例えばそれは、夜中にふと目を覚まして、布の隔たりの向こうに感じる気配だとか。
起き抜けに見る、朝日の透けた鮮やかな空色の髪だとか。
不意に触れた指先の熱さや、視線が合った時の動悸の早さ。
人混みの食堂でも無意識に探し出してしまう、その細く整った姿。
そんなものの全てが、どんな意味をもって自分に響くのか。
本当はとっくに、解っていた。
 
『決心』
 
その日の午後は、久しぶりのチーム対抗戦だった。
二人一組でタッグを組んでの試合形式は、個人戦とはまた違った楽しみがある。
二人で連携しても良し。ニ対一の構図を作るも良し。
力量に自信があるなら、個別に戦っても良いだろう。
チーム分けは抽選で、いつも試合の数時間前に発表される。
それからの時間は作戦会議用、というわけだ。
そんなわけで、偶然かはたまたマスターハンドの気遣い故か。
見事に同じチームとなったアイクとマルスは、試合までの数時間を自室に籠もって過ごしていた。
 
「え…と、ごめん。意味が解らないよアイク」
きっちりと整えられた木製のベッドに、小さく腰掛けて。
端正な顔を困惑で彩って、首を傾げたマルスが云う。
深い青の瞳に映るのは、同じく青色。
石造りの広いとも言い難い部屋の、中央に置かれた衝立は、張られた布を寄せられて半分ほど機能を無くしている。
その銀の枠を挟んで、アイクとマルスは互いのベッドに腰を下ろして、互いに顔を見合わせていた。
「解らなくても、頼む。あんただってせっかくの試合だ、戦いたいのは解る。だが…」
これは、願掛けみたいなものなんだ。
ガンとして譲らず頭を下げるアイクに、それでもと強く言えないのがマルスだ。
心底困ったなというような顔をして、顎に手をやった。
考え込む時の癖である。
「そりゃ、僕は戦うのが好きという訳ではないし、君がそうまでいうなら…って気持ちもあるけど…。」
渋い顔を向けても、相手はまっすぐに見返すばかりで、意志が変わらない事を主張している。
寄せた布と、金属の枠で出来た四角い窓の向こう。
出会ったばかりの頃は幼さの残る印象だった顔は、今や精悍な青年のそれに近い。
細身だが引き締まった体躯が持つ力強さは、幾度と無く対戦したマルスも身に染みて知っている。
自分にはない、純粋な力を武器にした戦法。
大会経験の差も有り、まだまだ遅れを取るつもりはないが、少なくとも既に同等に並ばれているのは確かだ。
ため息を吐いて石畳に目を落とす。
ロイが退寮した時にかなり大がかりな掃除をして、ピカピカとは云わないけれども、そこそこ綺麗にした床。
いまでは黒くくすんで、見る影もない。
それはそのまま、目の前の男と過ごしてきた日々の長さだった。
「…わかった、良く解らないけど協力するよ」
ふぅと小さく息を吐いて、根負けしたとばかりに云うと、アイクの顔はぱっと輝いた。
「そうか…ありがとう、恩に着る」
「そのかわり、本当に危なくなったら僕も参戦するからね」
解った?と見返すと、神妙な顔をして頷いたので、それ以上は何も云わない事にした。
 
アイクからの申し出はこうだ。
『今日の試合は自分一人に任せて欲しい。』
当然反対したマルスだが、結局は彼の熱意に押し切られる形で承諾した。
「願掛けって云ってたな…何の事だろう…」
その内容は結局の所、聞き出せずじまいだった。
 
チーム戦の対戦相手は試合開始直前に発表される。
戦場となるポケモンスタジアム2のオーロラヴィジョンに映し出されたチームを見て、思わずマルスはアイクを見遣った。
「これはちょっと…、流石に一人で戦うのは無謀じゃないかな…?」
返らない返事が、逆にその言葉に同意を示している。
対戦相手として映ったのは、ゼルダ&スネークペア。
お忍び姿への見事な変身を遂げるゼルダは、一人でも二人分のやっかいさだ。
おまけにスネークの持つ遠距離型の武器は、近距離戦闘を得意とする剣士には相性が悪い。
その上、元の世界では見たこともない近代兵器の類は、どうしても苦手とせざるを得ないのだ。
それでも、アイクは頑なに首を振った。
「これは相手によって止めて良いものじゃないんだ。いいからあんたは俺に任せててくれ」
ここまで真剣に訴えられては、異を唱える訳にもいかない。
「気を付けてね…?」
マルスに言えるのは、ただそれだけだった。
 
開始の合図の声と共にスネークのランチャーが、アイクをめがけて飛んでくる。
すかさず避けるが、動きを読んだ姫の横薙ぎの蹴りを受けて、無様に地面へひれ伏した。
「アイクッ!」
思わず飛び出してくるマルスを手で制し、素早く体制を整えて追尾してくるランチャー弾に備える。
まともに食らえばかなりのダメージは避けられないが、ガードさえしていればどうという事はない。
肝心なのはガードが切れる瞬間の動き。
当然の様に素早さを武器とするシークが、的確にそこを狙って来るだろう。
それを見越して素早く剣を持ち替えて、カウンターではね飛ばす。
浮いた体に追撃を加えると、落下こそさせられないものの、ダメージ蓄積はかなり増やせた。
複数対一の定石は、あくまで個別撃破である。
それに倣うなら、このままシークを場外へ飛ばし、相手を一人に絞って戦うべきだろう。
だが、あまり彼女にばかり構っていては、スネークに後ろのマルスを狙われる。
避けるくらいならしてもいいとは云ったものの、はやり出来ることなら守りきりたい。
攻撃も、防御も、全て引き受けて。
守りきって、そして。
 
伝えたい事が、ある。
 
決意に顔を引き締めて、アイクは剣を構え直して目の前の敵に斬りかかった。
残り時間を示す時計は、開始直後からほとんど減っていない。
だいぶん時間が過ぎたように感じるのに。
積み重なるダメージに息を荒げながらも、アイクは真っ直ぐに敵チームの二人を見上げた。

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遂に遅すぎた告白編です。…やっとかよ。(お前が云うな

長すぎたので二回に分けようと思いまして…。
んで、気付いたら中途半端なところで切れてしまいました。
ごめんなさい。
続きはなるべく早く上げようと思います。すみません。

11/28 解り辛い部分を修正してみました。対象が曖昧な表現で申し訳御座いません。