青すみ 恋 | 流→彩 バレンタイン | リョ彩 バレンタイン / 敵わない / 続いていく、音 / Birthday
恋 青島俊作×恩田すみれ(踊る大捜査線)
足早に歩を進めるも、どこか置き去りにされたように心は付いて来ず、深く重く圧し掛かる。背中に注がれる視線が、余計に苦しさを募らせた。だからその雑念を振り払うように、殊更に歩を進めた。この場を早く去るために。
「どうぞ、こちらへ」
特殊急襲部隊の低い声が、署内に響く雑音にまみれて耳に届く。事件に巻き込ませて命の危険にまで晒してしまったのに、不満も愚痴も何一つ言わず、嫌な顔一つせずに、「守ってくれて嬉しかった」と言ってくれた人。
一層ずしりと重みが圧し掛かってきたように感じて、同時に襲ったどうしようもない申し訳なさが視線を後ろへと向けさせた。階段に踏み出しかけた足を止め、その姿を目に留める。湾岸署には不釣り合いなスキー板を掲げ、青いウェア、深く被られた帽子からは茶髪が覗く。手には青いケースに入れられた時計。
『あたしも男を守るなんて、本当はいや』
女という称号に頼ることは、自らの存在を否定しているように思えた。力の無さを、生まれ持った形状を理由に甘えるなんてうんざり。自分の足で立つべきだ。守られるしか能のない女になんかなりたくない。
だから、同じ位置に立っていたい。対等に並んでいたい。望むものは、ただそれだけ。
恋にならないと気づいてしまった。
嬉しかったと言ってくれた彼の優しさに、突き刺さる痛みを覚えた。だから、さようならと告げた。彼に恋をできないとわかったから。彼が残酷なまでに、真剣に真っ直ぐに想いをぶつけてくれるとわかったから。
恋を、したかった。
階上に着き腕を持ち上げると、再び刻むことを忘れた時計に、もうと小さく呟き顔をしかめた。本当に早いところ買い換えてしまわなければ、仕事にも支障をきたしてしまう。はあとため息を漏らしながら、藍原から受け取るのを拒んだ時計が脳裏を霞む。
そして同時に蘇る、休憩所での一風景。
『俺の貸そっか』
そう言って差し出されたのは、円盤の大きなシンプルでごつい時計。自分にはきっと不似合いであろう、普段進んで買ったりは絶対にしないようなもの。断ったそれは、今も彼の腕に嵌められたまま。
喧騒慌ただしい刑事課を前にする。もう見慣れてしまった、けれど久しぶりに目にする、モスグリーンのアーミーコート。デスクに腰をおろし、先ほどの立て篭もり事件から一向に騒ぎが止まない室内を、やっぱり変わらない笑顔で見回している。
彼が派出所勤務を命じられてから、いくつの月日が流れただろう。
慌ただしく流れる毎日に連絡を取りあう時間もなく、また頻繁に連絡を取りあうような間柄なのかという疑問とともに、顔を会わせることもないまま訪れた日。ようやく帰ってきた彼は出会った頃と何一つ変わらずに、その笑顔を向けた。
思い出すのは、過ごした日々。
彼はあたしを甘やかさない。突き放す優しさをくれる。あたしがあたしでいるために、彼に寄りかかることを決して許さないし、あたしもそれを望まない。
そして振り向いたとき、そのいつも支えてくれる言葉を放つ口から、変わることのない笑顔から、あたしの心を安心させる。
彼の傍にいる自分。自分の傍にいる彼。
ふっと一陣の風が心の中を通り抜けた気がした。それでも靄は晴れてくれなくて、ただ風が与えてくれた一欠けらを大きな力に変えるように、勢いよく室内に踏み込んだ。今だけは、意地っ張りな自分を押し込めて。
「やっぱり青島くんの時計……借りようかな」
[ 2003/08/08 ]
バレンタイン 流川楓→彩子(SLAM DUNK)
部屋に入るなり、雪崩れ込むようにベッドに崩れ落ちた。俯けになった視界先を、真っ青なシーツが占領する。
いつものことではあるが、帰宅しこの部屋に落ち着くと一気に疲労が充満し、何をする気にもなれない。
とろりと落ちてくる瞼に抵抗する気も起きず、このまま眠りにつこうかと思った刹那。ふとある映像が脳裏を掠め、ぱちっと開いた瞳と共にベッドに埋めていた顔を持ち上げる。
無造作に放った鞄を引き寄せる。味気のない暗闇のなかに、一つだけ色を持ったもの。鞄のなかから求めていたそれを見つけると、取り出し目線位置まで近づけた。
”あんたの好みに合わせて、ちゃんと甘さ控えてあるから”
当たり前のように差し出されたそれを、当たり前のように受け取った。部活終了後の夜の闇に沈まりはじめた風景と、高く一つに結んだくるくると流れる髪を揺らしながら隣で歩く一つ年上の先輩の姿がよみがえり、意味もなく二、三度頷いてみたりする。それから胸元まで下ろし、そっと真紅のリボンに手を掛けようとしたとき。
低い声音が脳を突き刺し、揺さぶられる感覚。低音と共に波動が押し寄せ、視界がぐらりと揺れ、数秒の間を置いてなんとか定まった焦点の先には、呆れたような表情をした見知ったクラスメイトの姿があった。
「次移動だぞ」
自分に放たれたらしい言葉は、まだ覚醒しきれていない頭をするりと通り抜けていく。ふとまわりを見渡すと、これまた見知った教室の風景。いま目の前のクラスメイトが言った移動とやらをし始めているのか、数えるほどの人数がいるだけだ。
疑問符が浮かびながらもとりあえず立ち上がろうと椅子を引く。すると必要以上に領域を侵略していた鞄に膝が当たり、ばさっと音を立てて数個の包みが床に散らばった。
それらは先ほど目の前にあったはずの包みとは到底掛け離れた、鮮やかに色とりどりに可愛くラッピングされたものたち。
「すげー数だな、お前毎年こんなにもらってんの?」
「……イヤ、今年は一つだったハズ……」
[ 2004/09/19 ]
バレンタイン 宮城リョータ×彩子(SLAM DUNK)
「はい」
明るい声と一緒に差し出されたそれに、どうしてだかわからなくて彼女とそれの間を何度も交互に目を走らせる。
そんな、どうしたの?と眉を寄せられても。こっちが訊きたいくらいだ。
「いらないならあたしが食べるけど」
「え、いやいる、いります、有り難くいただきます!……でもなんで?」
そんなオレの反応が気に入らなかったのか、早々と仕舞おうとする彼女に慌てて両手を差し出し、少し首を傾げて問う。
普段から優しくされることに慣れていないオレは、突然渡された頑張って作ってくれたらしいそれに、嬉しさよりも戸惑いのほうが勝っていた。お菓子であること以外は中身が何なのかはわからないけれど、手作り。 薄いオレンジ色を背景に踊っている真っ白な星、開かないようにと貼られたこれまたオレンジ色(下地よりもやや濃い目だ)の無地のシール。簡易に包まれた様が逆にあったかさを感じさせる。
何が何だかわからないオレの慌てぶりに、アヤちゃんは一つ瞬きをしてふーんと頷いて、にっこりと微笑んだ。
「十数える間にわかったら、もう一ついいものあげる」
えーっなにそれ、と声を上げている間に既に三秒。いやちょっと数えるの早すぎと心中で突っ込みつつも、”いいもの”が気になって、とりあえず考えを巡らせる。
お礼貰うようなことした覚えないし誕生日なわけないし、あとはやっぱりクリスマスとかの年中行事……だよな。ていうかよく考えてみなくてもアヤちゃんに何か貰ったことなんて今まで一度もないぞオレ。はじめてのプレゼントが手作りって、実は結構幸せ者だったり……?
無意識に頬が緩み思考回路が逸れてきたところで、「じゅーうっ」と弾んだ声が路上に響く。あっと声をあげてももう遅い。
「時間切れー。残念でした」
「つーかアヤちゃん、数えんの早すぎ!ぜってーあと四秒くらい残ってるって。もう一回チャンスを!」
「だーめ。速くても遅くても十数えたんだから十秒でしょ」
「んな無茶苦茶な……。……や、でも、いいよ、うん。すでにこんな素晴らしいものをいただいているんだし、そんな贅沢は言わない!……で、手作りお菓子をくださる理由はなんでしょうか……?」
「もうすぐわかるんじゃない?」
意味深な発言を残して、アヤちゃんは一歩大きく前に出る。その台詞に首を傾げながらも右手に感じる小さな重みが嬉しくて幸せで、自然と頬が綻んでくるのを受け止める。
もう一つのいいものが気になるけれど、アヤちゃんに手作りのお菓子をもらった今、これ以上のものなんてこの世には存在しないように思えた。
学校に着いたらみんなに自慢してやろう。
[ 2004/09/19 ]
敵わない 宮城リョータ×彩子(SLAM DUNK)
「アヤちゃん、髪伸びたよねー」
再放送のドラマが流れている室内。くつろいでいる彩子の髪に指を通す。ウェーブのかかった真っ黒な髪は、リョータの指の間をなめらかに流れていく。ちょうどCMにさしかかったところだったので、彩子はリョータのほうへと視線を向けた。
「切らないの?」
「切ってほしいの?」
「え、いやそういう意味じゃないけど!ずっとこの長さじゃない?」
「そういえばそうね。別にこだわってるわけじゃないんだけど」
「ふーん」
梳いてみたりくるくると指に巻きつけてみたりと、おろしたままの髪をもてあそぶ。やわらかな感触が気持ちいい。
綺麗だな、と思う。漆黒の髪。甘すぎない、ほのかに立ちのぼってくる香りが彩子らしくてとても合っている。
「ね、オレ、結んでいい?」
わくわくしながら訊いてみるも、戻ってくる返事はない。気づけばCMが終わりドラマが再開していた。もう一度アヤちゃん、と問い掛けてみても、「んー」と生返事が返ってくるだけ。
絶対聞いてないなと思ったけれど、一応返事はもらったわけだし、とゴムを持ってきていそいそと二つに分ける。とりあえず三つ編みを編みながら、お、けっこう上手いかも、と一人感心し呟いてみたりする。
最初は楽しんで結んでいたものの、どんなにいじってみても、アヤちゃーんと呼びかけてみても、すっかりドラマのほうに関心が向かっていて何の反応も示さない彩子に、だんだんとつまらなさを感じる。面白くない。
高く結んだ一つの髪を、ばさりとおろす。それでもドラマに釘付けの彩子に、どこか空しさを覚える。いつものことと言われればそれまでなのだが。せっかく部屋に二人っきりなのに。
とにかく何か反応してほしくて。相手にしてほしくて。彩子の前に腕をまわした。
(……え?……あれ、え、怒らな、い……!?)
いつもならここで必ず肘鉄が飛んでくるはず。彩子に手加減はないから、かなり痛い。それを覚悟してまで行動に移す自分を健気だなあと思うのだが。今日は肘鉄どころか、何の反応も返ってこない。
……これはお許しがでたのだろうか。
いやそれはないだろうと自分に言い聞かせつつも、もしかしたらそうかもしれないという期待は隠せない。
内心どきどきしながら、腕に少しだけ力をいれて。
首筋に唇を押し付けようとしたとき。
「ぐっ……!」
甘かった。
いつもより行為が進んでいたぶんだけ、それ相応に力強い肘鉄が腹の真中に命中する。思わず前のめり。
彩子はにっこりと笑ってリョータを見る。
「髪、結ぶんじゃなかったのかしら?」
「……はい」
テレビからはCMが流れている。反応がなかったのはお許しがでたわけではなくて、ただ単にドラマに熱中していただけだからか。再放送のこのドラマのどこがそんなに面白いのか疑問で仕方ないのだが、それに自分が負けたのだと思うと何やら悲壮感がぐっと込み上げてくる。
どうやらまだまだ先は長いらしい。
[ 2003/02/28 ]
続いていく、音 宮城リョータ×彩子(SLAM DUNK)
「もうすぐ、流川の誕生日よね」
「え、そうなの?」
「そうよ。一月一日生まれ」
「へー……ていうか、なんでアヤちゃん、知ってんの」
「長いつきあいですから」
「……なんか、面白くねぇ……ね、オレの誕生日は?」
「さあ。なんであたしがリョータの誕生日まで覚えてなくちゃいけないのよ」
「……アヤちゃんさ、ホントつめてーよな、オレに対して……」
あはは、と電話越しに届いてくる彼女の笑い声。
少し、すねた調子で返す。
「うそ。覚えてるわよ。ていうか、あれだけしつこく強請られたら、忘れたくても忘れられないわよ」
そんなにしつこく強請ってないって、と言い返しながらも、自然と口元がゆるむ。
やった、覚えててくれたんだ。
「あ」
どうやら最後だったらしい。途切れた鐘の音に、二つの声が重なった。
終わりの音が鳴って。始まりの音が鳴る。境界線なんて何処にもないように。
続いていく、音。
「変わんないわね」
「ん?」
「年が変わっても。今までと、なんにも変わらない」
「……そりゃあ、日にちが変わっただけだし。日付が変わるだけで大げさに変わることなんて、何もないよ」
変わらないといえば、自分たちのこの関係も変わらない。初めて会ったときから追いかけて、追いかけて、追いかけ続けて。容赦なくあっさりかわされて。もう少しで三年目、ずっとこの調子。
だけれどこうやって電話をして。誕生日も覚えていてくれて。
ほんの少しずつだけど、進んでいってるのかもしれない。 きっと、そう。
「しっかし年が変わる瞬間に流川の話……なんか、すっげいや」
「あはは。ねえ、可愛い後輩に何かプレゼントしてあげる?」
「う〜ん……やってもあいつのことだから、どうせ無表情で『どーも』とか言うんだよ?やりがいないよなあ」
「そっか。あげるんなら一緒に買いにいこうかと思ったんだけど、それじゃあ仕方ないわね」
「けど可愛い後輩のためだしな!何時にする?」
「……ゲンキン」
笑いあう。
電話を通して伝わってくる声は、空気は、優しくて、やわらかくて。
まるですぐそばにいると錯覚してしまいそうなほどに、とてもあたたかくて。
「これからも、よろしくね」
[ 2003/01/04 ]
Birthday 宮城リョータ×彩子(SLAM DUNK)
「うわっつめてー、きもちー!」
着いたと同時に、靴を放って海に飛び込んだ。ぱしゃぱしゃっと水しぶきがあがり、まだ完全には傾いていない太陽の光を浴びてきらきらと輝いている。それを後ろからゆっくりと歩きながら、半分しらけた目で眺めて。
「……ひとがせっかくプレゼントするって言ってるのに」
とりあえず、悩んだことは悩んだのだ(たとえそれが数分だけだとしても)。多分、いや絶対あいつだったら、あたしがあげるものなら何だって喜ぶだろうと思ったけれど。でも、それは年にたった一度だけ巡ってくる日。せっかくあげるのだったら、本当に喜ぶものをあげたいと思って。それなら本人に直接訊き出すのが一番だろうと思い、訊ねてみたのだ。
少しの間を置きリョータから返ってきた答えは、海。何もいらないから、いっしょに海に行きたいと言うのだった。
他に何かないのと訊くと、昼は陽が照っているから夕方がいいという、ズレた答え。しかもあいつが汗だくでペダルを漕いでいる最中、あたしは何もしなくとも移り変わっていく景色と吹いてくる風に優雅に髪をなびかせていた(一応弁解しておくと、何度も代わろうかと提案したのだ、なのにあいつは「いいからいいから」と相変わらず嬉しそうに笑うだけで)。まったく、プレゼントも何もあったものじゃない。
「アヤちゃんもはいろーよ」
リョータの手を受け止めた海水がゆらりと揺れる。誘いながらこちらに振り向く顔は、本当に嬉しそうで。リョータに言わせると、何かを貰うよりもいっしょに出かけることのほうが何倍も、何十倍も嬉しいらしい。
恥ずかしげもなく満面の笑顔で言われたその台詞に、まったくと呆れて息を吐いた。ちょっと擽ったいような感覚に駆られたのはきっと気のせい。
心底楽しそうなリョータを見ていると、一人気にしてる自分がだんだん馬鹿らしくなってくる。
「なんで海なのよ」
はしゃいで崩れた髪をかきあげる。きらきらとこぼれる雫が綺麗だと思う。
「暑いしちょうどよくない?」
「そうだけど」
「それにアヤちゃんがあげようって思ってくれてただけでも十分だって。だってオレ、ねだろうと思ってたし」
「……あたしってそんなに冷たいわけ?」
しまったというふうに、そうじゃなくってと慌てて身振り手振りで弁解する。その必死な慌てぶりが妙におかしくて、思わず吹き出す。
そういえば、二人で出かけるのはこれが初めてだったことを思い出す。
本当は狙ったのだけど。
リョータから言われなくても今日一日、二人で出かけるつもりだったのだ。
いつものあたしからは到底考えられない提案だけど、今日は誕生日なんだし、ちょっとサービス。
教えてあげないけど。
「リョータ」
サンダルを脱ぎ捨て水面に飛びいる。
弾いた水が飛び散り、肌に当たって気持ちいい。
そして、まだ言っていないひとこと。
「誕生日おめでとう」
[ 2002/08/02 ]