雲のない星空に染まる乱闘寮の一角。
普段は不気味なほどに静まりかえっているその部屋から、楽しげな笑い声が聞こえてくる。
それを、或る者は良きことと微笑みを浮かべ。
或る者は驚きに立ち止まり。
或る者は自身の力で状況を見知って、ため息をついた。
部屋のドアにはそこに寝泊まりする二人の選手の名が刻まれている。
マルスとアイク。共に炎の紋章を意味する世界からやってきた、手練れの剣士である。
だが、外に漏れる楽しげな笑い声は彼達の物ではなかった。
 
『盆に還れぬ水が如く』
 
疎外感、と呼ばれる感情を、今まで一度も味わったことがないとは云わない。
例えばそれは、子供心に記憶された、たまたま起きてしまった夜中に聞いた大人達の声だったり。
年頃の妹の話だったり。
そんな物を思い出すにつけ、似たような感情を覚えたりもする。
だが、これほどまでにやり場のない思いだった覚えは、未だかつてないだろう。
そう思って、アイクは衝立の白い布の向こうを睨みつけた。
立場や性別や年齢の違いは、一線を引かれるに足る理由だとアイクは思う。
だからこそ、今までの事例では少しの寂しさは覚えど、不満に思う事はなかった。
子供心に、兄心に、世界や空気の違い位は納得していた。
だが、今回はどうだ。
同じ世界の、同じ戦士の、同じ性別の、同じ頃の歳。その筈の彼、ロイという名の少年は、いとも簡単にマルスの笑顔を手に入れた。
自分が旨い酒や、菓子などを貢いで、ようやく時たま目にすることを許される物を、だ。
勿論アイクだって、物に釣られた顔が見たいのではない。
ただ、仲良くしたい。嫌われたくない。出来れば、好かれたい。
せっかく同室仲間なのだから。それ以上の感情に説明の付かないアイクは、只々そう願っていた。
ベッドの枕元、棚の上に置かれたままの箱に目をやる。
イチゴのミルフィーユ。自分は食べていないから解らないが、かなり上出来らしい。
中身は二個。一緒に食べたくて入れてきた数だ。
隣に座って、とまでは行かなくとも。
このままではぬるくなってしまうだろう。流石に溶けるとは思わないが。
それでも、冷えていた方が美味しいという知識くらいは、アイクにも有る。
とうとうアイクはため息をついて、箱を手に立ち上がった。
 
「来てくれて本当に嬉しいよロイ」
久しぶりだね、とマルスが笑う。
その笑顔はそれはそれは素直な物で、思わずロイは来て良かったと心から思った。
心配していた通り、屈強な男と寝食を共にせざるを得なくなっているらしいマルス。
目の前にいる空色の髪の王子の、本当の性別を知るロイは、正直に云って気が気ではない。
先程は彼が同室だという事すら知らずに声を掛けた。
だが、「マルスさんは居ますか?」という問いに返された目つき。
そして現れたマルスと、抱き合うように再会を喜ぶ自分に、きっちりと向けられた視線。
恐らく彼はマルスが好きなのだろう。
本人に自覚が有るかどうかは解らないが、なんとなく、そんな予感がした。
というか、どう見てもバレバレだ。火を見るよりなんとやらだ。
こっそりマルスに確かめてみたが、女性だという事は隠し通しているという。
ということは、つまり、『そういうこと』なのだろうか。
まあ、女っ気もなさそうだし。ありえない話じゃないかも知れない。
至極失礼千万な事を思い、人知れずロイは納得した。
ならば、尚更マルスは危険なのではないだろうか。
「どうかした?」
「や、何でもないですよ」
慌てて手を振ると、「本当に?」と顔を覗き込まれた。
心底純粋な目できょとんとコチラを見る青い目と視線がぶつかって、思わずロイは目を逸らす。
細い手足。折れそうにくびれた腰。頼りない首。
コレで男と言い張っているのだから、相当の度胸である。
同室の男の筋肉質なガタイを思い出す。
男同士のそう言うことは知識すら殆どないが、少なくとも女性を扱うよりは丁寧でないだろう。
下手に乱暴にでも扱われたら、壊れてしまいそうだ。
なんとか守る方法はないだろうか。
無論自分は関係ないのだが、疑うことを嫌う彼女を見ているとどうにも放っておけない。
いつしかロイはそんなことを思い始めた。
件の男が衝立を回って、ひょいと顔を出したのはその時である。
 
「ミルフィーユを、貰ったから…」
二人でどうだ?と続けられた言葉に、なんだか驚いてしまった。
勿論アイクが部屋に居たのは知っているし、だからこそ自分の秘密に関わる事は話さないように注意もしていた。
けれど、全てを承知してくれているロイと居る時間は、正直に云ってとても気楽で。
とてつもなく失礼な事に、実際のところ自分は彼の存在を殆ど失念していたのだと気付いた。
不器用な彼が毎日色々なお土産を持ってきてくれる意図が、マルスには解らない。
だが解らないなりに、礼を言うときだけ笑顔を向けることが出来るのが、マルスには嬉しかった。
本当はもっと仲良くしたい。が、それは無理な相談だ。
ならばせめて建前があるときくらい、仲良くしてもいいんじゃないだろうか。
そんな風にさえ、思えるようになっていた。
けれども。
今回は、とても急すぎた。急すぎて、マルスは。
仲良くしてはならない、という事だけを、咄嗟に思い出してしまった。
「…いつもいつもそんなものばかり…。物で釣ってどうしようというんだ?」
冷たく言い放って、すぐにしまったと思う。
慌てて見上げたアイクは、ほっかりと口を開けて呆然としていた。
それからすぐその呆けた顔に広がったのは、怒りよりも哀しみの色。
「そ、うか…。そうだな。」
すまない、と素直に頭を下げられて、今度はマルスが自失する番だった。
「あ、あの…っ。」
手を伸ばして、弁明をしようとして。
なんと云っていいか解らず、その手を下ろしてしまった。
何も云いようがない。どうしようもない。
理由は勿論話せないし、万一話せたとしたって、あんな言葉をなんと云って取り消すと言うのか。
双方固まってしまったのを見て取ったロイが、慌てて礼を云ってケーキを受け取る。
手渡したアイクは返礼もせず、黙って自分のスペースへ引き戻ってしまった。
:******************************************************************************************
書いてて本当に自分はすれ違いが好きだなと自覚しました。
この幸せの敵め。

いつも短くてすみません。つーかこんなんですみません。