1*10前提で10中心オールキャラ後編です。


「さぁて…どうしよっかな?」
はるか沖から浜辺の様子を見ていた男は、浅い笑いを浮かべて成り行きを見守っていた。
やがて事が起こり出すと、目深に被ったニット帽に一瞬だけ手を触れて。
そっと合図して、船をゆっくり走らせた。

『海物語・後』
 
「いい加減戻って来い馬鹿テメー」
弱冠の苛立ちを含みながら、近藤が張り上げる声に、しかし目標の人物は良い返事を返さない。
「いやですー!」と途切れ途切れに叫んで余計に沖に向かうその男に、小さく溜息を吐いた。
いじりすぎた。それは確かにその通りだし、反省もしている。
だが、まさか服を脱がされたくないからって、着衣のまま海に飛び込むなんて思わなかった。
ましてや沖に向かって泳ぎ続けるなんて。
介護士だというし、ああ見えて良い歳した成人男性な訳だから、体力的には心配ない。
が、海で、沖で、着衣水泳を無難にこなす程、身体能力が高いとはどうしても思えない。
「つーか、物凄く鈍く見えるのは俺だけか…?」
どうしたものかともう一度溜息を吐く。
一応海難救助の実習みたいなものも、昔やった様な気がする。
きちんと覚えているかは兎も角、泳いで捕まえるのはたやすいだろう。
だが、自分から逃げて沖まで行った彼が、果たして大人しく捕まっているだろうか?
答えは勿論NOである。当たり前だ、逃げるべき元凶に捕まってるんだから。
沖で暴れられたら、下手しなくても二次災害だ。
あえて自分が浜から離れてみたらどうだろうか?と考え始めた近藤の横を、大柄な人影がすり抜けた。
麻のシャツをばさりと脱ぎ捨てて、大学時代に培ったという隆々とした筋肉を日差しに晒して。
最後に眼鏡をぽいと捨てて、セレソン1、物部大樹は大海原に飛び込んだ。
「…漕艇部だっつーならボート乗ればいいのに」
ぼそりと呟いた近藤は、今度こそ無事結城が帰ってこれるようにと、隠れるように海の家に引き返した。
「あれ?近藤さん?」
海の家の倉庫を開けて、木製のボートを担いで走る滝沢が、途中で擦れ違いざまに声を掛ける。
どうやらコイツも10救出作戦中らしい。
「おぅニーチャン、結城なら今オールバック野郎が迎えに行ったぜ?」
「まじかよ…二人乗れた方がいいかな?」
いいながら背中に背負ったボートを振り返ると、後ろから走ってきた直元が口を挟んだ。
手にはオールを持っている。
その後ろ、海の家あたりで11が鋭い目を光らせている事から、どうやらこき使われている最中らしい。
「だ、だったらお前一人で漕げよ9!お前とあの二人なら、ギリ乗れるだろ!」
「いや、乗れるかも知れないけど乗りたくないかもなソレ」
苦笑しつつもボートを持って、滝沢は再び走り出す。
何だソレ!と文句を垂れながらも、直元もそれに従った。
「ヤレヤレ、元気だなガキ共」
「あら、それじゃあ私やアナタはどうなるの?」
悠々と後ろから現れる完璧なスタイルの女に、振り向きもせず近藤は言った。
「そりゃアレだ、保護者だろ保護者」
保護どころか原因アナタじゃない、と隣の女はツッこんだ。
 
 
「結城君!沖は危ないから戻りなさい!」
大きなストロークで水をかき、一気に距離を縮めながら物部が叫ぶ。
その声を聞いて、結城の顔はぱぁっと明るくなった。
「物部さん!来てくれたんですか!?」
大喜びで声のする方角に泳ごうとして。
初めて結城は、沖が危ないという事を実感した。
浜から見た波は小さく思えたのに、もはや波なのかうねりなのか解らない高さに体が浮く。
かと思えばはるか下まで下がる。
なんとか陸に向かって泳ごうとしても、見るたび浜は遠ざかっていた。
帰れない。
その恐怖は本能的な物で、思わず結城の顔から血の気が引いた。
背筋を冷たい感覚が滑り落ちる。
慌ててより一層強く泳ごうとして、押し寄せる波を飲み込んで酷くむせた。
「も、ののべ、さ…!ダメです、来ないで下さい!危ないです!」
自分でなんとかしますから!
恐らくは自分を助けに向かってきているのだろう相手を思う。
自分のせいで同じ目に合わせるわけにはいかないからと、結城は精一杯声を張り上げた。
努めて大丈夫そうに聞こえるように。大丈夫だと声を張り上げた。
が、そんなものは勿論、とてつもなく逆効果だった。
「そんな訳に行くか!」
叫ぶ様な声が聞こえて、ほんの一瞬の喜びと、それを打ち消す様な焦りが生まれる。
声の距離からして、まだだいぶ遠い。
彼の位置ならそのまま引き返せば、浜に戻るのはたやすいだろう。
なんとか大丈夫だと信じて貰わなくては。
引き返して貰わなくては。
焦れば焦るほど声は出なくなるし、手足の動きも鈍る。
分厚いコートはたっぷりと水を吸って、今にも自分ごと海中に沈んでしまいそうだ。
そういえば脂肪が少ないと浮きづらいんだっけ。
脂肪なんて、たっぷり食べられる人にしかつかないのに。
そんな事が頭の片隅をよぎる。
段々浮いているのも辛くなって、必死に顔を海面に出そうともがいた。
聞きなれた声が降って来たのはその時である。
 
 
「手、伸ばして?」
優しく言ってやると、戸惑いながらも素直に伸ばしてくる。
つくづく他人を疑えない性分だと、思わず笑みが漏れた。
もっとも、今はまさに藁をも掴む場面という奴なのかも知れないけれど。
伸ばされた手。苦労と苦心と辛酸を重ねた、節くれだった固い手を。
辻はしっかりと握って、一気に船へ引き上げた。
「重…っ!」
苦笑しながら言うと、「すみません…」と小さく謝られる。
横浜港に泊めた大型クルーザー、よりも少し小回りの聞く小型船舶。
真っ白な塗装にはスタイリッシュな青のラインが入っている。
後方部分はデッキになっていて、その板張りの床の上に、縮こまるようにして結城が座っていた。
「いんや?別にいいって。ソレより無事で良かったねぇ」
怖かったっしょ?
軽い口調でそう聞くと、唇を引き結んだ結城はコクンと一度だけ頷いた。
どうやら相当怖かったらしい。
最高気温は真夏日だというのに、ダッフルに包まれた細い体は小刻みに震えていた。
流石にからかう場面ではない。
そう判断した辻は、そっと手を添えて椅子に座らせると、タオルを渡して言った。
「もう大丈夫」
短い言葉だが、今はソレくらいの方がいい。
すっかり濡れそぼった髪を撫でてやると、漸く結城は安堵の溜息を吐く。
「ありがとう辻くん…でも…どうしてここに?今回は来ないんじゃなかったの?」
確か誘われた時は「仕事有るからパス」と言っていた気がした。
そう思って尋ねると、「まぁ暇出来たから途中参戦?」と笑う。
まさかサボりを決め込んでいたら、見知らぬ老人に「若者なら海に行け」と説教されたなんていえない。
辻はさりげなく話題を変えた。
「服、洗わないと悪くなっちゃうよ?大切っしょ、ソレ」
言いながら指されたダッフルコートに目を落とすと、結城は慌ててボタンを外した。
丁寧に、傷まないように皮の止め具を外し、大切な恋人の様な扱いでコートを脱いで。
それを抱きしめながら、「どうしよう…?」とポツリと言った。
「貸しなよ。洗濯したげる。横浜の程じゃないけど、それなりに設備整ってんだからコレ」
言われて安堵して、そっとコートを預けて。
それからはたと気がついて、結城は慌ててデッキから身を乗り出してあたりを見回した。
「どったの?」
「辻くん、物部さんが!物部さんがまだ海に!」
悠々とした態度で後ろから近付いてくる辻に、大慌てでそういうと、結城は必死に海上に目を凝らす。
だが、切羽詰った声を返された辻はしかし、実にゆったりとした動作で波間を指差した。
「物部さんて…アレの事?」
 
 
「とりあえず乗って!物部さんも危ないから!」
そういわれてしぶしぶ物部は、滝沢の漕ぐボートに乗った。
無駄の無い動作で揺らしもせず乗り込むと、「流石漕艇部」などと意味の解らない賛辞を送られる。
無視して相手の手から、オールを奪った。
「君は結城君を探してくれ。私は今あまり視力が良くないのでね」
言いながら力いっぱい水を漕ぐ。久々の手ごたえだ。
目の前の若者は「ハイハイ」と軽く応えながらも、実に真剣な顔で波間を探している。
軽い調子を保っているのは、恐らく自分を心配させない為なのだろう。
つくづくそういう男なのだなと、詰まらない事を実感した。
と、不意に滝沢が素っ頓狂な声を出して、思わず物部はオールを手放しそうになる。
「あっれぇ!?」
「な、なんだどうした!?」
慌てて彼と同じ方角を見ると、そこには白塗りに青のラインの入ったクルーザー。
そこに乗っているのは、上手く見えないがどうやら辻と結城の様だ。
「…結城君…と、辻君?」
辻は今回パスだと言っていたのに、何故こんなところにいるのだろう。
いや、それよりも何故、あんなに嫌がっていたはずなのに、彼の前ではコートを脱いでいるのだろう。
コートだけじゃない、目を凝らしてみればワイシャツも、ネクタイも脱いでいる。
下は船に隠れて解らないが、少なくとも上半身は裸だった。
結城が助かった事よりも、彼らが一緒に並んで、そんな格好で、辻の船にいる事が嫌だった。
だが、それはどうやら向こうも同じだった様で。
「…どうして9なんかと一緒にボートに乗ってるんですか…」
恨みがましい声が聞こえてきて、思わず言葉に詰まった。
そういえば彼は格別、この青年を嫌っていたのだ。
「い、いや…その…」
しどろもどろになる物部の声を、辻の言葉が打ち消した。
「まぁそういうコトっしょ?それより結城君、コート乾くまでクルージングでもしない?」
さりげなく素肌の肩を抱いて言う。
よほど頭に血が上っているのか、結城は辻の行動に気付かないらしい。
一度だけちらりと木製ボートを見て。
それからこっくりと深く頷いて。
「いいよ。向こうも向こうでお楽しみみたいだから」
明らかにボートの二人に聞こえる声で、結城はそう答えた。
 
 
「何アレ、漁夫の利じゃなーい」
賭け金台無し!
むぅとむくれて見せるアキコに、苦笑気味にフミエが首を振る。
「流石にそういうの賭けにするのはちょっと…」
「しょうがないじゃない、10可愛いし」
たしなめられても、全く悪びれる様子は無い。
姉妹と言っても歳は同じ。姉だ妹だという意識は殆ど無い。
その関係はまるで、仲の良い親友の様なものだ。
そんな二人の様子を横目でみながら、ユーコは隣で撮影に勤しんでいるアカネに声を掛けた。
「おじい様から何か連絡あった?」
「何にも?やっぱり3を連れてくるって行って、それっきりよ」
いいながら片手で器用に携帯を操作してメールを見せる。
そこには『面白そうだから全部録画しておく事。賭けは2一点買い。』と簡潔な文章が浮かぶ。
「ヤレヤレ、まぁたおじい様の勝ちだわ…」
眼鏡新調しようと思ったのに〜。
溜息を吐くアキコを見て、フミエは別の意味で溜息を吐いた。
 
 
大海原の只中に、ぽつねんと手漕ぎボートが浮かんでいる。
木製の、すこし古びたボートには、水着の男が二人、複雑な表情で乗っていた。
「あーほら…うん、ドンマイ?」
冷静を装いつつも精神的には真っ白に燃え尽きているだろう物部にそう言って。
滝沢は引きつった笑いを浮かべながら、遠ざかるクルーザーを見送った。
 
【終】

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とりあえず10が皆のアイドルだったらいいのに…っていうお話でした。
四姉妹とか、結構適当ですみません…。小説とパンフ見たけど良く解りませんでした…。
因みにアキコさんは9に、ユーコさんは4に賭けてました。
1??さぁ、ジュイスにはちょっと…(誰がジュイスだ)