『始まりの日 Side:I』
 
ゴト…ゴト…という奇妙な音に、気を取られてアイクは足を止めた。
後ろを見やると、青い綺麗な髪にティアラをつけた女性が、大きな荷物を引きずって歩いていた。
上背は自分と変わらない様に見える。
だが、細い腕にその荷物を支える力がないことは、どう見ても明らかだった。
「…手伝う」
見かねてそう声をかけると、その女性はぱっと顔を上げた。
青い瞳。髪の色と同じく澄んでいて、顔の作りもかなり整っている。
女性をそういう目で見ることがあまりない自分が見ても、十分に美しかった。
「いえ、大丈夫です」
そう微笑む顔は、重さ故だろう僅かに上気している。
とても大丈夫に見えないのは明らかだった。
「いいから貸せ」
そういって奪い取った荷物は、医務室などでよく見かける布製の衝立。
見た目ほど重くは無かったがバランスが難しい。
女性の手で持ち運ぶには、ちょっと簡単にはいかないだろう。
自分の手を離れて諦めたのか、その女性はちょっと困った様な笑みを浮かべて「ありがとう」と言った。
彼女も乱闘選手なのだろうか。ふとそう思う。
勿論この寮にいるのだからそうだろう。
今回の大会が初参加の自分からしたら、むしろ先輩に当たるのかもしれない。
見れば腰には細身ながら立派な剣を携えている。
なるほど、この背丈でこの長い剣を使うなら、かなり優秀な選手かも知れない。
常に戦いに身を置く者としての癖で、さりげなく分析を済ませてしまう。
他にも女性は居たようだし、戦い方一つで性別のハンデなどあっさりと逆転出来る事を、アイクは知っていた。
「ここで大丈夫です。ありがとう。」
そういわれてあたりを見ると、そこには木製のドアが一つ。
その前で先程の女性が小さく頭を下げていた。
「中まで運ぼうか?」
そう提案しては見たが、丁重に断られる。
なる程、確かに男の自分が女性の部屋に入る事は出来ないと、白い手袋が言っていた。
ようやく思い出したアイクは、ならばとそこへ荷物を降ろし、説明を聞くためにと手袋の居場所を彼女に尋ねた。
「部屋割を知りたいのだが、手袋は何処だ?」
「………マスターハンド…かな?奥の部屋です。」
やや苦笑気味に云われてそういえばそんな名があったと思い出す。
礼を云ってその場を離れると、「お互い、頑張りましょうね。」という声が追いかけてきた。
 
「あの手袋はモウロクしているのか…?」
自分の部屋だと教えられた場所。そのドアの前で、部屋割を書いた紙を持ったまま。
アイクは途方に暮れて立っていた。
「乱闘大会では勿論、出身世界においても先輩に当たる人と同室だ」
そう云われて送り出された先。
それは先程青髪の女性の荷物を運び込んだ部屋だったのだ。
「男女同室…いやいや、まさか…」
自分は確かにそういった方面に疎く、周りのものが目をギラつかせる程には欲求もない。
とはいえ、流石に女性と同室で寝起きし続けて、長期間安全であるとレッテルを貼る事は出来ない。
アイクとて、健全な男なのだ。
もしかして先程の女性は、この部屋の者ではなかったのだろうか?
男性は女性の施設や部屋へは入れないが、逆は可能と聞いた。その可能性はありそうだ。
だが、だとしたら一体、あの衝立はなんだったのだろうか。
そう思いながら、アイクは扉を開けた。
「…失礼する」
そう声を掛けて室内を見る。
石造りの質素な部屋。入り口を中心に左右対称に一つづつ置かれた壁際のベッド。
何故か白い布の衝立で、不完全ながら仕切られている。先程の荷物はこれだった。
一方は整っているながらも生活感があったが、もう一方は完全な新品だ。
そちらが恐らくは自分のベッドなのだろう。
枕元には小さな棚があり、その上にはスタンドライトが置いてある。
壁にはマントや鎧、剣を掛けるための突起がある。
そこに先程見たばかりの細身の剣を見つけて、思わずそちらのベッドを見た。
ベッドの上に座る細身の女性。先程の女性と同一人物である事は間違いない。
だが、その表情は先程とはうって変わって、硬く閉ざされた物だった。
アイクが入ってきても、行動を起こすどころか一べつもくれず、手にした本を読みふけっている。
「アイクだ、宜しく」
変わりようをいぶかしみながらも、兎も角自己紹介一つしないでは始まらない。
そう思って傍へ寄って名乗る。
するとようやく本から目を移した彼女が、低い声で不機嫌そうに言った。
「マルスだ。紋章の王子と呼ばれている。…それより君、その衝立よりこちらへ来ないで貰えるかい?」
邪魔だ、とでも言うように吐き捨てられ、呆然としたアイクを他所に、マルスはまた本に没頭し始めた。
「すまない…」と呟いて向こう側へ行き、ベッドに腰を下ろす。まだ頭はぼんやりとしていた。
他人を嫌うタイプなのだろうか?それならば納得がいく。
だが、先程のやりとりの中ではその様なことは感じられ無かった。
では、単に共同生活を嫌うタイプだろうか。それも違うだろう。
衝立を先程運び込んでいた、という事は、前のルームメイトとの間には必要なかったという事だろう。
つまり自分だから運び込んだ、という方が正しいのだ。
一体何故?どうして?
途方にくれたアイクは、疑問符を浮かべる頭の暴走に任せて、先程のマルスの発言をなぞる。
と、その時。
 
「あっ!!」
突然上げた大声に、慌てたマルスの「何!?」という声が飛んできた。
思わず「何でも無い!」と叫び返すと、向こうは静かになった。
そうだ。何かしら違和感があるとずっと思っていたのだ。
それが今わかった。
 
『王子ってことは、あいつ…男だったのか』
 
問題の本質とは全く違う様でいてその実核心的な事柄に納得し、アイクは一人頷いた。




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という訳でアイクサイドでした。
アイク呆けすぎじゃね?という批判は既に自分で散々したので突っ込まないで下さると嬉しいです…。
マルスが急に冷たいのは、同室の人と仲良くなりすぎると♀とばれると思って警戒してるんです。
……と説明しなきゃいけないような小説って既に駄目な気がする…。orz