1*10です。

『愛情と栄養』
 
「で?話って何?」
丸の内のビル内の喫茶スペース。
二人分の珈琲を持ってやってきた眼鏡の男は、席に着くと同時にそういった。
席で待つミリタリージャケットの青年が、財布を出そうとするのを制する狙いも有る様だ。
「いや、大したことじゃないんだけどさ…」
いいながら所在なさげな財布を、ズボンのポケットに仕舞う。
駅前のビルの一階にあるその店は、吹き抜けの開放感があって人気も高い。
その為、休日ともなればかなりの人出がある。
が、平日のしかも午後3時という時間には人通りもまばらで、どんな話をしても聞かれる心配はなさそうだ。
「他のセレソンについてなら、喜んで情報提供を受けるけど?」
受ける、という言い方には、言外に自分から公開する情報は無いという意思を感じる。
相変わらず感じ悪いなと若干眉をひそめつつ、滝沢朗は物部大樹に言った。
「まぁセレソンつったらそうだけど…。結城の事でさ…」
その名前を出したとたん、眼鏡の向こうの目つきが変わる。
冷静冷徹なこの元官僚にとって、彼が大切な物だというのはどうやら本当らしかった。
「結城君が…何?」
極めて冷静な口調だが、雰囲気は明らかに先ほどとは違う。
他の男の口からその名前が出た事すら、心底腹立たしいというような風ですらある。
愛されてんなーとこっそり心で笑い、「大した事じゃないよ」と再度言った。
「いやさ、結城なんだけどさ…チョコ、あげてくんない?」
「…君から?」
「なわけあるか!俺貰う方だし!アテもあるし!アンタからに決まってんだろ!」
アンタが怖いから、という本当の理由は心に仕舞って、滝沢は数日前の事を説明しだした。
 
それは、都内のとあるスーパーでの事だ。
久しぶりに食べ物を買い出しに来た滝沢は、イベントコーナーの前に見知った顔を見つけた。
どんよりとした雰囲気と、長身に似合わぬ短い丈のコート。
一度聞かされた実年齢が信じられない程の童顔。
それは同じセレソンの結城亮の姿だった。
「な〜にしてんの?」
後ろから突然声を掛けられてびっくりしたのか、結城はたっぷり30cm程も飛び上がった。
「うわ、悪い、そんなに驚いた?」
そう言って肩に手を置くと、のっそりとした動作で振り返る。
生気の薄い目で相手を捉えた途端、酷く厭な顔で素早くその手を振り払った。
「なんか用?」
あからさまな態度に、そういえばコイツには嫌われてたっけと思い出す。
別に直接喧嘩したわけではないが、過去の事を考えれば仕方ないのかも知れない。
何となく気まずくなって、ふとそのコーナーの題字に目をやる。
そこには鮮やかなピンクの装飾で、『バレンタインコーナー』と書かれていた。
「バレンタイン!?え?アンタ誰かにあげるの??」
あげるとしたらあのいけ好かない眼鏡の男だろうか。
一緒に暮らし始めたとは聞いたけれど、いつの間にかそんな仲になっていたとは。
だが、そこまで考えた所で、結城の言葉が滝沢の思考を遮った。
「違うよ、早く安くならないかなって…」
言い始めてから恥ずかしくなったのだろう、最後の方は聞き取れない程に小さな声だった。
恐らくはバレンタイン当日を過ぎて売れ残った分を、割引で販売するシステムの事だろう。
そういえばクリスマスケーキにも似たような事を言っていたと、めぐり巡って人づてに聞いた。
「甘いモノ好きなの?チョコとか…」
そう訪ねてみると、びっくりするほど素直に「うん」と頷いた。
 
「へぇ、彼が甘いモノをね…知らなかったな」
素直に頷く様を想像したのか、少しだけ柔らかい表情で言う物部に、滝沢はしかし首を振る。
「それがさ…違うんだよ…」
「何が?」
眉を寄せて訪ねると、なんともいえない顔で滝沢は続けた。
「甘いから好き…じゃなくてさ…」
 
『好きだよ。だって、一粒で三日分くらいのご飯になるんだ』
 
目を輝かせてそういった結城の顔を、滝沢はきっと一生忘れられないだろうと思った。
 
 
そうしてバレンタイン当日。
滝沢朗には無事可愛らしいチョコレートが手渡され。
結城には沢山の高級チョコが届けられた。

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またしても短くてすみません。
そしてついに滝沢君登場です。マジですみません。
もう、ほもってる時点で完全パラレルというか、捏造と思って戴ければと思います。
自分でもココまで時系列が解らなくなるとは思わなかったんだ…!(それ以前の問題です

バレンタインとか、結城君絶対縁なさそうだなー…と思ったのが書くきっかけでした(酷
あ、滝沢朗のチョコは勿論咲ちゃんからですw