むかしむかし有るところに。
それはそれは美しい、女性と見間違う様な顔立ちの王子の像が有りました。
像のモデルとなった青年は、大昔の王子様で。
混乱に喘ぐ世界を救ったといわれる人物でした。
そんな経緯からその像は、『幸福の王子像』と呼ばれていました。
『幸福になった王子』
像の有る街には腕の立つ傭兵の青年がいました。
名をアイクというその青年は、鍛えた腕っ節を頼りに、非常に良い戦いぶりで有名でした。
ですがその日は調子に乗って闘技場へ行き過ぎて。
うっかり限界を超えてしまい命辛々逃げ出して来た所でした。
きずぐすりも金もない彼が、途方に暮れて座り込んだのは、幸福の王子の像の前。
なす術無くへたり込む彼の目に映ったのは、王子を彩る数々の宝石でした。
「少し借りるだけ…いや、何を云ってるんだ俺は!そんな事をするわけには…っ!」
像の持つ剣、はまった赤く煌めく宝石に。
思わず伸ばしかけた手を引いて。
アイクは青い髪をぶんぶんと振ってその考えを振り払おうとしました。
しかし、傷は思ったより深く、痛みは時間と共に増すばかり。
とうとう彼は、罪悪感に胸を痛めながらも、その宝石を売ってきずぐすりを買ってしまいました。
数日後、すっかり傷の癒えたアイクでしたが、心の重みは取れません。
なにしろ王子の像から拝借した宝石は驚くほどの高値で売れたのです。
しかもそのお金は殆どが、きずぐすりと治るまでの生活費に消えてしまいました。
妹と二人きりの貧乏暮らし。
日々を生きるのに精一杯な彼に、その宝石を弁償する余裕は無かったのです。
なんとか詫びだけでもしよう。そう思って彼は像の前にやって来ました。
「すまない、王子…だがとても役立った」
詫びというにはやや不躾な言葉を呟くと、どこからともなく声が聞こえてきました。
『そんな事謝らなくていいんだよ…それより、頼みが有るんだ』
「なっ!?だ、誰だ!?」
突然の声に慌てて周りを見渡します。
が、元々人目に付かぬ様早朝を選んで家を出てきたのです。
見渡しても誰一人として人影はありません。
すっかり困惑したアイクに、謎の声は応えます。
『僕はマルス…君の目の前に在る像さ』
「はぁ…?」
気に病みすぎてとうとう頭がおかしくなりでもしただろうか?
アイクがそう考えるのも無理はありません。
古今東西津々浦々、銅像が話しかけてきたなどと吹聴する輩は、総じて何かを企む悪人か。
はたまた精神を病んだ者だからです。
ですが、更に混乱しきったアイクに、畳みかける様に声が聞こえます。
『驚かせてごめんね…』
妙にしおらしい声で謝罪をした後、声はこう続けます。
『でも突然では信じられないかもしれないけれど、自分の知らない現象の全てをまやかしと決めて掛かるのは良くないよ』
「いや、なんで説教されてるんだ俺は…」
マルスと名乗る声の偉そうな態度にぼやきを口にすると、すかさず『信じて、って事さ』と返されます。
普通なら夢でも見ていると思う所ですが、根が素直なアイクはその声を信じました。
「わかった。お前が像だというならそうなんだろう。で、頼みとは何だ」
『うわ、ホントに信じたんだ…凄いね〜』
「信じて欲しいのか欲しくないのかはっきりしろ!」
むっとしたアイクがそういうと、頭の中に笑い声が広がります。
抗議を重ねようとしたアイクでしたが、そもそも自分は許しを請う立場なのだと思い返し、じっと黙りました。
『…いいね、君』
そんな様子に、ねっとりとした声でマルスは言いますが、その語調は単純なアイクには通じません。
誉め言葉と思ったアイクは気を良くして、大きく頷きました。
「俺はお前を信じるし、お前には借りが有る。お前の頼みとやらを叶えよう」
街の真ん中の石畳の広場で。紫の霧の出る早朝に。
アイクはマルスと名乗る銅像と、契約を交わしました。
マルスの頼みは実に簡単なものでした。
町の家々に、出来れば恵まれない家庭に、像に飾られた宝石を配って欲しい。
ただ、それだけです。
「本当に配ってしまっていいのか?コレなんか、かなり高価な品だろう…」
頭の飾りにはめられた紅いルビーを見上げて、アイクが尋ねます。
それでも頭に響く声は、少し笑ったような雰囲気でこう云います。
「いいんだよ…僕はヒトの役に立てるだけで嬉しいんだ」
普通の人が聞いたなら『うっわ…胡散臭…っ』位は思う所です。
が、生憎アイクは普通の人ではなくアイクだったので、勿論そんな事わかりません。
「解った、やってこよう」
単純で明快なアイクは、そういってしっかりと頷いたのでした。
それから彼は、沢山の人に宝石を配りました。
食べ過ぎでお金が無くなった桃色のボールに。
そろそろ重火器の弾が切れてきた傭兵に。
ポケモン達の餌代に困ったトレーナーに。
増えすぎたピクミンの肥料が追いつかない船長に。
宝石はどんどん減っていき、最後には頭の飾りのルビーだけ。
それを赤い帽子の配管工に渡すと、彼は涙目で礼を言います。
「有難う!これでまだ姫に捨てられずに済むよ!!」
どんな姫だと思いながらもアイクは、喜んでもらえて良かったなぁと笑いました。
「と、いう訳でだな、皆に喜んでもらえたぞ。」
あんたの望みも叶ったろう。
いつも通り人通りの少ない早朝に、銅像の前に立ち。
アイクはマルスに微笑みかけます。
すると、銅で出来たマルスの体が虹色に輝き、次の瞬間ぱぁん!とはじけました。
「な!?…なんだ!?」
あまりの眩しさに思わず目を瞑ったアイクの手を、細い指が触れました。
「アイク…ありがとう…君のお陰で僕は…本当の僕に戻れたよ…」
恐る恐る目を開けたアイクの視界に、夜明けの空気の様に蒼い髪と目を持つ、一人の細身の青年。
その姿は色付きとはいえ、銅像そのままでした。
「…マ…マルス…なのか?」
口をあんぐりとあけて思わず腰を抜かしたアイクが、へたり込みながら尋ねると、にっこり笑ってマルスは頷いてみせます。
「そうだよ、アイク。君が呪いの宝石を全て使い果たしてくれたから、やっと元の姿に戻れたんだ」
「もと、の、すがた…って?」
良くぞ聞いてくれました!という様な顔をして、アイクはポケットから一枚のシールを取り出しました。
「実はね…僕には銅像になる前、妻が居たんだ」
マルスが手にしたシールを覗き込むと、なる程、青い長髪を流した美しい女性が映っていました。
簡素ながら鎧を身に纏ったその女性は、麗しさと勇ましさを兼ね備えて見えます。
「シーダ…と書いてあるが…。コレがあんたの妻なのか?」
「うん…僕らはとても仲の良い夫婦だった…だが、あの日…僕たちに悲劇が起きたんだ…」
平和が訪れたアリティアの首城。
その城主であり国王でもあるマルスの自室には、その世界が長年を掛けて手に入れた平和にはおよそ似つかわしくない怒号が響いていた。
「マールースーさーまぁぁぁぁぁ!!?」
「ち、違う、シーダ!!誤解なんだ!!」
王妃シーダの瞳に宿る怒りの炎に、思わず土下座をして。
それでもマルスは、必死に弁解を試みた。
「ほら、部下の体調はキチンと把握しておく必要があるし…。そ、それにほら、コミュニケーションの一環で…」
「へぇぇえ?そうですかぁ、アリティアでは体調を確かめる為に夜の営みをなさるんですかぁ。存じませんでしたわぁあ」
嫌味たっぷりな笑顔でシーダが笑う。
妙に間延びした声と、カケラも笑っていない目つきに、マルスは思わず竦みあがった。
「いや、ほら…うん、なんていうか、文化の違いというか…ねぇ?」
「お黙りなさい!!ミネルバ王女や三姉妹、ニーナ様どころかチキにまで!挙句にカインやアベルにまで手を出しておいて!!」
シーダは怒りに、マルスは恐怖に身を震わせて、豪華な調度品の中をじりじりと距離を詰めていく。
土下座の格好のまま手だけで移動しながら、マルスはひたすら謝り続ける。
だが、シーダは最早聞く耳など持ってはくれなかった。
「問答無用です!絶対に許しません!!マルス様なんか、マルス様なんかぁぁぁっ!!」
「という、涙ナシには語れない夫婦の悲劇が起きてね…僕は銅像になってしまったんだ」
そっと目じりを拭うフリをするマルスに、さすがのアイクも思わずツッコみます。
「いや、それどう考えても自業自得だろう!!?だいたい、カインとアベルってあんたホm」
禁断の一言を言いかけたアイクの唇を、マルスの唇が塞いで。
そのまま深々と舌を入れられ、口内をかき回されてアイクは腰から崩れおちました。
「…ぷっは…、な、何を…!?」
のし掛かられて目を白黒させながら、必死に唇を離してアイクは叫びます。
「嫌だなあアイク。間違った事を云うからイケナイお口を塞いであげたんだよ?」
突然の事に二の句が告げないアイクに、たたみ掛ける様にマルスは言います。
「僕は男だけなんて、そんなストライクゾーンの狭い男じゃあないよ。ちゃんと年上から幼女まで、くまなく網羅してるんだからね」
だ・か・ら。
そう云って満面の笑みを浮かべて。
体重を掛けて押さえ込みながら、マルスの細い指は的確にアイクの体の中心を、胸から腹まで撫で下ろしました。
「ひ…ぅ!?」
驚きと嫌な予感でぶるりと身を震わせたアイクに、笑顔を崩さないままマルスは云います。
「勿論、君だってホームランコースだよ、ア・イ・ク☆」
「うあああああああああ!!や!!やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」
その日、早朝の街中にアイクの悲痛な叫び声がこだましました。
が、朝が早すぎて誰も起きて来なかった為、アイクの貞操の行方は誰も知る事はありませんでした。。
それ以降何故か、幸福の王子像は姿を消して。
代わりにアイクの家に、像そっくりの青年が住み着くようになりました。
が、それはまた別のお話で御座います。
めでたし、めでたし…(?)
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書き上げて一番最初の自分の感想が『酷すぎる…』だった一品です。
今更ながらマルスにも任天DOにも、オスカーさんにも土下座じゃすまないくらい詫びないといけない気がします。
勿論それらのファンの皆様にも、ね…。
でもこのサイトでは別に今に始まった事ではないので、まぁいいや。(良くネーヨ)
童話パロは面白いんですが、あんまり童話とか思いつかないので、『こんなのドーヨ』って作品がありましたら拍手で教えて下さると嬉しいです。