シチュエーション
「きゃっ?!」 「あっごめん!」 手が不意に胸にぶつかった。 それだけだった。 しかしそれはソレを、決定的に感じさせる出来事だった。 「あ、うん大丈夫だよ」 「わっ悪い、痛くなかった?」 「だ、…大丈夫」 「良かった〜、ごめんな」 「…あー……うん」 「ん?どうしたの」 「えっ…いや」 そう言う手は未だに私の右胸に置かれていて。 その無意識の仕草に高坂本人が気が付いたのは、ひとしきり彼が謝った後だった。 * 「いやもう…無意識って、素直って、本当に怖い」 「めいちゃん独り言乙…」 今日は中間試験の最終日。 やっと地獄のような試験漬けの日々から抜け出した私は、久々に香織の家にお邪魔していた。 「今日高坂君と遊ぶ約束じゃなかったの…?」 「何かバイトが急に入ったみたい」 話もホドホドに、お昼ご飯にと出された高級ステーキに必死で食らいつく私。 そんな光景をよそに、「そう」と香織は涼しげな顔でダージリンを飲み干した。 そこへ絶妙なタイミングで、お付きのメイドが追加の紅茶を注ぐ。 「それでめいちゃん…相談って何…?」 「………まあ、香織ごときには聞くまでもないような事なんだけどまあ一応参考に聞いてやってもいいかんじで聞くけど」 「高坂君奥手だから、Cまで行くのは難しいと思うよ…」 「う゛ぐっ?!」 最後の一切れに思いっ切り喉を詰まらせる。 散々咳き込み苦しみを味わった後、なかば腹いせに睨み付ける。 「お前は超能力者か!!」 「違う、観察力と情報量の勝利…」 香織は相変わらずの様子でティーカップを机に戻し、言葉を重ねる。 「急にどうしたの…?やっぱり襲われ」「ち、が、う!!」 それが無いから困ってるんじゃないか!!と口まで出掛かるが、堪える。 そんな事言ったらそれこそ香織の思うつぼだ。 「それが無いから困ってるんだろうね…」 「もう何も突っ込まない…突っ込まないから」 相談に乗って下さい。 そう言った時、香織の目がキラリと輝いたのは、多分気のせいじゃないだろう。 要するに、私は高坂の無意識アピールに死ぬ程当てられていたのだ。 付き合って何だかんだで早半年を越え、それなりに手とかぎゅっとか…キ、キスとかも嗜んできた訳だ。 でも私達はそこでピタリと止まってしまっていた。 原因は多分私よりも高坂にあり、そしてそこへ彼が至る理由は至極簡単だ。 『高校生にはまだ早い』 恐るべき正論。最早論理の暴力と言っても良いだろう。 いや、まだそれだけならいい。 高坂がきっぱりパッキリバッサリ主張するなら私も進展への諦めがつくし、 そもそも私自身急いではないから、逆に安心出来た筈だった。 しかし。 純粋過ぎる、素直過ぎる高坂の本能は、本人が気付かない所で遺憾なく主張し始めていたのだ。 「…で?」 「む、胸…」 「もまれたの…?」 「ちがっ…触られてちょっとぷにょって!それだけ!」 「…それが無意識なの?」 「………うん……」 とにかくタチが悪い。 今回の事は流石に極端だとは言え、似たような事はここ暫く続いていたのだ。 「他は…?」 「…キスの時なんかえろかったり…たまに何とも言えない目で物欲しそーにこっち見てる」 「…」 視線をふと逸らし、香織は考え込むように首を傾げた。 と思いきや、具体的な質問が飛んできた。 「…めーちゃんはどうしたいの?」 「どうって」 「やりたいの、やりたくないの」 「ぶっ」 アッサムを盛大に吹くが、香織の表情はピクリとも動かず、私を見つめている。 ああ…アレはハッキリした答え以外は受け付けない顔だ。 盛大に恥ずかしかったが、背に腹は代えられぬと、私は腹をくくる。 「…いよ」 「え…?」 「したい…かな」 「かな?」 「したいです!!」 怒りと恥ずかしさから顔が熱くなるのを感じつつ、怒鳴りつけた。 怖いけど、したい。………めちゃくちゃ怖いけど。 高坂が求めてくれて、私がそれを差し出せるなら…答えてあげたい。 何より私自身も、それを願ってるんだ。 「その心意気やよし」 数秒後、香織は時代がかった奇妙な言葉を吐いた。 「…へ?」 お前は今どの立場から物を喋ってんだ…? 私の困惑をよそに、香織はおもむろに片手を挙げ、パチン!と指を鳴らした。 途端に銀の盆と共にやってくるメイドの群。 「そんな迷える子羊にこれを授けます…」 「いやお前、何様?」 「折角画期的打開策を用意したのに要らないの…?」 「はいなんですか香織様」 香織は無表情のまま、とんでもない提案をして来た。 「…じゃあね、めーちゃんは高坂君に襲われるように仕向けたらいいの」 「…」 …その提案に一瞬考え込み、すぐに回答を出す。 「色仕掛けしたってアイツは絶対理性で抑えるし、そもそも私色気なんか無いよ」 そう。大体からして、そもそも私自身に色気が不足している。 私は今でも自分の事は超絶可愛いと思ってるが…いわゆるセクシーなタイプではないのは分かっていた。 胸は大きいけど逆に童顔を強調されてる気がするし、小さな背は子供っぽさに輪をかけている。 私が何をしようと、発情期でもあの高坂が何かしてくるなんて考えられない。 「私じゃ限界があるよ」 「『いつもの』めーちゃんならね…」 香織は妙に含みを持たせ、メイドの一人に手招きをした。 「これ、何か分かる…?」 メイドが持つ盆に乗っていたのは、ピンク色をした、2つの小さなプラスチックだった。 一つはスライド式の調節ボタンが付いていて、もう一つは丸みを帯びた何の付属品も付いていない、シンプルな形をしている。 何だろう? 全く予想がつかず、素直に降参する。 「分かんない」 「じゃあめーちゃん、自慰って知ってる?」 「へあっ?」 「………………」 「何その声…」 ………。 ………………思わず変な声を出してしまった。 …なんだって? 「よ…よく聞き取れなかったんだけど今なんて」 「だから自慰、通称オ」「わかった!!わかったから!!」 聞き間違いではないらしい…。 怒涛の勢いで疑問と困惑が噴出する。 「それが何の関係があるのよ!!」 「セクシーな要素が足りないなら補えばいい…」 「それがじっ…いと何の関係が」 「…セクシーに見えるのは、性的な欲求を高める要素を持っているから」 めーちゃんが自分の外面である容姿や体が子供っぽいって言うなら、内面を魅力的にして行けばいい。 自慰は女性フェロモン、つまり女の色気が最大に表れる時。 表情を官能的にさせ、内面から女が溢れる。 「これを利用しない手は無い…」 「じゃっじゃあまさかこれは…」 「相田コーポレーションの最新技術を駆使して開発したローターだよ…」 何やってんだ相田コーポレーション。 胸中での突っ込みも虚しく、香織はおもむろにソレを私に手渡そうとする。 「ちょっ、こんなの要らないって!」 「明日はこれ付けて学校に来ること…」 「はぁ?!」 「だって高坂君がその様子を見てないと意味がない…」 こいつ真顔でラリってる、絶対何かがおかしい。 香織は考え込むように、ふっと宙に視線を逸らし、再度真顔で提案した。 「そんなに怖いなら今日は練習すればいいよ…」 「わ、私がそんなもん怖い訳ないじゃない!」 「じゃあどうぞ」 ポン、と無情にも手渡されるローター。 「めーちゃんなら…全然怖くないよね?」 「…っ!」 挑発に乗ってしまったと感じつつも。 「使わなければいい」と心の中で弁解しながら、 とうとう私はソレを受け取ってしまったのだった…。 「アイスクリームあるわよー」 「後で食べる…」 お風呂からあがり、今日も今日とて色気も愛想もないトレーナーを着て息をつく。 「はあ…」 今日は最低な1日だった。 高坂とは遊べないし香織には変なもん渡されるし。 チラリと例の物が入った紙袋を見やる。 何故か保証書まで貰ってしまった…。 「…絶対使わないからな」 そうだ、何もそこまでする必要なんてない。高坂だって必要以上に色気を求めている筈がないし、何だかんだできっと私みたいなのがタイプ(な筈)だ! ピロリロ。 「ん」 不意に携帯がメール受信を知らせる。丁度バイトが終わる頃だから、相手は十中八九高坂だろう。 案の定、開くと高坂からだった。 今日も大変だったけど勉強になっただとか 次も頑張るだとか、生真面目な文章が並んでいる。 「そうだ…」 文章を眺めていて、名案を思い付いた。 もやもや考えてる位なら、この際高坂の好みのタイプを聞けばいいんだ。 パチパチと携帯を操り、気負いなく送信してみる。 ――――――――― おつかれ〜。 急でなんなんだけど 、高坂君って好きな 女優さんとか女のタ レントさんって居る ? ――――――――― よし、これで完璧。 ちょっと遠回しだけど、これなら何を聞かれても誤魔化しがきく。 高坂はなんて答えるんだろう…やっぱアッ○ーナとかしょ〇たんとか可愛い感じかな。 もしかしたら「南さんだよ」なんて言ってくれたりして…。 ピロリロ。 数分後、意外と早く返信が来た。 少しドキドキしながら画面を開く。 果たしてメールにはこう書かれていた。 ―――――――― 安めぐみ なんで?? ―――――――― 「………」 絶句。した。 「…安…?」 「セクシーじゃん!!タイプ違うじゃん!!」 「おねえうっさい!」 妹の声も虚しく耳を突き抜け、愕然と事実に打ち震える。 ………え? じゃあもしかして…無意識に我慢してるんじゃなくて…萎えてるのかな。 ………。 それって女としてマズくないだろうか…? 『セクシーになりたいなら努力すべき』 香織の言葉が追い討ちのように頭をよぎる。 私は、選択を迫られていた。 「んっ」 自分でした事は…あるといえばあるけど、ちゃんとした事なんて怖くて一度も無かった。 でも高坂の為なら…。 思い切って下着の中に手を入れ、人差し指でそこを上下にさわさわと撫でてみる。 「ひあっ」 緊張で更に敏感になっているそこは、指で触れただけでピクリと反応した。 「…っ」 目を瞑って指を少し差し入れながら、触っていく。 すり、すり。 「ふ…んん」 段々とそこは熱を帯び、じわりと快感が生まれ始めている。 「あ…ふぁ」 ちゅく、ぴちゃ。 少しずつだが、とろとろと愛液がそこから溢れだし、指に絡み付き始めていた。 「ッ」 そこで不意に高坂の顔が頭をよぎり、羞恥と興奮できゅうっとそこが締まって、更に指をくわえ込んでいってしまう。 「んん!…あっ」 いつの間にかそこはくちゅくちゅと愛液にまみれ、音を立て。全体が痺れるような快感に包まれていた。 下着は既に足首までズレ落ち、涙がうっすらと瞳に膜を張っているのを感じた。 「ふあ…もう…大丈夫かな」 した事があるのはここまでで、ここから未知の領域だった。 気持ちよさでボーっとする頭を何とか起こし、紙袋に手を突っ込み、ローターを取り出す。 プラスチックの丸みを帯びた部分がピカリと輝き、一瞬躊躇が生まれる。 でも、これを入れたらもっと気持ちいいんだろうか…。 高坂の為なのは確かだが、今の私はそれを忘れんばかりの快楽に捕らわれていた。 呆然と指でそれをつまみ、ズプリと溶けたそこへと沈めていく…。 ズブズブと異物が侵入していく感覚と、鈍い快感が体を突く。 「ひぅ…あ」 中に埋め込んで、スイッチを手探りで引き寄せ、オンのボタンを押した。 微かな振動音と共に、それは来た。 「ひああああっ!?」 目の前が真っ白になる感覚と共に、強い快感が体を突き抜けた。 ブブ、ブブブ…。 振動は体の中心で小刻みに震えたり、うねるように動いたり、私の中を傍若無人に動き回る。 「そんなかき回したら…あふっ、ああっ!」 最早そこは痛い程熱を持ち、どろどろと幾筋もの愛液が糸を引いてベッドを汚していた。 「あっ…ああっ、こっ高坂君っ」 絶え間ない快感が駆け上がるように登りつめる。 気持ちいい、気持ちいい、気持ちいい…!! 「あああああっ!」 そして私は。 そのまま頭が真っ白になった。 むくり。 暫くしてから、激しい脱力感をおして、私はベッドから起き上がった。 ばたばたと手を無作為に伸ばしてみるが、何も掴めない。 それ以前に私は何を取りたいんだったか。 「………鏡」 そう、鏡だ。 ずるりと布団から抜け出し、大きな鏡がある化粧台の前に立つ。 そこには自分とは思えない乱れた姿があった。 髪はくしゃくしゃで、目はぼんやりと潤んでいる。 頬は上気し、肌や唇はつやつやと艶めいていた。 これは…。 「これいける!」 これはどう考えても安っぽい!いやむしろ超越してる! うん、セクシー。完璧!明日はこれで学校に決定だろ常識的に考えて! …なんて妙なハイテンションで一夜を明かした私だったが…。 我に返った翌日。 「………」 「おねえ遅刻するよ」 「…………」 「おねえ〜」 「あああああもう!」 結局ローターを前にして、後悔と疑念に苛まれながら悩んでいるのだった。 SS一覧に戻る メインページに戻る |