若干の下ネタを含みます…。スミマセン…。











空は高らかに晴れて。日は燦然と輝いて。
空気は心地よい温度を保ち、風は華やかな春の香りを運んでいる。
それなのに、乱闘寮最上階の部屋に居る人物の顔は、嵐の夜の様に曇って、暗くて、冷え切って、涙の匂いがした。
原因は一口に説明出来るほど簡単ではなく、また、思い悩むほど混沌でもない。
或る程度の人生を重ねれば笑って話せる程度のものだろう。
けれども歳若い姫君にとって、それは己の人生を左右するような問題だった。
 
『全て世は事も無し』
 
王子を名乗る姫君、マルスが男として育てられたのには、様々な要因がある。
一つは彼女が王族で、上の子が女であったこと。
そして、マルスより下に子が居なかったこと。
もう一つは祖国アリティアが亡国の憂き目に遭ってしまったこと。
それにより、元より年頃となれば公表される手筈だった彼女の本当の性別は、闇に葬られてしまった。
祖国復興・王政復権の為の旗印は、姫より王子の方が都合が良かったのだ。
彼女とその仲間達の活躍はめざましく、晴れてようやく国を取り戻したのがつい先頃。
後は折を見て全てを公表する。その予定だった。
乱闘大会の主催者から招きが有ったのはそんな頃で、だから彼女は男として、王子としてその大会に臨んだ。
下手にばらしては戦後の混乱を更に強めるだけだという、民を愛する王にふさわしい判断だった。
医務を担当する者や二人の手袋型の主催者。
それに勘の良い女性達、それから期せずして風呂で遭遇してしまったスネークには、女であることがバレている。
「いや…ルカリオにもバレてる…かな」
波導使いだもんね。
ベッドに突っ伏して独り言を呟く。
今挙げたのは乱闘大会参加選手のほんの一握りで、マルスの悩みはその他大勢の方にあった。
ちらりと横に視線を投げかける。
石造りの室内、温度のない床を視線で辿ると、白い衝立が視界に入った。
あの日、彼が来た日にマルスが自分で運び込んだものだ。
二人分の部屋をそれで仕切る事に、彼は何一つ異を唱えなかった。
もしかしたら後輩選手だったから、思うところあっても言い出せなかったのかも知れない。
けれどマルスにはそれが、彼の優しさと鈍さの象徴のように思えていた。
優しくて不器用で鈍くて、でも時々鋭い年下の青年。
彼を慕う人は多いと聞いていたが、それも当然だと思える好青年だ。
だからこそ彼に愛を告げられた時、涙が出るほど嬉しかった。
彼に恋人になることを了承して貰えて、自分は何て幸せなんだろうと、そう思った。
けれどその時はまだ、二人の間の大きな問題に気付いてやしなかった。
 
 
「男同士のやり方…かぁ…」
彼の素朴な疑問を思い出して、盛大なため息を吐く。
「当たり前だよね…アイクは僕のこと、男だと思っているんだから…」
言いながらごろりと仰向けに寝ころび、胸に手を当ててみる。
サラシを巻いてまるで胸筋の様になっているが、実際の膨らみもサラシの必要性を疑う程小さい。
幼い頃から鍛錬していたせいだろう、他の女性より膨らみも丸みもなく。
その代わりに筋肉の発達した身体は、高い背丈と相まって、女性というよりは華奢な男のそれだ。
鈍いアイクが真実に気付くはずなどなく、それなのに彼はマルスに好きだと言った。
恋人になりたいのだと言った。
つまりそれは、『そういう事』なんだろう。
「えええええ、いや、でも…えええええ??」
まさか「男色ですか?」と訊くわけにもいかない。
彼は自分を男と思っていて、その上での愛の告白劇なのだ。訊く方がどうかしている。
「やり方を訊いてくる!」と勇んで出て行った彼を見送ったのが、ちょうど10分程前。
実地で懇切丁寧に教わっているんでなければ、もうすぐ答えを持って戻ってくる頃だ。
マルスとて男として育てられてきたし、男の中に混ざって生きてきた。
だからそういった関係における所作についても、隊内で繰り広げられる猥談の中で聞き覚えがある。
そして男として育ってきたからこそ、自分には無い器官の持つ欲求の強さを、嫌が応にも見聞きしていた。
幼少の者ならいざ知らず、二人とももう成人を迎える頃である。
晴れて恋人同士となったのだから、そういう行為に及ばない方がおかしいのだ。
それは解っている。理解している。むしろ歓迎したっていい。
男同士のやり方でなければ。
そんなマルスの思い悩みを吹き飛ばすように、聞き慣れた靴音が近付いてきた。
 
 
「待たせたなマルス!スネークに聞いてきたぞ!どうやらまず潤滑油をたっぷりと尻に」
「ストップ!いい!だいたい解ったからもういい!!」
ドアを開けると同時に開口一番詳細な説明を始めようとしたアイクを遮って、マルスは涙目で手を振った。
ああ、教えないでくれればいいのに。何もかも解ってる癖に!
あまりのことにマルスの怒りは、その場にいないスネークに理不尽にも向いた。
「いいってなんだ、俺はとても重要な事だと思ってだな…」
心なしかアイクの顔が赤い。
ちらりとマルスを見、それからせわしなくベッドやら床やら走り回る視線に、彼の興奮度がありありと見えた。
覚悟を決めなきゃいけない。彼は男の僕に好きだと言ったのだから。
冷静にそう思う頭とは裏腹に、マルスの頬には透明な雫が流れた。
「あ、あれ…?」
驚いたのはアイクよりもむしろマルス自身だ。
きょとんとした顔で頬を拭い、落ちる雫を辿り上げ。
やがて澄んだ青の瞳を縁取る長い睫毛に触れたとき、彼女はもう一度「あれ?」と言った。
アイクは驚くというよりむしろ罪悪感の方が強いのだろう、狼狽して物凄い速度で頭を下げる。
「す、すまんマルス!急ぎすぎた!!」
放って置けば冷たい石に両手足を着いて、額をこすり付けて土下座で詫びかねない勢いだ。
そんな事をされたら申し訳ないドコロではない。
慌てたマルスはベッドから飛び降りて、入り口から動かないアイクに駆け寄った。
「違う…違うんだアイク…君が悪いんじゃないんだ…」
ツンツンとはねる青い髪を抱き潰す位に抱きしめて。
涙を止める事も出来ないまま、マルスはひたすらに謝り続けた。
「なんであんたが謝るんだ!俺が、もっとあんたの気持ちを待っていれば…」
「だからそれが違うんだ!」
いつもなら黙って人の言葉を聞くタイプだったマルスの変貌に、思わず言葉を飲み込んだ。
顔を上げると、止まるどころか更に量の増えた涙。
細い肩は微かに震え、美しい双眸は赤く染まっている。
「マルス…何が違うんだ…?」
これはただ事ではないと、鈍いアイクにでも解る。
安心させる様になるべく優しく、包み込むように頬に手を触れると、僅かな擦寄りを感じる。
「なぁ…教えてくれ…。何でも聞くから…。何だったら、俺が下でも構わないし…」
心底嫌だという顔をしながらとんでもない提案をする恋人に、思わずマルスの心が綻びた。
消えそうな薄い微笑を浮かべ、マルスはぽつりと言葉を落とす。
「…それも、無理なんだ…それに…僕はそこではしたくない…」
「そこって?…他に何処があるんだ?」
流石のアイクも文脈で理解したらしい、彼の理解を鑑みれば最もな疑問を口にした。
「…君は、僕を好きだといってくれたよね…男の僕を…」
「ああ。俺はちゃんとあんたが男だって解ってる。だが、それでもあんたが好きだ」
迷い無い真っ直ぐな瞳。確信に満ちた意思が、溢れるほどに感じられる。
これはもう、間違いない。
だからこそマルスはこの先を話さなければならなかった。
誰よりも彼を愛しているから、だからこそ。
 
 
「アイク…落ち着いて聞いて欲しい…。僕は君が求めている様な男じゃないんだ…」
「は?あんた何言ってるんだ?」
伏せた睫毛に涙が溜まる。
何て美しいんだろうと頭の片隅で思いながら、アイクは困惑顔で聞き返した。
何度か言葉を出そうとしては飲み込んで。
ようやくマルスは次の言葉を発した。
「僕は…僕は、本当は…女なんだ…。王子なんかじゃない、全部嘘なんだ…だから…」
男を好きな君に、好かれる資格は無いんだ。
やっと搾り出した酷い裏切りを、アイクはどんな顔で聞いているんだろう。
男だと思っていた恋人が女だと知って、どんな思いでいるんだろう。
それが怖くて怖くて、マルスは目を開けることが出来なかった。
大きな掌が肩に乗る。相手が屈みこむ気配。
顔を覗き込まれていると気付いた時には、顎を掴まれてキスをされた。
「ふ…ぇ?」
突然の事に呆けた顔を向けるマルスに、アイクはとても難しい顔をして「馬鹿」と言った。
「あんた馬鹿だろう!俺は…俺が好きなのはあんたで、あんたが男だから男でも良いって言ったんだ」
変わらない背丈の二人の剣士は、裸足のマルスの方が今は少し小さい。
その差を利用してアイクは、マルスを腕の中にすっぽりと抱き収めた。
「俺は普通に女が好きだ!だが…あんたならと…物凄く悩んだんだぞ!それを求めてないって何だ!」
「え、えと?アイク…あの…え?」
一呼吸を置いて、盛大にため息を吐き、アイクは一際強い口調で言った。
「俺が求めてるのはあんただけだ!女だからなんて、むしろ大歓迎だ!」
解ったか!?
それは物凄く自信に満ちた宣言であり、マルスの不安を全て吹き飛ばして余り有る程の物で。
マルスは思わず吹き出して笑った。
「大歓迎って…あはは、君、ホント…凄いね」
「何が凄いのか解らん!というかあんたの方が凄いだろう。俺は全く気付かなかった」
それはアイクが鈍いだけなのでは、という疑問を飲み込んで。
マルスはやっと春の日差しの中の花の様に、朗らかに笑って言った。
「それじゃあ、改めてよろしく…でいいのかな?」
「ああ、勿論だ!こちらこそ頼むぞ姫君」
膝を折って手を取って、その甲に唇を落とされて。
なんだかマルスは、とっても幸せになってしまった。
 
 
「じゃ、改めて続きをするかい?」
長年抱えてきた不安が消え去って、晴れやかな顔のマルスはそういって貰ったキスを返す。
だが、今まであれだけ乗り気だったアイクは、突然頭と両手を千切れんばかりに振った。
不思議に思ったマルスが「どうして?」と尋ねると、真剣な顔をして恋人は言う。
「駄目だ。女と付き合うなら嫁に貰うまで手出しは出来ん!!」
「え、えええ!?アイク、ちょっと、それは…」
驚きと肩透かし感と気恥ずかしさとが入り混じって、思わず頬を染めたマルスは可愛くて。
それでもアイクは最後まで首を縦には振らなかったという…。
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一応の完結です。
この先は嫁に行くとか行かないとか、そういうのになっちゃうので…。
それでも書いてもいいよと言って下さる方がいらっしゃったら、また時々書くと思います。

長い間読んで頂いて、有難う御座いました!!(ぺこり