波導という能力がある。
それは例えば攻撃だったり、索敵だったり、読心だったりとありとあらゆる場面で役立つ、ルカリオの固有の能力だ。
それさえあればポケモンである彼も、他の参加者達と意思の疎通が出来る。
それを生かして、他の参加ポケモン達のための通訳をするのが、大会中のルカリオの日課だ。
そして、もうひとつ。
さまざまな国や種族や立場の者が集まる大会中の、選手達の精神面でのフォローも、彼のその力の大切な役目だった。
流石に心の中まで覗く様な真似はしないが、例えば心乱れた時や沈んだ時。
それが試合に支障が出る程になる前に、なんらかの措置を取る。
ルカリオのやり方はそういうものだった。
だからこそ彼は、マルスとアイクの微妙なすれ違いや感情の変化をある程度見知っていた。
そして、その夜の彼らがとても平穏とは呼べない状態である事も、すぐに察する事が出来た。
心配する程の事ではないかも知れない。
だが、万一の場合もある。そう思った彼は、念の為様子を見に、二人の部屋へ向かった。
 
『類は友になる』
 
「じゃあ、もう戻りますけど…大丈夫ですか?」
そういってちらりちらりと伺うのは、衝立の向こうのアイクの気配だろう。
当たり前と言えば当たり前だが、あの後一向に姿を見せることは無く。
自分も自分で、無理にでもと平静を装おうとして、物の見事に失敗していた。
このまま帰ってしまって大丈夫だろうか。二人きり置いていってしまって。
優しい彼の事、きっとそんな風に思っているのだろう。
不安げなロイに、マルスは苦笑して小さく首を振った。
「大丈夫…。子供じゃないんだから、ね。」
無理に微笑んでその背中を押すと、「また来ますから!」と叫んで、彼は祖国への扉をくぐった。
小さく溜め息をついて、振り返る。衝立の向こうの陰は微動だにしない。
とにかく、謝らなければ。
それだけを心に決めて、マルスはそっと衝立を回り込んだ。
なるべく足音を忍ばせて近付く。
だが傭兵という職業柄か、いくらも近付かないうちに彼は顔を上げた。
「アイク…あの…。」
「さっきは悪かった。」
迷い無くきっぱりとそう云われて、用意したはずの謝罪の言葉を見失ってしまう。
せめてもの意思表示に首を振ろうとしたが、その体は微動だにしなかった。
そんなマルスに追い打ちを掛けるように、アイクの真摯な謝罪は続く。
「確かに、あんたのいうとおりだ。配慮が至らず礼を欠いた。すまない。」
真正面から心底真面目に謝罪されては、どうしようもない。
思わず泣いてしまいそうになって、顔を伏せる。
目頭が熱い。
だがここで泣いたりすればきっと、鈍い上にずれているらしい彼は、「泣くほど嫌だったとは…」などと言い出しかねない。
そう思って真一文字に口を結んで、耐えるしかなかった。
そんな様子を怒り心頭な様子とでも思ったのか、アイクは更に深く頭を下げた。
「すまん。喜んでくれると勘違いしていた。二度としない。」
「違うっ!」
思わず出した大声に、浮かんだ雫がこぼれるのを感じる。
それでも、なんとしてもその誤解だけは解かずにはいられなかった。
「違うんだ、アイク…。ちゃんと、嬉しかったし、美味しかったし…。」
何をみっともなく泣いているんだろう。
三つも下の子の前で。
そう思って振り払うように頭を振るが、涙腺はとっくに彼女を裏切って、塩味の水を溢れさせ続けていた。
流石に泣くとは思っていなかったのだろう、目の前のアイクがぎょっとした顔でこちらを見ているのが解る。
それから、困ったように辺りを見回して。
結局その状況への救いなど期待出来ないと悟った彼は、酷く不器用な手つきでマルスの頭を撫でた。
ポンポンと、叩くように。
剣を握り慣れた手は固く、少しばかり痛かったが、それより心地よさが勝った。
「良く、解らないが…泣かせて悪い…。」
思った通り相手の泣き顔を自分のせいにして謝る彼に、いっそ苦笑する。
相変わらず涙は止まらなくて、泣き笑いみたいな顔になった。
「やっぱり君は、…その、なんていうか…。」
ばかだなぁと続けそうになって、なんとか声を押しとどめる。
失言を失言で上塗りする訳にはいかないからだ。
なんだ?と続きを尋ねられて、何でもないと誤魔化して。
やっと云うべき事を云った。満面に、笑顔を添えて。
「ありがとう。とっても、美味しかった。」
 
波導の力がとても便利である事は勿論否定するつもりはない。
だがしかし、知ろうとする以上の情報を知れてしまうのは、確かに困った事だ。
頭を抱えてため息をつきながら、ルカリオは廊下にしゃがみこんだ。
月の光も沈み、満点の星だけが輝く空の下。
鳥の巣のように点々と配された各人の部屋を繋ぐ通路では、松明の灯りだけがぼんやりとあたりを照らしている。
石造りの外観は、炎の紋章の国とやらに近いと、前に青髪の二人が言っていた。
その意見を言った彼らの部屋に続く扉。
中の様子など、聞き耳を立てなくてもわかってしまうのが、波導の力の恐ろしい所である。
「嬉しい」だとか「ありがとう」だとか、そういった会話。
歯の浮くようなというよりはむしろ、無関係にも関わらず赤面せざるを得ないやりとりだ。
この様子だと、尋ねて来た客とやらはもう帰途に着いた様だ。
尋ねられたマルスの方は落ち着いた様子だったが、アイクは逆に不安定になっていた様だ。
それだけでもう、彼らの関係は解りきっている。解りきっているからこそ、正直放っておきたい位だ。
それでも折角ここまで来たのだし、と、確認するように中の様子を伺う。
と、突然アイクは赤い顔をしてあからさまに顔を逸らした。
端から見ていれば殴り倒したくなるほどその顔は幼い恋で染まっている。
が、幸か不幸かアイクは自分の恋愛事情には見事なほど疎かった。
そして、マルスとてアイクよりまし、という程度なのだ。
不可解な行動の理由を求められて、「可愛いから…」と口走ったアイクの言葉に、今度はマルスの頬が染まる。
それを見て「そ、そんなに烈火の如く怒らなくても!」と慌てるアイクの声を聞いて、溜め息をついたのはルカリオに非のある事ではないだろう。
「なんだあいつらは…」
もういいからとっととくっついてくれないかな…。
無性に居た堪れなくなったルカリオは、そっとその場を離れた。
 
有る意味似たもの同士のやりとりは、夜が更けるまで続いたという…。
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図書館戦争の番外編を読んだせいって事でお願いします…orz

ルカリオ涙目。むしろ超被害者。
これからどんどん被害者が増える予定です。
ご愁傷様です。(誰のせいだt(ry

寮の外見はネズミの海の要塞のイメージ。
趣味に走りすぎて阿呆みたいですすみませんでした。