1*10前提劇場版U後捏造です。


「じゃあ、後は打ち合わせ通りに頼むな」
至極簡単に言う滝沢に、板津は肉付きの良い額一面に縦皺を寄せてうなる。
「まあ…お前がそがぁにいうなら、やっちゃらん事もないが…」
ほんまにええんか?大事やぞ?
キラキラとした良く動く大きな目にじぃと睨まれて、滝沢も思わず頭を掻いた。
「うーん…正直これが正しいのかは解んないけどさ。少なくともやんないよりはいいかなって」
一見無鉄砲かつ無責任に聞こえる言葉だが、当の本人が心底真面目だと板津も知っている。
「どうなっても知らんぞ…」
そういいながらも肥満児の童顔は、押し隠せない高揚感がにじみ出ていた。
 
『西側の楽園 W』
 
青色の絵の具を塗りたくったみたいな、まっさらに晴れた空と。
濃い潮の臭いがなんだか懐かしい。
遠く海を挟んだレインボーブリッジが象徴的で、今の自分には綺麗だとさえ思える。
昔はそんな事、思う暇さえなかったのに。
五ヶ月ぶりに訪れた豊洲の感想は、そんなところだ。
建物の影に見え隠れするミサイル難民達の視線から隠れる様に歩きながら、結城はそんな事を考えていた。
「大丈夫、服装も変わったし誰にも解んないよ」
隣を歩く滝沢に平然と言われて、幾分か余裕を取り戻す。
あの頃着ていたダッフルコートは、今はもうない。
全身に及ぶ重傷の治療の際に、邪魔な衣類は全て切り裂かれて捨てられたと聞く。
血が固まってしまっていたり、骨折箇所が折れ曲がってしまっていたりで、普通に脱がせないからだそうだ。
バラバラになって捨てられるところだったコートの端切れだけを、滝沢が後で持ってきた。
「なんとなく、大事そうな気がしたから…綺麗に取っとけなくてごめんな?」
そういわれて血痕の残る茶色い布切れを見たとき、結城は憚り無く泣いてしまった。
なんだか大切な物を丸ごと失った様な気がしたからだ。
今なら、これまでの人並み以下の人生から、丸ごと抜け出す為の一歩だと言える。
けれどその時は、それを買ってもらった時の事だとか、両親の今際の記憶とか。
そんなものの全てがあふれ出て、敵だと思った男の前で、結城はひたすらに泣いた。
滝沢はひとしきり泣き尽くす自分の長い髪を、あやす様に撫でてくれた。
あれから、もう数ヶ月。
今の結城のいでたちは淡いグレーのシャツに濃緑のカーディガン、黒のデニム素材のパンツ。
その上に黒のコートと深い紅のマフラーという、全くもってかつての服装からはかけ離れたものだ。
靴だけが唯一残った持ち物で、勿論それを履いてはいるが、そんな事を覚えている者もいないだろう。
伸びた髪を軽く後ろでまとめ、綺麗に髭も当たった自分を。
何より栄養状態も血色も良く、更には誰かと連れ立って歩く自分を。
かつての業者仲間の頃の自分と重ねる人間は、まさかいるわけもない。
変わったな、と心から思う。外見や服装は勿論だが、考え方も。
この人たちを焼け出したのは自分だと、今なら心から認められる。
ミサイルを撃ったのは自分だ。自分の妬みとか、嫉みとか、そういったものの仕業だ。
間違っていないと信じつつも、この人たちには申し訳なかった。
素直にそう思えるだけの余裕が、結城の心には生まれていた。
そんな心境の変化もいつの間にか察しているのだろう、滝沢は明るくもう一度「大丈夫」と言った。
 
 
「東のエデンにおいでよ」
仮退院が決まったと伝えると、滝沢からそう提案があった。
「東のエデンって…豊洲の?それはちょっと…」
豊洲での惨めな暮らしの事、その場に居るだろうかつて自分が轢いた男の事を考えて、結城は言葉を詰まらせる。
しかし、滝沢は真っ直ぐに結城を見て、「大丈夫、俺に任せて一緒においで」と言った。
その態度にしぶしぶながら頷く。
すると滝沢はまるで何かとても嬉しい事でもあったみたいに、にっこりと笑った。
仮退院で外泊許可を貰った日、バイクじゃ危ないからと、彼は珍しく車で現れて。
「ほら、乗った乗った!」と急かす様に結城を車に乗せて、東京に向けて走り出した。
「この車、君の?」
あちこち擦り傷だらけの車に一抹の不安を抱いてそう聞くと、「違うよ」と答えが返る。
「俺の友達の車。平澤っていうんだけど、運転あんまり自信ないらしくてさ、車だけ借りたんだ」
「ふうん?…君は自信あるの?」
皮肉を込めて言うと、「勿論!」と返されて、結城はつまらなそうに横を向いた。
何事か用事があるという滝沢に従って、目指すショッピングモールから少し離れた所に車を止めて。
徒歩で向かった先は正面玄関ではなく、何故か倉庫の入り口だった。
鉄の扉を開けると、その向こうには一人のだいぶ横に広い人影。
「おう、来たんか。予定より遅かったのう」
やや憮然とした表情で言う男に、結城は見覚えがあった。
あの日、京都で彼と一緒に居たとき、自分の車が夜空高く跳ね上げた人物だ。
工学部の学生で、滝沢に聞いた名前は確か…。
「板津!準備しててくれたんだ?」
サンキュー!と明るく言う声に、まんざらでもない顔をして童顔の男は答える。
「こがぁな事くらい、ワシに掛かりゃあ朝飯前じゃ」
そういって板津は結城に向き直り、色々と複雑そうな目で頭の先から足元まで睨みつけて。
不意に顔を背けて滝沢に、「スタジオはあっちじゃ、ヴィンテージ」と告げてエレベーターへ消えた。
「あ、の…」
「結城、俺達はこっち」
声を掛けようとする結城を、滝沢が止めた。
そのまま細い腕を強すぎない程度に引っ張って、倉庫の奥の別のエレベーターに乗る。
音も無く鉄の箱は二人を乗せて昇り、降りた先は屋上だった。
一年ほど前にミサイルの破片で壊れた小さな遊園地の前で、滝沢は足を止めて。
M65の裾を翻して、くるりと回ってニッと笑った。
「それじゃあ、始めようか」
「え…?」
いつの間にか、壊れかけたメリーゴーランドの馬の上に、iPhoneがくくりつけられている。
滝沢は結城の前に立って視界を遮る様にして。
「あーあー、皆さん久しぶり!」
あらん限りの声で、滝沢が叫んだ。
 
 
「たっくん遅いわねぇ〜…」
ショッピングモール内のシネコンのバーカウンタに頬杖を付いて、オネェが深い溜息をついた。
「道が混んでいるのだろう、あまり急かして事故にでもなったら事だぞ」
電話をかけようか迷っている咲を嗜める様に、平澤が言う。
とはいえ自分も眼鏡を掛けなおしたり、せわしなくコーヒーを口に運んだりと、落ち着きが無い。
板津を撥ねた程の危険な元セレソン。
ミサイル事件を企てた主犯格であり、しかも最後は銃まで持ち出して、飯沼邸にまで現れた男。
あの終戦の日、あわや仲間達を危険に晒したかも知れない男。
そんな男・結城亮を、滝沢はここへ招待するという。
半年近く姿を現さなかった滝沢から「結城と一緒に豊洲に行きます」と連絡があったのは、つい先日の事だ。
確かに滝沢に聞かされた彼の経歴に同情出来る面が無いとは言わない。
だが、いくら仮退院中で身体的に弱っているとはいえ、余りにも危険なのではないか?
平澤だけではない、恐らくは皆心の何処かでそう思っているだろう。
それでも誰も異を唱えなかったのは、ひとえに滝沢への信頼があったからだ。
信頼しながらも、反面不安も打ち消せない。
バーの中の雰囲気が張り詰めるのを感じながら、平澤はふと、板津の姿がない事に気付いた。
「…おい、板津の奴は何処に…」
腰を浮かせて平澤がそういった時、慌てふためいた春日が、バーに走りこんできた。
「た、大変です平澤さん!エ、エアーシップを!!」
「何の騒ぎだ一体!?」
バーの中は騒然として、我先にと携帯を開く。
平澤も自前のノートパソコンで、急いでエアーシップにアクセスした。
すると、そこにはあの夏の日と同じく、ビデオ通話を掛ける滝沢の姿があった。
 
 
IPフォンを通したその通話は、ショッピングモール各所に設置されたオーロラビジョンにも大きく映し出される。
自分の携帯への突然の着信に驚いたニート達は、次いで大きな画面に視線を吸い寄せられた。
「おい、あれ…滝沢じゃないか?」
誰かがそういうと、見る間にその言葉は津波のように広がって、あちこちから罵声と歓声が上がる。
「おぉい!何処だあれ!アイツ何処にいるんだよ!」
「こらぁ渋谷…いや滝沢ぁ!!潔く出てきやがれ!!」
口々に罵る声は届く事はなく、逆にスピーカーから滝沢の声が館内に流れた。
『あーあー、みなさん久しぶり!色々名前は変わったけど、とりあえず今んとこ滝沢朗です』
非常に間の抜けた挨拶に、毒を抜かれたニート達の野次は少しだけ大人しくなった。
『今日は、みなさんに一つだけ訂正する事があります。去年の夏の、俺の演説の事です』
何だ何だとざわついた声が、モール内に広がって、いつしか誰もがかじりつくように画面に見入る。
『あの演説の中に、一つだけ間違いが有りました!今日はその事を説明します!』
画面の向こうで、滝沢は大きな声で宣言した。
「いや、一つどころじゃねーだろお前の嘘は…」
誰かがポツリと呟くと、周りのニート達も賛同の声を上げる。
「そうだそうだ!お前何いきなり訳わかんない事言ってんだよ!」
「いいから一発殴らせろ!この嘘まみれ野郎が!」
野次りながらもニート達は、誰も画面から目を離さない。
彼らもまた心の奥底では、滝沢という王を信奉しているのだ。
そんな彼らの目の前で、王の演説は続いた。
『俺、あの時一連のテロは俺の単独犯だって言ったけど、訂正します!あの事件の犯人は俺一人ではありません!』
そこまで言って、パッと身を翻して。
背後に隠れたひょろりとした長身の男が画面に映った。
『こいつが俺より先にこのアイディアを出した、テロリストの先鋒者です!俺ともども、どーぞ宜しく!』
突然恭しく手で示されて、結城は声も出ないほど驚いた。
どうやらカメラで取られた画像が、何処かに流れているらしい事に気付いて。
『ちょ!な、何してるのさ!馬鹿じゃないの君!!』
大声で怒鳴る結城と無理矢理に腕を組んで、真剣な顔で滝沢は言った。
『いいですか、みなさん。今の暮らしがあるのは全部こいつのお陰です!』
野次を飛ばそうとしたニート達も、余りの事態に叫びだしそうだったエデンメンバーも。
滝沢の余りに真摯な表情に、水を打ったように静まり返った。
『世の中が少しだけひっくり返れたのも、この楽園が出来たのも、元はと言えばあのミサイルのお陰です!』
言いながらフイと結城を振り返り。
困惑しきった彼を安心させるように笑みを浮かべて。
再び滝沢はカメラに向き直った。
『こいつは、社会に切り捨てられた人達の救世主です!上手く行かない人達の為に戦った英雄です!だから』
すぅ、と大きく息を吸って。一呼吸置いて。
『もまいらぁ!こいつがやってくれた事、忘れんじゃねーぞ!!コレが、王の帰還だぁぁ!』
その怒鳴り声を合図に、映像は猫の鳴き声と共にプツンと切れて。
後には野次も忘れた群集の、割れんばかりの大歓声だけが残った。
 
 
「君…何考えてるのさ…?」
何をどういっていいか解らずに、震える声で結城は言った。
テロリストとして告発されたというにしては、余りにも持ち上げが過ぎる。
かといって実際ミサイル犯として顔を晒されたのもまた事実である。
怒るべきなのかどうかすら判断が付かず、困惑したまま言う結城に、滝沢はあっけらかんとして言った。
「何って…本当の事、かな?」
「本当ならいいってものじゃないだろ!?」
混乱を極めて涙目になった結城に、滝沢は小さくゴメンと謝る。
「でも…これが本当に結城が知って欲しかった事だろ?」
真っ直ぐにそう言われて、二の句が告げなくなった。
“上手く行かない人達の為に”という気持ちは確かにあった。
自分と同じく、正当な評価を受けられないままに社会に見捨てられた人々への思いは否定しない。
けれど。
「だからって…あんな、顔を晒すような真似…」
愚痴のように言いかけて、小さく首を振って。
「ううん…君だって全国民に顔を晒したんだもんね…。ミサイル犯は僕だから、…僕が背負わないと…」
自分自身を納得させるように、かみ締めるように呟いた。
「よぅ言うたのぅ!見違えたわ」
後ろからそう声を掛けられて、力いっぱい飛び上がった結城に、板津が照れくさげに笑う。
鼻の頭をポリポリと掻きながら二人に歩み寄り、結城の細い体をバシバシと叩いた。
「あ…のっ!」
咄嗟に何か言おうとして、叩かれた衝撃でむせ返る。
やり過ぎだってと苦笑する滝沢に、板津はコイツが細っこいんじゃと怒鳴った。
「あんな、今更謝ろうゆうんは止めぇや?同じ轢かれ仲間じゃあ、水に流したる」
申し訳なさそうな結城の顔を素早く見取って、板津は先回りして言う。
「でも…そんな、だって…」
息を整えながらもごもごと言葉を捜す結城に、板津はフイと手を振って面倒そうに顔を逸らした。
「ええちゅうたらええんじゃ!何度も言わすな!」
「…あ、ご、…ごめんなさい」
慌てて謝る結城に、滝沢はくすくす笑って「照れてるんだよ」と言う。
その様子を目ざとく見つけて、板津は「誰がじゃ!」と怒鳴って背中に拳を入れた。
「んな事よりヴィンテージ!『王の帰還』てなんなら!?」
板津の言葉に、そういえばと結城も疑問顔をする。
そんな二人の顔を交互に見て、盛大に溜息をついて。
「まじかよ…『指輪物語』も知らないの?」
アカデミー賞11部門完全制覇だったんだぜ?
映画好きの彼らしく、大きな嘆きの声を上げた。

**********************************************************************************
えーと、まずは結構個人的な意見ばっかりでごめんなさい。
でも、エデンという作品の全ては、結城君のミサイルで動き出した物語だって、小説で実感して。
なんとなくそれを描きたかったというか…。日の目を見てほしかったと言うか…。
小説見る限りフリーターも豊洲のニート達に混ざってるみたいですし…。
正当な評価を得たいという結城君の理想は、派遣やフリーターやニートの救世主なんじゃないかな…と。
勿論やりたくてニートやってる奴は別ですが…。

あ、『王の帰還』は完全に私の趣味ですwww