「言っちゃえばいいのに」
ぴくっと肩が反応し驚いたように振り向くが、姿を認め安堵したのか再び前方に目をそらす。それ以上の反応のない態度に、ここにいてもいいという合図だと、勝手にではあるけれどそう受け取って隣に腰をおろした。言っちゃえばいいのに、ともう一度言葉を紡ぐ。
「簡単に言うなよ……言おうと思って素直に言えるんならこんな苦労してないっての。それにさあ……たとえ一世一代の勇気を振り絞って言えたとしても!……相手にされてねえの目に見えてるし……」
「そういうのなんていうか知ってる。ヒクツっていうんだよねー」
けらけらとからかうように言ったら、じゃあお前はどうなんだよと言い返された。
「って悩みそうにないか。飛鳥のことだから、あっけらかーんと告っちゃいそうだよなー」
語尾はそのままため息へと形を変え、吹き抜けていく秋風に倣うようにごろりと芝生に転がる。
ちらりと横目で見やっても、羨ましいよと呟く背中はこちらを振り向かない。
わたしも小竹くんと一緒だよと言えばなにか変わるのだろうか。
[ 2004/10/18 ]
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「飛鳥って嘘上手いのか下手なのかわかんない」
ぼそりと呟けば、目の前で談笑していた二人の双眸がこちらを見る。
特に意識して発した言葉ではなかったので、向けられた問い掛けてくるような瞳に多少戸惑いながらも、仕方なしに先を続ける。
「なんかさ、飛鳥って、隠し事とか絶対できないタイプ?だよな」
「あーわかる?そうなんだよねー、隠しごとしてるんだーって思ったらついアヤシイ行動とっちゃって。こっちは必死なんだけど」
「うっわわかるわかる、すっげー容易に想像つく。その態度がすべてを語っています、みたいな」
「……なんか小竹くんには言われたくない……わたしといい勝負じゃない?」
「俺はお前ほどわかりやすくねえよ。ちゃんと秘密は守るし」
「わたしだってヒミツくらいちゃんとまもりますー。なによ、小竹くんなんて好きな子はいじめてしまうのテンケイじゃな……っ!」
「……あ」
話を振った張本人を無視して進められていた会話は、途中で強制的に遮られ、小竹の手中に飲み込まれていく。小竹の両の手が飛鳥の口元を覆ったのだ。
それまで繰り広げられている言い合いを生温かく見守っていた俺は、突然の小竹の挙動においおい……と心のなかで冷や汗をかく。挙動不審にまわりを見渡す小竹に、苦しそうに両腕をばたつかせる飛鳥。その慌て具合と傍目でもはっきりとわかるほどに紅く染められた頬から、なんだか飛鳥がとても不憫に思えてきて、「小竹!」と強めに制す。まわされた腕が緩んだ瞬間に飛鳥は一目散に離れて、一息つくと、きっと小竹を睨みつけた。まだほんのりと染まっている頬の火照りは息苦しさのためか、それとも。
「なにキョロキョロしてるの?どれみちゃんなら二組に教科書借りにいってるけど」
たぶん、悪い、と言いかけたのだろう。中途半端に”る”で止まった小竹の言葉は先を発することはなく、憎々しげに飛鳥を睨む。飛鳥は勝ったと言わんばかりに胸を張ると、濁りのない笑顔を浮かべてこちらに振り向き。
「ねー伊藤くん。小竹くんほどわかりやすいひともいないよね」
そう言いながら、よくわからないけれど肩をぽんぽんと二度叩かれて、後ろ口に向かったかと思うとそのまま教室から姿を消した。
もうすぐチャイムなるのにどこ行くんだあいつ、と零す小竹を尻目に俺は一つ息を吐く。
……やっぱわかんねー。
[ 2004/10/18 ]
伊藤くんの口調がつかめないよ!!適当です…
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勢いをつけて斜め後ろを振り返ると、ツインテールの少女と目が合う。
目の先の少女が脳裏で描いた相手ではないことに戸惑いを覚え、一瞬知らない世界に吹き飛ばされたかのような錯覚に陥り、二、三度瞬きを繰り返す。
「ハナちゃんになにか用、小竹くん?」
「へ……?……あ、いや、なんでもない」
生返事を返しながら、更に奥に求めていた相手が座っているのが目に留まり、新学期の光景が目前に蘇る。ああそっか、ともやがかかった頭で納得すると同時に、今度は理解するのに数秒掛かった事実に驚きをかくせなかった。
巻機山が首を傾げまだ何か言いたそうにしていたけれど、何を言われても上手い返事を返せそうになかったので、無視して前に向き直る。
(……そっ、か。そうだった。巻機山が転校してきたときに飛鳥と席を変わったんだった)
それはもう一週間も前のことなのに。
[ 2004/10/18 ]
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「飛鳥の笑い声って形容できねー」
「なにそれ」
「聞きとれないっつうか、なんつうの、どっかイっちゃってる系?」
「なっ……ひっどーい!シツレイだよ、そんな言い方!そんなこと言うなら小竹くんは……」
「でもなんかすっげー楽しそうに笑うしこっちまで明るくなるような気がするし、俺、飛鳥の笑い方好きだなー」
「………………じゃあ、もう、笑わ、ない」
「……はっ……!?」
[ 2004/10/18 ]