『厨房事情』
 
石造りの砦にも似た、我らが乱闘寮の一階。
噴水のある広場に面した大きなドアをくぐると、食欲を持て余す香りが流れてくる。
石造りの一見して殺風景な乱闘寮において、思わず目を引くほど豪華で、その豪奢の中にも静かな落ち着きを感じさせる内装。
彩度の低い絨毯が敷かれ、暖かな炎揺らめく照明は、決して華美でなく品のあるしつらえだ。
武器は入り口で外すというルールの定まるそこは、選手全員が入っても余りある程に立派な食堂だ。
大きな地球儀のオブジェを回るように階下へ降りた先。
食堂に内設された厨房では、毎晩の様に食材と格闘する男が一人。
 
大乱闘大会が催されている間は、参加選手は全員寮生活である。
本来なら寮の食堂には右手袋が作ったメシが並び、選手達は好き勝手な時間にソレを食べるだけだった。
困ったことが起きたのはついこの間の事。
タブーと仁義無き大喧嘩をした右手が、手袋の分際で家出をした。
どうやら右手のお気に入りの酒を、タブーが好き放題呑んでしまったのが原因らしい、と左手は云っていた。
自分もその振る舞い酒にありついたクチであるアイクは、そのことに関しては敢えて言及するつもりはない。
家出するほど大切な物を、盗み呑みした罪人の一角を担っている罪深さ位、重々承知していた。
だが。
それがただの家出で済まなくなったのは、左手の作る料理の壊滅的な不味さのせいだ。
あまりの不味さにコレは毒でも盛られたかと、傭兵時代かなり粗末なメシを食っていた筈のアイクですら思った程だ。
姫達は恐る恐る口を付けただけでそのまま皿を下げ、祖末を嫌うマルスはひきつった顔で完食して翌日寝込んだ。
そうして持ち上がったのが、自給自足の自炊制である。
 
幸いにして食材は十分に有ったので、調理さえ間違わなければ餓死する心配もない。
ピットは「これで紫の悪魔から解放される」と、喜んでナス抜きの麻婆茄子を作っていたし。
スネークなどは缶詰やパウチの、いわゆるミリメシで食いつないでいるらしく、懐かしい味だと逆に喜んでいた。
そしてアイクは、もっぱら肉だけを炙って食べていた。
だが、一見困ったこの状況で自分の飯の心配だけでなく、逆にアピールチャンスに変える者もいる。
それが、マリオやリンクだ。
それぞれの国の姫君と公認の仲で有るところの二人は、器用な手つきを駆使して彼女達のお膳を捧げ物にしていた。
自分もやってみたい。
感謝のキスや輝くような笑顔を報酬に貰う彼達を見て、アイクがそう思ったのはそれからすぐの事だった。
勿論見返りだけが目的ではない。
ただ、いつも必要以上の会話を拒んでいるマルスが、自分の行動一つで喜んでくれる。
それで十分だと、アイクは思った。
アイクも自炊の経験が無いわけではない。だから絶望的に下手な訳ではない。
問題は見た目である。
最初は炙った肉をそのまま出した。
優しい王子はそこそこの笑顔で「おいしいよ」と云って食べてくれたのだが、実は肉がそんなに好きではないと、後に人づてに聞いてしまった。
思えば配管工も緑の勇者も、工夫に富んだ細やかな細工の料理を作っている。
まるで、愛しい者のためならば当然だ、とでも云うように。
そこで引き下がれるほど、アイクは醒めた人間ではなかった。
初めて恋を覚えた少年はむしろ、他の誰よりも愛しい人の心を惹く事を望んでいた。
たとえ、それが恋と気付いていなくても。
それから、毎晩のバレバレな極秘の特訓が始まった。

 
月も水平線の彼方へ隠れた深夜。薄く輝く星の下、アイクは最上階にある自室のドアを開いた。
「お帰り、遅くまでご苦労様」
頑なに練習場で組み手をしていると主張するアイクに合わせて、マルスはいつもそう言って迎える。
晩飯を抜いて置いてくれと云われた時点で、バレバレどころの騒ぎではないのだが、それを口に出すほど察しは悪くない。
いつもなら寝ていて良かったのにと返すアイクも、今夜ばかりは待っている姿に安堵を見せる。
「待たせて済まない…コレを…食べて欲しいんだが…」
そういって手渡したのは一段の重箱。
漆塗りの黒く光るそれは、金箔を塗りこんだのであろう飾りが美しく入っていて、弁当箱としての見た目を越えている。
「え、あ、うん…」
見た目に圧倒されつつも、無言の勧めに促されてマルスはそっと蓋を取った。
中には彩度の淡い飾り切りの煮物やら、新鮮な野菜を使ったのだろうサラダが入っているのが見て取れる。
肉も入っては居るのだが、中心に梅型の麩を巻いたものや、市松模様ののし焼き鶏など、見た目をかなり考えているのが解る。
所々に焦げ色が付いているが、気になるほどの量ではなかった。
が、非常に残念な事に、しきりをするという所までは頭が働かなかったらしい。
その美しい中身は上端の部屋まで上る間に混じり合い、しかもきっちりと片側に寄っていた。
多少驚きつつも、持った瞬間の重心具合で有る程度の中身の予想はしていたマルスは、敢えて表情を変えはしなかった。
だが、冷静で居られないのはアイクの方である。
焦げ目が有ろうとも、力の入れすぎで梅麩が変形していようとも、彼にとっては充分に捧げ物として渡せるレベルのつもりだったのだ。
よもや、食べる前から残飯の風情とは思わない。驚きよりも、恥ずかしさを感じて顔に血が上る。
「すまんっ!作り直す!」
いっそ泣き出しそうな顔で重箱をひったくろうとする手を、止めたのはマルスだった。
「どうして?ちゃんと美味しそうだよ?」
「こんなものを美味そうなどというな!!」
突然荒げられた声にマルスの細い肩がビクリと跳ねる。
思わず怒鳴りつけてから小さく溜め息を一つ。軽く頭を振って、「すまん」と呟いた。
「怒鳴って悪かった…だが、頼むからコレは無かった事にしてくれ」
嘆願するように云うが、マルスは黙ってその混ざって偏った物を摘み上げて、ひょいと口に入れた。
丁度のし焼き鶏の青海苔とサラダのドレッシングが混ざった辺り。
その見た目は、どう考えても美味しそうには見えなかった。
よりにもよってそんな所、食べなくてもいいだろうに。そう思っても最早止める気力もない。
衝立を倒さないように気を付けながら、冷たい石の床にへたり込んだ。
「不味いだろう…すまん…」
視線を落として何度目とも知れない謝罪を口にする。
夜の冷たさが床に触れる布越しに伝わってくるが、そんなことを気にする余裕はなかった。
そんなアイクの腕にマルスはそっと手を伸ばし、有無をいわさず立ち上がらせる。
驚いたような顔のアイクはそのまま、マルスの座るベッドの横に座らされた。
「冷えるよ、座るならこっちだ」
「すまん…」
消え入りそうに云うと、「何故?」といつもの表情で訊かれる。
最近は少しは打ち解けた様に思えたのに、滅多に笑顔をくれない所は相変わらずだった。
「だから…メシ…不味くてすまん」
勢いを付けて頭を下げると、ぽすっとそれに手を乗せられる。
少し跳ねた青紫の髪を、白く細い指が撫でる感触。
続いて普段の素っ気ない彼の言葉からは想像も付かないほど、甘く優しい声が聞こえた。
「謝ることはないよ。ちょっと味が変わっちゃったかも知れないけれど、ちゃんと盛られていれば美味しいと思うし…それに…」
そこまでいって、その先を迷う様に細い弓形の眉を寄せて。
それから顔をなかなか上げられずにいるアイクを覗き込むようにして。
同じ色の瞳を見合わせて。
「作ってくれた事だけで、充分嬉しいよ。有り難う、アイク」
でも、今度は一緒に作ろうね。
にっこりと笑って、そう言った。
マルスとしては言外に『一人で作らないでね』と云ったつもりだったのだが、勿論アイクにはそんな物は通じない。
純粋な誘い文句と受け取ったアイクが興奮しすぎて眠れなくなったのは、或る意味無理からぬ事である。

 
「で?今日はどうしたんだね?」
普段から上手いと評判の料理の腕を振るうマルスが、久しぶりに胃薬を貰いに来たのを見て、ドクターは呆れ半分で訊いた。
「まさかクレイジーの料理を食べたんじゃないだろうね?あれはまさしくクレイジーだよ」
「知ってるよ…」
ついこの間無理して平らげて寝込んだその破壊力を、まさか忘れた訳ではない。
げっそりとこけただろう頬の感触にも、鏡の中の青白い顔色にも、嫌になるほど覚えがあった。
流石にマゼコゼで食べるのは無理があったか…。
そうは思っても、折角貰った物を残すことは、どうしても出来なかった。
慣れない包丁裁きで付いたのだろう指の傷。
毎日のように遅くまで厨房に籠もっていた時間や、蓋を開けた瞬間のあの泣きそうな顔。
どれをとっても、食べきる努力をするに足る理由だった。
「何を食べたか知らないけれど、そんなに無理をしてまで立てる相手なんだね。良かったじゃないか、そんな相手に出会えて」
何気なく放たれた言葉に赤く染まる頬を見て、ドクターは今度こそ本当に、良かったと思った。
良かった、これで、一人きりの姫にもそういう幸せが訪れるだろう。
そんな父親の様な気持ちで、ドクターはうんうんと頷いた。
当の本人は勿論そんな風に思われている事など知りもせず、「そ、そんなんじゃ…っ」などと顔を赤らめていた。

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寮内描写がいよいよもってフォー○レス・エクス○ロレーションな件。
マ○ランズ美味しいよマゼラ○ズ。
つーか、なんでタブーが同居してるんだ自分!
いや、自分的設定だと亜空はあれだ、寮生達の劇みたいな感じで…っ!………ごめんなさい。
アイクは豪快な事は得意だけど手先は不器用だと信じてます。
マルスが肉苦手とか捏造してごめんなさい。
重箱は無いだろと自分でも反省している。