや俺は部屋を飛び出す。
走りながら、きっと相田さんは一人で笑ってるんだろな、なんて想像が頭の隅によぎった。

おしまい。
もうオシマイだ。おしまい、おしまいだ。

頭の中で『南めいこ終了のお知らせ』が高らかに告げられる。

もうおしまいだ。

屋上の長い階段を無我夢中で登りながら、鍵を握りしめる。
鍵は飛び出した際「ここなら2時間は持つ」と香織に握らされたものだった。
他に行ける所なんてある筈もなく、震える手を抑えながら鍵穴に鍵を突っ込む。
鍵穴にガチガチと無意味に金属がぶつかり、ますます手を焦らせる。

ガチャリ。

やっとの事で開錠したと同時に「南さん!」と背後から声を掛けられ、更に血の気が引く。

「ちょっと待って!」

高坂は階段を登り、こちらに向かってきていた。

「こっ来ないで!!」

動揺の余り鍵を取り落とすが、拾う余裕すらなく扉に体当たりして中に逃げ込む。

ザアッ

瞬間、まるで雰囲気にそぐわない静けさが全身を覆った。
ビュンビュンと風が体を抜けてゆくのを感じる。

「きゃっ」

髪がバサバサと乱れるのも構わず、出来るだけ扉から遠くへ行こうと走るも、すぐに躓く。

「…南さん」

振り向いた先には、高坂が立ち尽くしていた。

「南さん」
「それ以上来ないで!」

もう失うモノなんて何も無かった。
高坂にも学校の皆にも、私の真っ黒な正体を露呈してしまった。

「…もう分かったでしょ?私はアンタが思ってるような純粋で可愛い女なんかじゃない、皆を見下しては笑ってる心の底から腹黒い奴なの」

破れかぶれで、高坂に言い散らす。
何もかもが…急速にどうでもよくなっていく。
流石の高坂も騙されたと怒っているだろういや、怒りを通り越して呆れてるかもしれない。
しかし何を言っても、高坂に反応は無かった。
そんな気まずさや恥ずかしさ、無気力感がどんどん私の口を回らせてゆく。

「大体最初から緑会委員なんて私はやりたくなかったのに。バカじゃないの、一人で頑張って」
「……」
「皆私なんかに騙されて、本当に馬鹿。馬鹿ばっかり」
「南さん訂正して」

ようやく高坂が口を開いたが、その声音は強い意志を帯びていた。

「…訂正?」
「『私なんか』、じゃない」

高坂は語調を強め、一歩私の方へ踏み出した。

「南さんはそのままの自分で十分なんだ」
「そのままの自分って何?…皆、他人に良いように思われたくて演技して暮らしてるじゃない。私がそうして何が悪いの」
「悪くないよ。それだって南さんなんだから」
「…?」

急に高坂が言ってる事が分からなくなった。
何が言いたいんだ?

「俺は南さんが好きで…俺の最初知っていた南さんは可愛くて、色んな意味で良い子なんだなって思ってた」

でも南さんと関わるようになってから、南さんの色んな面が見えてきた。と高坂は言った。

「南さんは普段は自分から言い出さないけど、何かするってなったら、凄く力を発揮出来る人だった」

高坂は喋り続ける。

「活動的でテキパキしてて、本当はズバッと物を言う人だって気付いた。甘い物が苦手な事も」

甘いモノ…気付かれてたんだ。
あの喫茶店でそんな所まで見られていたなんて、思ってもみない事だった。

「そういうのに気付いた時、俺は本当の意味で南さんに惹かれた。南さんに引きつけられるようなパワーを感じたんだ」

だから、南さんはそもそも自分が思ってるような嫌な奴じゃない。

「私がどんな人間だって…見下したり騙したりしていた事に変わりない」
「南さんはその『役』をやってて楽しい?」

思いがけない質問を受けた。
楽しいだとか楽しくないだとか、考えた事もない事だった。
中学を転校して、すぐにこういうキャラを私は作り始めた。全部生きる為に。
親や同級生から自分を全否定された私に迷いは無かったし、新しい自分を得る事で、全く違う人生を歩み始めたような気分になったのを覚えている。
そう、文句や違和感を感じながらも私は現状にこれまで満足していた。
高坂が私の歪みを気付かせるまでは…。

「…あんたに会うまでは、嫌いじゃなかった」
「人を見下すのはいけない事だと思う。優越感に浸ったり、そういうのは意味のない事だから」

だけどと高坂はまた続ける。

「南さんは今はもうそれに気が付いている。じゃあ南さんが南さんで居るままの理由なんて、それで十分だろ?」

いい加減辟易してきた。

「…もうあんたの言ってる事、意味わかんない」

「まあ要約すると、南さんはどんな南さんでも可愛いって事」
「うぐ」

瞬間、かぁああっと頭に血がのぼり、また目眩がぐわんぐわんと押し寄せる。

こ、この真剣な時に何を。
必死で反抗出来る言葉を探し、とにかく投げつける。

「どっどこが可愛いのよ…!もうおしまいよ!あんたのせいで全部ダメになっちゃったんだから!」
「うん」

ダメだ、全然理論的じゃない。私馬鹿みたいだ。

「あんたのせいで気付いちゃったんじゃない!あんたが馬鹿みたいだから、馬鹿みたいにいい奴だから」

ていうか私、馬鹿だ。

「俺は南さんが演じてると思ってるキャラも、アリだと思うんだ。自分を蔑んで変える必要は全くないと思う」

高坂はどこまでも、私を否定しなかった。
それは否定され続けた私にとって…初めての経験だった。

「それは相田さんだけじゃなくて、飯島さん達も分かってる事じゃないかな」

南さんだって本当は気付いてるんじゃないの、と高坂は私に問い掛けた。

「可愛くて天然なキャラも、毒があってキツいキャラも、全部紛れもなく本物の南さんの一部なんだ」

「何それ…あんた馬鹿じゃないの」
「うん、馬鹿だと思うよ」
「これ以上好きにさせてどうするのよ」
「うん…って、え?」

涙が勝手にぼろぼろと落ち始める。もう、限界だった。

「ちょっ南さん?大丈夫?!」

さっきまでの雰囲気はどこへやら、高坂は慌てて私の元に掛け寄る。

「もしかしてさっき転けた時にどっか打ったの?!ほっ保健室、先生を……!?」

私は膝を付いた香坂の体にきゅっと腕を回して、顔を押し付けた。
これ以上ぼろぼろな顔を見られたくなかった。

「み…南さん?」
「みるな」
「見るなって…」
「絶対だめ」

必死で言い含めて、顔をしっかりガードする。
心臓が早過ぎて、目眩がぐるぐると津波のように襲い掛かる。目が回る。

「…そうよ、そもそも全部アンタのせいじゃない」
「えっ俺?」
「アンタが優しくてカッコ良くて凄く良い奴なのが悪いんだ」

私は恨み言の様にぶつぶつと言葉を言い連ねる。
何か喋ってるうちに腹が立ってきた。
そうだ大体からしてコイツだ。全部の元凶だ。

「お陰で私は私じゃなくなった」
「…な、何か全然よく分からないけど…それも南さんだと思うから良いと思うよ」
「当たり前じゃない。私を誰だと思ってんの」

精一杯の虚勢を張るが、果たして通じているだろうか。
やっと涙が止まって、目元だけを高坂の胸から覗かせる。
高坂が居た。

「? 南さ」
「ん」

ちゅう。

口は恥ずかしいから頬にしてみたけど。
高坂の呆気に取られた顔を見て、自分の途方もない甘さに気が付く。

「…」
「…」

「…へ?あ、ちょ…えぇええ?!」
「ぎにゃあああああ!!」

やっぱダメだ、逃走するしかない!
必死でフェンスによじ登るが「南さんそっち地面ない!空気しかないから!」と呆気なく引きずり降ろされる。

「ぎゃっ」
「わ」

引きずり降ろされた勢いで体がバランスを失い、私達は思いっ切りアスファルトに倒れ込んだ。
図らずも、向き合った格好でお互いを見つめ合う事となった。
余りのことに、お互い絶句してその場を沈黙が支配する。

そのうち高坂が、ぽつりと漏らした。

「…何か、結局俺達二人とも馬鹿なんじゃないのか?」
「……そうだね」

何もかも全部、馬鹿馬鹿し過ぎる。

散々笑い転げた後、私達は真剣にこの後の対処を考え始めた。
私は馬鹿で腹黒くて弱いままだけど、当分このままでいいみたいだ。

詰まるところ。
皆を誤魔化しきれたかといえば、まあ9割は成功した。

教室に戻った私の目は(意図的な)大粒の涙で溢れていた。

「皆…!ごめんね!」
「め、めいこちゃん…」
「さっきのは一体…?」

皆の疑惑の目の中、私は説明した。

「皆が喋ってる様子を見て、悲しくて『何で聞いてくれないの』ってどうしようもなくイライラしてきて…」

実際説明は間違ってない。

私は、『南めいこ』の中に怒りを隠す事を止めた。
皆が知ってる南めいこという人格を変えないままで、少しずつ殻から抜け出したい。そう思ったからだ。

「気が付いたらあんな事言ってて…何であんな事言ったのか分からないの」

本当にごめんなさいっ!!と私は体を曲げて頭を皆に下げた。
弾みにぽろりと涙がこぼれ落ち、皆は慌てて私を慰め出した。

「めいこちゃんそんな…気にしないで!」
「私も皆喋ってたのどうかと思ってたしっ」
「妹尾先生の話で人生観変わったよ!」

この短時間で既に『先生』呼ばわりされてるアイツが何をやらかしたかは知らないが…。
上辺だけでなく様子を見るに、どうやら私は本当に許されたようで、予想以上に驚いてしまった。
少しでも素を出せば皆に見向きもされなくなると、そう思い込んでいた自分は疑心暗鬼に捕らわれ過ぎていたらしい。
そう思ったらまた涙が視界を覆い、更に皆を慌てさせる事になった。

9割成功したと前述したが、勿論残り1割にはがっつりバレた。
高坂には勿論だが、奈々子、マユ、妹尾純辺りは最初から私の本性を薄々感じていたらしく、大した驚きもなく受け入れられた。

「だって付き合い長いし」
「今更ですねー」
「…ああそう」

特に妹尾純に至っては「お前に草むしりを命じた瞬間、ドス黒いオーラをはっきり感じた」と切り捨てられた。
…あのアマいつか決着つけてやる。

さてその妹尾純だが。
誰に聞いても皆青ざめて首を振るばかりで、一向に何を喋ったのか謎のままなのはもう良いとして。
感銘(というか恐怖)を感じたらしい教師達が、妹尾純をアドバイザーに加えて来年度からの緑会活動の見直しを図るらしい。
あの女には『会社勤め』とだけ聞かされていたが、環境ビジネス主軸の企業に勤める、結構な地位の人間だったらしい。
アイツが絡むんだったら、来年から果てしなく草むしりやらゴミ拾いやら…とにかく現場の仕事になるのは間違いないだろう。
想像するだけでウンザリしてくるが、あの女がバリバリ全校生徒に檄を飛ばす様子を思うと、何故か楽しみに思えてきた。

ちなみに『自分を出していこうキャンペーン』の一貫として、調子に乗っている南めいこファンクラブを粛正する事にした。

『お前らちょっとこっち来いよ』
『え、めいこ様?ってぎゃああああっ』
『逃がさない…』
『え、相田さ、ぐわあああ!』

…そんな感じで。香織とタッグを組み、強力な体制が完成したと自負している。

「あっめいこ様!」
「お疲れ様です!」

今や奴らは私と香織を見る度、直立不動で敬礼する程だ。

まあ、そんな話は結局どうでもいい訳で。

現在。時計の針は4時を指している。
今の私は、バタバタと慌ただしく帰り支度をしていた。

「めいこ様!お帰りですか!」
「見たらわかるでしょっ」
「はいっすいませんでした!」

ファンクラブを適当にあしらい、とっとと荷物を詰め込む。
隣ではそんな騒がしさも全く意に介さないといった様子で、香織が何やら難しそうな本を捲っていた。

「…約束?」

無関心と思いきや、香織は活字から目を話さないまま私に問いかけてきた。

「うん4時に正門っ!」
「遅刻決定だね…」
「うっさい!じゃあお先ね!」
「いってらっしゃい、めーちゃん」

香織は本を見つめたまま、笑って私を見送った。

ダッシュで2分後。
正門が見えてくるのと同時に、お目当ての姿が瞳に映る。

「高坂君!」
「あ」

高坂がこちらに気付き、手を振って私を迎える。

「お、遅くなってごめんね」
「全然いいよ、走ってこなくても良かったのに…」
「ううん」

早く会いたかったから。というと、高坂は顔を少し赤らめて視線を逸らした。
出会った時は無表情ばかりだったのに、最近は沢山の表情を見せてくれるようになった。
そんな変化が嬉しくて、少し気恥ずかしい。

「じゃあ、そのラーメン屋さん行こうか」
「うんっ、あそこの激辛ラーメンは本当美味しいから!高坂君も絶対やみつきだよ!」

たわいもない話をしながら、私達は歩き出す。
そのうち高坂の手が私の手に触れ、そのまま手が繋がれた。

「…っ」

顔が赤くなるのを感じながら、ぎゅっと握り返して高坂を見上げる。
高坂は顔を真っ赤にして、私に笑いかけていた。






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