『再会の祈り』
 
月も高くなる頃、清々しい夜風を受けて赤い髪がはためく。
手にした剣の重さは何処へ行っても変わらないのに、自分の居るべき場所はここなのに。
心に浮かぶのは、いつも同じ人影だ。
大乱闘大会と呼ばれる催し物の為に、見知らぬ土地へ行ったのはいったい何時の事だったろう。
向こうではかなり長い時間を過ごした気がしていた。
だが、自分の世界に戻った時、それが錯覚か幻の様なものだったと気付いた。
世界の時計は、自分が大会に招待されてから、カケラも進んでいなかったのだ。
道理で向こうで誕生日を迎えても、歳を取った気がしなかったわけだ。
今更ながらにそう思う。
自分の体に目をやる。あの頃の自分とは、少しは変わっているだろうか。
残念ながら余り背は伸びなかったけれど、これでも歳は重ねた。
あの人の歳には追いつけなくても、前より近くなったと思う。
今はどうしているだろうか。「解ってる、大丈夫」とは言っていたけれど。
今だってずっと、本当は心配だ。
そう伝えようとしても、その相手はもはや、手の届かない場所にいるのだ。
「どうなさいました?」
聞きなれた声に振り向くと、そこにはアレンがいた。
「一体何をそんなに悩んでおられるのです?」
「そんなにわかりやすいかな…」
心底心配そうな顔で言われ、苦笑気味にそう聞き返すと、大きく首を縦に振られた。
「何かお役に立てるなら、お申し付け下されば…」
真剣にそう申し出る彼に、ロイは小さく首を振った。
「ううん、こればかりはもう、思っても仕方がないから…」
そう、自分は既に大会を引退した身。退寮となった身なのだ。
どんなに望んでも願っても、会いにはいけない。
そう思って、また一つため息をついた時である。
「行ってらっしゃったらいかがです?乱闘寮」
「へ!?」
突然胸の内を言い当てられた事と、その言葉の内容と、どちらに驚いたのか自分でも解らない。
結局間の抜けた声だけが、ロイの口から飛び出した。
「だから、行って来られては?と…」
「乱闘寮に!?無理だろう…どうやって?」
すると今度はアレンの顔に驚きが浮かぶ。まさしく『きょとん』とした顔だ。
「どう…って…。そこの扉から。」
何を今更、という顔で指差されたそこには、見慣れない扉。
確かにそこに在った、と云われればそういう気もする。だが、突如現れたと、云われれば確かにとも思う。
ようは気付いていなかった、気に留めていなかったのだと、ロイは思う。
赤い扉。金の縁取りがあり、うっすらと何かオーラの様なものが立ち上っている。
「こ、ここから…?」
「はい、ここから乱闘寮に入れますよ。」
ご存知なかったんですか?
心底意外そうにそういわれて少しショックを受けた。
あの時別れたあの人が、この向こうにいるというのだろうか。
あの空色の前髪の向こうに透ける、澄んだ青い瞳を再び見る事が出来るのだろうか。
女性にしては少し低い声で、綺麗な透る声で、また名前を呼んで貰えるのだろうか。
「本当に、ここから…?」
「ええ。皆知っておりますよ。向こうで姫君に茶を戴いたという者も居るくらいですし。」
桃をいくらでも生成出来るという不思議な姫君だったとか。
その言葉で、期待が確信に変わる。きっとそれはピーチ姫の事だ。
「っその、空色の髪の女性…いや、男性…?……とにかく空色の髪のひとを見なかったか!?」
慌てて尋ねて、それから。
自分自身で取り消すように頭を振った。
それは自分で確かめに行けばいい。いや、そうするべきだ。
「…ごめん、ちょっと、行って来るよ」
そういって扉に手を掛けて、ゆっくりと開く。
「いってらっしゃい。」という声に背中を押されて、ロイは懐かしい空気の中へ、一歩足を踏み出した。
 
 
食堂の扉を出て、アイクはひとつ、盛大なため息をついた。
手には小さな包み。中には食堂で見つけたケーキが入っている。
ここ数日、珍しい酒や菓子、ケーキを見つけると、ついつい持ち帰る癖が付いてしまった。
だが、アイク自身は好んで甘味をとるタチではない。
勿論嫌いだという事はないが、矢張り肉の旨さにははるかに劣る。
ならば何故、毎日似合わぬ甘い香りを振りまいて、部屋への道を急ぐのか。
それは実に簡単な話だ。
これらは全て、同室相手への手土産なのだ。
年上の男を相手に、毎日毎日菓子だなんだと土産に渡す姿を、故郷の奴らが見たらなんというだろうか。
だが、渡したときに聞こえる「…ありがとう」というぎこちない言葉。
何がどう悪かったのは、彼から聞ける言葉といえば、最早それだけになりつつある。
それを不満に思うよりも先に、その言葉だけでも聞きたくて、律儀に土産を手に帰る日々。
これではまるで貢物かなにかの様だ。
情けない事とは思うが、これが無ければ声も聞けない。
それは困ると思い、今日も今日とて旨そうなケーキを選んだ。
どうしてそんなに声が聞きたいのかは解らない。そもそも自分を嫌っている人間に、無理に話しかける事もない。
同室だからとはいえ、彼の用意が周到だったお陰で、ほぼ別室に近い状態だ。
取り立てて仲良くする理由は思いつかない。
それでも、アイクは毎日土産一生懸命土産を選び、不器用ながら丁寧に梱包して、部屋へ戻る。
一体何故そうしてしまうのか、アイクは自分自身で解らずにいた。
「イチゴ…好きだろうか…」
手の中の包みを見てそう呟く。今日はイチゴのミルフィーユだ。
気に入ってくれたらいい。そうして、出来たら美味しいと思って欲しい。
そう思って、部屋へ続く階段を上がった。廊下を歩き、部屋の前に着く。
と、そのドアの前には、見知らぬ人影が有った。
「………?」
不審に思って近付くと、その人物はくるりとコチラを向いた。
赤い髪と青い目。服装などから瞬時に、同郷の者と知れる。
だが、勿論見覚えなどない。少なくとも大会参加者ではないだろう。
そんなアイクの戸惑いを他所に、彼はニッコと笑って云った。
「初めまして。あなたが蒼炎の勇者?」
 
 
それが、アイクとロイの出会いだった。
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ロイが別人ぽくてごめんなさい…。
知人に支援会話読めるサイト教えて貰って頑張ったんですが…。(某方、有難うw
あ、ちなみに別にロイさんはマルスさんに惚れてるわけではありません。
仲の良い有人と中途半端に別れて寂しいつうか、心配つうか、そんな感じです。
アイクさんが誤解しない保障はありませんがwww(させる気満々じゃねえか