1*10前提で10中心オールキャラ前編です。


何でこんな事になったのか、と聞かれて説明出来る人間はそうそう居ないだろう。
誰が言い出したのかさえ解らない企画は、あれよと言う間に実現し。
どうしてこうなった?と言いたげな顔を揃えた面々は、水面煌めく夏の砂浜にいた。
 
『海物語・前』
 
「お前さぁ、海にダッフルはねぇだろオイ」
白い砂浜に立てられた七色のパラソルの下で。
青いビニールシートに膝を抱えて腰掛ける結城に、声を掛けたのは近藤だった。
服装は海に似合わないことこの上ない、いつものダッフルコート。
しっかり水着に着替え、紫煙をくゆらす気だるそうな刑事にそう言われ、彼はフイと顔を背ける。
「何処でどんな格好してようが僕の勝手じゃないですか」
ボタン一つ開けず答えると、「テメェの都合なんざ知るか」と返される。
「海だぞ海!あっちのニィちゃんみたくサービスしろ若者!」
怒鳴りながら指さされた方角には、カーキの水着を着たNo.9が居る。
波打ち際で咲くのは満開の笑顔。
いつの間に仲良くなったのか、地元の子供と戯れて。
その様子に相変わらずだとため息が漏れた。
人見知りという言葉と無縁なあの男は、いつもあの調子だ。
本来敵のはずの自分達を誘ったのも、そういえばあの男である。
「一時休戦でいいじゃん」
渋る自分にそう言った彼の笑顔に流されて、ここまで来てしまった。
こんな、似つかわしくない場所まで。
しかも腹の立つ事にそれが対して嫌じゃない。
むしろ楽しくすら感じるときがあって、余計結城の機嫌は悪かった。
「…僕もう若くないし。てゆうかサービスなら白鳥さんに頼んで下さいよ」
「…いいかニィちゃん、眼福ってのは無害な時にしか使わねぇんだよ」
少し離れたビーチチェアに寝る黒羽を盗み見つつの提案は、あっさり却下された。
彼女の犯罪遍歴は知っている。
が、その動機は男の自分からしても納得出来ない物ではない。
男である限り絶対に被害者になりえない犯罪の意趣返しにと、彼女がした事を責めるつもりもない。
自分だって自分を認めない世界への報復を、武力と暴力を持って行おうとしたのだから。
だから彼女自身に特別何かを思う事は無いけれど、少なくとも害があると思った事は無い。
結城にとって彼女は、ただの美しく強い女性だった。
せいぜい目のやり場に困るとか、そんなレベルだ。
「害をなされる覚えでもあるんですか?」
嫌味を込めて言ってみたが、小さく笑われただけで流されてしまった。
 
 
「君は泳がないのかな?」
「…もう海辺ではしゃぐ様な歳ではありませんよ」
砂浜を少し行ったところ、粗末な海の家の縁側に座るのは、火浦と物部だ。
普段の二人からは想像も付かない程ラフな装いで。
特に物部としては、普段から堅い堅いと言われ続けたイメージを払拭せんと奮闘し。
実際結城には良い意味で『らしくない』という評価まで貰った。
だが、シャツに原色のヴィンテージアロハを選択した火浦には、色々と敵わない。
自分を包む地味な麻のシャツをちらりと見下げて、改めて物部は不思議な気分になった。
物部とて、そこそこ大胆に生きてきたつもりだった。
だが、何だかんだでこの人や滝沢の様に、色々と踏み外す度胸はなかった。
勿論近藤の様に、打ったり買ったりの次元に踏み外したいとは思わないが。
と、そこまで思って、荷物と近藤と結城の置かれたパラソルを見遣る。
煙草をふかしたガタイの良い刑事が、場にそぐわぬ相手のコートに因縁をつけたらしい。
何かしら言い争っては居るようだが、哀しきかな背丈は兎も角体格の差は歴然で。
結城はたちまちにコートの前を開けられた。
「おやおや、無理強いは良くないね」
そうだろう?妙に落ち着いた声に同意を求められて。
初めて物部は自分が知らずに腰を浮かしていたと気付く。
「…そうですね」
努めて冷静に腰を下ろすと、「まだまだ若いじゃないか」と笑われた。
 
 
「ねぇNo.9?ソレ、塗ってくれない?」
子供と同レベルに最大限に遊んで水から上がった滝沢に、声を掛けたのは黒羽だ。
ポンと投げ渡されたソレは、綺麗なパッケージの日焼け止め。
女性の持ち物のブランドが解る程女慣れはしていなかったが、高級な事だけは解る。
「いーけど、何で俺?」
苦笑して頬を掻きながら、滝沢は黒羽を見やって尋ねた。
信用されているのか、からかわれているのか。
いつか見た下着姿の妖艶さとはまた違った、健康的な艶やかさ。
真っ白な肌を締める濃紫のビキニラインが持つ魅力は絶大だ。
どちらかと言えば安全な部類だと自負してはいるが、それだって男の中では、という注釈は外せない。
滝沢だって若くて、普通の、健全な男なのだから。
目の前の魅力たっぷりな女性がそれを解らないはずがないのに、あえて答えは貰えなかった。
「…わーかった、やるよ」
色々と含みを持たせた笑みに見つめられ、滝沢は観念してチュープを開けた。
だが、その手に手を重ねて止めたのは、当の黒羽本人である。
「…?黒羽さ…」
驚いて手元から正面に視線を戻して。
迫力のある胸元に視界を埋め尽くされて、ドギマギして目の前の膨らみから目を逸らす。
顔が赤らんだのがバレてしまっただろうか?そんな事を考えて。
ところが、紫のルージュを引いた厚ぼったい唇から聞こえる声は、そんな考えを丸ごと吹き飛ばした。
「ねぇNo.9、あそこ…」
ふっくらとした体つきに似合わぬ細い指。
その指の指し示す方向を見て、滝沢は思わず奇声を上げた。
「はぁぁああああ!?」
白い砂浜の向こうの青い海、のさらにかなり沖に行ったあたりに。
茶色いダッフルコートが波間に浮かんでいた。
勿論、中身付きで。
 
 
全く、なんてついてないんだ。
浜辺のゴミを拾いながら、直元は心の中で悪態を吐いた。
汗だくな体を短パンと白Tシャツでつつみ、背中にはくずかごを背負い。
手に持ったトングで黙々と空き缶やら花火クズやらを拾っては、背中のかごへ入れていく。
非常に面倒で、さらに言うなら体勢的にもキツく、もっと言えば地味な作業だ。
ジリジリと照りつける太陽。楽しげに笑う海水浴客。
たわわに揺れる水着美女達の色とりどりの水着。
それらと遙かに距離を置き、ひたすら清掃活動に勤しむ事の、なんと苦痛な事か。
やるかたない不満を溜め込みながら、鉄製トングで砂の中をかき回す。
その先端で埋まっていた使用済みゴム製品を拾い上げてしまい、ついに直元の我慢は決壊した。
「ああああもう!やってられるかああああ!!」
夏で、海で、青い空で、白い砂浜で、小麦色の肌にカラフルな水着。
こんなにもファインダーに収めるべき被写体が、溢れかえっているというのに。
映画界の未来を第一線で担うことを約束されてこの世に生を受けた筈だというのに。
何故自分が、砂浜の隅っこをツツいてはリア充共の夢の跡を掃除してやらねばならないのか。
ただちょっと同行者の11番の女に張り付いていただけで。
嘗め回すように全身を余すところ無く録画した、ただそれだけで。
般若の形相になったその女に、いきなりとっつかまってカメラを奪われた。
「勿体ないわねぇ、一度も使わないうちから愛しのジョニーとお別れだなんて」
すわカメラを壊されるのかと焦ってみたが、それにしてはどうにも様子がおかしい。
「ジョジョジョジョ…ジョニーてその、カメラは別に使って無くは…」
顔面蒼白で言い返してみると、女は黙って高級そうなバッグからシガーカッターを取り出した。
シガーカッター、そう、確かにそれはシガーカッターなのだが。
普通のシガーカッターとは明らかに違う部分があった。
そう、それは穴の大きさ。
葉巻を切る為に空いているにしては余りに大きな穴。
それは、まるで、男達の大切な部分がすっぽり入ってしまいそうな。
厭な予感と『ジョニー狩り』の都市伝説が頭の中で結ばれる。
そうだ、確か、あれもセレソンの仕業だと誰かが言っていなかったか?
女の言葉が頭の中で牛の如く反芻される。「愛しのジョニーとお別れ」どういう意味だ?
考えるまでも無く、自然、直元の両手は砂に着き、額はその間の砂にぐりぐりと押し付けられていた。
「す、すっみませんでしたああああああ!!」
後頭部を踏まれる感触に、若干の倒錯を感じつつ、直元はゴミ拾いの立場に甘んじる事になった。
女曰く「ゴミはゴミ同士でいいじゃない」だそうだ。
まったく偉そうに上から目線で見下しやがって、まるでジュイスみたいな生意気さだ。
今に見ていろ。いつかこの素晴らしい大監督たる俺様が、お前らを使って作品を取ってやる。
あ〜んなシーンやこ〜んなシーンをバリ無しで演じて貰うから覚悟しろ!
うっかり思考が口からダダ漏れになりそうになった直元の肩に、細い手が置かれる。
「ちょっと?」
「ふぁあはいぃ!!」
一度刷り込まれた恐怖はそう簡単には拭えない。
直元は直立不動で背筋を伸ばした。
「そこのカメラ小僧、今すぐ海の家へ行ってボートを借りてきて沖に向かって漕ぎなさい」
そして10を乗せて代わりに海に沈みなさい。
実にキビキビと、的確に酷い指示を出す女の横には、苦笑気味に宥めようとする9がいる。
「いやまぁ、沈まなくていいんだけどさぁ…」
言いながらも焦っている風ではある。
そういえば掃除のついでに海の家の店番も任された事を思い出す。
自分が掃除を言い出すとこれ幸いと店主の老人は赤い携帯を片手に何処かへ行ってしまったのだ。
「あーはいはい、ボートね。恋人がボートに乗るなら俺的には不忍池とかの伝統的な雰囲気が…」
と、途中まで言いかけて、ふと足を止める。
恐怖ゆえに記憶の片隅に消しそうになった言葉を、今一度思い出してみた。
今目の前の女は、沖に漕ぎ出してどうしろと言った?
「10を…って何?何かあったの?」
「うん、まぁ見たほうが早いかな…」
苦笑気味なまま9が沖を指差す。
青い波間、白い水しぶきの中に、茶色い布の塊が浮いている。
よくよく目を細めて凝らしてみると、それがダッフルコートを着た人間だと解った。
しかもどうやら夢中で沖に向かって泳いでいるらしい。
夏真っ盛りだというのに何故か貸切の様にセレソン達しかいない海水浴場。
部外者は何処かへ電話をしにいった老人と、地元の小学生くらいだ。
その中で真夏の海であんなものを着ている人間といえば、今の所唯一人しか思いつかない。
「はあああああ!?何やってんのアイツ〜!?」
それが10、結城亮だと気付いて、思わず直元は顎が外れんばかりに叫んだ。
 
【続】

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なんだか無性にセレソン皆がわいわいやってるのが書きたくなって書いちゃいました。
7と8は出てきません。何故ならキャラがイマイチわからなかったので…orz
12番は何となく出てきてます。多分。
本当は前後編じゃなかったんですが、長すぎたので二つに分けました。
【後編】