さて、問題です。
箱を開けずに中身を確かめるには、どうすればいいでしょう?
「さっさと開けてみりゃいいじゃねえか」
「でもさあ、ずーっと放っぽってたんだよ」
「おすそわけしてくれたコズミ博士には悪いけど、やっぱりやめておいた方が……」
「だいたい、ずっと忘れてたんだろう。危ないに決まってる」
「だーーッ!!へいへい、俺が悪うございました!」
「そうだな、お前さんが悪い」
「うむ、お前が悪い」
「……」
「かばってもらえるとでも思ってたのかな?」
「しッ!聞こえるって!」
「ま、タイミングも悪かったけどね」
「よりによって出発直前に届いたんだろ?」
「そうそう。それで肝心の受取人がそのまま忘れてたのヨ」
「どうして気づかないかねぇ。ドルフィン号に運び込むとか」
「みんな、もうやめておいてあげたら」
「そうだよ。これ以上落ち込まれたら鼻が床に刺さるじゃないか」
「いや、お前の方がよほどひどい」
「ム……」
「ああーッ!ななな何勝手に開けてるんだよ!」
「爆発でもしたらどうするんだ!」
「しないだろ、普通」
「あちゃー。やっぱり駄目だったか」
「ひでえなぁ、こりゃもったいないことをしたもんだ」
「だが、これは大丈夫のようだ」
「良かった…って、あれ?一個だけ?」
「これだけだ」
「でもちょうど九等分できるアルヨ。ほれ見るヨロシ」
「やれやれ、大騒ぎの結果がみかん一房か」
「これぞ不幸中の幸い、最後に残ったのは希望ひとつ。ってな」
「そんなに大層なものかねぇ。お、うまい」
台風が来た。
しかも、関東直撃だ。海辺に建つギルモア邸は、当然台風の進路まっただなかである。風がうなりを上げ、雨音が激しくなる中、ジョーは準備に朝から走り回っていた。
が、まじめに事態を受け止めていたのはジョー一人だけだった。
「雨戸よし、排水溝よし、懐中電灯よし、ローソクよし、雨漏り対策よし、鉢植え非難完了…と」
「さっきから何やってんだ、お前」
最後の詰めに指さし確認。うんうん、とジョーが満足げに頷いていると、背後からジェットの呆れ声が投げかけられた。
「何って。台風が来たんだよ」
「いや、だからな。なんでわざわざ家の中でそんな格好してんだ?」
至極まじめくさった顔で、雨合羽を着込んだ完全装備のジョーは答える。ジェットは、やれやれと肩をすくめ、手に持った缶をジョーに向けて放り投げた。
「ハリケーンが近づいてるのは知ってるさ。それくらいでガタガタ言ってんじゃねえよ。いいからこっち来てつきあえ」
「ハリケーンじゃない。台風だ」
ジョーはひと息でビールを飲み干すと、きっぱり言い切った。その瞳はきらきらと輝いている。なぜだか見覚えのある輝きだ。そう、まるでおもちゃを見つけた仔犬のような。
「お前、ひょっとして楽しんでないか?」
「まさか!だって台風だよ?準備しなくちゃ危ないじゃないか」
こいつは重症だ。ジェットはため息の代わりに、もう何本目かもわからないビールの缶を開けた。
ぶしゅ。
瞬間、ロケットのように白い泡が吹き飛んで、ジョーに直撃した。
わはははは、と完全にたがの外れた笑い声を残し、ジェットは表へ走り出た。ぬかるんだ地面を蹴って、酔っ払いは見る間に空を突っ切っていく。間を置いて、先ほどの空き缶が落ちてきた。
ジョーは前髪からビールのしずくをぽたぽた落したまま、しばらくの間立ち尽くしていた。我に返って、すぐさまジェットを追いかける。加速に入ったジョーの足が空き缶を踏み、泥と一緒になって風に舞った。
「ジェットオォォォォォッ!!」
「わーははははははっ!!ここまで来てみろ!」
「まじめに、しようって、言ってるじゃないかぁぁぁぁっ!!」
げらげら笑いながら嵐の空を飛ぶジェット、そのあとをビールまみれで追うジョー。
瞬間最大風速五十メートルの中、酔っ払いたちは迷走する低気圧をお供にどこまでも走り抜けてゆく。
そう、いつかは終わる青春の余韻を惜しむかのように…。
なお台風も去り、さすがに酔いから醒めたときには、彼らは遠く離れた山中で迷子になっていたという。
はじまりは一つのネジだった。
「コノねじノ記憶ヲ読ミ取ッタトコロ、トテモ複雑ナ組織ガ見エタ」
みんな黙ってテーブルの上、つまりネジを見つめている。イワンが拾った、取り立ててかわりばえのしないネジ。どこにでも転がっているようなネジ。
だがどんな些細なことでも、イワンが口にすると、冷厳な事実のように思えてくるから不思議だ。
要するに、人を「その気」にさせるのがうまいということだが。
「ツマリ我々ノ内、誰カノぱーつデアル可能性ガ極メテ高イ」
そうか。だからどうした。カチューシャのビス止めだとでも言うつもりか。
「ねじモ帰リタガッテイル。持チ主ハ、早ク白状シタマエ」
ちょっと待て。どうして全員こっちを見るんだ。
「怒ラナイカラ」
おれだったら持ってておかしくないとか思ってねえか、お前ら。おれは無実だ!
「さいぼーぐニ、ねじハ必需品ダロウ?」
誰なんだ、そんなこと覚えさせたのは。
「ただいま」
「おかえり」
「ねえジョー。どうしてあなたが『おかえり』なんて言うの?」
「?…ああ、変だったかな」
「変、っていうか…。私たち、一緒に家に入ったのよね。普通は『ただいま』だと思うんだけど」
「でも『ただいま』を言った後に、『おかえり』が聞こるほうがいいじゃないか」
「だけど、やっぱりちょっと変じゃない。ジョーは私と一緒に帰ってきてるのに。やっぱり『ただいま』って言わなくちゃいけないんじゃないの」
「僕はそうは思わないな」
(言わなくてよかった)
論争する二人を玄関先に残し、ハインリヒはこっそり胸をなでおろした。
イワン・ウイスキーはときどき奇妙な夢をみる。
この惑星が約三十回自転するごと、彼の肉体は「活動」と「睡眠」という二つの状態を繰り返している。一見して眠っているように見える間、脳が肥大しゆくにまかせてその意識は異なる時空を飛翔しているのだ。
過去を見、未来を知り、また正体の計り知れぬなにものかと対話する。
ゆえに夢と呼ぶのは間違いかもしれないが、全て彼の体が眠りについている間のできごとなのだから、ある意味ではふさわしいといえるだろう。彼は知りえたことを他者に伝えることもあるが、それは彼らの身辺に直接関わる際のみであり、多くは沈黙と共に大脳皮質に保存されたままだ。
これから語られるのは、イワンが訪れた夢の一つである…。
もはや唯一の存在となったガラパゴスゾウガメは、久方ぶりの来客を迎えていた。とはいうものの、ガラパゴスゾウガメは客に対して挨拶をすることも、茶でもてなすこともしなかった。なぜならゾウガメはあくまでもゾウガメであるので。
イワンはゾウガメの黒い眼を見ながら考える。この場所はいつで、そしてどこの時間なのかと。
するとたちまちの内に、ゾウガメの記憶から求める答えを得ることができた。かつてホモ=サピエンスらによって地球と呼ばれた惑星の、彼の肉体が生きている時間からは、ずっとずっと遠く離れたところだと。
再びイワンは考える。では、自分のいる時間と地球はどう変わったのだろうかと。
今度もやはりゾウガメの意識が答えをくれた。すでに生命はゾウガメを残し滅び去ってしまったと。
イワンは興味の赴くままにゾウガメの記憶をたどりつづけた。それがいつの間にか、彼とゾウガメの問答のようになっていく。
ながいながい時の流れの中、空を覆っていたガスは晴れ、黒いビロードの空を背景に美しい星々が瞬いていた。緑もなく、茶色い地肌の続く惑星のうえ、残る命はゾウガメでおしまい。