1*10です。

『捨てた猫の拾い方・上』
 
そこは東京都中央区。
ドラマにでも出てきそうな小洒落たデザイナーズマンション…の隣の、何処にでもありそうな量産型マンションの玄関で。
最上階の一つ下の部屋番号を押しながら、結城はひっそりとため息を吐いた。
『…入りなさい』
躊躇いがちに押したインターフォンからは、素っ気無くも威圧感のある声が聞こえる。
スピーカーを通したその音は特有の刺々しさがあって、早くも踵を返してしまいたくなる。
その衝動を必死に堪えて、ガラス張りのエントランスに向かった。
同時に開いたガラス戸から身を滑り込ませると、空調の効いた心地よい温度が結城のベタついた髪を撫でる。
幸いにも玄関ホールには人影はない。
いくら量産型マンションとはいえ、場所が場所である。
自分の様な外見の人間が入り込んだら何を言われるか、解らないほど結城は馬鹿ではない。
玄関のガラスに映るのは、伸び放題に伸びた無精ひげと長く洗っていない乱れた髪。
それになんとも着古した感のあるダッフルコート。
二十年近く着込んだそのコートは、びっくりするほど伸びてしまった身長に耐え切れず、ものの見事にツンツルテンという風体だ。
かつてはきちんと整えていたその下のワイシャツとネクタイも、今では緩みきって色まで変わっている。
風貌も表情も、何処からみても浮浪者そのものだ。
虚ろな目を縁取るやつれが、童顔だなんだといわれていた外見を、実年齢以上のものに見せている。
「見つかったら…通報モノ、だね…」
廊下の端の監視カメラから隠れるように顔を伏せ、エレベーターの銀色の扉の中に逃げ込んだ。
が、勿論その中でも、カメラは結城を睨んでいる。
観念したように警戒を解き、階数ボタンを押して、コートのポケットから一風変わった形状の携帯電話を取り出した。
二つ折りでありながら、一方が長方形、他方が円形をしたその携帯端末は、緑を基調とした斬新なデザインで、中央には天秤のマークが入っている。
かつては優秀なコンシェルジュを有し、沢山の要望に応えてくれたシロモノだが、今は電源すら入らない。
手に入れた当初は、100億円というありえない金額が入っていた端末。
現在の残額はその頃に比べれば、雀の涙よりも少ない。
これが完全にゼロになった時が、自分の死ぬときだ。
そう思った時結城は、居場所を隠す為に携帯の権利を放棄した。
要は真っ二つに叩き折ってしまったのだ。
おかげで他の11人がどうしているのかを知れる立場に無くなってしまった。
が、自分に残された金額がこのゲームを勝ち上がる為にどうしようもなく少ないと解った自分には、こうするより他に思いつかなかった。
それもこれも、全てはあいつらのせいだ。
自分の思想を否定して、自分のミサイルを撃墜して見せた9、滝沢朗。
そして。
 
目的の階についたエレベーターは静かに動きを止め、扉を開いた。
落ち着いた色調と淡い照明が上品さを醸し出す廊下。
玄関ホールと違うのは間接照明故の心地よい暗さぐらいだ。
エレベーターを降りて、左に曲がって、突き当りを右にまっすぐ。
破壊する前の携帯電話に届いた伝言で、『彼』に指示された通りに歩くと、果たしてその部屋は有った。
表札は物部。
自分の残高をここまで減らしてくれた元凶のもう一人である。
結城は今まで、彼がマトモにノブレス携帯を使っている所を見たことが無い。
事実通信費用くらいしか、彼の使用履歴は送られて来なかった。
彼の考えに乗った自分が全く悪くない、とは流石に思わない。
元々自分は一人でもミサイルを発射していただろう。
けれど、焚き付けるだけ焚き付けて、自分の残高を減らす事無く思想を実行した男。
最後には自分をあっさりと切り捨てたその男が悪くないとも思わなかった。
むしろ悪い。物凄く悪い。どう考えても他人を使い捨てる悪人だ。
大嫌いな役人や、官僚の類と同じ、他人の努力を搾り取り信頼を切り捨てる人間だ。
「そういえば…元官僚だったっけ…」
ポツリとつぶやくと、突然ドアが開いた。
 
「やあ、遅かったな」
きっちりと整えられた髪。冷徹な印象を受ける眼鏡。
見た目は外で会うときよりはラフだが、服の質が良い事くらいはホームレス同然の結城にもすぐわかった。
「初めて入るマンションなんだから、そんなに早くはこれませんよ、物部さん」
しかも34階なんて時間のかかる…。
そう呟くと、相手の顔が呆れたように一瞬崩れる。
勿論玄関からここまでの所要時間を咎められたのではなく、マンションを訪ねるまでの期間の話だという事はわかっている。
けれどもわざわざ相手の意図を汲んでやろうという気にはならない。
そんな考えはあの日播磨学園都市から彼のヘリが飛び去った瞬間から、すっかりとなくなってしまっていた。
自然目をあわさず少しだけ斜め下を見て、靴も脱がずに言う結城に、物部は顔を顰めた。
「酷い格好だな…どんな生活してたんだ?風呂は入っているか?」
「あなたに関係ないでしょう!?」
久しぶりに出した大声は、ところどころで裏返ってしまった。
もう長い間、こんな声出していない。久しぶりに酷使した声帯が、少し痛んだ。
滝沢朗への復讐の為以外に、ノブレス携帯を使う事が無くなった結城には、最早人間らしい暮らしなど残っていなかった。
ミサイルが撃墜されてからの日本は、ものの見事に転落の一途を辿っていた。
元々正規の雇用にありつく事の出来なかった結城に、生きていけるだけの収入を得る術は無かった。
折角買った家も税金や光熱水道費が払えずマトモに住めていない。
風呂も入っていない。髭も剃っていない。碌に食事も取っていない。
それは確かだ。
だが、そもそもそうなったのは目の前に居る男の責任があまりにも大きいのだ。
ちらりと室内に目を走らせる。
廊下の先の部屋は見えないが、照明や家具などの調度品は適度に高級で、一目で良い暮らしをしていると解った。
そもそもが銀座に程近い分譲マンションに住んでいる事自体、裕福な暮らしをしているのは明らかだ。
こんな人に、何がわかるというのか。
何の関係も無い。自分を切り捨てた人なんかに。
そんな事を消え入る様な声で恨みがましく言っていると、急に物部は彼の手を掴んで室内に引き入れた。
「とりあえず上がりなさい」
いいながら部屋に招きいれようとする彼の強引さに戸惑いながら、慌てて靴を脱いで彼に従う。
右も左もわからぬまま、玄関から右に曲がってすぐ、小さな部屋に入れられた。
そこが脱衣所だと気付いたのは、半分ほど服を脱がされてからだった。
「ちょっ!な、何してるんです!?」
緩いネクタイを解かれ、薄汚れたコートを脱がされ、シャツの前を開けられ。
ズボンのベルトに手を掛けられた所で、慌てた結城が声を上げた。
「何って…脱がしているが?」
「…あなた…ソッチの趣味ですか…?」
ベルトを手で押さえながら震える様に呟く結城に、物部は顔も上げずに「さぁてね?」と言って強引にベルトを解いた。
続いて手馴れた手つきで下着ごとズボンを下ろす。
突然下半身を露にされ、結城は涙目で身を捩った。
「な、に…止めて下さい!」
「…君は風呂に服を着て入る習性でもあるのか?」
「…へ?」
中腰で半泣きになった結城は、目に涙を溜めたままきょとんと目の前の男を見上げる。
物部の指し示す先には、湯気の立つ湯船が、たっぷりの湯を張られて鎮座ましましていた。
「そんな状態で奥に来るな。髪と体、何とかしておいで」
そういうと物部は、ポカンとした半裸の結城を置いて、「髭も忘れずにな」の言葉を置き土産に廊下の奥に消えた。
 
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映画見て衝動的に書きました。
色んな所が間違ってる気がするけど全力で見なかったことにする。
ちなみに物部さんの自宅…ではないつもりです。
あの人が自宅に他人入れるとは思えない…。(酷