初めて逢った日を思い出す。
初めてこの大会に呼ばれ、故郷と仲間を残してやってきた寮で。
初めて声を交わしたのも、そういえば彼だった。
そんな事にすら女々しく運命をこじつけた時、アイクはようやく自分の感情の名を知った。
 
『始まりの終わり』
 
拍手喝采に包まれたポケモンスタジアム2のオーロラビジョンには、残り少ない試合時間が映し出されている。
5分間あった試合時間も、今では残り1分を切った。
落下回数はアイクが3回、スネークが2回、ゼルダが1回。
今日の試合はチーム戦。つまり今現在は引き分けの状態だ。
この僅かな残り時間で相手を落とせれば、落としたチームの勝利だろう。
そしてもしどちらも落とせなかったら。
一人で二人を相手にしている状態では、さしものアイクもサドンデスを乗り切る体力は残らない。
つまるところ計画を成功させる為には、なんとしてでもこの僅かな残り時間に、相手のどちらかを落とさねばならないのだ。
スネークの地雷を飛び避けながら、ちらりと後ろを伺う。
いつでも飛び出して行けるように柄を握りしめたままのマルスが、真剣な表情でこちらを見ていた。
ああ、心配を掛けている。
申し訳ないと思うと同時に、案じられている事に嬉しくなる。
自分はどうやらマルスを愛しているらしい。
アイクがようやくその答えに辿り着いたのは、極々最近の事だった。
だが、そうと解った所でじゃあどうすればいいのか。
恋愛経験など有るはずもない朴念仁の無頼漢には、とりあえず伝えよう、くらいの考えしか浮かばなかった。
しかして、相手は同性で年上、しかも身分は王子様である。
如何に色恋に疎いアイクでも、正面切って「好きだ」と云って事態が好転する筈も無い事くらいは解る。
年下でも同性でも、マルスを愛せる立場になりたい。可愛がれる立場になりたい。
そうして考え出したのが、今回の試合の取り決めだった。
元より戦う事しか能の無い傭兵である。強さを示すより他に、自分を売り込む術が無いのだ。
 
そろそろ終了のカウントダウンが聞こえる頃だろう。
マルス以外の三人のダメージカウントは、それぞれかなり溜まっていた。
アイクの事情を察したのか、スネークもゼルダもマルスを殆ど攻撃しなかったので、今回の試合は完全にニ対一の様相だ。
疲労で重さを増した愛剣を振るい、ゼルダの蹴りをかわしてスネークに斬りかかる。
だが、百戦錬磨の傭兵はにやりと笑い、後ろ手に持つ丸い物体をアイクに翳した。
「まぁ、頑張った方じゃあないか?」
そう言って投げて寄越したのは黒光りするボム兵。
しかも厄介な事に起爆済みだ。
「く…っそ…!」
終了時間秒読みの今コレを食らえば、今のダメージ値から言ってもアイクの負けは確定する。
引き分けどころか、負けるなんて。
そんな事は有ってはならない。なら、せめて。
「せめて、引き分けにしてくれる!!」
精一杯伸ばした手でスネークの胸ぐらを掴んで、ぐいと引き寄せて。
二人の間でボム兵が爆発しようとした瞬間。
「放してアイク!!」
鋭い声に思わず緩んだ腕をすり抜けるように、細身の剣が黒い危険物を貫いてスネークの方へ押し返した。
神速のファルシオンの剣先で、爆発寸前のボム兵を傷つけることも無く跳ね返す。
どれほど鍛錬を積めばこの剣技が身につくだろうか。
「やはり…あんたには敵わん…」
スネークの体を場外へ吹き飛ばす爆風に等しくあおられて、バランスを失ったアイクの体を、細いしなやかな腕が抱き留める。
勝利を知らせる声を遠くに聞きながら、アイクの傷んだ体は意識を手放した。
 
「…すまん…」
小さく声を掛ける。もう何度目か解らない。
石造りの寮の一階、白塗りの壁と白いカーテン、白い寝具の置かれたベッド。
そこはドクターマリオの取り仕切る医務室である。
ベッドに寝かされたアイクは、首だけ起こして、傍らに座るマルスを見やった。
返事はなく、その体も微動だにしない。
俯いたままの彼の前髪は長く、表情はすっかりと覆い隠されてしまっている。
その顔に手を伸ばそうと体を起こすと、初めてマルスが顔をあげた。
「起きるな!ばか!」
青く澄んだ目は涙をいっぱいに浮かべて、真っ直ぐにアイクを見つめている。
怒りかはたまた安堵からか高揚した頬に触れると、マルスは黙ってそれを受け入れた。
白い肌が僅かに上気している。桜の様な薄紅に手を添えると、細い指先が追いかけてきた。
「そんなに…僕が嫌いなのか君は…」
傷を受けた掌で純白の肌を撫でると、泣きそうな声でマルスは言う。
堪えるように閉じられた瞳。縁取る長い睫毛に、滴が集まり零れ落ちる。
「何故そうなるんだ!?俺は、俺はただ…」
慌てて上げた抗議の声に、消え入りそうな呟きが応えた。
音もなく頬をすべる涙が目に痛い。
マルスが泣いている。それだけでもう、許されない重罪を犯した様な気持ちになった。
「…君が、どんなつもりだったのかは知らない…でも…」
薄く開かれた双眸はしかし、きっちりと逸らされてアイクを見ることはない。
顔が見たくて顎に伸ばした手は払われて。
頑なに視線を合わせるを拒んで、マルスは言葉を続けた。
「君が痛めつけられてる間、後ろで見ているだけの僕が…僕が、どんな気持ちだったか、君に解るのか!?」
震える手が、無骨な手に巻かれた白い布をなぞる。
アイクの腕には無数の包帯がぎこちなく巻かれていた。おそらくは彼の手によるものだろう。
見た目は多少不格好だが、手当のおかげで痛みは殆ど無かった。
「手当を、してくれたのか…ありがとう…」
声を立てずにただ流れる涙をすくい取り、震える髪をそっと撫でる。
しばらくそうしていると、やがてマルスは小さくため息を吐いて体を離した。
「すまない、責める様なことを言ってしまって…」
「何故あんたが謝る?迷惑を掛けたのは俺だ」
そういって謝ろうとすると、さっと挙げられた手が言葉の続きを遮った。
抜かりなく滴を拭き取られた瞳は、真っ赤に染まって痕跡だけを残している。
ようやくアイクを映した目にはしかし、いつもの強さは無い。
「謝るのは僕の方だ…君との約束を破ってしまった」
そうぽつりと呟いた顔には、新たな涙が跡を残して落ちていった。
 
理由は結局聞かされなかった。考えても解らなかった。
大いなる親切でご丁寧にもそれを教えてくれたのは、今日の対戦相手であるスネークだった。
曰く、「今日の試合でカッコいいとこ見せて勢いつけて告白するつもり」らしい。
何故一人で戦うと格好良いになるのかは解らなかったが、アイクのことだ。
きっと色々考えて、結局それしか思いつかなかったのだろう。
どうやって思いついたのかも解らないが、兎に角。
アイクには想い人が居る。しかも、そんな危険な思いをしてまで手に入れたい相手が。
そして、自分に求められているのは、それへの協力なのだ。
試合中何もさせて貰えず、彼が傷付くのを黙って見ているのは辛かった。
勝利と同時に倒れた彼の、手当をするのが哀しかった。
でも、何よりも苦しかったのは、そんなにしてまで遂げたい想いが、彼にあるということだった。
ボロボロの体も、それでも諦めない心も、全てそのひとの為にある。
それが何よりもイヤだし、そう思う自分はもっとイヤだった。
アイクが目覚めるまでずっと、ベッドの横の小さな椅子で、そんなことを考えていて。
おかげで目を覚ました彼の顔は、もうまともに見られなかった。
それでも、なんとかきちんと謝らねば。それだけを考えていた。
何しろ自分は彼の望むとおりの手助けを、結局は出来なかったのだから。
「スネークから聞いたんだ…君がこの試合に、どうして一人で勝ちたかったのか…」
そう言った瞬間、アイクの顔が強ばるのが見て取れる。
厚い肩がぴくりと跳ね、真剣な表情にさっと赤みが差して、こんな時なのに可愛くすら見えた。
「…全部、知っていて…泣いてるのか、あんた…」
心なしか消沈した声で、アイクが尋ねる。
小さく頷いてそれに応えると、長いため息が聞こえた。
「…そうか、すまん…泣かれるとは思わなかった…」
静かな声でそういわれて、余計に涙が出て必死に首を振った。
ああ、僕はアイクが好きなんだ。
アイクの計画を知らされて哀しいのも、アイクが怪我をするのがイヤなのも。
アイクが他の誰かの為に頑張るのを、悔しいとすら思うのも。
全部、アイクが好きだから。
今更自覚しても意味がない。アイクには危険を厭わない程好きな相手がいるのだ。
止めようと思えば思う程涙はこぼれて、結局ドクターが帰ってくるまでの間ずっと、アイクの胸に顔を埋めて泣いていた。
 
部屋の外では、成り行きをこっそり見守っていたゼルダとスネークが、ダメだこりゃとばかりに崩れ落ちる。
「貴方、なんとかしてあげなさいな」
美しい姫君にそう言われて、スネークはニヤリと笑って頷いた。

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なるべく早くとか言っといて何ヶ月経ってんだ自分!!
ほんとすみません!!

しかも書いてる途中までハッピーエンドのつもりだったのに、書き終わったら擦れ違っていた、という。
どんだけ幸せの敵なのか自分!!!
でもまぁとりあえず次は必ず告白させますんで!もう色々すみません!!
私の好きな本の傾向が解った方は何も言わずにほっといてやって下さい…。