1*10前提劇場版U後捏造です。


「それにしても、凄いの見付けたよねぇ」
そう言って笑ってやると、意図が汲めないのかテーブルの向こうの男は眼鏡をくぃと押し上げて、「…何が?」と尋ねてくる。
休日の喧騒に溢れるエキナカのカフェ。
行き交う人の導線から少し外れた場所にあるその店は、大きな駅のガラス張りの吹き抜けの中ほどにあって、開放感に溢れた居心地の良い場所だ。
少なくとも、日本を焦土にしようと企む人間達に似合うとは思えない程に。
細い指でトントンとテーブルを叩いて、口元に浮かべるのは嫌味を込めた笑み。
「…いくら頭からっぽちゃんでも、言われた通りにミサイル撃つなんてチョロすぎでしょ?」
言いながら目線を送る先には、飲み物を買ってくると意気込んで、ひとりカウンターへと向かった幼い服装の長身の男がいる。
学生中心に流行するデザインのコートの上に乗っている顔は、実年齢を真っ向から無視して、ぴったりだと思ってしまう程に幼く弱弱しい。
一言二言甘い言葉を囁いてやれば、すぐにでも言う事を聞くだろう程度の人間だと一目で分析した。
しかし、まさか自分の残高を減らして、自分の履歴に残して、ミサイルを撃つ事を承諾するなんて。
そんな自身をも破滅させるような選択を、容易にしてしまうなんて。
そういって笑った辻に、物部は少し複雑そうな顔をして。
小さな溜息と共に言った。
「君は、一つ勘違いをしているね」
「は?何が?」
きょとんとして向き直り、正面から目を合わせると、あからさまに動揺を見せる物部は、視線を外して。
 
「あのミサイルは、彼の独断だよ。私は、申請が行われた後に彼に会ったんだ」
あれは、彼の狂気だ。
 
息を呑んだ辻が釣られて視線を動かすと、丁度両手一杯にコーヒーのチルドカップを抱えた結城が、子供の様な笑顔で二人の元へ走って来るところだった。
 
 
「そうなんだよ…」
覚えの無い知人が入院しているという病院を見舞って、自室であるクルーザーに帰って来た辻は、薄青色のソファにばさりと腰を下ろして呟いた。
「アイツは、見た目ほど弱くないんだよなぁ…実は」
だから、大丈夫。
突然に揺り戻った記憶に苦笑を浮かべながら、辻はお気に入りのカルピスのグラスを掻き混ぜて、喉に流し込んだ。
 
『西側の楽園 [』
 
火浦元の作り上げた王国は、老人達の力で回る様に出来てはいるけれど、それでもいくつかの仕事は若者がやっている。
例えば医師や看護師は若い者もいたし、結城の勤める介護の仕事もまた力仕事故に、若い者が幾人かいる仕事だった。
まだリハビリが必要だとはいえ、長年両親の介護をしてきた彼の知識や経験は評価され、主に炊事などを担当するという名目で、彼の就職はあっさりと決まった。
職場に世話されたアパートへ移る朝、入院する時は何一つ無かった彼の荷物は、数ヶ月の入院生活の分だけ溜まっていて。
それを全て揃えてくれたのは、敵だった滝沢やその恋人や仲間達や、仲良くなった看護師達だった。
いわゆる、救援物資という奴である。
更には辻や火浦からの退院祝いが加わって、病み上がりの体で持つには多すぎるという事で、滝沢と咲が代表で手伝いに来てくれた。
 
「私達からの退院祝いは、もうアパートに運んでありますから」
そういいながら病室に飾られていた花を抱えた咲は、そのまま持ち帰っていいよと言ってしまいたい位可憐だと、結城はこっそりと思う。
小さくて、可愛らしくて、ふんわりと笑う、滝沢の恋人。
たくさんのものに当たり前みたいに、自然に愛されて来たのだと解るひとだ。
愛される事を不自然に感じさせないひとだ。
妬みも嫉みも湧かないほどに、愛情の中にいるのが当然だと思えるひと。
それが、結城の彼女への感想だった。
「別にそんな、…良かったのに…」
躊躇いがちに眉を寄せると、後ろから明るい声がする。
「いいじゃん、あげたいからあげるんだよ。貰っとけって」
そう言いながら荷物をたくさん抱えた滝沢が、二人に並んで笑う。
掃除の行き届いた待合室は、モルタルの上に敷かれた床材が少し柔らかくて、歩きやすいと気付く。
本当は固くて冷たくて、痛い筈の何かを覆う緩衝材。優しい目的のためのもの。
それはまるで、この二人のようだ。そんな風に思う。
この病院の、白より象牙に近い淡い色の室内が、結城はとても好きだった。
何処と無く気さくで、優しいスタッフや、時々話を聞いてくれる人たちが、とても好きだった。
結城の職場はこの病院と同じ、火浦の作った町の中だ。
けれど、介護師が常駐する介護センターは病院から少し離れていて、結城のアパートはそれよりもっと向こうにある。
その距離は例えば、別れの瞬間だけはずっと友達だと言ってみる、卒業式の子供の様に。
たまたまお気に入りの場所を見つけた、旅行先の土地の様に。
今だけ少しだけさみしいけれど、多分ここへはもう、殆ど来なくなるのだろう。
そんな予感を、させる距離だ。
もう会えなくなるのだと、そんな予感がする距離だ。
「結城?どうした?」
正面玄関の手前で足を止めた結城を気遣う様に、滝沢が少し語尾の上がる声で問いかける。
その顔は心配しているようで、それでいて何処か、これから先の相手の行動をわかっているような顔だった。
解るよ。解んないけど。
そう言われた様で。肯定しないけれど決して否定はしない、そう言われた様で。
結城はきゅっと唇を引き結んで、覚悟を決めた。
「ごめん、もう少し、待っててくれる…?」
今行かないと、後悔するから。
そう言って精一杯の笑顔を浮かべて。
結城は踵を返して、エレベーターに乗った。
 
「…大丈夫、かな?」
あらかじめこうなる可能性を言い含められていた咲は、不安の代わりに花束をぎゅうと胸に抱いて言う。
「結城さん、折角元気になったのに…また…」
信じるより心配が先に立つのだろう、泣きそうな顔をした彼女の髪を、滝沢がそっと撫でた。
「大丈夫だよ。俺達が思ってるよりずっと結城は強いし、物部さんだって実は優しいから」
それは半分以上の憶測と、希望的観測を込めた言葉だったが、咲は漸く安堵したように笑って、「車で待とうか」と言って滝沢の手を引いた。
 
心配そうな顔で見送っているだろう二人をなるべく見ない様にして、結城は到着したエレベーターに乗った。
点すボタンには10の文字。奇しくもかつて自分が名乗っていた番号と同じだった。
結城が入院していた10階の、屋上直通のエレベーターの手前。
特別な受付を通った先で無菌服に着替えて、さらにその奥。
重篤患者だけが入るその場所には、赤いプラスチックに白の切り出し文字で、『ICU』と書かれている。
そこが結城の、目指す場所だった。
入院患者の名前を確認して、小さく息を吐いて、窓口のナースに会釈をする。
「こんにちは」
「あら、結城ちゃん。今日退院じゃなかったの?」
同じ階に居た自分と何度か顔を合わせた事のある女性は、薄桃色の唇をぽかんと開けて、心底驚いたという風に云う。
無理もない。つい先程退院の挨拶をしたばかりなのだから。
かつての結城なら、それだけで萎縮してしまっていたかも知れない。
それほどまでに結城の人生には、関わってくれる他人が足りなかった。
他所の世界に自分がいなかった様に、自分の世界にもまた、誰も居なかった。
けれど今は違う。今は自分のしたい事を伝えて、実行する。
そんな当たり前の事が出来る。
結城はそれを確かな進歩と自覚して、白い制服の女性にはっきりとこう言った。
「物部、大樹さんの面会を、希望します…っ」
 
震えた声を吐き出して。軽くて重い扉を押し開ける。
緑色のビニールのカーテン。もう一枚透明のそれ。
越えた先に聞こえる定期的に空気を送り出すポンプ音。
同じ速度で計測し続ける計器が示すのは、彼が『生きている』という証。
まだここにいるという、証明だった。
白いシーツの端がぴくりと動いて、ゆっくりと彼が目を開ける。
 
「も、のの、べ…さ…」
喉が渇いて声が張り付いた。もうずっと、喋った事がないみたいだ。
ただでさえ自由の利かない両脚が、小刻みに震えていう事を聞かない。
立ちすくんだままの結城の方へ、ゆっくりと首を曲げて。
白い布に包まれた右目部分が痛々しい顔は、いぶかしげに歪む。
酸素マスクの中で、唇が動いて、紡がれたのはかつての夏と同じ言葉だった。
 
「誰だ、君は?」

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やっとここまで辿りつけました。
元々は滝沢と結城君を話し合わせたかっただけなのになんだこの長期連載www
後一回と、おまけの短文で全部おしまいの予定です。
どうやったら結城君が少しでも幸せになれるのか。
それだけを考えた自己満足の文章に、あともうほんの少しだけお付き合い頂けたら嬉しいです。