石丸は柔軟の前に欠かさずイメージトレーニングを行う。照れが入ってしまうのか、ほかの部員たちがおざなりにすませてしまうそれを、石丸は陸上部に入部して以来、真摯に続けていた。
ユニフォームを身につけ、スパイクの紐をしっかりと締めなおし、そして目を閉じる。意識の中に静かに沈みこむような集中。かれにとって最も気に入りの瞬間が訪れる。再び目を開けたときには、全身に冷たい緊張感が指先に至るまでぴりぴりと伝わっていた。
うん、いい感じだ。
グラウンドを見つめ、石丸は微笑む。
「試合前のこの感じはいいよな。なんかこう…血が冷たくなるっていうかさ」
「まただ」
「地味にお気に入りだよな」
口に出して呟くと、背後でセナたちが小声でつっこんだ。石丸の耳に入らないよう気を使っているのだろうが、本人には丸聞こえである。石丸は人のよい顔に困ったような笑みを浮かべた。それでもさ、イメトレというのは案外大事なんだよ。
それを石丸が実感したのは高校に入って初めての大会でのこと。ただしそれが陸上ではなくアメフトの試合だったのは、はたして良かったのか悪かったのか、分からないが。
深い深い奥底で太鼓の音が鳴り響いている。
スタンドの観客、フィールドの選手、ベンチのチームメイト、全員が一斉に太鼓を轟かせた。
ビートは、一直線に、祈りよりも激しく空間を刺し貫いていく。
SUGOI, SAIKHO, NANTEKOTTA, TAMAGETA...
知る限りの日本語を使って叫び散らしたあと、ワットは息を吸ってもう一度叫んだ。
「パンサー!」
ホーマーが、ゴンザレス・ユースフル・ブラザーズが、ワットが、いつのまにかベンチから立ち上がっていたアポロが、チームの全員が叫んだ。
「パンサー!」
走る。
ただフィールドを疾走する。タックルをかわすために。ボールを守るために。
収縮と伸張を繰り返す筋肉が躍動を生み、パンサーは地を蹴った。
心がぐいと持ち上げられる。何かが体の奥で激しく打ち鳴らされているのを感じる。
これはいったい何なのだと思い、ああそうだ心臓の音だと瞬時に答えをはじき出す。
――血が。
沸点をとうに越えて熱の固まりだ。
芝をしっかりと掴まえるスパイクが、視界を狭めるヘルメットが、あるいはグローブ越しに吸い付いてくるボールの感触が。
幸福さえ生やさしく思える感情の昂ぶりへ、彼を引きずり込む。
パンサーは練習にすら参加したことがない。だから心音のビートが桁違いの試合は、純粋な喜びとなって体を貫いた。
走るのは好きだ。楽しいから。だけどアメフトは、これは何だ。
ビートはなおも上がり続ける。
――体が爆発しちまう。
そう、思った。全てが上昇する。はちきれる。
だが爆発するより先に、熱よりさらに激しいプレッシャーが背後からぶつかってきた。彼が来たのだ。
アイシールドの追い上げる意思が、パンサーをなおさら駆り立てる。フィールドを自在に走り抜ける歓喜に、ただ酔っていた。