脳内カップラーメン

 もしかしたら偽物じゃないのかと疑うときがある、それほどまでに真っ青な空をつんざいてサイレンが鳴る。

 人間もそうだが、サイボーグだって腹は減る。まして現在、実験やら演習やらでBG内においてもっとも忙しい00ナンバーズ達にとって、食事の時間は数少ない心休まるときでもあった。
 早朝から続いていた演習は一時中断され、今はちょうど12時。敵も味方も、実験用サイボーグも科学者も、揃って昼食をとっている。002と004もその中に含まれていた。塹壕の中に仲良く座り込んだ二人は手にしていた武器を放り出し、支給された即席食品を口にしていた。
 
 ずーるずーる、ずる。ずるずるずるずるっ。ずーずー、ずるる。
 「音を立てるな。鬱陶しい」
 「あんた知らねえのか?これが正しいヌードルの食べ方なんだよ」
 「どこの国のマナーだ、それは」
 「それはだな」
 得意げに答えようとして、ふと002は鼻の頭にしわを寄せた。戦闘時の殺気立った表情とはまた違う、珍しく見せた彼の生真面目な表情に、004もつられて表情をあらためた。
 「どこだっけ」
 「真実味が一気に底をついたな」
 「嘘じゃねえって。ついこの間、人に聞いたんだ」
 「だから、どこの誰に」
 「それがちょっと思い出せねえんだよ。誰だったかな…」
 「とうとう本当にボケたか」
 「この年でボケる訳ねえだろ!ただのど忘れだ!そっちこそ気にしたらどうなんだ?さっきミサイルの照準ずれてたろうが。あんたボケたら洒落になんねえだろ」
 「そうだな。おれもボケてるのかもしれねえな。いっそもう一度改造してもらって、本当に機械になっちまおうか」
 そうすればもう、ボケることもないだろうさ。
 刺がある、を通り越して自虐の色が濃い台詞を吐く。片頬をゆがめてそんなことを言う004の顔つきは、微笑と表現するのが一番近い。普段はただの無愛想なこの男、いったん戦闘になると何が楽しいのか頓着せずに弾幕の中に突っ込んでいくのだ。まるで、周りのもの全てを道ずれにしようというふうに見えるその姿が舞い戻ってきたように思え、002は嫌な気分になった。わざわざ昼飯時に暗くなる004と、迂闊なことを言った自分との両方に。
 「あー……すまねえ」
 「いや、こっちも悪かった」
 しばし、言葉ではなく立ち昇る温かい湯気と、さっきよりは控えめな麺をすする音だけがその場を支配する。
 「何で湯をかけただけで旨くなるんだろうな」
 「あ?」
 熱湯をかけて、ちょっと待っただけなのに。どちらかというと独りごとに近かったらしく、怪訝そうな004には構わず002は淡々と続けた。
 「だって変じゃねえか。湯をそそいだだけだってのに、簡単に食べられるんだからな」
 「そりゃ、乾燥してたからだろう」
 「でもパンはいくら乾いていても、湯をかけただけじゃ旨くならねえじゃんか」
 「お前な…」
 幾ら何でも、それ用に加工されたものと、パンと一緒にするなよ。
 「どういうわけだか知らねえんだが、レストランってのは上等になればなるほど捨てる量が増えるんだ。だから裏口で待つなら、できるだけ客からふんだくりそうな所がいい。ま、あんまりお高くぶった所は近づけもしなかったけどよ。ガキの頃はカラスと並んでドアを睨んでたもんだ」
 呆れた口調の004は無視して、002は冷めかかったスープをかき混ぜ、もう麺が残っていないか確かめてみた。結果、具も麺もゼロ。カップの中には茶色いスープだけしかない。ので、002はすっかり安心した。
 「あんまり手のつけられてねえのは、仕切ってる奴が取る。そっから順々に下がっていって、俺たちぐらいになると、回ってくるのはカビの生えたパンだ。それをカラスと奪い合って、勝ったところでようやくメシだ」

 右の耳から左の耳へと聞き流していた004は、思わずフォークを口に運ぶ手を止めた。スープに見え隠れするジャガイモが、かつての面影と重なって、ついでに色々と記憶がよみがえる。
 戦争が終わった年の冬のことだった。配給で口に入るものといったら、ガチガチのパンもどき。それと黄色い水(あれをスープとは認めたくない)に浮いたジャガイモのかけら。それしか食うものがないからしょうがねえ、いや食うものがあるだけまだマシなんだが、つい数ヶ月前まで腹いっぱい食えたスープやパンを思い出しては震えていた。
 「俺たちみたいなのを作れるんなら、カビの生えたパンを食えるようにできねえかと思ったよ」
 のんびりとスープをかき回して、002は冷めたそれを飲むかどうか考えた。捨てちまおうか?やっぱりうまくなさそうだ。
 「食べたものは、最後は全部脳の栄養になるんだと」
 「は?」
 いつの間に食べ終わったのか、004は立ち上がって防護服の埃を払っていた。スープはとっくに捨てている。足下に空のスチロールカップが、潰されて転がっていた。
 「いや、お前の脳の中身を見られたらさぞ面白えだろうと思ってな」
 「何だそりゃ」
 訝しげに見上げてくる002には構わない風で、徐々に気分を戦闘態勢に移行させる。すると、計ったように演習再開の合図がした。
 「げ、もうサイレン鳴りやがった」
 「準備急げよ、また忙しくなる」
 「分かってら。朝の借りは必ず返してやる」

 他人の食べ残し、ひからびたパン。
 食べられるもの、食べられないもの。

 「ヒュッ。あっちは早いな。もうこっちまで来やがった」
 「数は」
 「…気のせいか朝より増えてるように見える」
 「いつも思うんだが、こっちは補給できねえってのに卑怯じゃねえか?」
 「あんたの口からそんなことが聞けるとはね。今日は雷でも落ちそうだ」
 「うるせえ。とっとと上がって援護しろ!」
 「了解!そっちもありったけ撃ちまくれ!」

 食べたものの違いといったら、それくらい。