待ち人来る。
人ごみの中からまっすぐ自分に向かってくる姿だけを取り出すには、少しばかり目を凝らせばいい。それは、能力を使わなくても同じこと。
ジョーは今まで背を寄りかからせていた壁から離れ、見つかりやすいよう一歩前へ出た。
「フランソワーズ、こっち」
視線を巡ることすらさせず、いつものように迷いというものが全くない歩き方でフランソワーズはやって来た。まるで彼女の足元には、最初から「そう」と決まったレールが敷かれているように。ただ今だけは、常より幾分か危なっかしい足取りとジョーには見えた。たぶん、抱えた大荷物のせいだろう。
「ああ良かった。会えなかったらどうしようかと思った」
「すごい人出だからね。ジェット、迷ってなければいいけど」
このあたり慣れていないだろうから、と言いながら、ジョーは手を差し出した。もちろん代わって荷物を持つつもりで。
しかし、フランソワーズは微笑んでそれを断った。
「いいの。自分で持っていたいから」
「でも、持ちにくくない?」
ジョーが気づかうのも道理で、フランソワーズはとんでもない大きさの花束を抱えているのだ。赤に橙、黄色にピンク。青に紫に白、と色とりどりの花々が集められて、一抱えはありそうな色彩の奔流を形成している。
これを持ち歩くのは相当大変だっただろうが、フランソワーズはありがとうとだけ言って、ジョーの隣りに同じようにしておさまった。
「どこか座れる所を探そうか?」
「大丈夫。ジェットもそろそろ来ると思うし」
花束を抱え直すと、フランソワーズは壁にもたれ、軽く息をついた。
「それにしても、いったいどうしたのさ」
「知りたい?」
ちらりと視線を向け、フランソワーズはいたずらっぽく問うた。妙に意味ありげな言葉にうろたえさせられて、ジョーの言葉は口の中で行き場を失ってしまう。
(そりゃ、知りたいけどさ)
自分で買ったのか、とか。それとも誰かにもらったのか、とか。
正直に「とても気になります」と聞きたい気持ちがあることは、ジョー本人にもわかっている。ただ気後れしてしまう理由が、まだ分からないだけで。
「この花の種類、全部答えられたら教えてあげます」
そう言われても、こういうことに疎い人間にはせいぜいチューリップかバラくらいしか分からないのだ。
「せめて半分にしてもらえないかなあ…」
思わず漏れ出た本音を聞いて、フランソワーズはくすくすと笑った。ジョーには名前も分からないような花にふと顔を寄せ、くちびるを触れさせる。その様を間近で目にし、なぜかジョーは一瞬どきりとした。
気まずさを振り払おうと、彼は全く違う言葉を口に出した。
「やっぱりここじゃ何だから。どこか座れる所を探すよ」
「でも、ジェットと入れ違いになってしまうかもしれないし」
気が急いているジョーを止めようとして、フランソワーズは視界の端に仲間の姿を認め、振り返った。
「ジョー、ほらジェットが」
もふ。
手ごたえは充分。フランソワーズは、花束に正面から顔を埋めたジョーをまじまじと見つめた。
「お前ら、こんなとこで何固まってんだ?」
「いや何でも……っくしゅん!」
ジェットに気付き、ジョーは慌てて顔を離したが、今度はくしゃみが止まらない。鼻腔に花粉でも入ったのか、その後もひっきりなしにくしゃみが続いたため、ジェットは帰路じゅうずっとからかいの種に不自由しなかった。
そのおかげで、二人はふとした疑問を考え込まずにすんだ。
あれだけ大きな花束で、同じ花びらにくちづける確率はどれだけあるのだろう。