スプリングパーティー

ぼけてはまたぼける

 ぴゅ~るり~ぴゅ~るり~らら~

 風が吹き抜けてゆく・・・・・・。
 荒野を進み、風にまかれてかき消える・・・・・・。


 「なあなあ、今度いっしょに旅行いかへん?」
 「あ、いいなぁ!もう春休みやし。それでどこ行く?」
 「沖縄なんかいいと思うんやけど・・・」
 「ええー!そんな、沖縄やったらパスポート作らなあかんやん」
 スパーン!!!閃光が走った。
 「そんなボケで世知辛いお笑い業界渡っていけると思ってんのんかー!!」
 スリッパを握った人物は、振り返りもせず去って行った・・・。
 「ええか・・・ボケは、命や・・・。お笑いの、命なんや・・・」
 ただそのセリフだけを残して。


 人は彼女を、「さすらい漫才ハンター」と呼ぶ。電光石火のスリッパで、つまらぬボケを叩き切る、必殺世直し仕事人。
 嗚呼、それも世の為人の為。
 人の世にはびこる悪しき笑いを正すため、闇に隠れたハンターのスリッパが今日もうなる。

 ここはオオサカシンセカイ。お笑い芸人を目指す世界中の人間が集まる戦場である。
 人の心に『ぽっと明かりを灯す』真の笑いを目指し、彼らは闘い続ける。終わらない抗争の果てに、彼らは何を見るのか・・・・・・。
 おそるべきハンターの通った後には、芸人たちの抜け殻だけが残されると言う。
 嗚呼、つわものどもが夢のあと。今日もお笑いの壁に挑み続けた彼らの屍が積みあがり、やがて砂の中に埋まっていく・・・・・・。


 ぴゅ~るり~ぴゅ~るり~らら~

 風が吹き抜けてゆく・・・・・・。
 荒野を進み、風にまかれてかき消える・・・・・・。

太陽と月の狭間

石造りの回廊に谺する足音が消えた。王が其の歩みを止めたからだ。
 己の気配がそうさせたことを悟り、彼は柱の陰から姿を見せた。作法に則り、敷石に額を付け王の影すら目に入れない。
そなたか、と王は振り向きもせず只一言。全てを圧する声である。耳にした者を否応なくひれ伏させる声である。

畏れ多くも遍く照らす光輪たる国王陛下にあられましては――
ああ。良い、良い。全くそなたまで然様な仰々しい前置きを申すな。耳障りで敵わぬわ。

忠実な僕の言葉を遮ると、向き直った王は跪く彼の元へ歩み寄った。微笑には信を置く配下へ見せる気安さがある。
立ち止まった王は日向の中に。そして彼は濃い影の中にあり、纏った暗緑の衣は黒と変わらぬ色と見えた。
面を上げよ、との命に彼は応じない。代わりに歩幅一つ分、進むことをもって許しを請うた。鷹揚に頷き、王は其れを受け入れた。
彼は一層身を詰め、抑えた声音で囁く。眼前の主にのみ向けた言葉である。露に濡れた石、風にさやぐ木々にも漏らすまいとするように。

此れなるは東の宮に通ずる道と思われまするが。
其の事か。誰も彼も予に口を利く事を忘れたようだな。月妃への渡りが過ぎるとな。心底飽いた言葉よ。

しかし言葉とは裏腹に、王の声はどこか華やぎに満ちた声である。表立った具申など、ついぞなかった彼の振る舞いを興がっているようだった。

そなた、娘が可愛くないのか。血を分けた子であろうに。
宮へと上がられたならば、もはや我が子ではありませぬ。

揶揄うような声にも、彼は動じない。

すでに暗闇の帷は降り、太陽は西に沈むべきものであると心得まする。
あれのことは口に出すな。忌々しい狂うた女ぞ。そも日が暮れ夜となりし後、地の果てに沈んだ太陽が何処に輝くと誰が知るというのか。
おそれながら。

彼は言った。

おそれながら、一つ天に太陽と月が在るは天の理に反する在り様にございます。黄金と白銀が溶け合い、明瞭であるべき境界が滲み、引かれた線をぼやかすは有るまじき事ゆえ。

王はもはや口を閉ざした。只、彼は再び谺する足音を耳にするのみであった。

あの星に花の咲き匂う

 その通りです。今頃になると、あちこちからお客さまがいらっしゃいます。ここも昔と比べ、随分と賑やかになりました。そうでございますね。あれほど美しいものは、世界に二つとございません。目が潰れてもおかしくはないのです。
 あの花の話でございますか。こんな年寄りでよければ、いくらでもお話しいたしますよ。ええ、良く憶えておりますとも。忘れようとて、忘れられるものではありません。
 確か、わたくしが六つを迎える年の春先のことでございます。世間様は、まるで体の奥で火が灯されたように浮かれ騒いでおりました。忍び寄った春の気配が、色あざやかに立ち現れてきたせいだったのでしょう。あるいは、綻んだつぼみから溢れこぼれた、芳しい匂いがそうさせていたのやもしれません。
 そうですとも。例の花でございますよ。かの種子の由来は、あなた様もご存知でいらっしゃいましょう?
 偉い先生のおっしゃることには、何でも遥か彼方の星雲から運ばれて来たとか。俄かには信じ難いお話でしたが、芽吹いた次の日には見事な枝振りを持つ大木となっておりましたからね。一同得心したものでございます。
 いいえそのようなこと、誰が知るというのでしょう。とにかくあの種子は人知れぬ内に土に潜み、春を待ってわたくしどもの前に姿を現わしたのです。あれほどの花、己以外のものの力を借りることなどなかったに決まっています。

 固くその身を結んだつぼみが、緩やかに花衣をほどいていくにつれ、人々の熱気は高まる一方でございました。しなやかな乙女の腕のように広げられた枝、光を透かして輝く葉が風にそよぐ様は、魅了されずにはいられぬ、それはそれは素晴らしい眺めであったそうですよ。
 今日咲くのか、それとも明日咲くのか、果たしていつになったら微笑むのかと人々は連日連夜、周りを取り囲んでいたものです。そして己が見られていることを知っていたものか、いまだ咲かざる花も霞のような香りを発して、彼らを包んでおりました。
 わたくしはと申しますと、その時分ちょうど眼を病んでおりましてね。こう、片方の目をすっぽりと白い綿で塞いでしまっていたのです。もう片方も、普段はやはり覆ってしまって、こちらはまだ日の柔らかい朝の間にしか取ってはならないことになっていました。
 そういうわけで、幼いわたくしは偶さか風に運ばれたかすかな香りと人づての話から、目蓋の裏に花の姿を思い描いていたのでございます。

 ある夜のこと、予感がしたと申すのでしょうね。はたと目を覚まし、わたくしは部屋からさまよい出でました。奇妙なことに家の中には誰もおらず、あたりは静まり返っておりました。二親も、いつも手を引いてくれたばあやですら、呼ぶ声に答えることはありませんでした。
 それでわたくしは、外へと出てしまったのです。
 おかしいとお思いでしょう。幼い子供が一人で、なぜ夜更けにと。今にして考えるに、やはりわたくしも呼ばれていたのでしょうね。え?そうです、あの花が呼んでいたのですよ。わたくしを。
 片目で見る夜の世界には、まるで夢のような光景が広がっていました。うっとりするような匂いがたちこめる中を、花びらが舞い散っておりました。あるかなしかに色づいた花びらは、輪郭が月の光にふち取られ、触れるにはおそろしいとさえ感じられました。
 ですが、おそろしいのですが、もっと見たいと、そう、できるなら咲いているところをじかに見たいと思わせるにはじゅうぶんな力を持っていたのです。そして、あちこちにわたくしと同様、さまよう人々の影がありました。皆熱に浮かされたように花を求めていたのです。
 ますます匂いが強くなる中、視界はぼうっとかすむように思われました。地はゆらゆらとして、まるでたよりなく、これが夢であるのか、はたまた現であるのか判じ難い夜だったのでございます。

 いいえ、ご案じ召されますな。少しばかり目が眩んだだけでございますから。おかしなことでありますけれど、記憶の中のあの光は、思い返すその都度、いまだわたくしを惑わすのですよ。
 さて、続けるといたしましょう。静けさの中目覚めたわたくしでしたが、足を進めるにつれ、段々と騒がしさが増すのを感じました。目指す所へ近付くに従い、恐ろしい声が聞こえるようになったのです。それは叫びでしたでしょうか。それとも呻きでしたでしょうか。
 大人が幾人も手を繋いで、ようやく抱え込めるような太い幹を持つ大木でした。枝は天蓋のように空を覆い隠し、あふれた匂いはさながら空気が色づくほど満たされておりました。
 木と、そして花の発した光だったのでしょうか。あたりは薄明るく照らされ、かすみがかったわたくしにも、あたりの様子はそれと知れました。よくよく見ると、木ははっきりとしない影に囲まれていたのです。
 もうお分かりでしょう。それらは全て、人だったのです。木の元へ集まった人々は幹をぐるりと取り囲み、徐々に靄のように薄く伸ばされた影と化していったのでございます。
 香りの中へ溶け込むよう、まず目の光が奪われました。わたくしのすぐ前でも、お背の高い、黒眼鏡をかけた男の方が「目がーっ!目がーっ!」と苦しんでおられました。そして最後には、悲しみと怨みの声を残しながら次々に木の中へと吸い込まれていくのです。すると、どうしたことでしょう。影が一つ消える度、花がまたひとつ咲くのです。

 まったく不思議なことでございます。あれほど恐ろしい声を残させながらも、木は匂い立つような花を咲かせるのですから。わたくしは怯えつつも、足を動かすこともできずにその様を見続けました。どうしようもなく、わたくしも魅せられていたのです。
 そして気付いたときには、とうとう盛りを迎えたあの花が、朝の光に照らし出されておりました。吸い取る限りを吸い尽くし爛熟しきった姿は、今あるのと同じものでございます。

 ええ、そのときからでございますよ。私の片方の目がかすんで何も映さなくなってしまったのは。あのとき塞がっていた目だけがぼやけることなく、こうして花を見ることができるのです。