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しょくぱんまん←ドキンちゃん(アンパンマン)
「臆病」
なんて不釣り合いな言葉。
「頑張ってつくったのになあ……」
目線を右下の包みに移しながら零れてきた言葉は、誰に受け取ってもらえることもなく、陽気な天気に流れていく。軽く前後に揺らすと、受け取り主を失ったそれがかさかさと音を立てた。沈んだ心とは対照的な甘い匂いも一緒に伝ってきた気がして、不機嫌な息を吐き出した。
料理はさほど得意なほうではない。お腹が空いたときには一緒に暮らしているばいきん城の主や居候のホラーマンに作ってもらうなり持ってきてもらうなりして頼んでいるし、そもそも出来上がったものを食べることは好んでいても、わざわざ手間暇かけて作るなどいう趣味は欠片も持ち合わせていない。これだって、一度失敗してもういやと嘆きながらも、早起きして正解だったと自分を励ましながらもう一度作り直したもので。だからそんな自分が、自ら甲斐甲斐しく作る必要なんて、どこにもないのだ。たった一つの理由を除いて。
「い〜い天気〜……」
横になっちゃおっかな。やわらかく照りつけてくる陽射しが心地良くて、静かにゆったりと流れていく雲が心を溶かしていって、身体から力が抜けていく。どうでもいいやという怠惰。露出した足にちくちくと突き刺す雑草が少し痛いけれど、身体を重力に任せてしまえば何だかすべてが楽になれる気がした。
いつものように変装をせずに、今日は自身の姿で彩ったこの身なりも、もう何の意味も持たないから。
しかしその微睡みも、重力に身を任せようとした瞬間に耳に飛び込んできたエンジン音に掻き消されてしまう。
「ドキンちゃん?」
「あ……しょくぱんまんさま……!」
「どうしたんですか、こんなところで」
鳴り止むエンジン音と共に、掛けられた声と覗く顔。慌てて倒しかけていた身体を起こし、立ち上がる。そこには配達が終了し帰宅途中なのだろう、しょくぱんまんがにっこりと微笑んでいた。
その求めていた姿にばっと表情を輝かせたのも束の間、先ほど小学校の前でその背中に逃げ出した自分が脳裏に浮かび、再び影が落ちる。
よかった寝転ぶ前で乱れた格好を見られるのは恥ずかしいから、とか、そのまま通り過ぎていっても構わないのにわざわざ車を止めてくれたんだ、とか。
そんなことだけで嬉しくてたまらない自分が馬鹿みたい。
「あ、の……」
ぎゅっと包みを掴むと、手のひらが汗ばんでいることにはじめて気づいて、小さく苦笑した。臆病なんて言葉、自分には一番似合わないはずなのに。
「……あの、これ、クッキー作ったんです。よかったら……」
「わあ、いいんですか?わたしがいただいても」
「はいっ、もちろん……!配達お疲れさまです!」
また逃げるの。こんな臆病な自分を認めたくなくて情けなくて惨めで、それでも手離したくなくて、微笑んだ。
きっとあなたはこの笑顔の意味を知っている。知っていて見て見ぬふりをする。
そんな見せかけの優しさを与えられて、心から喜んでいる自分がいる事実がたまらなく惨めだ。
だから壊してしまおうと、決めたはずだったのに。
包みを手渡すときほんの一瞬だけ触れあった温度は、とてもあたたかかった。
もう少しだけ、この想いに縋っていたいと思った。
[ 2004/02/08 ]
藤崎イサム×御室風子(ギルガメッシュ)
闇に蹲る少女はするりと頬に触れた手に牙を立てる。
歯牙のみに身体中の力を集め、入り込もうとするおぞましいそれに食らいつき我が身を守る。
容赦のない抗いに痛みに襲われているであろう少年は、けれど顔色一つ変えず微動だにせず、全身で世界を拒否する少女をただ見つめる。
しとり、しとり。赤く赤く、溢れ出る血が円をつくる。
「この血は風だな」
少年は残された手で、震える少女を形成するもの一つ一つに触れ、幾度も幾度も少女を撫でる。
生命を象徴するブロンドの髪、息衝く肌、支配を恐れ怯える心、少女は少女として生きてきた命。
しとり、しとり。赤く赤く、溢れ出る血が少女を満たす。
そこではじめてここが闇ではなく色付く世界なのだと少女は気づき、血塗れた口腔の外壁が微かに濡れた。
[ 2004/09/12 ]
角宿×本郷唯(ふしぎ遊戯)
貴方の心がなによりも澄んでいること、知っているから。
「唯様、寒くはありませんか?待っていてください、今羽織と熱い飲み物をお持ちします」
「唯様、ほら、きれいでしょう?唯様がお喜びになるかと思い早くお見せしたくて……」
「唯様、今日は風も強くなく穏やかな日和で気持ちいいですよ!外に出て、少し歩きませんか?あまり遠出はできませんが……お供します!」
端整な顔立ちがふっと朗らかな笑みに形を崩すとき、大人びた雰囲気が僅かながら薄れ、普段はどこか片隅に追いやられている幼さが表面に浮き上がる。いつもは年下の印象でしかない俺も、その時だけは実際は彼女と一つとして変わらないのだということを実感する。それは戦で明け暮れる日常のなかでの生き抜く光であり支えであり、何より。
まもりたいと、思ったのだ。
こうやって、あどけなく微笑む彼女を、一瞬でも多く。張り詰め苦しそうに呻く彼女を一瞬でも多く、ありのままでいられるように。この手で出来得ることなら、否、どんなことだろうとやり遂げ彼女にすべてを捧げようと誓った。七星士としての義務からはじまった関係性が、浮き立つ感情から生まれる本能へと変わるまでに費やした時間は、そう多くはない。
苦痛に歪み、悲痛に張り裂け狂いそうだった俺を真正面から包み込んでくれた貴方だから。悲傷の昏睡に巻き込まれそうだった俺を、ありのままに受け入れてくれた貴方だから。それは最愛の兄を失い、他人のあたたかさにはじめて触れた、入り乱れる情の渦から生まれた、たった一つの確かな命。だから。
「……唯様、大丈夫です。唯様は一人ではありません。俺が傍にいますから……落ち着くまで―――ずっと、傍にいます」
――俺が貴方を、まもります
[ 2004/03/29 ]
サイ・アーガイル×フレイ・アルスター(ガンダムSEED)
「フレイ」
ぽつりと意思もなく外界へと飛び出した言葉は、長らく続いた争いの終結へと向かいはじめた世界にまみれて消え失せていく。
それが何だか妙におかしくて、そうか、戦争とはこういうものなのかと、当にわかっていたはずの答えを目前に貼り付けられた気がして、小さく口元があがった。
「……フレイ」
ぎこちない今にも泣き出しそうな顔で笑っている彼女の輪郭が描かれる。その瞳に悲しみは乗っていない。
無意識に浮かび上がった彼女が笑っていることに、自分自身で驚き、そして自嘲するようにあがった口元が悲しみに染められていくのを自覚する。
無力で不器用で、憎しみに身を任せた彼女の辿りついた先がこの笑顔であればいいと、心のどこかで沸きあがってくる何かが訴える。それはもう、願いでしかないのだけれど。
そして、この精一杯の笑顔があの瞬間、彼に向けられたものであればいいと思う。自分に向けられた最後の彼女は、悲しみと偽りの色で染められていたから。
フィルターがかかっているように滲んでいるのは自分の瞼に浮かんだ涙のせいだと、気がつかないふりをした。
[ 2003/09/29 ]