一般的に真夜中と呼ばれる時刻もとうに過ぎた乱闘寮の一角。
1階中央にある大浴場から人影がひとつ、ふらふらと吐き出されるように出てきた。
いつもの鎧は身に着けず、より一層細く見える体を濃い藍色のマントで包んだ体。
吹き抜けの上空に見える月を愛でる余裕も無く、マルスは足早に自室を目指す。
その日は兎に角散々で、泣き出したいのか怒りたいのか、それとも何もかも忘れて眠ってしまいたいのか解らなかった。
情けない事に、どうやって風呂を出て何処をどう通って部屋へ帰ったのかさえ曖昧で。
寝坊した子供みたいな微妙な罪悪感を抱いて開いたドア。
時間も考えてそっと忍び足でくぐった所で、中に居たアイクとすれ違った。
こんな時間に何処へ行くんだろう。
そう疑問に思いはしたが、それを口にする気力も無く、あてがわれたベッドへ腰を下ろす。
時間も時間だしもう寝よう。そう思いはするのだが、先程の出来事を夢に見てしまいそうで目が閉じられない。
一体あれはなんだったのか。いや、何って勿論ナニだけど。
いくらなんでもそんな事すら知らない程、子供だった訳ではないけれど。
というか子供と言う歳ではないのだけれど。
そういう対象として見られる可能性位知っていたつもりだった。
けれど、あんなにあっさりと訪れる物だとは思っていなかった。しかも恋を覚えるよりも前に。
その場では覚悟を決めた様に振舞ったが、その実オンナノコらしい願望が無かった訳でもない。
ショックが無かったといえば嘘になる。
ならば一体どうするべきだったのか。正直それが解らない。
見つめる先、石造りの床に水のシミができて居る。涙かと思ったが、どうやら違う様だ。
そういえば髪を乾かしてすら居ない。どうやら濡れた髪から落ちる雫だったようだ。
腰掛けたベッドの端、生乾きのタオルに手を伸ばす。が、拭く気力がない。
気を許すと泣き叫んでしまいそうで、肩を小さく抱きしめて小さく息を吐いて。
結局マルスは、横にすらなれないままに、時が過ぎるのをただ感じていた。
 
 
『慟哭の夜』
 
「珍しく長風呂だったな。」
そう声を掛けられて、びくりと肩が跳ねてしまう。
何処からか帰って来たアイクの声に咎めるような空気を感じ、体が自然に反応した。
勿論彼は咎めるつもりなど無く、最近良く互いにするように、会話の糸口を探して掛けた言葉だったのだろう。
気付きませんように。そう祈ったが、そこは目ざとい彼のこと。当たり前のように「どうした?」と尋ねられた。
「いや、なんでもない。」
いつものように硬い表情を作ってそう答えると、不意に視界に影が落ちた。
驚いて視線を上げる。すぐ目の前に彼が立っていた。
「…っ!?」
びくっと再び震えた体。今度は誤魔化せない程大きかった。
それに驚いたのはむしろアイクのほうだったのだろう。
彼自身も一歩遠ざかり、「すまない。」と告げてきた。
「驚いただけ、だから。こちらこそすまない。驚かせたね。」
無理に笑顔を作って、「何か?」と尋ねる。少なくとも、今までの関係上違和感が無い程度ににこやかに。
「…怪我をしていたから…どうしたのかと思っただけだ。」
言いながら伸ばされる腕。触れないぎりぎりの所で止められた指が指し示したのは、乾いた血がこびりついた唇。
声を堪えるために噛んでしまった痕だ、とはまさか言えない。
「ちょっとぶつけただけだ。気にしないでくれ。」
明らかに嘘とわかる言い訳をすると、アイクはため息混じりに「そうか。」とだけ言って。そっと濡れた髪を撫でて。
全く拭かれてすら居ない状態に驚いたのか、手を止めた。
「…ちょっと待ってろ。」
くるりと踵を返して衝立の向こうへ向かう後ろ姿。
水滴を踏んだせいだろうか、歩くたびキュッキュッと音がする。
その音が遠ざかって、また近付いた。と、頭から大きな乾いたタオルを掛けられた。
「…え?」
きょとんとして見上げると、いつもの真剣な顔と目が合う。
その表情がどこか心配そうで、何故かついつい目を逸らした。
「さして短くもないのに拭かないで出てくる奴があるか。」
そういってわしわしと髪を拭かれる。
大きな手は見た目通り少し乱暴だったが、そのほうがかえって彼らしい。
「あ、りがとう…。」
呟くようにそう言うと、「別にいい。」と返される。そのそっけなさが嬉しかった。
「別に、何があった…なんて訊いたりしない。答えられても何も出来んからな。」
だが、と続けた彼は一呼吸おいて掌に乗せた金の飾りをマルスに渡す。
「っ!?」
それはかつて戦いの最中に生き別れた姉がくれた、青い石のティアラだった。
姉との再開は果たしたが、あの時の自分の無力さと別れの辛さは、一生忘れられない。
その時の戒めを込めて、常に身に着けてきた物だった。
それは乱闘大会へ参加してからも同じで、風呂に入る時と寝る時以外決して外さずにいた筈だった。
「な、ん…で…。」
「さっき帰って来た時、付けてなかったから…。」
そういわれて思い出す。取る物とりあえずで出てきた事。
サラシをいつも以上にきつく巻いて、服装が乱れない様にだけ気をつけて。
兎に角その場から離れたくて、大急ぎで出てきてしまった。
けれど、まさか、そんな大切な物を忘れてきてしまうとは。全く、なんというザマだろう。
「取って来てくれたのか…すまない、手間を掛けた」
マルスが頭を下げようとすると、突然その額をアイクの手が押さえた。
「違うだろう。謝るところじゃない。」
「え?あ、ごめん…」
意図が汲めずに謝罪を重ねたマルスに、アイクは首を振った。
「出来れば…礼にしてくれないか?…その、礼を言ってもいいと思うようなら、だが…」
言われて初めてきちんと顔を上げる。真剣な瞳。今度は目を逸らそうとは思わなかった。
やっと合わせた視線の先で、アイクが不器用な笑顔を浮かべる。
その微笑に後押しされるように、マルスもにっこりと笑っていった。
 
「ありがとうアイク、助かったよ」
 
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タイトルは『慟哭の谷』より。怖いよークマ怖いよー!!
慟哭してなくね!?という突っ込みはおいといてください。多分心の中ではしてたと思います。適当だなぁ…。
蛇マルエロを飛ばした人も解るように書こうと思って失敗した感じです。すみません。
なんとなくむりやりでえろいことがあったんだよーと思って戴ければそれで。(それもどうよ
一応フォローしとこうかなーと思ったのですが、フォローしすぎるとケータイ小説(笑)になりかねないので、コレ位で立ち直って貰います。(酷
ティアラ設定はOVAにして見ました。特に意味は無いです。
 
どうでもいいですが私設定ではマルスは20歳、アイクは17歳です。
ソースは某巨大掲示板の検証スレ。マルスは18〜20位との事なので年齢差の好みで決めました。
何となく姉さん女房に憧れる今日この頃なんですよ。
自分おっさん好きの癖にな!