おやすみなさいや、また明日ね、という挨拶で
日当たりの悪いこの部屋は、些細だけれど少し次元がずれるので
水で一杯にしたティーカップを、枕の傍に置いておく
眠りにつけば、世界を超えてフラグメントが撒きあがる
本の幽霊が湧きだす、文字や映像や挿絵が再構築されて踊りだす
まぼろしである彼等は、真摯なまなざしで窓の傍に集まる
わたしたちは出られない、窓の外へは出られない
ここで、だれかが眠りつづけるかぎり、窓硝子は通れない
半分だけ海に沈んだ星は、そのまま、ゆっくりと回転する
部屋中に流れだした思い出は、やがて悲しみと靄になる頃
レース地のオーロラが、緑色に似た光で冷めきった時間を温めていく
角砂糖のように真っ白で小さな氷と、はりさけそうな思いだけが、カップと心の底に残る