1*10前提劇場版U後捏造です。一部に滝咲表現有。


東京の臨海地区の埋立地。
ミサイル攻撃の爪痕癒えぬ海辺の町の巨大なショッピングモールは、真冬とは思えぬ熱気に包まれていた。
中継の最中こそ静まり返っていたニート達は、口々に目の前で起こった事を語り合い始め。
やがて大きな歓声を持って、彼らの王達を迎えた。
そんな中で一人の男が、口をあんぐりと開けたまま、真っ黒になったディスプレイを見ていた。
 
『西側の楽園 X』
 
弘瀬悠大はあの夏の日、置き去りにされた路上で誓った通り、そこそこ真面目にコツコツ働いていた。
最初は今までどおりアルバイトから。
真面目に働いたお陰で、暫くすると給料もそこそこ上がった。
そして上司と仲良くなって、呑みの席で過去の話をした事から、豊洲の担当に任命される事になり。
この度契約社員として準正社員扱いになる事になった。
豊洲は今や、日本国内の経済自治区といった位置づけで。
そこの住人向けの商品開発やサービス充実は、新たな特需として日本経済を動かしている。
地獄の底のような経済状況で、その特需の発生はこの国を救ったと言ってもいい。
いまやこの豊洲、そしてその王である滝沢朗は、日本の救世主といえる扱いで。
一般社会から見れば、自分の仕事はそんな豊洲自治区と外界を繋ぐパイプだった。
といっても何か特別な仕事があるわけではない。
ちょっとした商材リサーチだとか、優秀な人材の確保だとか、サービス提供のアンケートだとか。
兎に角そういった中間的な仕事をするために、その日も弘瀬は豊洲を訪れていた。
突然始まった演説。
懐かしい顔が画面に映った時は、空港でのやり取りを懐かしく思い出す。
あの後一人でどうしただろうなんて、そんな心配をする相手ではなかったけれど。
それでもこうして変わらぬ態度で戻ってきた事に、いっそ喜びすら湧き上がる。
我らが王がこうしてあそこで高らかに演説をぶっていられるのは、俺が身代わりになったからなんだぞ。
そんな誇らしさが、弘瀬の中に去来していた。
だが、話が進むにつれ周りの野次の中で一人、ぽかんと口をあけて押し黙ってしまう。
我らが王・滝沢朗が、『先鋒者』として画面に映し出したその男に、思い切り見覚えがあったからだ。
記憶にある薄汚れたダッフルコートでも、やつれきった顔でもないが、それでも。
ひょろりとした長身の男の顔に、弘瀬は覚えがあった。
まだニートとして豊洲で暮らしていた頃に、一度だけ話した男。
自分と同年代のその男は、何故かニートとしてではなく、“業者”としてその地に暮らしていた。
話した時間は僅かだったが、なんだか生気が無く、不気味な男だと思っていた。
だが、今見た映像はどうだ?
慌てふためいてはいるけれど、気弱そうな態度は変わらないけれど。
小綺麗に纏められた服装にも勿論驚いたけれど。
滝沢の説明では、その男は実は“業者”などではなく、野に落ちた王だったというのだ。
周りのニート達は滝沢の帰還と真摯な演説に、最早お祭り騒ぎだ。
勿論彼の言葉に否を表じる者達もいたが、大半は彼らの新しい王を称えていた。
そんな熱狂に湧くツナギ集団の渦の中を、場違いなジャケットに身を包んだ弘瀬は、シネコン目指して走り出した。
 
 
「たーきーざーわー!アレは一体何のマネだ!!?」
怒気で眼鏡を曇らせて、平澤はバーの入り口で仁王立ちになって三人を出迎えた。
「ホントだよ、パンツまで一緒になっちゃてさ」
階段の上からの声に顔を上げれば、ぷぅとむくれたみっちょんが手すりに組んだ腕を置いて溜息を吐いている。
「しゃあないじゃろ、ヴィンテージが口外無用やっちゅうからのぅ」
宥めながら頭を掻く板津に、小柄な人影はツンと顔を背けて階段を昇っていった。
その様子を苦笑気味に眺める滝沢に促されて、平澤と板津、結城も彼女の後をついて階上へと続く螺旋を昇る。
「滝沢くん!」
VIPルームの入り口に現れた人影を見て、咲は慌てて彼に駆け寄った。
その顔には喜びと困惑と心配が入り混じっていて。
滝沢はそんな彼女を安心させるように、そっと髪を撫でた。
「どういうつもりだよ滝沢!来るときはなるべく目立たないようにって言ったじゃないか!」
目の前の光景に再び卒倒しそうになりながら、それでもなんとか立ち直った大杉がそう叫ぶと、隣の春日が大きく頷いた。
「確かに、伝えたい事の仔細は解りました!ですが…矢張りあれは無鉄砲であったと進言致します!」
何故か直立不動で敬礼までして言うと、後ろから大きな手がぽっちゃりした体を押しのけた。
「やっちゃった事はもういいじゃなーい。それよりアナタが結城クン?」
「へ?あ、は…はい…」
目を輝かせて問うてくる肩幅の広い女性にやや脅えながら、一番後ろで成り行きを傍観していた結城が頷く。
するとオネェはまるで仔猫を見つけた女子高生のように、「かっわい〜ぃ」と身を捩った。
「え!?いや、あの…え?」
あまりにも新鮮すぎる反応だったのだろう、慌てた結城が助けを求めるように滝沢を見る。
「あ〜、まぁあんまり気にしないほうがいいと思うよ」
苦笑気味にさらりとそういわれて、結城は仕方なく押し黙った。
「にしてもだ。ここにいるニート達は良くも悪くもノリが良いからそんなに問題にならないかも知れないが…」
「ホントだよ!あの動画が流出なんかしたら、結城さん再就職どころじゃないぞ!?」
眉間にあらんかぎりの皺を寄せて、組んだ腕を主張させて言う平沢に、言葉を被せるのは大杉だ。
その場のノリに着いていけず無抵抗に黙りこくる結城をびしっと指して、大声で怒鳴りつける。
自分の名前が出て初めてはっとして。
「そ、そうだよ!あんなの流出したらっ、火浦院長に…これ以上迷惑は…っ!」
元々薄い肌の色が、血の気が引いてさらに青白くなって。
弾かれた様に叫んだ結城に、みっちょんに睨まれたままの板津が口を挟む。
「安心せぇ。あの放送はショッピングモール内にしか流れとらんし、録画も出来ん様になっとるわ」
「そーいう事!ケータイにも強制的に送れる様にしてもらったから、オーロラビジョンをケータイで撮れる奴もいない、ってワケ」
ぶっきらぼうな板津の言葉を補うように言う滝沢の顔は、いつものあっけらかんとした笑顔だ。
それにさ、と滝沢は、困惑顔のままの結城に言葉を続けた。
「火浦さんのトコなら大丈夫。だって一応手配かかってる筈の俺だって、しょっちゅう見舞い行ってたけどばれなかったでしょ?」
だから、大丈夫。
そうもう一度言われて、真っ青だった結城の顔に少しだけ色が戻った。
「まあでも確かにやっちゃったものはしょうがないかもね」
相変わらずつんとしたままのみっちょんが、真っ二つに割れた空気を修復するように言うと、オネェや咲もそれに同調する。
「そぉよぉ〜。あんまり悩んじゃ体に毒よ、結城クン!」
いつのまに後ろに回ったのか、薄く高い結城の肩に両手を掛けてオネェが言うと、さしもの平澤も溜息一つで矛を収めた。
「…確かに、仮退院中の人間の前で話す事ではないな」
「まぁ確かに…そうかもだけど…」
大杉も結城の顔色をちらりと見て、しょんぼりと高い背を丸めて小さくなる。
そんな微妙な雰囲気の男達を放り出して、オネェは甲斐甲斐しく結城の面倒をみた。
一人掛けのソファに座らせて、何処からか持ってきたシャンパングラスを目の前に置いて。
「咲ーシャンパン開けちゃいましょ!我らが王様の帰還祝いよ〜」
力こぶの浮く腕を目一杯開いて楽しそうに言うオネェに名指しされて、咲は慌ててワインセラーに向かった。
 
 
「えっと、シャンパンて…どれだろ…?」
「そこらへんとかいいんじゃない?」
普段あまり高い酒を呑み慣れない咲が銘柄選びに手間取っていると、後ろから緑袖の腕が伸びて少し高い位置の瓶を指差す。
背中のすぐ後ろに懐かしい体温を感じて、その近さに振り向く事も出来ず、咲は思わず身を縮めた。
「どれか選んでよ。取るからさ」
さりげなく肩に置かれた手と、耳元に降る声は、まるきりあの夏と変わらない。
あまりの自然さに思わず言いたかった言葉が何一つ出てこなくて。
咲は視線だけで上を見て、適当な瓶を指差して「あれ…」と言った。
細い指が指した先のボトルを手にとって、空いた手で長い茶色の髪をくしゃりと撫でて。
「じゃあコレで乾杯しよっか」
そういって滝沢は、みんなの下へ帰っていく。
少しだけ残念に思いながら、咲もその背中を追いかけた。
「ちょっと待て滝沢!…ええと、結城…さんは、酒は呑めるんですか?」
早々に栓を抜こうとする滝沢を諌め、聞きにくいことこの上なさそうに平澤が結城に尋ねる。
見たところ年齢不詳な結城の歳を、見定めかねているらしい。
そうとは知らない結城は、きょとんとしてから小さく頷いた。
「はい、少しだけなら呑んでもいいって先生が…」
「ふむ!?それは、ええとその、教師の教え方が…」
「へ!?教師?誰?」
怪我の心配をされたと思った結城の答えを、違う方向へ解釈した平澤が、あらぬ方向へ話を進めそうになるのを、制したのは滝沢だった。
「平澤、一応結城って俺達より年上だから…」
苦笑気味にそういわれて、ようやく結城もどういった意味で話が進んでいるのかを理解して。
「あの、僕もう30過ぎてるんですけど…」
溜息混じりにそういうと、周り一同揃って「ええええ!!?」と大声を上げた。
その声にかき消されそうな声で、階下から滝沢を呼ぶ声がしたのは、そのときである。
 
 
「滝沢ー!てめ、ちょっと降りて来い!!」
東のエデンの運営上の理由から、ショッピングモールのサウスポート三階部分は、殆どが立ち入り禁止エリアとなっている。
運営部が居を構えるシネコンも勿論禁止区内で、ニート達も近寄れない。
だから弘瀬もそこに足を踏み入れたのは、丁度一年近く前のあの日、60発のミサイルが降り注いだ日以来の事だった。
無法地帯ともいえる豊洲だが、ある一定のルールは勿論存在し、その中には立ち入り禁止を守るというものもある。
誰もが当たり前の様に享受出来る楽園を、保つ為のルールを侵す事は許されない。
だから、他のニートに見付からないように、弘瀬はこっそりと小さな声で怒鳴り声を上げた。
「おー、何ー?」
まるで20年来の幼馴染に呼ばれたような気さくさで、程なくして滝沢は階段を下りてくる。
警戒心なんか、まるで感じられやしなかった。
後ろから走ってきた東のエデン株式会社の面々が、「何やってんだ!」「戻れ迂闊者!」と叫んで滝沢に手を伸ばす。
そんな彼らに小さく手を振って、果たして我らが王は弘瀬の前に降臨した。
「あれ?お前…空港の時の?」
「覚えてやがったか岡田…じゃなかった滝沢ぁ!」
ビシィと音が立つほどに力いっぱい指差すと、「そりゃ勿論」と返される。
「良かった、無事だったんだな。心配してたよ」
そういって笑う顔の余りの屈託の無さにすっかり毒気を抜かれ、弘瀬は黙って溜息をついた。
本当ならあの後歩いて帰るのにどんだけ苦労したかとか、そういう事が言いたかった筈なのに。
すっかりと何もいえなくなってしまうのだから、全く王の力は恐ろしい物だ。
そう弘瀬が思った時だ。
「どうしたの…?」
不安げな表情の幾分か顔色の悪い背の高い男が、階段の上に姿を現した。
「あー!!やっぱりアンタ、あん時の“業者”だろ!?」
吹き抜けまでの小さな階段を一っ飛びに越えて、吹き抜けの真下でそう叫ぶと、男の肩が小さく竦む。
「結城、知り合い?」
気遣う様に滝沢が声を掛けると、少し間をおいて小さく頷いた。
「去年の夏に…辻君の事を聞いた人…」
震える声が落ちてきて、それを追いかけるようにゆっくりと、結城は階段を下りてきた。
「…大丈夫?」
未だ本調子ではない体を心配してか、滝沢の声は少し張り詰めていて。
そんな彼を安心させる様に、結城は唇を引き結んで頷いた。
 
 
「あの…あの時は有難う。お陰で、辻君に会えた」
小さく頭を下げながら言う結城に、弘瀬はオーバーアクションで両手を振った。
「いやいや、そんなのどうでもいいっつーの!それより、アレまじかよ!?」
「あ、あれって…?」
動きの大きい弘瀬に気圧されて、頭一つ分以上大きい結城の背は、見る影も無い程縮こまる。
昔世話になったからという結城の言葉を受けて、エデンのメンバーと滝沢は一旦二人をバーに残して上に昇った。
だが、やはり気になるのか、階段の手すりにちらりちらりと顔を出している。
そんな階上からの注目にも気付かず、バーの入り口を背に男は叫んだ。
「アンタ、アンタが…ミサイル落としたってマジかっつってんだよ!!」
突然の大声にビクリと結城の肩が震えるのを見て、思わず平澤と大杉が階段を降りかけて。
部屋に戻った女の子達も慌てて飛び出した。
ところがそんな面々の前に滝沢がすっと手を出して、振り返らずに小さく首を振る。
不安げな咲とみっちょんが、しんがりに立つ板津を見上げると、こちらも同じく首を振って見せた。
階下では、一度は驚きに身を震わせた結城が、それでも小さく溜息を吐いて呼吸を整え。
真っ直ぐに弘瀬を見据えて大きく頷いた。
「うん。そうだよ…あのミサイルは僕が撃った。正確には頼んだんだけど…少なくとも僕の意思で発射された」
「じゃあやっぱり、この国を揺さぶって、こんな風に変えたのは、アンタ達二人なんだな…?」
目を輝かせて問う弘瀬に、結城は困った様な曖昧な顔で、縦横どちらに首を振るか悩んで。
最終的に縦に振った。
「国を揺さぶるとか…そういう事を考えた人は違う人だけど、結果的には多分僕と滝沢がした事になる、と思う」
脳裏に思い描くのはかつて行動を共にした仲間。
オールバックと眼鏡と高級スーツが良く似合う、尊大で聡明な男だった。
あの夏の日から、彼の事をこんなにもはっきり思い出したのは、初めてかも知れない。
そんな結城の複雑な思考は、弘瀬の浮かれきった声に遮られた。
「マジで!?そうなんだ!うわぁ俺すげぇ!両方の王に会ってたよ!」
子供のように跳ね飛んで喜びにはしゃいで、そして。
唐突に居住まいを正して、彼は言った。
「俺さ、何だかんだで今結構上手く行ってんだ。あんた達がこんな世界にしてくれたから」
ありがとう。
まるでビジネスマンの様に、そして古い友人の様に、真っ直ぐに言われた言葉に、結城の視界が緩くぼやけた。
そんな二人に、いつの間にか階段を降りた滝沢が割って入って言う。
「俺だけじゃなくて結城も世話になってたんだって?ありがとな」
右手のグラスを弘瀬に、もう一方の手に二つ持ったグラスの片方を結城に取らせて。
ニィと笑ったミリタリージャケットの王様は、高らかに宣言した。
「それじゃ、俺達のエデンに乾杯!」
その声に併せて階上のエデンメンバー達も、滝沢たちもグラスを合わせる。
細やかな気泡が美しいシャンパンが入った細いグラスが、キィンと心地良い音を立てた。

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実は何がどうしても書きたかった、弘瀬と結城の物語でした。
弘瀬がたった一度会っただけの“業者”の彼を、覚えていてくれた事が嬉しかったので。
そして彼のした事を一対一で認めてくれる人が居て欲しかったので…。

本当はもう少し短い予定だったのですが、結城君の幸せにアレもコレもと詰め込み過ぎてしまいました。
一応ラストまで全部考えてはいるので、もう少しお付き合い下さいませ…。