旅の途中
「待ってよ藍眺さああん!」
「だーっ、ひっつくんじゃねぇ!」
いくら呼び掛けても待ってくれる気配はなく歩を進める藍眺に、ようやく追いつきするりと腕を絡めると、まるで鳥肌が立ったように身震いされこれ以上ないほどに顔をしかめられて、勢いよく振り払われる。思わず反動で尻餅をつきそうになるのを、里穂子は足に力を込めて何とか堪えた。
……嫌がられると予想はしていたけど、何もそんなに邪険にしなくたって。
「……ひどい」
少し上目遣いで抗議してみるものの、いつものことなのでさらりと無視されてしまう。そしてそんな藍眺をめげずに追いかけるのも日常的なことだった。
「なんで俺のほうに来んだよ、橙次に付いていきゃいいだろうが」
「何言ってんのよ藍眺さん、藍眺さん一人にするといつ揉め事起こすかわからないじゃない、あたしが傍にいるのは当然でしょー?それにお兄ちゃんにはヒロユキが付いていったし!」
「人を猛獣みたいに言うんじゃねえっつの!」
寂れた風景が続くなかで喚きあいながら、里穂子は藍眺の隣に身を落ち着かせる。本当はその腕に抱きつきたかったのだけれど。せっかく珍しく二人っきりでの行動なのにまた怒鳴られるのももったいない気がして、我慢我慢と言い聞かせながら。
ぐるりと町内を見渡す。
気にする者さえいないのか、留まることを知らないようにあちこちに散らばっているゴミ、行き交う人々の疲労が充満したような表情。まださんさんと陽が降り注ぐ昼間だというにもかかわらず、しんみりとした閑散さが拭えずに、僅かのざわめき立つ喧噪さえも感じられない。特に目立った建物も見当たらず、寂寞が押し寄せる活気の無い町。
それは出掛け際に背中に聞こえた、”頑張って何とかなるような町じゃないんだよ”という店主の言葉を、自然と思い起こさせる町並だった。
「なんだか陰気な町ね……バイト見つかるのかな」
「探さなきゃどうしようもねえだろうが。金ねぇのに店のメシ、全部俺たちで食っちまったんだからよ」
「そうだけど。大体なんで誰もお金持ってないか、なー……?」
路地裏で一瞬きらっと輝いたものに誘われて、不自然に語尾が吊り上がる。 反射的に立ち止まりじっと一点を見つめると、奥に入り込み影を落とした路上で、陽の光を浴びてきらきらきらきら。
なんだろう。寂寞感漂うこの町には違和感を覚えるその輝きに、里穂子は首を傾げて好奇心のままに近寄りしゃがみ込む。しかし、ずいっと地面に顔を近づけて観察するやいなや、その物体にがくりと肩を落とした。
大方、町の不良共が喧嘩でもして窓ガラスを割ったのだろう。飛び散ったガラスの破片は全身で光を浴びて、なおも輝き続けている。よく目を凝らすと、さらに入り込んだ向こう側にまで散らばっているのがわかる。余程激しい殴り合いでもしたのだろう、常に身近で争い沙汰を経験してきた里穂子には、その様がありありと浮かんできた。
べっつにお高い宝石やらが落ちているんじゃないかしらなんて期待したわけじゃないけどさあ、と一人呟きながら、その輝きとは比例しないつまらない正体に不満げに顔をしかめた。
「おい!」
背中に掛けられた大声に、はっとして振り返る。藍眺が数メートル進んだ先で、里穂子よりもいっそう不機嫌な顔で立ち止まっている姿が目に映った。だがそんな立ち姿とは裏腹に、「何してやがんだ置いてくぞ!」と続けられた言葉には、里穂子を綻ばせるのに十分な力が宿っていた。
付いてくるなとか俺は一人で行くとか散々文句言っていたくせに。結局いつも本心じゃないのよねー、怒鳴られてもいいから抱きついちゃおっかな。
藍眺のたった一言で、つまらない気分だったことも忘れて今度はご機嫌に表情を緩ませて、里穂子は待ってくれている藍眺の元へ軽やかに駆け寄った。
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[ 2004/02/12 ]
内容なさすぎるしひどい文章ですが、藍眺さんの異常な拒絶反応って実はくっつかれて動揺したからじゃ…!?それに気づかず里穂子は今まで通り邪険に扱われたと思い込んでるんじゃ…!?(確かアニメ最終回付近設定で書いていた記憶…多分)と自萌えしたので再掲載。里穂子たんかわいいもんね!!(2016/06/02)