4*1*4です。

「今日が何の日か知っているかい?」
久々に会った知人の声が、珈琲カップを二つ乗せたテーブルの向こうから聞こえる。
口に咥えた煙草をことさら深く吸い込んで、一息に吐きだして。
「新年度…とか言って欲しいか?」
「…新学期よりは突っ込み甲斐がないね」
面倒臭そうに答えた近藤に、物部はさらりと切り替えした。
湯気を立てるブラックコーヒーを口元に運びながら、いつもの薄笑いを浮かべて。
何にも崩されない鉄面皮を装備したその男の態度は、初めて会った時から何も変わらない。
顔見知り程度から知人くらいには昇格して。
偶然見かけては時間を共有する様になっても、近藤には物部の感情の一切が解らなかった。
同じゲームに参戦している仲間、とはいえ一応は敵同士。
参加者達の協力を謳いはすれども、一番信用ならないと思える男だ。
彼と行動を共にする参加者はいるし、実際彼らに会った事もある。
が、幼顔の長髪の男はさておき、斜に構えたニット帽の男は、決して彼を信用していないだろう。
今の自分と同じ様に。
悪人だとは思わない。だが、しかして善人でない事は自信を持って断言出来る。
そういう男だった。
 
 
『嘘吐きの日』
 
 
「…今日はね、エイプリル・フールだよ。セレソンらしく言うならプワソン・ダヴリル…かな?」
英語では別の発音をする『貴族の義務』を、わざわざフランス語で話すコンシェルジュを思い出す。
つまらない言葉遊びを無駄に知っているのも、実に彼らしかった。
「それくらい知ってるよ…んで?嘘でも吐いてくれんのか?」
誰が騙されるかバーカ!とでも返す気満々で尋ねると、厭味ったらしくゆっくり首を振る。
ニヤニヤとした笑みに対抗する様に、心底馬鹿馬鹿しいといった顔つきで。
「別に?君が吐くならノッてやってもいいが」
物部は相手に一瞥だけくれて、またカップに手を伸ばした。
いつもながら本当に厭味な男だ。
そう思いながらもこうして差し向かって茶などしている自分が滑稽に思える位に。
取り立てて偉ぶる訳でもないが、それはあくまでもあからさまではないだけで。
本心では自分や他の人間をことごとく見下して生きているんだろうと思う。
その最たるモノがアイツかな?と、近藤は心の中で不幸ヅラした幼顔の青年を思い出す。
知人程度の自分が見ても、彼がこのいけ好かない男にご執心なのは解りきっている。
三十路男同士の恋愛模様など虫唾が走ると思っている自分でさえ、うっかり同情したくなる程に。
そして、それを十分承知で逆手にとって利用しているあたり、物部は本当にイイ性格だと思う。
どうせエイプリルフールにかこつけて愛有る言葉の一つも告げられて。
あっさり「嘘だよ」とか言われて、影でこっそり泣かせてたりするんだろう。
物部という男は、そんな想像が容易に出来る様な男だった。
目線をそらしてガラス張りの店外を見ながらそこまで考えて。
ふと、近藤はしょーもない悪戯を思いついた。
 
カチャリと音がしてソーサーからカップが持ち上がり、薫り高い黒い液体が唇に流れ込むまで待って。
少し腰を上げて、高い背を利用してテーブルの向こう、眼鏡の弦のかかる耳元に。
「…愛してるぜ」
と、唐突に深い声で囁いてやる。
瞬間物部の顔はなんとも言えない形に歪み、ぐっと堪える表情が浮かぶ。
飲み込みかけたコーヒーが逆流しているのだろう、むせそうになりながら口元を押さえる手。
ぐっと引き結んだ目元にはうっすら涙が浮かんでいた。
喉元まで上がってきただろう液体を、必死で飲み下すなんとも格好のつかない様。
それを見て、してやったり!と心に思う。
隠す事無くニヤニヤと笑って観察してやると、漸く呼吸を落ち着けた物部は相手を一睨みして。
すぐにいつもの余裕を取り繕って、さらりと返した。
「それは嬉しいね…実は私もだ」
最大限に爽やかに見える笑顔を貼り付けて、涼やかな調子で。
こんな笑顔も作れたのかと驚くような表情を、物部は近藤に向けて見せる。
その態度に「嘘でした」と当たり前な事を伝える気が一気に失せる。
何を張り合ってるんだこの男は。
無様に吐き戻させられそうになったのが、そんなに悔しかったのだろうか。
流石負けず嫌いなだけはある。
余りにもあんまりな返答に些か引き気味になりながらも、さりとて近藤も他人の事は言えない。
お互いこんな解りやすい嘘を言っている状態だ。
わざわざ「嘘だ」などと、言ったほうが負けみたいではないか。
そう、近藤は思った。
幸いにして、住宅街とビル郡の狭間にある古めかしい喫茶店の店内には、殆ど客は居ない。
店員達は忙しそうにカウンターの向こうで作業に没頭している。
おあつらえ向きに、BGMも適度な音量だ。
いいだろう、そっちがその気なら、付き合ってやる。
焼き色の入った木目調の階段の向こう、中二階にあたる先のカウンターをちらりと伺って。
テーブルの下で理性を左手で握りつぶして。
一度だけ見た名刺の記憶を総動員して。
「そうか、そりゃ良かった。嬉しいぜ大樹…」
あらん限りの努力を払って、近藤は最上の笑顔を浮かべて言った。
名前を呼ばれた事でまた崩れかけた余裕を、それでもまたしても、物部は完璧に立て直す。
まるで崩れなどしなかったとでも言うように。
むしろ嬉しそうに見える様に笑う努力を続けたまま、同じく記憶の海を探りながら。
「こちらこそだ…これからもよろしく、勇誠」
自分と同じ理由で余裕を崩しかける相手を見ながら、物部はにっこりと笑って言った。
 
 
 
「…正直どっちもどっちじゃね…?」
不毛かつ不気味な争いを続ける二人から、少し離れたカウンター席で。
完全に存在を忘れ去られた感のある辻は、一人ひっそりと意識を外に飛ばして耐えていた。
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エイプリルフールネタ…って事で。
いや、ホントはもっとマトモなネタだった筈なんですが。
気付いたら告り合ってました。なんかおかしい。
何となく1と4は互いに不毛な争いをしてるイメージです。
誰も喜ばない所か後でお互い自分に大ダメージな意地の張り合いをしている、みたいな。
あ、ちなみにフランス語は確証ナシ。多分こんなん、みたいな。
ノーブルオブリゲーションは知ってたけど、ノブレスオブリージュが解らなかったダメ書き手なので信用しちゃダメです。

それにしても2といい4といい、10に無性に優しすぎる…。自分の希望書きすぎ。