「要するに」
要約できたこともないのに要するにとくるか。前衛的だな。
 
「行動することの価値は最初から彼女の勘定に入っていなかったわけです。ブラフ、には違うでしょうが、
下敷きと言えばいいのか。砕いてしまえば踏み台か。
つまり、嬉々として語っていたところで、あなたが同意しないことが理想だった」
ほらみろ、さっぱりわからん。
 
「本質は理解しているくせに意地で層を張るのはやめて頂きたいですね。仕事が増えますから」
担ぎ上げられたあと叩き落されると分かってて趣味のものすごく悪い神輿の上でにこやかにフンドシ一丁で踊れるのか?そういうことだろ?
「厭いませんね」
うわっ。
 
「お前真顔でそれはやめてくんない」
「とにかく涼宮さんには今日中にお願いしますよ、メールなり電話なりキスなり。キスなり」
「てめえ」
「はい?」
「徹夜明けとかそんなんだろ」
「そうですが、何か不都合の程でも」
ここまで話して俺は初めて、げっとかうげっとか思っていた。
 
こいつがいつも伝家の宝刀の如くうざくのたまう、自称特技の誰かさまの精神状態の把握は、まあ、多分自分にも返ってきているのは分かっているんだろうが、
その上でどう見られているかを気にしないときは重症だ。
『バレちゃったてへっ』じゃなくて『バレちゃったけど別にいっかぁてへっ』なのである。
事実、目の前の爽やか3年なんとか組はいつもの爽やか3年なんとか組ではなくなっていた。どっちかというと3年B組のほうにいそうな目だ。
それでも小頬骨筋を酷使するのを忘れないとは、なんというかまあこりゃどうもお疲れさんなのだが、それでもバレてりゃ世話はなし。
つーか、こういう所ハルヒと似てるよな。なぁお前だお前サイキックイツキくんよ。
猛進無尽に見せかけて、最後は俺が動くのを待っているわけだ。そんな暇があるなら勉強しなさい。
つまりはだ、お前ら、たまには捻くれないってのも重要なんだよ。それとも、俺が何か間違ったことを言っているんだろうか?
 
俺の理不尽はどこ吹く風で、古泉は携帯とにらめっこをしている。 
「ええ、今――はい、――こちらには――では、すぐに――」
要点だけをつまんだ会話を終わらせた古泉は俺に向き直った。そういう話し方ができるなら普段からすればいいんじゃないだろうか。寧ろ、しろ。
 
 
「まだ気配はありませんが、恐らく30分以内には出現するでしょう、あの様子だと」
「俺が悪いわけか」
「涼宮さんの自制の成長は目覚しいものがあります。内面が揺らぐことはあっても、行動に表すことは格段に減ってきている、
特に最近は」
ほう、つまり俺がそうさせるぐらいまずいことをやってしまったと言いたいわけだな。
「そのような責め方をするつもりは毛頭ありませんが、まぁ結果としてはそうなりますね」
「回して言うことが却って相手に失礼なこともあると思うね。これはお前に言ってる」
「心得ておきます。では、くれぐれもよろしく」
 
 
古泉はそこでいつもの顔になると、鼻につくほど機敏で整った所作で部室から出て行った。もうなんか色々と、あてつけとしか思えない。
とりあえずせっかく目の前から消えてくれた奴のことを考えるのも無駄なので、俺は今現在の状況のほうに思考を巡らせる。
久々にハルヒがぷっつんしてしまったのは、どうやら俺のせいらしい。なんでそうなる。
それでも、しばらくぼさっと定位置に座り込んだあと、渋々でも携帯を手にとったのは、まあ、それなりに図星だったからなのだが。
 
 
 
ハルヒは案の定かと思いきや、意外に落ち着いた声だった。落ち着いたというか、躁鬱の鬱のほうじゃん?という話。
ああ青春の俺達はなんともくだらないことで喧嘩するのだろう?ってのは、8月も含めて何万回思ったか分かりゃしないから、いい加減自粛しておく。
俺はそんなボキャ貧ケータイ小説族ではない。
ちなみに今回の理由も輪をかけて例に漏れずで、あしからず。
 
 
当社比に過ぎないが、最初の頃よりはずっと、ハルヒが線越えすることはなくなっていた。
我らが朝比奈さんが悲しき愛玩扱いをされたり、思いつきで善良な一般生徒に迷惑が及んだりもするが、少なくともハルヒの、自分と非日常の2カメこっきりしかなかった視点は、それなりに他人にも向いてきたようで、それを微笑ましいなんて思っている時点で何かがキているのは間違いないのだが、まあいいことはいいことだ、認めよう。人間素直になったほうがいいってことは、この半年と少しで不肖俺、よくわかりました。願わくば不言実行の自分に倣って、周りも少しは実行してみませんかね?いや、周りっても、誰のことかは大分限定されるんですけどね?さあ俺達はこっちですよ朝比奈さん。長門も、そこ危ないからこっちいらっしゃい。
 
 
「……怒ったわけじゃないわよ」
俺が脳内ピクニックに出かける寸前、もしもし?…キョン?から黙りこくっていたハルヒの声が、現実を引っさげて俺の鼓膜に届いた。
なるほど、俺がヘッドホン難聴であるか日本語が急遽全面改訂されたかでない限り、ハルヒは別に怒っていたわけではないよと。よかったよかった。
お前んとこの国は平常心で人にニーキックをかますのかい?
「あれは正当防衛よ!心の!」
過剰防衛で新聞沙汰になるぞ。涼宮巡査は犯人に2発発砲。
 
「……お前そんなにビデオ見たかったのか?」
怒りの原因に気づいていてコレは、我ながら卑怯な言い回しだと思った。
いい加減今日の顛末を言ってしまうが、古泉に言われなくともはっきり俺の過失だ。文化祭で撮るのも見るのも味を占めたハルヒが、俺達をビデオ屋に引きずって行くようになるのは、まあ予想がつくことで、自分が見たいものはほぼ譲らない所も、正味三分話せば赤の他人でも分かることだった。
 
 
簡単なことだ。俺は、またそんなB級の教科書みたいなもん見るのか、なり、アホかーバカかー、でもいいし、なんでもいいから向き合うべきだったのだ。
 
 
子供の教育の一番の敵は無関心だとは、どこかで聞いたような、俺の妄想のような。まぁつまるところ、その日の気分で人と話しながら片耳にイヤホン突っ込むのも、幕が垂れた向こう側の例のあれコーナーに思いを馳せてろくすっぽ返事をしないのもよくないということだ。客のいかにも若者を見る視線をものともせず、爆発したハルヒは一人でずかずかと店を出て行ったのだった(ちなみにその後、残留孤児の俺達は、とりあえず長机に今俺の膝小僧以外に並べられている菓子ジュース類を調達しに行った。観賞中の兵糧確保も万全というわけだ。この時期一日置いて湿気ることはまさかだ)。
 
これは誰が悪いというより(俺が悪いわけだが)、親しき仲にも礼儀はあるわけで、きっと俺みたいなのがやらかしがちな無神経なんだろう。しかし、最近の団長様にしては、些か気が短い気がしなくもなかったが。
 
 
「そんなんじゃないわよ、ただ、……つまんなそうだったから」
「……そうか。悪かった」
「んなっ!?」
そうだろうそうだろう驚きだろうこの展開の早さ。俺が一番驚きだわ。
 
「だっ、れもアンタのことだなんて言ってないでしょ!?」
「今言っただろ」
「内容の話以外に何かあるわけ!?変な深読みしてんじゃないわよモブキョンのくせに!」
超監督、お前の作品においてモブなんてのは存在しないのかもしれないが、普通はすごい重要なんだぞ?
「……だから。ほんとにそういうことってわけじゃ、……あーなんかもやもやする!」
「落ち着け」
「違うのよ!なんか違う!…んー、ああいう所っていうか、シチュエーションっていうか…なんか最近、みんなつっかかる所があったのよね」
「ああ?」
「……エンリョ、みたいな」
なんとまあ遠慮とおっしゃいましたよこの子が!ちょっと泣くかも嬉しさで。
 
 
「ぶっ」
しかし俺は吹いた。
「なっ!あんたそこに直りなさいよっ!」
「どうしたあ!お前がどうしたあーだよ!」
俺はテンションがおかしい。
「どうもしてないっ!……だって、なんか」
この機会に茶化せるだけ茶化しておこうと思ったが、ハルヒは羞恥と真剣が混ざった声で必死に言葉を繋いでいて、そこまで無粋ではない俺は、結局無音作りに徹した。
 
 
「……みんなの好きなものとかも知りたいって思うじゃない。土足で踏み込む趣味は無いけど、うん、別にあたし、あたしの言うことに賛成してくれなくてもいいのよ。もっと好き勝手言ってくれていいし、そうじゃなきゃつまんないし」
 
 
たった今人をまとめるとはかくありなんなことを言っている団長と、ビデオ屋で駄々を捏ねていた子供は同一人物である。
わかりにくいんだよお前のは、もっと行動で示せ。
「そんなころっとできるわけないでしょ!なんか気持ち悪いじゃない!」
まあ確かに、億に一ぐらいでお前が優しくでもなったら、胡散臭いどころか色々な力の関与を疑わなければならないな。比喩ではなく。
 
 
ようやく合点がいった。ハルヒが怒っていたのは、他人なんて楽な対象ではなかったのだ。
 
 
 
「――まあ、なんだ、そんな重く考えることでもないだろ。みんなお前にそんな大層なものは求めないから」
「何よ、あたしには期待できないっていうわけ!?」
言葉裏を鋭く嗅ぎ取ったハルヒの喚いた声に、さっきまでの張り伸ばされた迷いは無かった。
 
 
「今更ってことだよ。それよか、往来の場の空気を不穏にしたことのほうを気にしろ」
どうせ一気に余計な気を回そうとしたってパンクするだけだ、お前の性じゃあないさ。
 
 
赤の他人の一人二人でも泣かせたなら、俺がすぐさまど突きに行ってやるし、一方俺達はといえば、いい加減耐性があるってわけだ。本当に今更な話だ。それと、自分でもよく分かってなさそうだが、俺たちは大前提としてモラトリアム真っ只中の高校生のガキなわけで、
少しずつ変わっていくことに不自然はかけらも無い。朝比奈さんはよく笑うようになったし、長門だってそれは表面に出していないだけのことで、古泉のイエスマンは真性だし、言えない理由はあっても、嫌々お前と付き合ってるやつなんかどこにもいないさ。言ってしまえば、俺だってそうだ。とりあえず、この青春なんだかそうでないんだかよく分からない状況を楽しめる位には、そうだ。なんてこったい。
 
 
「構えてればいんだよ。物好きはみんなついてく」
「……バカの励まし方ね。ちっとも心が洗われないわ」
「ま、進歩だし、今度の探索は何か奢ってやる」
「な!このあたしを懐柔しようとは不逞じゃないの!そ……そうは卸さないんだから」
涼宮さん、啜った音が聞こえるんですけど。
「はあああーあ、そうねそうよねあたしとしたことが、こんなバカに気を使おうなんて考えがバカだったのよ!なんて時間の浪費しちゃったのかしら!明日は今日の分まで80年代中心のB級漁り!ハリウッド制作とかだとなおよしね!」
それは紛れも無く、いつもの涼宮ハルヒの言い回しだった。やれやれだ。
「ちょっと聞いてるのバカキョン!あと二言は無しだからね!」
「へいへい」
「どうせ映画なんてロクに見てないんだろうし、ちゃんと予習してきなさいよ!スティーブン・セガールの息子の名前とか!」
「へいへい」
「シベ超とか有名どころは押さえてきなさいよ!タイタニックごっこしかできなかったらぶっとばすからね!それから!」
「へいへい」
「ありがと」
 
 
 
 
まんまと閉口する俺を尻目に通話音は途切れ、残されたのは誰もいない秋の部室と、アホ面が一つだった。
 
 
(ありがとうござんしたときたか)
そういう角度のあれそれは卑怯じゃないか?と思ったが、よく考えたらさっき自分でみんな変わっていくだのなんだののたまったばかりだった。
人の振り見てそれね。また一つ学んだな、学生の本分じゃないか、まったくいいことだね。やあ恥ずかしい俺。
 
 
長門のいない窓辺を見やる。赤い。ああこれはすぐに暗くなるなと、ぼんやり思った。
背もたれが軽く悲鳴をあげるが、非道な俺は構わず体重を預ける。首を落とすと、歴史を感じない天井だけが見える。
砂上閑所の世界で、俺はまるで文芸部の部室のような部室に、薄く笑った。
 
 
明日はいつもの景色だ。そうだな、ハルヒ、やっぱり突然何かが変わるっていうのは、結構覚悟がいるな。
あれだな、背中を押せる役ってことでな。とりあえずは保留でもいいよな?って、これは驕ってるだろ。最悪だ。谷口か。
 
 
 
息を吐くと、世界が沈んだ。目を閉じても赤い場所だった。
古泉の仕事は終わったんだろうか。そうだった、俺も大概ならあいつがいた。あれに至っては本当の一人称から、最悪性別まで不詳じゃないか。少し脚色。
なんだろうな、俺に言わないでも、勝手にやめればいいのにな。難儀な奴。そこから先の考証は、あまりしたくない。
目を開けると、赤はもうすぐ終わろうとしていた。もう一度窓を見る。沈む空は月並みに綺麗だ。
なんとなく、赤の中で赤い古泉が浮かんで、こっちに来るのが見えた気がした。痛い表現だ。エスパーか俺は、俺じゃねえ。
 
 
手持ち無沙汰な俺は、長門の本棚に無礼にも手をつけた。なんとかケッチャム。ご親切にも原書と訳書が仲良く置いてある。
贅沢なことに俺は一瞬逡巡などしてしまった(どっちも読めるわけが無い。そしてここはもう暗くなる)。
思春期なので原書の方を捲る。やはり自分の中身はそうそう変えられない。
すまん長門、アホの手垢がついちまったよ。隣の家の少女にも謝っておいてくれ。
 
7ページくらい捲った本を返すと、いよいよすることが無くなる。というか俺は何をしているんだ?何のために?
哲学している場合ではなく、暗くなると面倒だ。夜遊びするほど恵まれちゃいない。さよなら文芸部。次はいつ会えるんだい?
今日限りで消失する恋愛対象に胸中で別れを告げ、俺は扉を閉めた。一人分の上靴の反響が、雰囲気だ。
既に青く飲み込まれた廊下は、表示灯がよく映えていた。音を噛み締めて、俺は歩き出す。
 
 
 
 
で、それがどうやってこうなるという話だが、なんとなくなのだから仕方が無い。前言撤回、やはり俺はエスパーだったのかもしれない。
 
 
今度は体感的にも寒い。風が強いからだ。
 
 
ついに死んだかと思った古泉は、俺が戸を開けてもしゃがみこんだまま、頭だけを俺に向ける。気色悪い面だと思った。気持ち悪くはない。
 
 
手を離した屋上の開き戸が鳴くのを、背中で聞いた。
もっと端に近づけば、帰り支度の運動部が見えそうだ。どうせ平時来ることが無いんだし、もうちょい隅っこにでも行きゃあいいのに。つまらん。
 
つまらない古泉は真ん中でしゃがみこんでいる。覚束ない視線を、俺はじいと受ける。
また風が吹いて、古泉の目が隠される。身じろぎした体から、ごつりと重低音が聞こえた。ごつり?
古泉は右手にシャンメリーを抱えていた。こいつ、貴重な兵糧を。
 
ジト目で見やると、古泉もそれに視線を落とす。どうも俺達のアイコンタクトは、嬉しいことに意思不疎通らしく、何を受信したのか古泉は包装を破き始めた。質素な桃色は紙切れと化し、風に溶けていく。地球が汚れた瞬間だ。
しかし、古泉の電池はそこで切れてしまったらしく、所在がないまま俺を見る。
 
 
本当に困る。何かしてやらなきゃいけないのか、べきなのか、これも俺が悪いのか、判断がつかない辺りが困る。
消去法でいこう。まず俺は悪くない。親切をする義理もない。してほしいなら言わないほうが悪い。選択肢は無いな。
冷血とは思われたくないので、弁明しておくが、こいつの嘘つきがもう一段階あることが、そもそも悪い。
ハルヒが喜ばないから、本性は出さないっていうのも、どの辺までそうなのか怪しいもんだ。
少なくとも今のハルヒなら、狭量さも限度は超えないだろうし、となると、そうしたいならすればいいとしか思えない。
そのくせこれは最近顕著になってきた気がするが、俺に対してはちらちら危ういところがある。こなせないならやめちまえ、いい迷惑だ。
 
 
双眸は動かない。汚い赤墨。勝手にやってろ。
それでも、このまま帰れないのはごめんだったので、俺は最後の良心を懸けて、口を開いた。
 
 
 
 
「おい、」
「誕生日、」
 
 
 
 
あ、と思った瞬間、快音をあげて、栓は空に放たれた。
 
 
添加物に彩られた桃の匂いが、鼻に届く。流れ出る中身が、コンクリの餌になり、俺も古泉もきっと、それをうらやましいとは思わなかった。
 
 
 
 
「おめでとうございます」
 
 
 
 
古泉は笑って瓶を差し出し、俺はなんて嫌な奴なんだ、と思い、空はそしらぬ顔で青くなった。
発音飲料は炭酸の音だけを鳴らしている。それだけでは不憫だったので、俺はきちんと大きく舌打ちをすると、それを受け取って、がぶついた。
 
 
「ひどいなこりゃ」
口の中の安物は嚥下がきつい。こんな場所でなければこんな味になることもなかっただろうに、なんて可哀相なことをするんだ。
栓を探したが、見つからない。古泉はまた足元とお見合いをしている。話にならないので、俺は毒だと思って飲み干した。
 
 
 
あとどのくらいここにいればいいのだろう。狼狽するべきか、ぶん殴って引きずっていくべきか。
それではどちらも古泉の思惑通りだと思ったので、俺はただここに居るだけだった。
どうせ明日は元通りなのだ。背伸びしたハルヒも、惨めな古泉も、哀れな俺も。俺達の誰も、まだその先の未来に踏み出さないからだ。
 
シャンメリーの後味はそれはひどいもので、おかげさまで時間に興味がそそられなくなった。
古泉が今どういう古泉でうなだれているのか、分かりはしなかったが、同じ穴の虚勢張りだと再確認できただけでも、俺は上機嫌だった。
 
 
当然だが、俺の誕生日は今日ではない。