「兎に角もう、どうしようもないの」
困っちゃうわ、とシーダ姫は同情半分呆れ半分に云う。
その視線の先には、木製のドア。カインの部屋である。
だいぶ離れた場所までも漂ってくる濃い酒の匂いは、彼が今どのような状態なのかを教えている。
人類史上初の嘘吐きの名を貰った正直者は、これまたバカ正直に自分の不満を訴えていた。
「ほら、マルス様が中々お帰りにならないでしょ…それで…」
「沈みつつ荒れてる、という訳ですね」
苦笑気味にそういうと、肯定の返事が帰ってくる。
「やれやれ…罪作りなお姫様だ」
そういうとアベルは、マントを翻してある場所に向かった。
城の中心、玉座の裏。一見して異質と解る扉がそこにある。
銀の縁取りに、赤い布張り。
不思議なオーラを醸し出すそれが、何処につながっているのかを、アベルも人づてには聞いていた。
だが、ソコをくぐったことはない。
というのも、シーダ姫が「マルス様のおじゃまになるのでは」と、その向こう側へ渡る事を禁じたからだ。
だが、以前は頻繁に顔を見せていたマルスが、最近戻らないのも事実だ。
便りがないのは無事な証拠、楽しんでおられるのだろうとアベルは思っていたが、カイン程でなくとも心配する声は後を絶たない。
王子を心配する一般兵の声も最もだが、何より主君の本来の性別を知っている一部の者は、それ以上に気が気ではない。
勿論自分もその一人だった。
無事を確かめる為と、渋るシーダから許可を得て、アベルはそっとその扉をくぐった。
 
『帰郷』
 
蛋白石を思わせる虹色の淡い輝き。その向こうは見えないが、躊躇わずに足を踏み出した。
一瞬の時空の捩れに目眩にもにた感触を覚えたが、すぐに過ぎ去るそれは大した問題ではない。
扉を超えた先が別の世界である事は、目の前に広がる高い空が教えてくれる。
アリティアではまだ昼過ぎだった青空は、満天の星を孕んだ澄んだ夜空だ。
何処からか腹に響く匂いがする。恐らくは晩飯時なのだろう。
通りすがる人々に軽く会釈をして、兼ねてから聞き及んでいた部屋の場所、石造りの寮の三階を目指す。
石造りの階段を上った先に、果たして彼の求める人物は居た。
「アベル…どうしたの?いきなり…」
驚いて見開かれた目さえも美しい、親愛なる主君である。
「お久しぶりです、王子。…実は庭の薔薇がそれは美しく咲き誇りましたので、是非王子にも御覧頂きたく思いましてお迎えに…。」
手を胸にやり丁重に頭を下げて、さも本当に薔薇が彼女を呼ぶのだとばかりに、アベルはいう。
勿論マルスも馬鹿ではないし、鈍いわけでもない。
当然の様に彼の意図を察した。
自分が最近帰らずに居た事を、遠回しに責めて居るのだと。
否、責めるという程のことではないのだろう。ただ帰って来ないかと誘いに来ただけ、という方が正しい。
いつだって主君としての自分に優しい彼達は、やり方や考えを嗜め、諌めることはあっても、責める事はしない。
だからこそ自分は、誰よりも彼達の事を考えなければならない。そう誓ってきた。
けれど。最近はどうしても帰る気になれなかった。
何故かは解らない。どうしても、故郷へのドアにその手が伸びなかった。
「アベル…僕は…」
行くと言うつもりなのか、断ろうとしているのか。
それすら解らないままに紡がれたか細い声を、遮ったのはアイクだった。
「行って来ればいいじゃないか。城の薔薇園なんだから、それは綺麗だろう」
声に振り返ると、丁度階段を昇って来た彼と目が合う。
同じ青の瞳も、月の光だけでは黒に見える。
ばさばさと無造作に揺れる前髪が落とす影のせいか、その表情はわからなかった。
「全然帰ってないって言ってただろ、いい機会だ」
そういわれて思わず目を逸らしてしまう。
本気で薔薇の為に迎えに来たと思って居るのか、はたまた全て承知で折角尋ねて来た家臣の味方をしているのか。
それを考えるのが怖くなって、マルスは吹っ切る様に頷いた。
「うん、そうだね…。久しく帰って居なかったし、行って来るよ」
微笑んでそういうと、アベルは「それは良かった」と笑って、そっと扉へマルスをいざなった。
 
 
月明かりの照らすバルコニー。待ちに待った主君との対面にアベルは改めて膝を折る。
それを片手で制し、マルスは泣きそうな笑顔を向けた。
「如何なさいましたか、王子」
さり気なく右隣に陣取って笑いかける。利き腕の方へ立つ事は、忠誠と信頼を意味した。
微かな酒の匂いが彼女からして、思わず苦笑すると同時に心配になった。
元々酒に余り強くない人である。
おそらくはカインを見舞った歳に移った物だろうが、弱い者は匂いだけで酔うという。
兎に角酒豪のアベルには解らない危険性だ。
念のために口にしていないかと聞くと、マルスは小さく首を振った。
「カインはどうしました?」
そう訪ねると、すっと下を向いてしまう。
頭一つ近く違う背丈では、下を向かれてしまうとその表情を伺い知る事は出来ない。
「眠ったよ…もう随分眠っていないと云っていた…」
「まぁ、あれで根が真面目ですからね。任務は休まずこなしていました。とすれば呑むのは夜だったのでしょう」
酒臭くて敵いませんでした。
そう付け加えると、マルスは小さく微笑んで困ったように眉根を寄せた。
「僕は…彼や君達に、なんといって詫びて良いか解らないよ…。
おかしいんだ…。こちらの世界が僕の本当の居場所で、大切にするべきはこちらなのに…。
いつしか、向こうの世界の終わりが、此処へ帰る日が、待ち遠しくなくなってしまった…」
王になるものとして、許されない。
そう結んだ言葉は、恐らく最も当たり障り無く選ばれた、彼女の本音だろう。
それが本当に申し訳なさそうで、辛そうで。
けれどもしっかりと何を求めて居るのかが解る言葉だった。
自分の本心に気付いているのだろう、彼女の肩は小さく震えている。
欲しいものを欲しいという。それすら自分に許せないのか。
許されない。
この優しい姫が、そんな思いをせざるを得ない状況など、許されていい筈がない。
アベルはそっと目の前の細い肩に手を置いた。
「安心しました。貴方は、あちらで幸せなのですね」
そう言って笑う。
驚いてあげられた顔。その瞳には涙が溜まっていた。
「…そっ、れは…幸せ、だけれど…」
でも、と続けようとする唇にそっと人差し指を当て、紡ぐ言葉を遮る。
本当は、その柔らかい弾力を同じ物で塞いでしまいたかったが、臣下の立場ではそうもいかない。
そのままその不安げな瞳に笑いかけた。
「俺達が望むものがなんであるか、ご存じですかマルス様」
「え…?」
本気で解らない、という顔をするマルスに、顔を寄せて。
「貴方が幸せで…、それから、出来ればたまにはお顔を拝見して、無事を知れるなら他に何もいりませんよ」
カインだって、それは同じです。
そう言って、見開かれた目を覗き込んだ。
澄んだ青に映る自分が、少しでも誠実に、何の下心も無く有るように。
努めて真摯に伝えられた言葉に、マルスの笑顔はやがて本物のそれへと変わった。
「ありがとう、アベル」
心からの笑顔を安心して眺め、「送ります」の一言で、アベルは愛しの姫君を手放した。

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なんか確実にFE世界間違えてる予感がするけど気にしない。
うそです結構気にしてます。
一応プレイ動画とかでお勉強したんですけどまだまだですね…。
というか、漫画版の印象が強すぎてなかなかそこから抜けられない…。ほんとごめんなさい。
DS版買ってから書けば良かったなぁ…。これだからゲーム苦手な奴は…
変なところあったら頑張って直しますのでどうぞ拍手でつっこんでやって下さい。

一応次回にちょっと続く感じです。
ってかシリーズ物なんだから続くだろって感じですが…。(汗