あいつの事をどう思う?
そう聞くと返って来る答えはたいてい同じく好評価だ。
曰く「優しい人ですよねー」、曰く「いい奴だ」、曰く「可愛らしいんじゃないか?」。
最後の一つに関しては、同意せざるを得ない。
何しろ初見で女と見間違えたのは、記憶に新しい出来事だ。
だが。
 
『フロントライン』
 
「…只今」
風呂上りの髪を風にさらして乾かしながら、アイクは自室のドアをくぐった。
部屋の中には、一つの人影。中央に置かれた衝立の右側、自身のスペースに彼は居る。
マルス。自分と同じ髪と目の色を持つ、何処ぞの国の王子だ。
自分と世界を同じくする者と聞いてはいたが、どういう理屈なのか、彼とは生きる時代が違うのだと聞いた。
この大会の仕組みをきちんと理解出来たとは言い切れない。
だが、例え時代の隔たりがあろうとも、同じ世界観を有する同じ剣士同士。
過ぎた友情を得られるとは思っていなかったが、それなりの仲の良さを期待していなかったといえば嘘になる。
平たく云うと、仲良くなりたかった。
けれども。
「何だ…早かったんだね。」
つまらなそうというよりむしろ嫌そうな声がする。
遅く帰っても早く帰っても、同じ事を同じ様に云われるのだから、これはもう嫌われているとしか云い様がない。
「…そんなに、風呂は長くない。」
「あ、そう。」
声のトーンがその全てをもって、『相手に興味が無い』という事を伝えてくる。
今日もまた同じか…。そう思いながらラグネルを外す。
風呂に行くのに得物はいらないだろうと良く言われるのだが、生来戦場に身を置くアイクにとって、決して外す事の出来ないものだった。
なんとか会話の糸口くらいはないものか。そう思ったアイクは、そっと立ち上がり部屋を出る。
そんなアイクをちらりと見上げたが、結局マルスは何も云わずに手にした本に視線を落とした。
 
『また…やっちゃった…』
アイクが出て行くのを見届けて、マルスは本を閉じて頭を抱えた。
女である事をばらさないように。そう思って気を張って、必要以上に彼に接触しないようにしてきた。
だが、アイクが入寮してから数日、そんな心配が居る相手ではない事は、既に充分に解った。
一見武骨なアイクは、その外見や表情に似合わずかなりの熱血漢で、不器用なりにとても優しい好青年である。
男は狼という言葉は真理であると思うが、同時に彼が自分の秘密を知った所で、何かしら酷い扱いをする様な人間でない事は確かだった。
だが、入寮から今までの間に自分がとった行動を考えると、今更仲良く出来るとも思えない。
なにしろ自分からは徹底して話しかけなかったし、相手から話しかけられた時すら、先程の様な態度を取り続けている。
今更仲良くしたいといったところで、既に彼には嫌われているだろう。
彼が良い人であればあるほど、そんな態度を取り続ける自分自身が申し訳なく思えてくる。
それでも、矢張り今更もうどうしようもない。そう思って小さくため息をついたときである。
 
「…酒は、飲めるか?」
そういって湯気の立つカップを手渡すと、マルスはきょとんとした目で見上げてくる。
大変困った事だが、その顔はとても可愛かった。
いつもの渋い顔はどうしたのだろう、そのままの可愛らしい顔で恐る恐る受け取る手に、「熱いぞ」と注意を告げた。
「にごり梅酒というらしい。ワリオの奴が手袋のところからくすねたのを分けてくれると…。」
旨いから、一緒に飲もうと思った。一緒に飲みたかった。
その部分は省略して、アイクはマルスに事の次第を説明する。
「う、うん…多分呑める…けど…」
いいの?と少し首を傾げる。本当に男かと疑いたくなる。
「ああ、でなきゃ二人分持ってきたりしない」
それを聞くとマルスは、「ふふっ…そうだね…。」と笑って小さく口を付けた。
「わ…おいしいな…。」
「だろう?…梅の酸味がいいと、ワリオがな…。」
「確かに酸味が利いてるかも。」
そういってゆっくりとコップを開けていく。かなりペースが速い気もしたが、梅酒だし割っているし、そんなものだろうと流した。
「美味しかったぁ…ありがと。」
ふわりと、笑ってそういったマルスの顔を見て、アイクは慌てて目を逸らした。
微かにピンク色に上気した頬。とろんとした甘い視線。
酒は人を素直にする力があると、誰かが言っていた。
だとすれば、今のマルスは素直なマルスなのだろうか。
それを判じるすべは、今のアイクにはなかった。
「なんだ…酔ったのか?」
そう聞くと小さく首を振るマルスを見て、それもそうかと頷いた。
ザルに近いアイクにはそもそもその量で酔うという事が信じられなかった。
「もぅ…寝るね…?」
そういってごそごそと布団に入っていくのを見て、コップを片す為にと立ち上がる。
そのアイクの手を、マルスがそっと掴んだ。
今まで手が触れる事が無いどころか、自分を避けてきた相手だ。驚いてその顔を見下ろす。
「あいく…これからも、よろしくね…」
 
「おいどうした?」
食堂の奥。共同の洗い場で、熱燗の徳利を片すスネークに会った。
「顔が真っ赤だぜ?」
「なんでもない」
努めて冷静にそう返すと、「まあいいが」とにやりとして入れ違いに出て行った。
ダメだ、全く誤魔化せていない。
全然。ちっともだ。
眠りに落ちる間際に見せた、マルスの笑顔。
花の様な、などと馬鹿馬鹿しい形容をしてしまいたくなったのは、生まれて初めてだ。
しかも男を相手に。
「馬鹿馬鹿しい…」
そうだ、相手は男だ。王子だ。そう、何度も呟きながらコップを洗う。
「なんで、…なんだ、この気持ちは!!」
思わずコップをひっつかんで飛び出してしまったのも。
指摘される前から赤いと自覚していた顔も。
先程から止まらないこの不可思議な感情も。
全てたった一つの答えなのに、今のアイクににはそこに辿り着く事が出来ない。
もどかしさをぶつける様に力任せに洗ったコップが、壊れそうな泣き声をあげていた。
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微妙な感じでごめんなさい。
王子に先に惚れさせる予定だったのに気付いたら団長が惚れていたという罠。
あほみたいでごめんなさい。ああ、甘酸っぱいなあ。