※マルス女体化ご注意下さい。
『チョコとミルクとマグカップ』
それは、甘くて美味しくて温かいモノ。
乱闘大会の試合も終わり、皆それぞれの部屋に戻った頃。
夕飯を終えたアイクは、マルスに呼び止められて部屋の前で待っていた。
空からは赤色が完全に消え去り、高く晴れた冬の空には満点の星が輝いている。
中央には高く昇った白い月が浮かび、その光を受けた乱闘寮は青白く染まっている。
部屋の扉をくぐり、月の光を背負ったマルスが、くるりと振り向いて手を差し出した。
「コレ、貰ってくれるかい?」
丁寧にラッピングされた包みを持って、はにかむ様な笑みを浮かべて。
マルスは控えめな声で言った。
白い柔肌がうっすらと薄紅色に染まり、伏し目がちな青い瞳は熱を帯びている。
いつも可愛いマルスだが、今日はいつも異常に可愛らしい。
「あ、ああ…!勿論だ!」
思わず半ば慌てて、細い手ごとその小さな包みを掴んだ。
すると一瞬だけ顔をしかめたマルスが、「ダメだよ」という。
「これはね、崩れちゃうとダメなんだ」
そういって「おいで」と手を取って歩き出した。
乱闘寮のキッチンは地下にある。
広く綺麗な食堂の先、立派で使いやすい厨房器具の揃ったキッチン。
そこは食事を作るのが趣味なマスターハンドをはじめ、選手誰にでも開放されていた。
一番奥にある銀色の扉を開くと、中は冷蔵室になっている。
マルスはそのドアポケットから、開封済みの牛乳を選んで手に取った。
「マグカップ取ってくれる?」
「二つでいいか?」
聞きながら自分の名の付いた物と、彼女の名の付いた物を探そうとする。
と、鍋に向かいながらマルスが首を振った。
「いっこでいいよ、君の分しかないから」
「何故?何だか解らんが一緒に飲んだ方が美味しいだろう」
モノを貰う立場で失礼な、と思われるかも知れない。
が、何かしら特別な物なら一緒に味わいたいと、アイクは思った。
そんな不満げな表情の恋人に、マルスは苦笑を返しながらマグにホットミルクを注ぐ。
「ごめんね、珍しいモノだったから一つしか手に入らなかったんだ」
謝られてしまったら、アイクにもそれ以上言うべき言葉は無い。
「俺こそすまん…。折角くれるものなのに…」
そういって素直に頭を下げると、マルスは優しく微笑んで首を振った。
弱火でゆっくりと沸かされ、自然な甘みを感じる乳白色の湯気を立てたホットミルク。
それだけでも十分に美味しそうで、アイクはすぐにマグを口に運ぼうとした。
が、その寸前にマルスの細い指が、アイクの手に重ねられた。
「まだダーメ。さっきの、貸して?」
言われて手に持ち続けていた包みを渡そうとして、はたと止まる。
「包みは、俺が開けてもいいか?」
どう使うものなのかは解らないが、折角マルスから貰ったものだ。
包みを開くときくらい、自分の手でしたい。
そう告げると、少しびっくりしたような顔をして、それから大きく頷いて。
「勿論だよ。そんなに大事に思ってくれてありがとう」
ぱぁっと花の咲くような笑顔で、マルスは言った。
ピンク色の薄手のビニール素材の袋を、改めて手に取る。
可愛らしいモノなど皆目解らないアイクでも、その模様がなんだか女が好きそうな感じだとは解る。
白と薄桃色のレースや、黒猫、それに色とりどりの傘や城が散りばめられた模様。
一目見てそう安いものではないと解る。
金額で愛を量りはしないけれど、なんだか凄く有り難い。
そう思いながら、口を縛る金色の針金をといていく。
それには小さなチャームが付いていて、四つ葉の植物が象られていた。
「それね、クローバーなんだよ。幸運のお守りなんだって」
「ふむ?そういうものなのか…」
さらりと一言礼をいい、袋を開ける。
きっと自分はこれから先何処にでもコレを持っていくだろうし。
簡単な言葉しか返さなかったマルスも、きっとソレを解ってくれている。
妙な安心感がとても心地よくて、だからこそ出てきたモノを見て、アイクはとても驚いた。
「!!?な…なんだこれは?」
出てきたのはアクリルの棒である。
青色に透ける棒。先端には茶色い塊が付いていた。
何処からとも無く甘い香りがして、その物体がどうやらチョコレートらしいと解る。
「棒つき菓子…か?」
なんというか、子供のおやつの様だ。
そう思ってまじまじと見つめていると、マルスがプッと吹き出した。
「違うよアイク。そうじゃなくてね…」
見てて?と声を掛けて、マルスの細い手はアイクの無骨な手を捕らえ、マグカップへと誘う。
そして湯気を立てるホットミルクに、チョコレートの付いた先端を鎮めた。
すると、ふわりと更に強くなった香りが、アイクの鼻腔をくすぐる。
思わずグゥゥと音を立てた腹に、マルスは楽しそうに笑って「そんなに沢山ないよ」と言った。
アクリル棒はどうやらかき混ぜるためのものだったらしい。
ゆっくりと混ぜられたホットミルクは、やがて丁度良い色に染まる。
躊躇いがちに口を近付けると、ミルクと混じったチョコレートの良い香りがする。
一口飲み込むと、最初に温かさが、次に甘さと程良い苦味がやってきた。
「美味いな」
簡潔に感想を伝えると、「良かった」と笑う。
その表情がたまらなく愛しくなって、アイクはちょっとした悪戯を思いついた。
「お前も飲むか?」
「うん、じゃあ一口…」
マグに伸びた手を掴んで。
驚く彼女の代わりに、一口分のホットチョコレートを口に含んで。
喋り途中だった薄く開いた唇に唇を合わせて、深く深く甘みを注ぎ込んだ。
「…美味いだろ?」
ニヤリと笑うと、顔を真っ赤にしてようやく口の中のモノを飲み込んだマルスが言った。
「な、に…するのさ!もう!!」
「何をいう、そんな可愛い顔してるお前が悪い」
至極真面目にそういうと、「敵わないなぁ…」とマルスがポツリと言った。
「…もう終わりました?」
「いや、まだだな…」
厨房の奥では、うっかり夜食を食べに来たピットとメタナイトが、出て行くタイミングを失ってひっそりと隠れていた。
二人が無事外に出られるのは、夜も更けきった頃だったという。
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珍しく攻め攻めな…というか余裕なアイクさんでした。
戴いたチョコに溶かすチョコがあったので、書いてみました。
今のチョコって色々有って楽しいよね!っていう事で。